209・青スライム、戦いが始まる前
――アシュル視点・パーラスタ――
「……とうとうここまで来ましたね」
再度訪れたエルフ族たちの領土に、私の気分は少々高揚していました。
だって、ティファさまから直々に激励を頂いたのですから、それだけで元気が出るというもの。
(姉様、随分ご機嫌だよねー)
「んふふ、わかります?
ティファさまからの激励が私に力を与えてくれるのですよ」
(ああ、あれだね。僕もあれにはグッときたよー)
二人であの時の……ティファさまの演説を思い出して、再び顔がにやけていくのがわかりました。
『これから行う戦い……それは我らが同胞と言っても良いセツオウカの想いを背負って行う一戦であり、エルフ族の蛮行を止める戦いと言っていい。
『極光の一閃』と呼ばれる町をも滅ぼす武器を使い、覚悟なき国民達すらも巻き込む所業、決して許してはいけない!
そして、彼らエルフ族をこのまま放っておいてしまえば『極光の一閃』が私達の国に降り注ぐかもしれないだろう。
それは貴方達の友人・恋人・家族を焼くことになるでしょう。
こんな話をすれば不安に思うかもしれない。だけど、それは私が全て防ぐ。
ただの一度たりともこの国を『極光の一閃』で焼き払われることのないように私が命を賭けて守りましょう。
だから貴方達も全力を持ってパーラスタを攻め落としなさい! あらゆる種族が……平和に暮らすために!』
あんなにも凛々しいティファさまを見ることが出来た……。
それが役得でなくてなんだというのでしょうか。
あまりの格好良さに、じーっと私の魔王様の勇姿をこの目に収めてしまうほどでした。
それはそうと、その後気になる事を言っていましたね。
なんでも『ティファさまを心の底から信じるのであれば、戦いの間だけ力を授ける』というものだったはず。
力を授ける……一体どのようにしてティファさまのお力を与えてくれるのか? 今からワクワクが止まらないのです。
(あの時の母様、本当に格好良かったよねー。
僕も思わず見惚れちゃったよ)
「そうですよね。あんなに凛々しいお姿、中々見れませんよ!」
「……二人共、なにをしているんですか?」
私とフレイアールがティファさまのお話で盛り上がっているとき、若干呆れた顔をしながらカヅキさんが会話の輪に混ざってきました。
「こっちに来る前のティファさまの言葉を思い出していたのですよ」
「ああ、あのお言葉ですか。確かに、士気をあげることには成功しましたし、あそこまで言い切れることは中々ないと思います」
「ですよね!」
流石カヅキさん。
私の言葉にうんうんと頷いてくれました。
「だけど、そろそろ自重したほうが良いですよ。
そろそろ最初のワイバーン部隊が全員こちら側にやってくるでしょう。
パーラスタの方もそれがし達の姿を確認しているはずですし、こちらがなにをしているかも大体把握しているはずです」
カヅキさんに諭されて、私は一度気をしっかり引き締めることにしました。
それもそうです。ここは既に敵地。カヅキさんの言う通りちょっとはしゃぎすぎたのかもしれません。
「わかりました。ワイバーン部隊が最初の兵士たちを全員連れてくる……ということは、そろそろこちらも攻める……ということですね」
「流石に全戦力を待っている余裕は、それがし達にはあまりないでしょう」
神妙に語ってくるカヅキさんにただ頷くばかりの私。
ティファさまは『極光の一閃』なんて物の数に入らないと入っておりましたが、だからといってそれに頼りになりっぱなしではいけません。
私達はティファさまの家臣であり、守られるためだけの存在ではないのですから。
それに、このまま『極光の一閃』を使われてしまえばフラフが死んでしまうかもしれません。
あの子とは色々ありましたが、初めて会って、和解したときからの友人です。
ちょっと言葉が少ない子でしたが、私にとっても……ティファさまにとっても大切な子なのです。
「カヅキさん、指揮の方はよろしくおねがいします。
私は……」
「わかっています。フレイアール殿、アシュル殿、ベリル殿は個人で動くということですね。
三人共誰かを引っ張るというより独走されたほうが軍の助けになるでしょう。
こちら側のことはあまり気にせず、存分に暴れまわってください」
にこりと笑うカヅキさんだけど、彼女も本当は暴れたいのかもしれません。
本来ならティファ様の最初の配下である私が軍を取り仕切り、戦争を優位に進めていく役目を担うべきなのでしょうが……私は自分優先にしがちなのと、広範囲の魔導を使うときは敵味方関係無く倒してしまう恐れがありますからね……。
「……ところでベリル殿はどうされたのですか?
確か既に到着しているはずなのですが……」
カヅキさんの質問で私もようやく気づきましたが、そう言えばベリルさんはどこに行ったのでしょう?
確かフレイアールで一緒に来たのは覚えているんですけど……。
(彼女だったら、向こうでパーラスタのお城がある方面を見てたよー)
私とカヅキさんが疑問に思っていると、フレイアールが念話でのんきそうに伝えてきましたので、カヅキさんと一緒にそっちの方に向かってみると……ベリルさんがどこか無感情そうにただただお城を眺めていました。
……その姿は、非常に違和感を覚えます。
だって、パーラスタはベリルさんが長年過ごしていた国のはずです。
だったら、少なからず『寂しい』とか『悲しい』とか……そんな感情が浮かんでくるはずなのです。
それなのに、彼女は何も感じず、ただただパーラスタの首都がある方面を眺めていました。
ベリルさんは一体、何を考えているのでしょうか?
……どんな想いで、今ここにいるのでしょうか?
私達に気づいたベリルさんはさっき首都を見ていた無感情の目に光を宿して、暖かみのある感情がその顔に戻ってきていました。
「三人共どうしたの?」
「いや、ベリル殿がどこにいるのかと……やはり、自分の生まれ育った国を攻撃するのには抵抗がありますか?」
「……なんで?」
カヅキさんの問に、心底不思議そうに問い返したベリルさん。
その『なんで?』には『なんで抵抗感を抱く必要があるの?』……そんなニュアンスを感じました。
「……実の兄をこれから討つのですよ? 少なからず思うところはあるでしょう?」
「んー、そうだね。
よくも今まで利用してくれたね、って想いは強いかな。
でもわたしはティファちゃんに会うためにお兄様を利用してたし、今まではおあいこって感じかな」
人差し指で左頭をとんとん、と叩いて何かを思い出すような仕草を取っているベリルちゃんは笑顔で結論を出すように……嬉しそうに語る。
だけど、その目は笑ってなくて……どこまでも冷酷な昏い瞳をしていました。
「わたし、やっとティファちゃんの役に立てる。
だから……血が繋がってるだけのお兄様はもう用済みだよ。
それに、『極光の一閃』が扱えるようになった今、向こうもそう思ってるだろうしね」
それだけ言うとティファさまのお話を楽しそうにし始めるベリルさん。
先程のフェリベル王の時とは違って、心底幸せそうにしている姿を見て……私はどこか恐ろしいものを感じてしまいました。
こんな兄妹関係しか構築出来なかった二人。
互いに利害のみで結ばれていた血族は、望む結果を得た今、互いが邪魔でしかないのでしょう。
一体どれだけの事をすれば、あんなゴミを処理するかのような冷酷な目が出来るほどの関係が構築出来るのか……。
私には理解できませんが……それはとても――とても悲しいことなんだと、思いました。
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