間話・銀狐、捕らえられた先
――フラフ視点・パーラスタ――
怪しいエルフの男に連れられたあたしは、ワイバーンに乗ってエルフの国のパーラスタに行くことになった。
……正直、ちょっと後悔してる。
いくらなんでも軽率すぎたかもしれないと。
狐人が誰かに誘拐されているって噂を聞いて真偽を確かめてからカヅキさんに報告しようとしたんだけど……見つかった挙句、幼い同類を盾にされてここまで誘拐されてしまう羽目になったんだから。
今、あたしは意識だけははっきりしてるけど、身体は一切自分の思い通りに動かない。
右腕で鈍く光る『隷属の腕輪』がそれを許してくれない。
最初はこの腕輪で本当に人が思うままに操られるのかと半信半疑だったけど、今ならわかる。
こんな恐ろしいものをティファリス様が嫌った理由が。
だってなんでも思うまま。
睨むことも悪態を吐くことも出来ないし、あのエルフの男が言うには呼吸さえ禁止することだって出来るらしいし、それを信じるしかない現象があたしの身体には起きてる。
どれだけ強く念じても指先一つ動かすことが出来ないのだ。
こんなに恐ろしいこと、今まで体験したことがない。
自分の体なのに自分の意思では全く思い通りにならない事実。
拘束されてるとか、洗脳されてるとかそんなヤワなものじゃない。
完全な支配下。あたしであってあたしじゃない。
別の生き物が身体を動かしているような気持ちの悪い妄想でさえ、真実に思えてくるほどの出来事。
しかもこの男はかなり醜悪で、なんであたしが意識を保ったままなのかというのも彼の趣味でしかない。
意識と目だけ自由にさせ、他の全てを縛ることで優越感に浸る……あたしの前を歩いてる男はそんな気持ちの悪い存在なのだ。
食事を四つん這いでさせられた時は羞恥心と怒りで頭がどうにかなりそうだった。
その時に足で頭を踏まれてぐりぐりされても身体は食べることを止めない。
流石にあたしの貧相な体には全く興味がないのか、いやらしいことはされずに済んだけど、何でもかんでもあの男の許可が必要なこの生活はあたしの心を砕きそうになるには十分だった。
種族として――いいや、人としての尊厳すらズタボロにされながらたどり着いたパーラスタはとても異様な光景だった。
いろんな種族が町を歩いている。
まるでリーティアスを見ているような気もするけど……そこどれもがどこか歪んでいた。
笑顔で接する魔人族の男女。
楽しそうに駆けていく狐人族と獣人族の子どもたち。
意気揚々と商売してるドワーフ族の青年……。
そのどれもが知っているような風景で、全部が狂っているように見えた。
それは、無理やり笑顔を作った苦しげな人たち。
無機質ささえ感じる動きを見せる子ども。
何も感情を宿していない商売人。
「あれは全部そうやって動くように命令されてるのさ。
ほら、お前も笑え。
あそこの愉快な
男に言われた通りにあたしは笑う。
とびきりの笑顔の中、目だけは無感情に。
そうやってまじまじと見せつけられた。
この国に囚われた者の末路。搾取される者の姿。
決して逆らわず、常に従う奴隷よりも酷く、やがて殺される運命にある家畜の方がまだ自由があるとすら思えるほどの絶望。
操られてる人形のような町を歩くあたしもまた――彼らに囚われた
――
特におかしくもないのに笑顔を振りまき、エルフ族の男女から侮蔑と嘲笑の視線を向けられながら進むあたしは、やがてパーラスタの中心に位置する城へと到着した。
前を歩く男はやたらと饒舌に景観やら城の美しさやらを褒め称えているようだけど、そんなもの頭に入ってくるわけがない。
熱に浮かされたように話しかけてくるそれが吐き気がするほど気持ち悪く思えてきたその時、謁見の間にたどり着いたあたしが見たのは、少年のような風貌の魔王。
「我らが最上の方――フェリベル王よ。貴方様の望みに叶う者を見つけてまいりました」
片膝をついて頭を垂れるエルフの男。
それだけで彼がどんなものよりも目の前の魔王を敬愛しているのがわかる。
肝心の魔王はあたしの髪・尻尾・肢体と順々に
「よくやってくれた。
流石我らがエルフ族の国民。貴族だ。
シューデルトの家の者は君を誇りに思うだろう。
何故ならば……彼女が我が国が探し求めた人物だとすれば、また一歩――いいや、世界は本来の姿を取り戻すだろう。
下等な種族ども全てが我らに跪くという、あって当然。当たり前の世界が!」
謳うように高らかに、大げさに、両手を広げながら宣言するフェリベル王の言葉に涙を流しそうな勢いで喜んでいる。
「ありがとうございます。
それほどのお言葉を頂き、感謝の念に絶えません」
「ああ、これからもこの国のために頑張ってくれたまえ。
君には……約束通り……」
にやりと心底楽しそうにしているその様子が、一層不気味に感じる。
そのままエルフの男は深々と頭を下げて、あたしを残してそのまま謁見の間から出ていってしまった。
男が立ち去ってすぐにフェリベルは腰を上げてあたしに近づいてくる。
笑顔のまま身動き一つ取れないあたしの顔にそっと触れて、より一層笑顔を深めてくる。
だけどそれは……さっきの男の時とは違って邪悪に満ち溢れている。
「クックックッ……ようやく君に出会えたね。
間違いない。君こそ銀狐の姫君――フラフ・シルフォスだ。
だけどどうしてかな? 『隷属の腕輪』は疲労した聖黒族に使われていたものなんだ。
……そう、さんざん戦い抜いて心身共に疲れた者にトドメをさす一手――それがこれの役目の一つさ」
唇にそっと触れられたり、グッと肩を強く握りしめてこられても、あたしは笑顔のまま。
より笑みを深めるフェリベル王は、無遠慮にあたしの胸を揉んだかと思うと、お腹を殴ってきたりとやりたい放題されている。
そのまま更に饒舌に、舐めるようにこっちを見ていた。
でも銀狐の姫君ってなに? どういうことなの?
あたしはフラフだけど……人違いすぎると思う。
そんなことを全く気にしないでフェリベル王は話を続けてきた。
「なのに君はどうしてそれが付けられるんだろう?
ねぇ、お姫様。
……ああ、そうか。何も出来ないんだったね。
その腕輪は僕がオーナーじゃないから命令出来ないんだよね。
いくら上位魔王でもそこまで出来るわけじゃないんだよ」
尻尾や耳を触られても、思いっきりお尻を叩かれたり、顔を殴られても、笑顔の崩れないあたしの様子に満足気に微笑むフェリベル王とは逆に……あたしは自分の体に更に恐怖を覚えた。
だって……どんなに痛いことをされても体は身じろぎもしないし、痛みも感じない。
そういえばあの時――頭を踏まれていたときも同じ思ったのだけれど、漠然と触られてるということはわかるのだけれど、痛みも何もなかった。
だけど……あの時は自分にも余裕がなくて気のせいかとも思ったんだけど……今ははっきりわかる。
あれは気のせいじゃない。
私が微動だにしなその姿が本当に面白いのか、邪悪な笑みをより一層深めてる。
「痛みがないんだろう? 当たり前だ。
痛覚どころか快楽さえも『隷属の腕輪』はコントロール出来る。
君は僕にとって大切な子だからそんな事はしないけど……今の君はなぁんにも感じないお人形さんだからね。
クックックッ……安心しなよ。左腕に『隷属の腕輪』を付けてからあの男の腕輪を外してあげよう。
そうすればオーナーも書き換わるからね。
後はゆっくり、君のことを教えてもらおうかな。ね、お姫様?
あは、あははっ、あっははははははは!!」
突き飛ばされてそのまま地面に転がったあたしの体を思いっきり踏みつけて……フェリベル王は狂ったかのように、本当に嬉しそうに笑い続けていた。
あたし、どうなるんだろう?
これから先の事が……怖くて、怖くて、仕方なかった。
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