199・桜スライムの追走
――カヅキ視点――
フラフがいなくなった次の日、それがしは言い知れぬ不安を感じ、その日の稽古を早々に切り上げました。
一日足りとも休むことのなかった彼女が二日続けて……それもそれがしに何も言うことはなく、ティファリス様の館にある自信お部屋にすら帰らない……。
そんな事が起こっている時点で異常としかいいようがありません。
それがしはその日、すぐさまフラフの行方を探すべく、ゴブリンたちを使って町での聞き込みをしました。
何の情報もない以上、人海戦術を取って一刻も早く情報を集める必要があったからです。
その日一日を使って色々と調べた結果、複数の怪しい魔人族の男が狐人族をラントルオの鳥車に乗せているのを見たという情報が複数寄せられたのです。
そのうちの極わずかではありますが、疲れるように背もたれにもたれ、魔人族の者達に指示を出しているエルフ族の姿があったと聞きました。
ここでなぜエルフ族が……と思いましたが、そういえばティファリス様がクルルシェンドでエルフ族がなにやら騒動を起こしているという話を聞いたのを思い出し、納得しました。
これらの目撃情報の中では、必ずと言っていいほど動いてる魔人族達は腕輪を身に着けていたとか。
つまり彼らは『隷属の腕輪』で合える付属に操られているということなのでしょう。
現在魔人族などの他種族を奴隷のように扱い、この国――いいえ、地域で狼藉を働こうとするような国といえば僅か。
そしてエルフ族となれば……考えられるのはパーラスタが関与しているということ。
上位魔王のいる国に手を出すということがどれだけ無謀なのか、考えればわかることです。
同じ上位魔王……またはその支配下に置かれているであろう国でなければ、出来ないことでしょう。
その結論に至ったそれがしはすぐに停泊中のワイバーンを一匹、無理を言って貸してもらい、部下の一人にケットシーに手に入れた情報を伝えるよう言葉を残す。
これをすればいつティファリス様が戻ってこられたとしても、すぐに行動してくださるだろう。
あの方はそれがしが見た魔王の中でも一際行動力のある御方ですし、やるときは一切迷いなく行動できる御方だ。
だからこそ、それを信じてそれがしはワイバーンを狩り、この広い南西地域の空から鳥車を見ることにしたのでした。
――
空を駆るワイバーンの背中で心地よい風を感じながら、それがしはまずリーティアスからクルルシェンドに続く道なりを監視することにしました。
理由としては至って簡単。
まず道を大きく外れて行動するような鳥車なんて、相当目立ちます。
確かに地上では魔人族がエルフ族を連れ、狐人族を引き連れているという姿の方が目立つでしょう。
しかしエルフ族は極力姿を見せることを避けている様子。
こちらの地域では魔人族と狐人族が共にいることなど大して珍しいことではない以上、怪しさや違和感はあっても、それだけで終わってしまう。
聞かれた時に『ああ、そういえばそんなものを見たな』程度であれば、町の上の方にはあまり噂として上がることはないのです。
最近入った『偽物変化』を使えない悪魔族。今まさにクルルシェンドに居座っているエルフ族の方がよほど噂に上がってしまいますからね。
これがもう少し落ち着いた状況であればまだ違ったでしょうが……。
ともかく、違和感だけで終わってしまうのであれば、むしろ堂々としていたほうがかえって目立たないということです。
あくまでそれがしの考えでありますし、違う可能性も十分にあります。
少なくともリーティアス方面に行っている鳥車は可能性から排除するとして……やはり向かうのであればクルルシェンド一択。
あそこ以外から南西地域を脱出するには、海か空のどちらかです。
空はワイバーン。海は……漁船はありますが、海を主体にした交易関係を結んだ国がない以上、あり得ない選択肢でしょう。
厄介なのはワイバーンですが……ラントルオを鳥車ごと運用できる程のワイバーンなんて考えられませんし、そもそも一般人が気軽に利用できるものではありません。
あれはあくまで国と国同士の交易の為に運用しているだけですし、いざとなれば戦力として数えられるものです。
それを利用するにはワイバーン側に余裕がなければ不可能。相当運に左右されるものです。
誘拐という不届きなことをしている以上、少なくとも計画を練って行動しているはず。
その日の運によって決まるものを当てにすることはできないでしょう。
やはり考えられるのはこのまま陸路。
出来れば何か行動を起こしてくれた方がずっと楽なのですが……そんな風に頭の中で様々な可能性を考え、消去していっていながら注意深く観察を続けて二日目。
クルルシェンドの領土近くと言ったところでしょうか。
やたらと先を急いでいる妙な鳥車を見つけました。
いえ、中にはよほどの急ぎの用事がある方もいるでしょう。
現にそういうのも何人も見かけました。
ですが、それはあくまで常識の範囲内。ラントルオの体力をちゃんと考えて急いでいるのが大半。
それなのにその鳥車のラントルオは上から眺めているだけで若干ふらふらしているのがわかります。
明らかにラントルオの本来の運動能力ぎりぎりを酷使し続けているのに違いありません。
怪しい。それだけであの鳥車を遮るのには十分でしょう。
それがしはワイバーンにふらふらとしながらも速度を緩めない鳥車を遮るように動くように指示を出します。
素直なこの子はそれがしが命ずるまま鳥車からある程度離れて道を塞ぐように止まるのですが……。
ラントルオの方は一切止まる気配が見えず、こちらのことなどまるで気づいていないかのように突進してきます。
それがしは愛刀である『
ここまで酷使されているラントルオを何も思わずに斬り捨てる事が出来るほど、それがしも情が無いわけではない。
ワイバーンを前面に出せば止まるかも知れないと考えたのだが、それも叶わないのであればこうするしか無いでしょう。
ワイバーンには万が一が起こらないように道の脇に避けてもらい、それがしはラントルオをまっすぐ見据え、静かに構えを取った。
それがしとラントルオ――混じり合うその刹那、刀が煌めきを宿し、一筋の流れ星を現出するかのように放たれた一閃。
交差し、しばらくそのまま進んだラントルオは、ゆっくりとその体を横たえ、それこそ死んだように眠るといった様子が相応しいくらいの勢いで意識を失っていました。
あまりにすごい音を立てて鳥車ごと横たわるラントルオでしたが、そちらの方は後回しにして……まずは運転席に。
こちらの方はまるで目が虚ろ。
明らかに異常な魔人族の男性ですが、やはり特徴的なのはその右腕にはめられた『隷属の腕輪』でしょう。
これによってひたすらラントルオを進ませる道具のようになっていたのではないかと推測した辺りで、こんな事を平気でする外道極まりない行いに義憤を感じました。
しかし、これは当たりと言ってもいいでしょう。
なんとか南西地域から抜け出す前に捕まえることが出来たと、ほっと胸を撫で下ろしながら私は鳥車の内部を確認するために扉を開きました。
そこにいたのはどこか諦めの感情をその目に宿した魔人族の男性群。
そして子どもや大人……男女問わずに集められた様子の狐人族。
しかし肝心のエルフ族の姿は一切見えず……これでは張本人に直接話しを聞くことは出来ないでしょう。
更に悪いことに銀混じりの毛並みをした狐人族たちの中で――フラフの姿だけは、どこにも見られませんでした。
彼女は……どこに消えたのでしょうか――?
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