200・魔王様、魔人族を癒やす
――ティファリス視点――
クルルシェンドの関所で待っていた私は、しばらく怪しい鳥車が入ってこないかと狐人族の兵士達と一緒に監視していた。
その間、緊張している様子の兵士達にリラックスするようにしばらく話していると、ようやく打ち解け始めたという時にフレイアールとナロームがこちらにやってきた。
確か二人共それぞれ違う場所で鳥車がやってくるのを待っているはずだったんだけど……どうしたんだろうか?
「よう、女王さん、狐人誘拐について最新情報を持ってきたぜ」
「最新情報?」
『うむ、どうやらカヅキがその愚か者どもを捕らえることに成功したようだ。
ただ、ワイバーンが乗せられる人数を超えていたようで、近場の町まではその不届き者の鳥車を使ったと聞く』
なるほど、最近ではワイバーンの足に人が乗れるような籠を掴ませたりと、それなりに人が乗れるように工夫はされている。
だけど普段のワイバーンは多くて二人――いや、ぎりぎり三人ぐらいが精一杯なのだ。
それを考えたらそういう事になるのも仕方がないと言えるだろう。
「なるほどね。それじゃあ私達もその町まで行きましょうか」
「その方が良いだろうな。
話を聞くにしても、連れてくんのは時間がかかる。
今一刻も争うってんなら、その方が良いだろうな」
うんうん頷くナロームはまるで自分には関係ないと言わんばかりの態度を取っているように思う。
……いや、この男は大体こんな感じだったか。
『我が母よ。ならば疾く我が背中に乗ると良い。
母の望む場所まで我が光すら凌駕して案内しよう』
フレイアールは最初成竜状態の口調に違和感を覚えていたようだが、今ではすっかり慣れたようで、普通に話すことが出来るようになっていた。
それでも小竜状態の時はいつものと変わらず幼いフレイアールのまんまなのだからギャップが激しいというのだろうか……。
私とアシュルは未だに慣れないのだけれど、なまじ念話でいつもの可愛らしいフレイアールと接しているせいだろう。
もっとも、私はこの凛々しい口調も好きだから良いのだけれど。
それに――
「それじゃ、そこまでお願いするわね」
『うむ、我に全て任せると良かろう』
小竜の頃にやっていた、嬉しい時はパタパタと翼をはためかせ、周囲を飛び回る癖が未だに治っていないようで、今もぶおんぶおんとその大きな翼をばっさばっさと動かしている。
幸い空を飛ぶような事はしなかったのだけれど、ものすごい風が発生してしまうせいで、周囲のものが吹き飛びかねないことになることが多い。
私も最初は何度も注意していたのだけれど……今はもう治らないだろうと諦めている。
私としては小竜のままのフレイアールが感じることが出来るから構わないのだけれど。
風に少し吹き飛ばされそうになりながらも、私はナロームの後ろに着くような形でフレイアールに乗り込み、フレイアールの背中をしっかりと握りしめる。
この子は結構掴みやすいところが多く、ワイバーンのように密着して抱きしめるような形で乗る必要は全くない。
これがワイバーンだったら……例え私が前だとしても、アシュルやベリルちゃんに見つかった瞬間にナロームの死が決定する。
そんな予感がなぜかした。
「よし、それじゃあよろしく頼むぜ、フレイアール」
『当然だ。振り落とされんようにしっかり掴まれ』
フレイアールが一言そういった直後、思いっきりフレイアールは急上昇して空を舞い、一気にカヅキが待つ町へと向かってその身を羽ばたかせるのであった。
――
町にたどり着いた私達は、まずカヅキと合流すべく、鳥車を停泊させる場所に急ぐ。
ちなみにフレイアールは成竜状態から小竜の状態に戻り、私の背後からパタパタとついてまわっていた。
「カヅキ」
「ティファリス様。お待ちしておりました」
一つ、見るからに異様な鳥車を見張るようにカヅキはその場に佇んでいた。
そこではラントルオが身動き一つせずにぐったりと横になっていて……鳥車に繋がれているその姿はちょっと痛々しくも感じる。
一瞬死んでるんじゃないかと思ってビクッとなってしまったが、よくよく見たらかすかに胸の辺りが上下している。どうやら眠っているようだ。
一体どうやったらあんな風に死んだように眠る程疲れさせることが出来るのだろうか……。
「じょ、状況を説明してちょうだい」
「はい。
まず誘拐犯なのですが……報告した一部……魔人族は捕らえる事に成功したのですが、肝心のエルフ族は逃してしまいました。
それと魔人族なのですが……『隷属の腕輪』をしていました」
やはりか。
エルフ族は基本的に他種族を見下している。
それは支配したり愛を与えたり……様々だが、彼らの根底にあるのは『他種族はすべからく劣等種である』ということだ。
彼らからしてみれば竜人族も鬼族も同じく劣等種。
唯一同列として扱うのは契約により種族を変えるスライム位のものだろう。
そんなのに誰が好き好んで従うというのだろう。
やるなら『隷属の腕輪』一点だ。
「それで、その魔人族達は?」
「あちらの方に待機しております。
どうやら鳥車を走らせるというのが命令だったらしく、それが達成できない状況に陥った現在はおとなしいものです。
もっとも……意識だけははっきりさせられてるところから彼らの主の醜悪さを感じますが」
吐き捨てるように怒りを滲ませているカヅキの表情は初めて見た気がする。
よほど酷いものを見たのだろう。
中々珍しくもあるが、口に出せば矛先がこちらに向かいそうな程、鬼気迫るものを感じた。
「……わかった。今から治療するから中に入っていいわね?」
「はい。こちらにどうぞ」
私はカヅキに案内されるまま、鳥車の中に入る。
扉を開けると、そこにいたのはびくびくと怯える狐人族の子ども。不安げな大人。
それと、『これから俺達は死ぬのか……』みたいなどこか達観した諦めが入った魔人族の男性が三人。
意識はあるが体は動かせないようだ。
腕にはめられた『隷属の腕輪』が彼らの立場をより強調してくれている。
「『人造命剣「フィリンベーニス」』。黒は全てを塗り潰す」
回復魔導を使うのも一つの手なのだが、後ろでナロームが見ている以上、光属性に位置する回復系の魔導は使う訳にはいかないだろう。
パッと見、闇属性に見える黒の『フィリンベーニス』なら何も問題はないというわけだ。
私が何の躊躇もなく斬り捨てると、三人は闇の繭にくるまれ、今は安らかな眠りについていることだろう。
次に目を覚ましたときには何のしがらみもない、本当の自由をその身に手にしているはずだ。
――
狐人族が不安そうに私と黒い繭を見守る中、やがて解けるようにゆっくりと魔人族の男性たちは姿を見せ、目を覚ます。
「あれ……俺達、死んだんじゃ……」
「お、おい、声が……声が出るぞ!」
「動く! 体が動く!!」
驚きと戸惑いの表情で自分たちの体を見ていたようだけど、やがて自分たちの体が正常に戻っていることに気づくと、喜びのあまりむせび泣く者すら出る始末だ。
ここで水を差すのはなんだか気が引けるが、こっちもそんな悠長なことを言っている場合ではない。
「感動の瞬間を邪魔するようで悪いんだけど、貴方達、銀色の狐人族の女の子を一人さらっているでしょう?
今姿が見えないようだけれど……どこに行ったか知ってる?」
私の問に冷静さを取り戻したのか、一人がこちらを向いて私の質問に答えてくれた。
「それなら俺が知ってる。『ご主人様』と一緒にワイバーンで行ってしまったよ。
大方、ここがワイバーンで各国とやり取りしてるのを見てこっそり紛れ込ませていたんだろう」
「よくそれがわかるわね」
「『ご主人様』は意識をはっきり残しながらも自分の言うことを聞く道具が好みでな。
子どもに親を殺させるのに、むしろ愉悦を感じるクズだよ。
俺達は走り続けた後、人知れぬところで鳥車を止めて、そのまま餓死するよう命令されていたからな。
どうせ死ぬのだからとぺらぺらしゃべってくれていたよ」
ご主人様と呼ぶそれは実に憎々しげで、彼らの『ご主人様』に対する恨みつらみが伝わってくるようだった。
その後、鳥車で消耗していた魔人・狐人族両方ともこの町で英気を養えるよう取り計らう。
一応彼らも被害者なのだが、それ以上に重要な情報源なのだ。
一度リーティアスに戻り、こっちの町に誰か迎えをよこす必要があるだろう。
彼らには、リーティアスに連行するまでの間……束の間の休息を与え……私はエルフ族の国々に抗議する為の手続きを進めることにしたのであった。
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