214・桜スライム、かつての憧れに出会う
――カヅキ視点――
戦況は上々。
このまま行けば間違いなくパーラスタの兵士たちを押し切ることが可能でしょう。
それもこれも全てティファリス様のおかげ。
あの御方は『極光の一閃』を防ぐために自らの町を守護し、パーラスタ攻略の全てをそれがしに任せてくれました。
この重責……必ず果たさなければなりません。
それがし達の住まう遠きディトリアの地においてもなお、それがし達に力を授けてくださる偉大なるあのお方の為に。
今できること……必ずやフェリベル王の御首を手に、国へと凱旋することに尽きるでしょう。
その期待に応えるがため、それがしは更に歩みを進める。
「戦況はどうなっています?」
「はい! 作戦は順調。敵一人に対し、必ず三人で事にあたるようにしているおかげか、こちらの陣営の損害は軽微です!」
「わかりました。戦線を維持しつつ攻めに行ってください。
少しでも危ない状況に陥ったらすぐさま報告、それがしの指示を必ず仰ぐこと……いいですね?」
「はい!」
それがしに戦況を報告してくれた兵士は、そのまま自身も戦線へと戻っていくのを見届け……そっとため息をつきました。
全体の指揮を取るのはやはり疲れます。
逐一戦況報告を受けなければならないのは当然。
流れを読んでその後の対処まで考えなくてはならないのですから。
これが一人……もしくは数人の指揮を取るくらいでしたらまだ現場で即座に対応をすることも出来るのですが……全軍の指揮を、となるとそうもいきません。
一度決まった流れはそう簡単に覆すことは出来ず、先を見据えながら攻め時、退き際を考えなくてはなりません。
……いや、それを考えるのは止めておいた方が良いでしょう。
ただでさえティファリス様の手を借り、全体の強さを底上げしてもらっているのです。
もっとも、その恩恵を受けられない者もいるようですがそれでも今の彼らは他の種族を劣等種だと蔑み馬鹿にする程度のことしか出来ないエルフ達に負けることはないでしょう。
しかし、時折放たれる『極光の一閃』の光がはるか頭上を通り、それがし達の住まうリーティアスの首都とも言うべき港町ディトリアを討ち滅さんとする光景を見るたび、多少の不安がよぎってしまうのもまた事実。
あれだけの威力の魔法を何度も放つなんてこと、エルフ族にしか出来ないことでしょう。
それをすべて受け止められるティファリス様は、無理をされているのではないか? と思ってしまうのです。
もちろん、ティファリス様がご健在なのは疑っておりません。
絶えず流れてくる力の奔流が、あの御方がご健在であることを伝え続けてくれるのですから。
しかし、それと無理をしているというのはまた別問題です。
あの方は政務だろうとなんだろうと大概無理しているのですから……。
下手をすれば何日もまともに寝ないで仕事をしているなんてこともあるほどの方ですからね。
そういう風に自国の為に尽くすその姿は心打たれるものもありますが、今この時に限っては不安を抱かざるを得ないというもの。
だからこそ急がなければ、と焦る気持ちも出てくるのですが、そういう時に限って面倒事というものは舞い込んでくるものです。
「カ、カヅキ様! 大変です!」
大慌てといった様子でそれがしのところに報告にきた兵士は、あわあわしているようでした。
「落ち着きなさい。一体どうしたのです」
「は、はい。鬼族が……肌の青い鬼族の男が現れたかと思うと、こちら側の兵士をなぎ倒して……」
肌の青い鬼族……それは恐らく、セツオウカで奪われた歴代魔王のうちの一人のことでしょう。
確かに、彼らは全員鬼神族へと至った強者揃いの魔王。
いくら死したとはいえ、普通の兵士たちには些か荷が重いということでしょう。
それがしは一つ息を吐いて、慌てず騒がず……急く心を落ち着け、冷静に今の流れを考え、結論をだしました。
「わかりました。
今現在その者を相手にすることが出来るのは、恐らくそれがししかいないでしょう。
ならば兵士たちはそれがしが向かうまで損害を抑えることに尽力するように。
無謀な戦いは決して挑もうとせず、常に自身の身の安全を考えなさい」
「は、はいっ!」
背筋を伸ばし、勢いよく返事をする彼は、そのままそれがしが指示したことを伝えに戦場を駆けていきました。
……それではそれがしも準備するとしましょう。
一時的に軍の指揮を別のものに任せ、件の魔王のもとに向かうことにしました。
かつての祖国……そこを収めた偉大なる方々の骸をこの手に取り戻すために。
――
現場に到着してみると、そこには凄まじい光景が見えました。
周囲には倒れ伏した兵士たちがいて、その中央にいるのは黒く長い髪を一本に結わえ、その思慮深い瞳は黒く濁っているように思えました。
あれは……そう、忘れもしない。
それがしがかつて憧れた偉大な魔王様のお一人……セツキ王から数えて三代前の魔王――シャラ王様。
細いその体に似合わぬ圧倒的な威圧感。
その姿、全身はまるで一振りの鋭い刃。幾人もの敵を葬った刀のような妖しさを持っているかのようです。
文献でしか拝見することは叶いませんでしたが、その数々の武勇伝は今もなお語り草であり、その力は歴代魔王随一とまで言われていたほどです。
「シャラ様……なんとおいたわしい姿に……」
「……
……今、なんとおっしゃられたのだろうか?
思わずそれがしは勢いよく彼から距離を取り、刀の方まで手を伸ばし、警戒の体勢に入ってしまいました。
確か、ティファリス様のお話では、『死霊の宝珠』を用いた死体を操る外法は言葉をまともに話せなくなると聞きました。
セツキ王もそれに同調していました。
それなのに、この方は今はっきりと自身の言葉を口にしていました。
これは……どういうことなんでしょう?
「どうした? お主は某のことを知っているのではないのか?」
「……ええ、よく知っておりますよ。セツオウカの元魔王――シャラ様」
私が警戒しながら彼の名前を口にすると、シャラ様はなにか嬉しそうにそれがしのことを見ていますが……一体何がそんなにおかしいのかそれがしにはさっぱり理解できない。
「ふむ、素晴らしい。
某を知るものとこうして刀を交えることになるとはな」
「貴方様は今自分が何をされておられるのか、理解出来ているのですか?」
「さあてな……某はただ、斬るだけ。
そう、それだけだ」
すうっ……とゆっくりと自らの刀を腰の鞘に収め、体勢を低く落としました。
あれは……まさか居合の構え……!
「それ、行くぞ」
「くっ……!」
このままでは話をすることすらままならない。
それがしは愛刀である『
――キィン。
たったそれだけの音がしたかと思うと、それがしの眼前に刃が飛んできたかのように見え――慌ててそれを防ぎました。
ギリギリ反応が間に合いましたが、なんという速さでしょうか。
居合の構えから先の先は飛んでこないとたかをくくっていたのが裏目に出てしまいました。
初撃はなんとか防ぐことは出来たのですが、なんて恐ろしい煌めき。
思わず冷や汗が溢れ出してくるのを感じます。
「ほう、今の一撃を防ぐか。
余計な動作もなく、最速の一撃を放ったはずなのだが……」
「ははっ、いいえ、やっと反応出来ただけですよ」
これだけの力を目の当たりにしてしまえば、武人として……力ある者としては問答無用に高揚感を覚えてしまいます。
死人となったシャラ様と話をすることが出来るとは思いもしませんでしたが、いいでしょう。
哀れなどとは最早感じません。
そのような同情の心は自身の死を招く……今それがしが目の前にしている者はまさに武士。
一匹の鋭い牙を宿した餓狼そのものなのですから。
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