222・傷ついた鬼の国
ティファリスがパーラスタへとワイバーンに飛ばし、カヅキ達がフェリベル王相手に勝利を収める少し前……セツオウカでは都市の一つを捨て、防衛へと走っていた。
――セツキ視点――
「セツキ様! 住民の収容、全て完了しました!」
「よし、わかった」
全く、なんてときに戦争をふっかけてきやがるんだあのスライムは。
タイミングといい、完全に『極光の一閃』でこっちがダメージを受けている時に攻めてきたという気がする。
なんにせよ防衛の要であり、他国との流通の中心であったヤカサカがあんな状態では防衛するにしてもこっちに相当の負荷がかかる。
なんとか向こうがこっちに侵攻してくる間に住民たちの保護・首都への移動を終えることが出来たが、兵士たちの編成を整えながら残った住民たちの移動には随分と時間がかかってしまった。
ラスキュス女王は宣戦布告してきた割りに、周囲の国を制圧するのに力を注いでいるようで、女王本人がこっちに来ていないことが幸いした。
今はオウキもカザキリもリーティアスに留まらせているが、あいつらはすぐにでも戻ってくるだろう。
それまでこの国を支え、抑えておくのも俺様の役目。
そして……それまでの間にラスキュスが本腰を入れてこっちに攻め入ってこないように願うぐらいか。
「全く、ヤカサカの住民を保護しつつ防衛戦……ってのは俺様の趣味じゃねぇんだけどな」
「セツキ様、今しばらくお待ち下さい」
ガシガシと頭を掻きながら面倒臭そうにしている俺様に対し、頭を下げて俺様の様子を伺っているのは武士の一人だ。
全く、そんな辛気くせえ顔すんなっての。
「わかってるわかってる。俺様だって今の状況をしっかり見ているつもりだ」
こいつらは俺様がちまちまと守りの戦いをするよりも一気に攻勢に出て相手の王将を仕留める方が向いていることを知ってるからな。
自然といつ俺様が飛び出していかないかと不安にもなるんだろうよ。
『極光の一閃』がまだ存在している以上、俺様だって下手に飛び出して戦いに行くわけにはいかない。
戦うことよりも……俺様達は魔王であるべきだ。
魔王ってのは、国を守って民を守るもんだからな。
「それより、ヤカサカに攻め入ってきていたスロウデルの兵士たちはどうなっている?」
「はい。三日前にヤカサカで機能している部分を占拠し、その場に留まっているとのことです」
「なるほど……ということは、奴らはまだしばらく攻めてこないか……」
占拠してそのままということは、そこで英気を養って戦力を再編するつもりなんだろう。
なら、こっちもその期間で同じように整えるしかないってことだ。
俺様が出て行ければまだ今すぐにでも攻勢に転ずることが出来るのだが……。
「俺様がどう動くにしても『極光の一閃』の存在が邪魔になる、か」
一刻も早くティファリスにはあのパーラスタを攻略してもらいたいもんだ。
キョウレイの対魔障壁は他の町よりも相当厚くしていることもあって、ヤカサカのようにあっという間に壊れてしまう……ということはない。
『極光の一閃』が対魔障壁で防がれている間に俺様が全力で魔法をぶつければ何度かは防げるだろう。
万が一こっちに矛先が向いた時の為にここにいるんだが……動けないというのがこんなにももどかしいとは思いもしなかった。
やきもきしながら早くパーラスタ攻略の報が届かないかと待っているのだが、こうしていても仕方がない。
「……食料はどうなっている? 今のワイバーン空輸の状況は?」
「はい、ワイバーン空輸はリーティアス側から来るワイバーンの数自体は大幅に減少しましたが、まだなんとか……食料の方は問題ありません。
ヤカサカの住民達を全てキョウレイに入れても全く問題ありません」
首都キョウレイは山々に包まれており、地元の奴らを案内がなければ迷うこと間違い無しの洞窟。
それかヤカサカから続く大きな一本道をひたすら登っていくかのどちらかだ。
戦争仕掛けようっていうのにわざわざ他の道を通るなんてことはまずありえない。
一応あることにはあるが……俺様達でも登るのに命懸けになるだろう険しい山道ぐらいなもんだ。
そんなところ通るくらいなら備えられていることがわかりきっているワイバーンを使っての空からの上陸の方がよっぽど現実味があるってもんだ。
攻めにくく守りやすい。
そしてキョウレイは周辺に様々な農業区が存在し、そこに攻撃を仕掛けるのにも必ずキョウレイを通らなければいけないという特性上、食料の供給が止まることはない。
「よし、ヤカサカはしばらく立て直すのも難しいだろう。
しばらくの間、奴らには農業区に仮拠点を用意し、農作業か……とりあえずそれを中心になにか本人ができそうなことをやらせてやれ。
ただし、何もしないやつには何もするな。飯も配給する必要はない」
「わかりました」
これでしばらくは大丈夫だろう。
『働かざる者食うべからず』セツオウカでは知ってて当然の言葉だ。
「セ、セツキ様! セツキ王様!」
すぐ近くでヤカサカから来た難民の対応について聞いていた武士に応対していると、慌てた様子でまた一人、俺様の方にやってきたやつがいた。
……ちっ、今度はなんだっていうんだ。
「どうした?」
「ヤカサカからラスキュス女王の軍がこちら側に進軍を開始したでござる!」
ござる口調……カザキリの部隊のやつらか……。
というか、今なんて言った?
「ラスキュスの軍が……? またえらく早いじゃねぇか」
あいつらがヤカサカを抑えてから……確か三日前からいたっていうが、まさかそれだけで部隊の再編が済んだっていうのか?
俺様達の方も住民の避難が終わるまでそれなりに戦ったと思ってたんだが……見通しが甘かったか。
「数はどうなっている?」
「それが……百人程度と思われまして……」
百人……まさかその程度でこのキョウレイが落とせるとでも本気で思っているのだったら、そいつは限りなく馬鹿者だろう。
なにか策でもなければとてもそんな酔狂な真似は出来ないはずだが……。
「ラスキュスの兵士どもが何を考えてるか知らないが……いい度胸じゃねぇか……。
それで、誰が先頭に立ってる?」
俺様が苛つきを隠せないという様子で報告に来た武士に続きを催促すると、妙に渋るように顔を歪め、報告することに戸惑いを覚えているようだった。
「じ、実は……どうやら彼らを率いているのは……」
「……どうした?」
「は、はい。率いているのは……セツキ様から五代前の魔王様である……ヤーシュ様です」
ヤーシュ……俺様よりもずっと前に王を努めていた鬼神族の魔王、か。
好戦的であり、戦場をたった一人で駆け抜け、数多の者たちを血祭りにあげてきた。
歴戦の勇士の一人だが……なるほど、納得できる部分もある。
恐らく『死霊の宝玉』で操られてるんだろう。
その程度の人数で挑んでくるということは、俺様が首都にいるかどうかでも確かめたいのかもしれないな。
……奴らの策略に乗るのは不本意だが、カザキリがいない以上俺様が出るしかないだろう。
「……仕方ねぇ。俺様が行く」
「ちょ、ちょっと待ってください! セツキ様がいなくなったら……」
「門の前ならキョウレイに何かあってもすぐに駆けつけられる!
それに……お前らに鬼の魔王を最後まで勤め上げた魔王が殺せるわけねぇだろ」
操られているといえ、仮にも鬼神族の魔王。
普通の鬼族では持て余すだろうし、他に手はない。
「し、しかし……」
「他に手はない。お前たちはリーティアスから帰ってくるであろうカザキリとオウキの対応をしてくれ」
「……わかりました。ご武運をお祈りいたします」
それ以上話は聞かないというばかりに立ち上がった俺様に、諦めたような顔で引き下がった武士を尻目に、俺様はキョウレイにある唯一の入り口。守護鬼門へと向かった。
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