210・戦いの始まり、その一撃

 ――フェリベル視点――


 パーラスタからそれなりに離れた付近に展開しているティファリス女王の軍勢を見て、思わず憎々しく感じてしまうのは、彼女の軍が来るのはまだ当面先だと思っていたからだろう、と考えていた自分を恥じたい。


 まさかワイバーンと彼女の持ってる飛竜のペットを使ってあんな風に兵士たちを運ばせてくるなんてね。

 おまけに戦闘にはそのペットが陣取っていて、魔法に寄る攻撃は見るからに通用しそうにないように思えたからだ。


 しかし……肝心のティファリス女王の姿は今の所確認出来ていない。こちらもワイバーンとドワーフ族に作らせた望遠レンズと呼ばれる遠くを見れる道具で見た結果だ。

 あの女王のことだから戦場に出てくるのかと思っていたのだけど……いや、今の状況の方が都合がいい。


 そう、あまりの都合のいい展開に思わず笑みすら漏れてくる。


『極光の一閃』が完成した以上、ベリルは最早どうでもいい。

 アレは僕に利益をもたらせてくれる大切な存在ではあったが……『極光の一閃』と『銀狐族』……この二つが揃えば、それでアレの仕事は終了。


『隷属の腕輪』の量産品は作れる以上、アレの価値は『隷属の腕輪』の完全版を作れることにしかない。

 つまり、帰ってきたところで魔力吸収装置に放り込んで死にゆく様を眺めるぐらいの役にしか立たないということだ。


 エルフ族の血を引いているはずなのにこの程度のことしか出来ない。

 幼い時は全く魔力を持たなかったくせに、覚醒した途端一丁前に強くなった半端者。

 あいつが先祖返りかなにかをした影響か、違う種族であるからこそ良かったものの……同じ種族で同じ血が流れていたとしたらゾッとする。


「エチェルジ」

「はい」

「『極光の一閃』をディトリアへ向けろ」

「かしこまりました」


 ベリルがここに帰ってきている以上、あのエルフの面汚しには一刻も早くご退場願わなければならない。

 存在自体が汚らわしい、醜い――族のベリル。


 お前をこの世から消すことにより、僕の歴史から汚点は完全に消える。


「フェリベル様、準備が整いました」

「よし……」


 そしてティファリス女王。

 彼女もベリルを手懐けるだけの駒にしか過ぎなかった。

 汚らわしい魔人族の中でも見れた容姿であるわけだし、家畜――いいや、愛玩動物ペットとして辱めてやるのも良かったが……我が強すぎる。


『隷属の腕輪』が効かないのであれば、こちらもベリル同様、生かしておくわけにはいかない。

 それならばさっさと『極光の一閃』で焼き払ってやればいいというわけだ。


 準備が整ったというエチェルジの言葉により、僕は城の屋上――『極光の一閃』の砲台の近くまでやってきた。

 魔力吸収装置の中には銀狐族の屑共を放り込んでおり、その中央――一際目立つ場所には銀狐族の姫であるフラフを据えている。

 まさか彼女の記憶が封じられていたせいで種族としての能力も封印されていたのには驚いたが、契約スライムが封印を解く方法知っていたおかげで円滑に事が進んだ。


 つくづく『隷属の腕輪』というものは使える。

 なにしろどんなに痛い思いをしても、どんなに首を締めて死にそうになっても……幸せそうに顔を歪めるんだからね。

 そんな主の姿を見てしまえば、スライムの方も心が砕けかければあっさりと『隷属の腕輪』の支配を受け入れて……本当に愚かな種族だよ。


「さあ、役に立っておくれよ。哀れな『消耗品』」


 魔力を吸い上げられ、半永久的に使い潰されるであろう銀狐族。

 その魔力を凝縮し、糧として解き放つのは、完璧なまでに死を内包した白い苦しみの閃光。


「発射準備、開始」


 僕の宣言とともに徐々に魔力を集め凝縮していく。

 消耗品どもが苦しみに表情を糧にして……白い光はさらなる昏い負の感情を纏わせる。

 他者の命を吸い、その魔力により全てを焼き払うそれを討つべく、僕は右腕を思いっきり掲げた。


「『極光の一閃』――リーティスの首都ディトリアに向けて、発射」

「はっ!!」


 チャージの終わった『極光の一閃』を発射するべく、掲げた右腕思いっきり降ろし、発射の合図を下した。

 その瞬間、世界は白で染まり――僕の輝かしい未来が始まるんだ。






 ――






 ――ティファリス視点――


 フェリベル王は私がパーラスタ側にいないことを確認すれば、まず間違いなくディトリアを攻撃するだろう。

 それは私をさっさと始末したいから……という一点に尽きる。


 あの威力の武器……自分の城に比較的に近いあの場所で使えば、間違いなく向こうも自滅する。

 だからわざわざ私の居場所を明確にしてあげたのだ。


 下手に向こうに向かえば、『極光の一閃』がどこに向けて放たれるかわかったものではないが、少なくとも私がディトリアにいるであろうという確信があった場合、その矛先がどこに向かうか……それくらい明確だからだ。


「さて、それじゃあ私の方も準備しないとね」


 南西地域に向かう一撃がどの程度のものかは知らない。

 だけど、なんであれ食い止めてしまえばいいのだ。


 訓練場に一人、誰も観客のいない中ではあるが、私は舞台の幕を開ける。


「『神創絶鎧「イノセンシア」』」


『神創崩剣「ヴァニタス」』と対を成す神創具の一つ。

 全てが鈍く白く光る鎧。スカートはやはり短く、両端には透明度の高い金属のようなもので作られた装甲が着けられていて、そこから垂れ下がるように布上のものがサイドスカートのような役割を果たしてくれている。

 結局前と後ろは短いままなのだが……『ヴァイシュニル』といいこれといい、なんでこんな意匠ばかりなのだろうか? と疑いたくなるほどだ。


 しかしこれには黒、というものがない。

 優しく淡い緑色の宝石が鎧の中心と篭手に該当する部分の手のひらに埋め込まれていて、金の糸のような金属で繊細に表現された翼などの模様は、余計にその美しさを際立たせている。


 その美しくも神秘的な鎧は、私の言葉一つで更に力を開放させる。


「純真にその身を包み、天の園へ――『パライソ』」


 私がその言葉を口にした刹那――圧倒的なまでの光量に包まれ、収まったときには私は白と淡い緑を基調にしたゆったりとした服にその身を包んでいた。

 スカートと一体化しているそれは膝下くらいまであって、ドレスのようにも見える。


 少し胸元が開いているが、けっしていやらしいというような感じではない。

 あくまで自然な範囲内だ。


 宝石を所々にあしらった美しいティアラが頭に着けられていて――例えるなら光の王女とでも表現すればいいのだろうか?

 黒髪の私には到底似合わないような姿に思える。


 これが転生前の私が一度も使用することのなかった『パライソ・イノセンシア』。

 そして……その姿になった瞬間――私は自分の頭上に輝く白の死を内包した光を見た。


 あれが――『極光の一閃』。

 ディトリアを目掛けて降り注ごうとしていた光に対し、私はそっと手をかざす。


 そして――まるでそれが私の意思であったかのように、光は見えない何かと激しくぶつかり合い、光を撒き散らし続ける。


 バチバチと音が鳴り響き、恐ろしい音を奏でながらも、決してこのディトリアに死の光は霧散していく。

 徐々に威力が弱まっていった『極光の一閃』は、やがて完全に相殺され、この世の何者をも巻き込むことなく、その役目を終えた。


 これが『パライソ・イノセンシア』。純真な者が集う楽園を冠する鎧。

『カエルム・ヴァニタス』と併用する事はできず、どちらか片方しか使用することが出来ない……のだが、この鎧の方はそもそも剣を扱うことが出来ない。


 まず、物理的な干渉を行うことが出来ない。

 物を持つことは出来ないし、それと同様に傷つけられることもない。


 次に魔法的な干渉も受けることはない。

 私自身は魔法・魔導による攻撃対象に選択されても素通りしてしまう。


 自身の存在が……位の段階が上がるとかなんとか……。

 そういうわけで、私は攻撃できず、攻撃を受け付けない、ある意味完全な状態だ。


 そのかわり、私が心の底から信頼し、私のことを疑うこと無く信頼してくれる者に絶大な力を与えてくれる。

 そして……守りたい者がいる場所に害意が迫ったとき、今みたいに防いでくれる。


『パライソ・イノセンシア』は今、南西地域全土を守ってくれている。

 そして……心底私を信じている大切な仲間たちに力を授けてくれているのだ。


 さあ……これからが本当の戦いだ。

 私に戦争を挑んできた愚かさ、後悔させてやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る