198・魔王様、不審に思う

 アシュルが私に思いの丈をぶつけた次の日。

 私達は今度はフレイアールを連れて再び町の祭りに参加することにした。


 そのまま帰るにはさすがに惜しいし、フレイアール自身も私やアシュル言葉を聞いていたからか、祭りを楽しみにしていた。

 元々今まで色々と頑張ってくれていたご褒美として一緒に楽しむつもりだったし、フレイアールは本当に頑張ってくれているからね。


 その日はお昼は昨日食べた大福を含む、こちら側にあまり入ってきていない食べ物に関してセツキと話して、夜はアシュルとフレイアールの二人と一匹で送魂祭に。


 ……アシュルとは仲――というか関係が微妙にぎくしゃくしていて、最初は上手く顔を見ることが出来なかったが、フレイアールのお陰で大分きちんと接する事ができたと言えるだろう。


 これについては私の方に非がある。

 あの時は私自身が初めてのキスをアシュルに捧げた形になってしまったが、次の日……つまり今日になった時には、相当恥ずかしい事をしていたと、自分のことながらあまりの恥ずかしさに身をよじってしまうほどだったから。


 なんというか……もはやあの時は半ばやけになっていたというか……場の雰囲気に完全にのまれていて、冷静に物事を考える、ということを放棄していた。


 祭りが終わって一人になることになって……考える時間が出来れば自然と自分が一体何をやったのかベッドの中でのたうち回るほど恥ずかしいことをしてきたのだ。


 そんな状態で、ファーストキスまでした相手の顔をまともに見ることが出来るほど、流石に私も強くなかった。

 これが戦いとかに関することであればそれなりに強さを発揮できると思うんだけど……やはりこういう関係の構築は難しいと言えるだろう。


 私がぎこちなく挨拶をしていると、アシュルの方も変に私を意識していたようで同じように鈍い動きで返事を返してくれていたし、フレイアールのいつもの明るさがなかったらまたカヅキになにか言われるまで、私達はそのままだったかもしれない。


 その事に感謝するように「ありがとう」と呟いても、肝心のフレイアールが何のことかさっぱりわかっていなかったのには少々苦笑せざるを得なかったのだが。


 それでもフレイアールも祭りの雰囲気を楽しんでくれていたし、また行く機会があれば、次も一緒に連れて行こうと改めて心に決めて、私達はセツオウカを後にすることにした。


 ……こうして私達の仲は一歩先に進み、セツオウカでの出来事を大切に胸にしまいながらリーティアスに戻ったのだが、やはりというかなんというか……私の国はつくづくトラブルに好かれているようだった。






 ――







 ――リーティアス・ディトリア――


 私が国に戻ってきてまず最初に聞いたのは、フラフを含む狐人族の失踪。

 その共通することは、髪や尻尾に銀が混じっていることだった。


 ただしばらく行方がわからない……というのであればまだなんとでも言い訳も出来たのだが、その失踪した者たちの周囲に必ずエルフ族の影があったとなれば、流石の私もそうそう安穏と考えられるわけもない。

 どう見たって失踪というより、誘拐と言った方が正しいだろう。


 現在、フラフが稽古に来なかった次の日から言い知れぬ不安感を感じていた様子のカヅキが、ワイバーンを使ってクルルシェンドの方に向かっているらしく、その旨を文書にしたため、私が帰ったらすぐに目を通すようにケットシーに言伝してくれていた。


 おかげで早い段階で今の状況を知る事が出来たのだが……ここに来てエルフ族が動き出すとは……。

 しかもあくまでエルフ族の存在がほのめかされている程度だというのがまた厄介なのだ。


 これではパーラスタに抗議しても適当にあしらわれるだけだし、下手をすれば変な言いがかりをつけたと逆にこちら側が攻撃される可能性だってある。

 一番望ましいのはフラフを含む狐人族の無事なのだが、カヅキには出来ればエルフ族が良からぬことを働いているという事実を突きつけられるよう、犯人を捕まえてほしい。


 まるで私とアシュルがいない時を狙ったかのように問題が起きているが、私が戻ってきたときには出来ることはそれほど多く残っていなかった。

 他の国への伝達はベリルちゃんが筆頭になって手続きを済ませてくれていたのだ。


 彼女はなにかエルフ族が狐人族を必要としている理由を知っているらしく、割と本気で焦った様子でこの事を各国に伝達して、各々警戒するように言ってくれとフェンルウやケットシーに頼んでくれていた。


 なんでベリルちゃんがそんなに焦っているのか……それを聞くのが今後の課題だが、それは私だけの胸にとどめておくべき事案ではないだろう。


 まず、もう一度魔王たちを招集して、状況の整理をする。

 その後は対策、対処。エルフ族の南西地域への締め出しなどの検討をしなければならない。

 何をするにしてもこれから再びこの地域は荒れることになるだろう。


 エルフ族の締め出しなんて完全に出来るわけもないし、仮にそれをすればまず間違いなくパーラスタを含むエルフ族の魔王が治めている国々から抗議が来るのは確実だ。

 それに対抗するには、やはり確固たる証拠。


 エルフ族が私達の地域でなにか良からぬことをしているという揺るぎない事実が必要なのだ。

 その後は過去の歴史を背景に詰めていくことも可能なのだから。


 ひとまず私の方もクルルシェンドに渡る必要が出てきた。

 この南西地域を出るには、必ずこの国を通らなければならない。

 それに中央――セントラルに行くには今はクルルシェンドにある関所か、首都を通るしか道はないのだ。

 ある程度絞り込まれている以上、そこを重点的に見張っていくのが一番だろう。


 カヅキには追跡。私と……ナローム、フレイアールで手分けして関所の方を見張ることにした。

 アシュルには国の守りを。ベリルちゃんには見た目がやはりエルフ族である以上、不用意にクルルシェンドにつれていくべきではないという判断を下した。


 彼女の方もそれには納得しており、アシュルと共に国を守ってくれる事を強く約束してくれた。






 ――






「それじゃ、後のことはよろしく頼むわね」

「はい! ティファさまもお気をつけて行ってきてください」

「いい子に待ってるから、お土産よろしくね!」


 私の言葉に頷くアシュルと、なぜかお土産を要求してくるベリルちゃん。

 というか、なんでベリルちゃんはアシュルの方に妙にべったりとしているのだろうか?

 アシュルの方も若干困惑気味で、どう対処すればいいのか迷っているようだった。


「私は多分しばらく留守にすることになると思うけど……」

「ほら、魔王様は早く行かないと! 国の事も大事にしないといけないんでしょ?」


 笑顔で私に早く言ったほうが良いと催促しているような感じのベリルちゃんだけど、彼女は一体何を考えているのだろうか?

 少なくともこちらに害を与えるつもりはないというのが、私がいない間に起こした行動で伝わってくるのだけれど……。


 なんにせよ、彼女に事情を聞くのは後になるだろう。

 今は先が不明瞭な以上、フラフ達の事を優先するべきだ。


「ベリルちゃん。後でちゃんと、事情を聞かせてもらうわよ?」

「……うん、わかった」


 硬い表情で覚悟を決めたように深く頷いた彼女の背にし、私はクルルシェンドへと向かう。

 地上を行くのであれば、避けて通れない場所へと。


 フラフや他の狐人族の無事を祈りながら――。

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