213・青スライム、鬼退治

 刃を合わせた結果、私は押し負けてしまい、若干後方に下がる羽目になってしまいました。


「くぅぅぅ……なんて重い一撃。おまけにあれだけの速度で繰り出せるなんて……」


 これが本当に生きていたらゾッとするような力の差を見せつけられてしまいましたが、ここで引き下がるなんて出来るはずがありません。


 片手でぶんぶん振り回すように無造作かつ無軌道に暴れまわるかのような斬撃が次々と飛んできて、たまにどうやったらそこから斬撃を繰り出せるんだと我が目を疑いたくなるような一撃が私を徐々に劣勢に立たせています。


「グルゥゥゥルゥゥゥ……」


 おまけにライキお――ライキはまだ随分と余力を残しているようで、無表情のその顔以上に軽い足取りでこちらに攻め入ってきます。


 それにしても参りましたね……。

 ティファさまにがっつり強化されているはずなのに、それでも力での押し合いには負けてしまうんですから。


 当時から鬼神族と呼ばれる鬼族の上位魔王は圧倒的存在だったんだなと改めて思い知らされることになってしまいました。


「……だけど、弱気なんて口にしている場合じゃないです」


 ぽつりと呟いたその一言は私にはっきりと実感させてくれる。

 これくらいの修羅場、ティファさまだったらなんなく乗り越えてきたはずなんだと。


 私は契約スライム。

 誰よりも気高く、頂点に立つにふさわしい魔王様の右腕。


 そんな私が、たかだか力で押し負けただけで弱気になるわけには……いかないんですよ!


「『クアズリーベ』……私に、力を貸してください!」


 弧を描くように空中を撫で切るように、『クアズリーベ』を振ると、そこに現れたのは五つの剣。

 一つは私の開いている左手に。


 残りは左右の肩の少し上で空中待機する形をとりました。

 ……本当は『キュムコズノス』を使おうかと悩みました。


 ですが、ここで魔力を使い果たしてしまう危険性がある魔導を使うなんてこと、私には出来ません。

 まだ戦いは続いている。


 このライキを倒しただけでは何も終わらない以上、迂闊に『キュムコズノス』を使うのは得策ではないでしょう。


 ……それに、自分ひとりで訓練する、という意味では何度か使ったことがありますが、相手を交えた実戦……またはそういう形式で使用したことは、二回くらいしかありません。


 二回目は完全にコントロール出来たとは言え、魔力以上に精神力を使うアレは、出来る限り温存しておきたいのです。


「行きますよ……!」


 私は無謀とも思える程の勢いでライキに特攻を仕掛けます。

 体勢を低くし、どちらからでも攻撃に移れるように剣に意識を集中させ、あの鬼を倒してやる! と気合を込めて全力でまっすぐ。


「ガァァァァァァ!!」


 ふざけるなというかのような雄叫びでビリビリと痺れそうな威圧感を放ってきましたが、そんなことで臆病になるほど、私は温い戦いをしてきたわけではありません。


 ライキが繰り出す斬撃は、横薙ぎに私の方に迫ってきて、今の体勢のままだと間違いなく防御することが出来ないくらいの勢いで迫ってきました。


「ただ単純に突撃したわけじゃ……ないんですよ!」


 私は肩の上で待機させていた水の剣を使い、そのまま襲ってくる大剣よりも少し前方の地面に向けて射出しました。

 上手く地面に突き刺さったそれら二本の剣は、今度は大きな水の剣の形を象り、ライキが大剣の進行を妨害するように、刃を上にして地面から飛び出してきました。


「ガァァ!?」


 急に現れた水の大剣に食い止められてしまった斬撃は、私には届かず、そのまま彼に一気に肉薄し……左右の剣で同時に斬りつけるような攻撃を繰り出しました。


「はああああああ!」


 残った左腕で重要な部分を守るように身を屈めているようでしたが、そんなことよりやたらと硬いです……。

 身体を固くする魔法でも使ってるのかと思うほどの硬さ。


 これ以上このままの体勢でいるのは非常に不利です。

 私はそのまま一度後退し、相手の防御が緩んだ隙に、残った水の剣をライキに向けて撃ち出しました。


「グガアアアァァァァ!!」


 一つは右肩に突き刺さって、ダメージを与えられましたが、もう一つは防がれてしまいました。

 下がった私は、もう一度水の剣を作り出し、いつでも射出出来るように準備をしているのですが、困りました。


 この調子でいくと、恐らく両腕ともあんなふうに硬いのでしょう。

 飛ばした水の剣が肩に刺さったことから、腕以外は普通なんだと思いますが……あれだけ恐ろしい大剣を突破してもなお防ぐ手立てを持っているとすると、それを更になんとかしなくてはなりませんね……。


 なら……。


「『リヒジオン』!」


 光の爆発のイメージを具現化したような魔導。

 いくらライキが運動能力に優れた鬼でも、あれは思考能力が低下している操られた死体。

 いきなり自分のすぐ近くに出現するこの攻撃には対応出来ないはず……!


 現に数瞬間をおいて、ようやく自分の体の近くに攻撃魔導が使われているのに気づいたようですが、時すでに遅しです!


 ――ドオオォンッ。


「グ……ガ、アアアアアアアアアア!!!」


 それなりに大きい爆発は、ライキの左脇腹付近で思いっきり爆発して、その体を削ることに成功しました。

 痛いのか、それとも怒ってるのかはわかりませんが、激しい怒りの雄叫びが周囲に響いていきます。


 ですが、このチャンス、逃すわけにはいきません……!

 もう一度距離を詰めるべく、今度は惑わせるようにサイドステップを交えて進んでいくと、予想通りライキはそれに反応して、ライキもゆっくりと待ち構えてきました。


「『アクアブラキウム』!」


 魔導によって地面から水の腕が出現して、そのまま私を追い越してライキに襲いかかります。


「ガアアアアアアア!!」



 興奮したような叫び声をあげて、ライキが大剣で水の腕を払っている隙に更に畳み掛けます!


「『リヒジオン・アロス』!」


 今度はライキの周囲に複数の『リヒジオン』の光を展開して、一気に爆発させました。

 ティファさまが戦ったシュウラと呼ばれる鬼の魔王もそうだったらしいですが、この死んだ魔王たちは魔法を使ってこないそうです。


 恐らく、意味のある言葉を放つことが出来ないからだと言うのがティファさま談。

 ただ適当に吠えているだけ……なんだとか。


 これが生きている本人が相手ならば、この攻撃もなんなく防ぐ事ができたでしょう。


 爆発して少ししてからライキの元に辿り着いた私は、そのまま彼がいたと思われる場所に向けて斬撃を繰り出しました。


「ガ、アアア……」


『リヒジオン・アロス』を受けてボロボロになっていたライキに向かってはなった斬撃は正確に胸の心臓部。

『死霊の宝珠』から送られてくる力を受け止める核を貫きました。


「ガ……ガ……」


 捉えた……そう思ったのがいけませんでした。

 一瞬の油断。私は不意に左側から迫ってきた何かを全ての水の剣と『クアズリーベ』で防御する形で受け止めました。


 が、すごく強い衝撃を受けて、そのままいくらか右に押し出されるような形になってしまいます。

 地面で踏ん張ってなかったら、間違いなく弾き飛ばされていました。


「ぐううぅぅ……」


 思わずうめきながら状況を整理しました。


 恐らく大剣の峰の方。トゲみたいなのが付いてる側でした。

 比較的内側に潜り込んだお陰で、トゲのついた部分は避けられましたが、あれがもしトゲのついた方だったとしたら……死にはしなかったでしょうが、もう少し手痛い傷を負っていたかもしれません。


 ライキはどうなったのかと思うと、最後、大剣を振るったままの姿で完全に動きを止めていました。


 例え死して動きを止めることになったとしても、決して倒れ伏すことはない。

 ボロボロの死体でありながらもどこか高潔な魂を宿していたような……そんな姿を私は見てしまったような気がしました。


「……今度こそ本当におやすみなさい。ライキ王……」


 そっと呟いた私の声は、きっと彼に聞こえた……そう思います。

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