219・狂人の戦い

 お兄様の強さを認めたはいいけど、それで事態が好転するか……と言われればもちろんない。

 そう、結局不利な状況なのは全く変わってなかった。


 だけど……どうしてもここでお兄様を倒したい。


 ならどうするか?

 答えは多分一つしかないだろう。

 魔法を駆使してお兄様の動きを封じ、戦う力を奪った後、鉈でとどめをさす……これだろう。


「『闇のエレジー』」


 わたしを中心に闇が円状に広がって、その闇から腕が次々と生えてきて、お兄様の動きを阻害する。

 攻撃力はないけど相手の行動を妨害する事に長けた魔法だ。


 いくら『風のオブリガード』の効果を読みきったとしても、影のように黒い腕が生えただけの魔法なら、軽視してくれるだろうと思った。

 足止め程度の魔法だと考えてくれればそれでいい。


「『フリーズレイ』!」


 お兄様の目の前に青く光る球体が出現して、それが一気に上昇して……ある程度昇ると、青い球体が弾ける。

 そのまま青い光の線が上から下に降り注いでいく。


 最初はわたしの方を狙ったのかと思ったんだけど、どうやら『闇のエレジー』に向けて放ったようで、妨害用に生えた闇の腕は次々と凍りついてしまった。


「なっ……」

「その程度の魔法の特性がわからないわけがないだろう。『サンダーレイ』!」


 さっきの『フリーズレイ』とは違った、黄緑色の光の球が上に昇っていって……今度はわたしの方を狙って降り注いでくる。


「この……」


 今はまだ『風のオブリガード』の効果は切れていない。

 この魔法が切れるまでは他の強化系の魔法はかけられないし、重複させることもできない。


 幾つかの黄緑色の線を避けるんだけど、その間にお兄様はわたしのところまで距離を詰めていって、地面すれすれまで剣先を落とした状態から一気に振り上げてくる。


 突如の事で反応しきれなかった私は、ギリギリ左からを切り裂かれるだけで済んだ。


「あ、う、うううぅぅ……」


 声を堪えつつ、うめき声を上げたわたしは再び距離を取って、またお兄様と向かい合う形を作り出す。


「『ファイアレイ』」


 三度違う属性の同じ魔法を使ってくるけど……同じことがそう何度も通じるわけない!

 こっちもやられっぱなしでは済まさない!


「『雷のワルツ』!」


 また『ファイアレイ』の回避に集中している時に斬りかかられては困ると判断したわたしは、とっさに魔法を唱えた。

 新しく出現したそれらはばちばちと音を鳴らす三つの雷球。


 それがお兄様の周囲をゆっくりと上下に動きながら円を描くように回っていき、徐々にその行動範囲を狭めていく。


「また動きを制限する系統の魔法か。それならば……『ウィンドサークル』!」


 このままでは終わらせないと言わんばかりにお兄様が魔法を唱えたその直後、薄緑色の線が宙に円を描くように回っていって、完成したそこから極太の風の線がわたしめがけて解き放たれた。


『雷のワルツ』の雷球を一つ巻き込んでまっすぐ進んだそれをわたしは避けることができず、鉈を交差させるように防御の体勢を取った。


「ぐ、つ、ぅぅ……」


 荒れ狂う風の奔流をある程度受け止めることには成功したが、拡散しきれなかった分の力がわたしの体を飛ばし、後ろの壁へと強かに背中を打ち付ける結果になってしまった。


 だけど、ある意味ではこれでいい。

 その証拠として、お兄様の方に視線を合わせると、憎々しげに苦痛の表情を顔に浮かべて、片膝をついていた。


 お兄様は『雷のワルツ』の事を行動を阻害するだけの魔法だと勘違いしていたみたいだけど、あれの本質は自動で反撃を行う魔法だ。


 対象者の周囲を踊るように回って、徐々に範囲を狭めていく。

 最後には三つの雷球に囲まれて動きが取れなくなる。

 それを無視して攻撃しようとすると、その隙を突くように攻撃するというのがこの魔法の特徴だ。


 お兄様は魔法を見て読む判断に長けている。

 だからこれのこともきっと行動を妨害するタイプの魔法だと読んでくれると睨んでいた。


「『雷のカデンツァ』!」


 わたしの周囲から放たれる無軌道な雷はその全てがお兄様に命中する。

 当ったと同時にお兄様の体にくっついて、捕縛してしまう。


 この魔法には攻撃力があまりない。

 そのかわり束縛力が非常に強くて、一度捕まったら生半可なことじゃ抜け出すことはできない。


 最後の一撃、もしくは大技を使う時、相手が避けられないように放つのが一番いい魔法だ。


「ぐ、こ、の……」


 雷の魔法で全身が痺れ、身動きが取れなくなったところに身動きできないようにされてしまっては、お兄様でもどうすることもできないだろう。


 わたしは彼にとどめを刺すべく、鉈を握りしめて近づいていく。


「お兄様、なにか言うことはある?

 最期の言葉ぐらい、聞いてあげてもいいよ」

「……は、は、な、に……を」


 多分何を言っているんだと言いたいんだろう。

 それもそうか。魔法が使えないくらい痺れてるのに、最期の言葉なんて言えるわけがない。


「それもそうだね。それじゃあ……」


 無様に転がるお兄様の首を目標にゆっくりと鉈を振り上げるんだけど……ここに来てお兄様がその満足に動くことのできない体を捻り、わたしの方を見てへらへらと笑っているようだった。


 何がそんなにおかしいのだろう?

 今から死ぬっていうのに……まさか、諦めた?

 いや、お兄様はそんな殊勝な性格はしていなかった。


「……」

「わ、わ……らら、え……」


 どうやら「笑え」と言ってるようだけど、わたしは今多分笑っているはずだ。

 だってこれでもっとティファちゃんの近くにいれるんだもの。


 本当に嬉しい。心の底からそう思ってる。

 それなのに……なんでお兄様はそんな事を言うんだろう?


「お兄様、わたしは笑ってるわ。

 だって、これで……」

「……そ、な、あ」


『嘘だな』……か。

 そう思うならそれでもいい。


「これ以上話すことはないよね。

 それじゃあお兄様……さようなら」


 なぜか心がささくれるような気持ちを感じながら、わたしはお兄様の首目掛けて鉈を振り下ろす。

 何度も、何度も、きちんと首が切れるまでなにかの作業を繰り返すように……。


 鉈が振り下ろされる度に飛び散る赤い鮮血のわずかなぬくもりを感じながら……わたしは自分でも何を思ってるのかさっぱりわからず、ただひたすら同じ行為を繰り返していた。


 やがて首を斬り落として一息ついた後、ふと顔をあげる。

 お兄様の頭を落とさないように大事に抱えて、城の外に出る。


 戦争は一区切りついたようで、もう周囲からはなんの声も聞こえない。

 この戦いはリーティアスの勝利に終わった。


 長くわたしを縛り付けていたパーラスタは……もう跡形も無く吹き飛んでしまったのだ。


「ベリルさん!」


 アシュルちゃんがわたしを呼ぶ声が聞こえてきて、そっちを向くと、驚く? いや、恐ろしいものを見るかのような目でこっちを見ていた。


「アシュルちゃん……?」

「……ベリルさん、大丈夫ですか?

 すごく怖い顔をしてますけど……」


 怖い顔? わたしは今嬉しい顔をしているはずなのに、なんでこの子もそんな事言うんだろう?

 どこか哀れむような目を向けてきたアシュルちゃんは、中央の噴水広場まで行くように言われてそこまで歩いていく。


 それまでに出会ったエルフやリーティアスの兵士達は、わたしの姿を見るなり驚くように目を剥いて、どこか引くような姿勢を見せてくる。


 不思議に思いながら広場の噴水のところまで行ってその綺麗な水を覗き込むとそこには――


 ――無表情。なんの感情もない顔がきつく、お兄様の頭を抱きしめているわたしの姿だった。


「お兄様……」


無意識に呟いたその一言はそのまま消えて……しばらくの間、そこから身動き一つ取ることのできないわたしが……そこにはいた。

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