189・エルフ族の上位魔王

 結局私達はあの後、適当に食事を済ませてから一旦宿に泊まり、そこでゆっくりと話しを聞くことにした。

 本当はすぐにでも話を聞き出したいのだけれど、喫茶店で話すような内容でもないと判断したからだ。


 というか、そもそも喫茶店であんな話をすること自体がが間違いだったのだ。

 いつどこで誰が聞いているかわからないところでなんて会話してるんだと思ってしまうほど。


 宿は昔一度取った『フォクトウの宿』にすることにした。

 あの時出会ったおばちゃんは私の事を覚えているようで、久しぶりに彼女と顔を合わせた時、すごく懐かしい人に再会したかのような笑顔を浮かべてくれていた。


 こういう、人との繋がりを感じるのはすごく心地よく感じる。

 誰かと繋がれてるんだ、記憶に留まれているんだ、という気持ちを抱かせてくれるからだ。


 宿を取ってすぐ、二階の奥の部屋に全員で入り込み、『ルミュフユール』を発動させる。

 私が認めた者以外の見ることも聞くことも叶わないその壁は、私と敵対している者が盗み聞きをしていてもなんの問題もない。

 全て『ルミュフユール』が遮ってくれるのだから。


「さあ、それじゃあ話してもらおうかしら」

「話すってなにを?」


 にこにこ顔で私の顔を覗き見ているベリルちゃんは、心底嬉しそうに今も私の腕に抱きついている。


「全部よ、全部。というか二人共、いい加減離してちょうだい!」


 うー、と鬱陶しそうに腕をぶんぶん振ろうとしているのだけれど、フラフもベリルちゃんもびくともしない。

 彼女たちの強固な精神で私の腕はそのやわらかい肢体にがんじがらめに拘束されている。


「ごほん、二人とも、ティファリス女王とは後でまた抱きつけばいいだろう。

 お風呂も一緒に入れるのだから、その時また存分に甘えればいい」

「ちょ……」

「ティファちゃんとお風呂……だったらしょうがないかな」

「うん、あたしもそう、思う」


 ルチェイルに抗議しようと思ったのだけれど、時既に遅し。

 私には平穏な時間は訪れないのだと悟った。

 二人が離れてくれたのはいいけれど、払った代償は大きかったということだ。


「ルチェイルー……」

「ティファリス女王、ほら、離れたのだから、手早く続きを話すと良い」


 恨めしいと思いっきりじとっと見てやるのだけれど、ルチェイルはどこ吹く風。全く効果がない。

 少しの間彼女のことを睨んでいたけど……効果がない事を悟った私は、さっさと本題を切り出すことにした。


「はぁ……ベリルちゃん、貴女、パーラスタから来たんでしょう?」

「うん、そうだよ!」


 屈託のない笑顔を向けてきている彼女は、本当にエルフ族なのだろうか? と疑うほど。

 ちょっと安らいでしまいそうになるけど、今はそういう場合じゃない。


「パーラスタの魔王はフェリベルだったはずだけど……」

「うん! 私と、フェイルお兄様……二人でフェリベルだよ!」


 ん? 今この子さらっと重要な事を口にされたような……。

 私は震える声でベリルちゃんに改めて確認する。


「ベリルちゃんと……その、フェイルお兄様ってエルフがフェリベル王の正体ってわけ?」

「うん。わたしは大体裏方で、表に出てたのは基本的にフェイルお兄様なんだよ」


 ベリルちゃんの言葉を聞いて、私は腕を組んでさらに考え事をする。

 つまりフェリベルとは、フェイルとベリルちゃんの二人の事を指す。

 そして……普段私達がフェリベルと呼んでいる少年の姿をした魔王は、フェイルということになる。


「表って……それじゃあベリルちゃんは何してたの?」

「わたし? パーラスタ付近には昔の国が遺した魔道具があるの。それを解明したり、『隷属の腕輪』を作ったり……表沙汰に出来ないこと全般かな?」


 私はその発言に愕然とした。

 つまり、ベリルちゃんのせいでエルフ族は『隷属の腕輪』という厄介なものを手にし、あまつさえ他の種族を言いように弄んでいるのだ。


 私は怒りに頭が支配され、それ以上に悲しくなってしまった。

 ベリルちゃんの幼い頃出来た初めての友達。大切な子だったのだ。

 それなのに……それなのに……。


「ベリルちゃん、貴女自分が何をしているのかわかってるの?」

「わかってるよ。自分がどんな事してるか」


 思わず感情的になりそうな私の事をまっすぐ射抜く瞳。

 それはさっきまで私を見ていた喜びの視線などではなく、複雑な感情のその目に宿していた。


「でもね、わたしは自分が生き抜くためにやってきたんだよ。

 ティファちゃんとのあの約束が会ったから……だから……」

「私との約束……」

「覚えて、ないの……」


 悲しげな表情でうつむくベリルちゃんを見下ろすような状態で、私はあの時の事を思い出していた。

 それは彼女と最後に会った時の話だ。


 ベリルちゃんが自分の国に帰るのだと、すごく泣いていた。

 帰りたくない。ここにいたいと、心の底から――魂の声を絞り出すように叫んで。

 泣きじゃくりながら抱きつく彼女に向かって私はできるだけ優しい声音を出して、言った。


『ベリルちゃん泣き止んで、大丈夫。

 もう一度会えたら……今度はずっと一緒にいよう。約束、ね?』

『う、うん゛! やぐぞぐ! ……ひっくっ、約束、だよ゛!』


 泣き止むまで私の胸で泣いていたベリルちゃんは酷く傷ついていて……とても見ていられなかった。

 だから、あの時あんな約束をしたのだ。


 私は再びベリルちゃんに向き直り、彼女の顔を手でそっと触れる。

 一瞬びくっと体を竦める彼女だけれど、それでも私から決して離れることはない。


「覚えてるわ。あの時、ベリルちゃんはすごく泣いてた。

 だから私は『ずっと一緒にいよう』って約束したのよね」

「う、うん……! だから……だからわたし……!」


 だけど私は彼女の行いを拒絶するようにゆっくりと首を横に振った。

 今まで彼女が私にしたことを全て否定する事になったとしても、彼女がやったことは正しいとは思えなかったからだ。


「でもね、私はこんな事望んでなかった。貴女には……もっとちゃんとした形で、胸を張って会いたかった。

 貴女が誇れるような貴女に会いたかった。でも……」

「……ティファちゃん。ティファちゃんの言うこともわかるよ。

 でもね、そんなに綺麗でいれるわけないんだよ。

 本当に掴みたいなら、誰にも渡したくないなら、自分の出来ることを最大限やらないといけないんだよ」


 真剣に私を見つめてくる彼女の目は、『誰よりも未来が欲しかった』と語っているようだった。

 それでも私の方は納得できない。

 間接的とはいえ、南西地域に様々な影響を及ぼした元凶のその一人が……私の大切な友人だったのだから。


「でも……」

「『隷属の腕輪』がなかったら、わたしは今ここにいなかった。

 ずっと独りぼっちで……すごく辛かった。

 ティファちゃんとの約束がなかったら生きていけなかった。

 だから……泥をすすってでも生きるって決めたの」


 それだけ私の事を思ってくれているというのはすごく嬉しい。

 だけど……やっぱり私は納得がいかないのだ。


 ベリルちゃんのやってきたことは……つまり私と会いたかったからだからだ。

『ずっと一緒にいよう』と約束してしまったから、彼女にこの道を歩ませてしまった。

 その事実が私に『責任』という重荷を乗せてくる。


「ティファリス女王、どうする?」

「……どうするって?」

「今この少女を拘束すれば……『隷属の腕輪』製作者としてやり玉にあげれば――」

「そんなこと言わないでちょうだい!」


 ルチェイルが言うこともわかる。

 ベリルちゃんが私と一緒に行動するのは、今となってはデメリットでしかない。

 彼女が『隷属の腕輪』の制作に携わっていたことが知られれば……それだけで知り合いである私の立場も危うくなるだろう。

 それでも……私はベリルちゃんにそんな仕打ち、出来るわけないじゃないか


 ここまで私を慕ってくれた彼女を無下にする。

 大切な友人だからこそ、そんな酷い仕打ち、なおさらしたくなかった。

 例え――自分のわがままだと言われようとも。

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