215・桜スライム、抜刀の王との戦い

 最初の一撃は居合の構えから繰り出した斬撃。

 それからのシャラ様は居合の状態を保ちつつ、こちらの攻撃を待っているようでした。


 それがしの反応を見ようとしているのか……ならば……。


「はぁっ!」

「……ふっ」


 ――ギィンッ!

 ――キィンッ……!


 それがしが行動を起こそうとした瞬間、刃が一つ飛んできて、慌ててそれを防ぎましたが……二撃目はそれがしの刀を弾き飛ばそうと刃を合わせてきました。


「な……!」


 思わず、その行動に驚きましたが、なんとか刀を手放さずに一度距離を取るように後ろに飛び退りました。

 それがしとシャラ様との距離はそれなりにあったはず……。

 少なくとも刀が届くような間合いじゃなかったはずです。


 これが……これがセツオウカで最も武芸者であると言われた最高を謳われる魔王……シャラ。


「……うむ、おぬし、中々やるな。

 某の立合による抜刀術をこうも受け止めるとは……中々どうして面白い」

「立合……? 居合ではないのですか?」

「ふむ……今では抜刀術のことも居合術と呼んでいるのか……。

 それはちと、寂しいな」


 少々寂しげな顔を見せてきますが、それでも全く隙を見せない彼のその立ち居振る舞いは……油断がなりません。


「では、こういうのはどうかな?」


 たったっと二回飛ぶような音が聞こえたかと思うと、シャラ様がこちらに向かってきました。

 そのまま鞘を抜く音が聞こえたかと思うと……刃がそれがしに向かって加速してきました。


 三度……いいえ、四度の斬り合いをくぐり抜けた先にあったのは、死の気配。


「『闇風・隠忍かくれしのび』!」


 シャラ様に向かって放った魔法は、飛び出した瞬間、刀で消し飛ばされてしまう。

 ……このままでは埒が明きません。


 遠距離の間合いを保ったところでなんの意味を成さないのであれば、一気に近距離に詰めるまで……!


「はああぁぁぁぁっっ!」


 それがしは自身の心に喝を入れるために大きく声を張り上げ、一足飛びで間合いを詰め、攻勢に転ずることにしました。

 こちらの動きを見て、シャラ様は一瞬驚きの表情を浮かべましたが、その後すぐにそれ以上に獰猛な笑みを浮かべてきました。


 あれは笑う……というよりも威嚇。

 のこのこ自らの間合いに飛び込んでくるそれがしに対し、一切手は緩めぬという言葉を表現するようなものでもあった。


「はは、面白い。そうでなくてはな」


 それがしの斬撃を弾き、逆にこちらがシャラ様の刃を防ぐ。

 まるで互いに生と死を繰り返し、踊り狂うようにしのぎを削り、より一層熱を増していきます。


 こちらが一度攻撃する毎に二度、三度とシャラ様の刃が煌めき、それがしの体は徐々に傷ついていきます。

 それに対し、シャラ様の方はほとんど無傷と言ってもいいほど。


 ですが、痛みに根を上げているような場合ではありません。

 そんなものよりももっと大切な……もっと神聖な戦いを今、それがしはしているのですから!


「ふ、ふふふ……」

「どうした?」


 互いに刃を交えながら、まるで世間話でもするかのような調子でシャラ様がそれがしに声をかけてきました。

 それに対し、こちらも同じように軽いノリで応じました。


「ふふ、いえ……ここまでの死闘、演じることが出来たのは本当にいつぶりでしょうか……。

 それも最高の武芸者と誉れ高き御方。

 憧れのシャラ様とこうして一対一で死合えることが嬉しいのですよ!」


 今はそれがしが断然に不利。

 ですが彼と刃を合わせるたび、死を間近に感じるたびにそれがしの中で一つ、また一つと限界を超えていくような音がします。


 まるでシャラ様の強さに惹かれていくように、意識が研ぎ澄まされ、高みへと……ひたすら己を研鑽していく感覚。


「かかっ、素晴らしい。

 互いに相手を殺すために死を合わせる……これぞ誠の死合いよ!

 気に入った! おぬし、名と口上を聞こう」

「我こそはリーティアスの一番刀――彼の国の剣たる桜、カヅキ!」


 互いに刀を弾き距離を取り、飄々とした様子でそれがしを見つめるシャラ様に雄々しく名乗りをあげると、まるで愉悦を感じられているかのように顔を歪め、そこから更に濃密な殺意が漏れ出る。


「よかろう。カヅキよ。

 某こそセツオウカにてこの王在りしと言われる抜刀術の使い手――シャラである。

 今からよりおぬしを斬る者の名、しかと己が心に刻んで逝け!」


 今までとは何か違う威圧感を解き放つシャラ様は――そう、前戯はこれで終わりとでも言いたげな様子でした。


「さあ、出番だ『首落しゅらく丸』よ。

 お前の獲物は――今目の前にいる」


 ――刹那。

 今までただの刀であったはずのソレは妖しく鳴動したかと思うと、数度鼓動し、シャラ様の意に答えようとしているかのようでした。


首落しゅらく丸』。

 それはかつてシャラ様が愛用されていた妖刀。

 濡鴉のように妖しく艶めく黒い刀であり、魔力を込めることによってその力を最大限に発揮する。


 あらゆる金属を断ち、一度に数度の斬撃を繰り出すことを可能にする。

 首を落とし、その血肉を喰らうという伝説が残されている妖刀です。


 シャラ様が盗まれたのと同時期に無くなってしまったのですから一緒に運び出されたことはわかっておりましたが……まさかその力を自身の肌で感じることになるとは思いもしませんでした。


 ですが――いいえ、だからこそ心が、血が滾るというものです。


「『風阿ふうあ吽雷うんらい』……貴方達の力、今こそここに!」


 それがしは自身の愛刀に呼びかけ魔力を込めました。

 シャラ様がどれだけの強者であっても、それがしも負けるわけにはいきません。


 例え戦いの愉悦の中に包まれたとしても守らなければならないものがある。


「さあて、某とおぬしの刃……どちらが優れているか、狂気に身を焦がせるか……勝負といこうではないか」


 さらに腰を落とし、刀を握り、先程と同じようにいつでも鞘を引くことが出来るように構えを取りました。

 ならば……それがしも一気に速さで対抗するとしましょう。


「『風風・俊歩疾速』!」


 身体を強化し、一気に間合いを詰め、魔力を解放させた二色の刀で次々と連撃を繰り出します。

 それを迎え撃つシャラ様は実に楽しそうに対抗してきました。


 幾度の光が瞬き、その度にそれがしは魔法を使った身体強化を行い、シャラ様の剣さばきに追いすがっていきます。


「おおおお!!」


 左の『風阿ふうあ』をフリーの状態を保ちつつ、『吽雷うんらい』でなぎ払い、斬り上げ、そのまま落とす。

 シャラ様はそれを受け流し、皮一枚で避けたかと思うと、そのまま回避行動を取りつつ一度刀を抜き、それがしの首を狙いにくる……。


 それをこちらも同じように皮一枚で避けようとしましたが……浅く血を流してしまい、一度後退。


「『紫電一閃』!」


 雷の魔力を宿した『吽雷うんらい』から繰り出す幾つもの紫の稲妻。

 縦横無尽に駆け巡るそれらが一斉にシャラ様に襲いかかり……その全てを濃密な闇を纏った『首落しゅらく丸』による剣戟が斬り落としてしまいます。


 これでも……届かぬということですか……!


 次の一手を繰り出そうとしたところで……急にシャラ様は不愉快そうに顔を歪め、その殺気の矛を徐々に収めていきました。


「……ままならぬものだな。全く、悪趣味な奴だ……」

「どうしたのですか? かかってこないのですか!」


 それがしが挑発するようにニヤリと笑うと、返すように同じように笑いかけてきたのはシャラ様。


「某の身は満足な自由も与えられておらぬからな。

 引けをと言われれば引くしかあるまい」

「……貴方を操っているのはパーラスタのフェリベル王なのではないのですか?」


 この戦場にいるということは、そういうことなのだろう。

 そんな疑問をぶつけると、実に愉快そうに笑っているシャラ様は……信じられない言葉を口にしました。


「かっかっ、あそこに操られていたならば、某も今頃、シュウラやライキと同じように何も語れぬ骸のままよ。

 ここに来たのは唯一つ。義理を果たしに来た……それだけよ。

 カヅキよ、この勝負おぬしに預けた。次会う時あらば、そのときこそ決着を着けよう」


 そのまま離れていったシャラ様の姿を見届け……それがしはふと力が抜けてへたり込みそうになったのを堪えました。


 ずっと戦闘を続けたかった……そういう思いもありましたが、それ以上に死を予感させる戦いでした。


 終始押し切られるような形だったためか、ほぼ負けたようで悔しい思いをしましたが、気持ちを切り替えなくては。

 それに、一つ気になることを言っておりました。


『義理を果たした』……シャラ様はそうおっしゃっておられました。

 つまり、シャラ様はフェリベル王の支配下に置かれてはいないということになります。


 この戦い――ただ単にパーラスタとリーティアスの戦争で終わるようなものではない……そんな予感をさせられました。

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