188・変人のあの子

 まさかベリルちゃんと出会うことになるとは思いもよらなかった。

 しばらくの間思考停止してしまったのだけど、ルチェイルとフラフが『知り合い?』とでも言うかのように私の方を見ていたものだから、我に返って改めて彼女を観察した。


「ど、どうしたの? そんなに見られたら……恥ずかしいよ」


 手を左右の頬に当てて、くねくねと恥ずかしがってるベリルちゃんはやはりあの『夜会』に出会ったフェリベル王にそっくり、というか見れば見るほど似ている。

 だけど、似ている……というだけで、顔のパーツ一つ一つが微妙に違うようだ。

 雰囲気も少し違うし、なによりベリルちゃんにはほんのりと胸の辺りが隆起している。

 慎ましやかながらも、確かな膨らみが存在し、『私はここにいるよ』とか細く自己主張していた。


「ティ、ティファちゃん……」


 私がじっくりと見るたび、ベリルちゃんの頬は上気してなんというか……目線が物凄くいやらしい気がする。

 うるうるした瞳にとろけるようににやけた口が尚更フェリベル王と乖離した印象を与えてくれる。


「むー……」


 ベリルちゃんの様子が面白くないらしいフラフは、頬を膨らませて私と右隣にそっと寄り添って腕を絡ませて……ってこの子も何をしているんだろうか?

 その私達の姿を興味深そうに見つめているルチェイルは……助けてくれそうにない。


 さて、どうしようか……そろそろ人の目が気になってきた。

 なまじベリルちゃんの見た目が可愛らしいのも相まってか、余計にちらほらと視線を向けられているのを感じてしまう。


 とりあえず今のままでは不味い。どこか……食事のできるところに移動しよう!


「あ、あの」

「何?」

「ちょっと喫茶店にでも行かない? 久しぶりにお話もしたいし」

「……! うん! 嬉しいよ! ティファちゃん!!」


 パアアッと明るい笑顔を振りまきながらフラフとは逆側の左隣に嬉しそうに駆け寄って腕を絡ませて来た。

 その様子を確認して、その頬を更に膨らませて……まるであれだ。

 セツオウカで最近見つけた餅とか呼ばれる食べ物みたいだ。


「ティファリス様、あたし。あたしも、一緒」

「ええ、皆で行きましょう。ほら、ルチェイルも!」

「……わかりました」


 私は強引にルチェイルの方にも声を掛けて一緒に喫茶店に入ることにした。


「……こちらの女王も随分色恋が多いようだな」


 ため息混じりに呟くルチェイルの声が聞こえたのだけれど……それはこの際無視することにした。

 私だって別に色恋が多いわけではない。むしろそんなに無いと言ってもいいだろう。

 アシュルは私の事を好いていてくれてるようだけど、それは彼女が私の契約スライムだからだし……それになにより彼女は女の子だ。

 いや、同性愛はこの世界では普通だ。男性同士、女性同士で愛し合ってる人たちも多い。


 一方で普通に恋愛している男女もいることは事実だし、むしろそれが正常だと言っている人たちの言うことも一理ある。しかし、好きということは、愛してるということは他人に正常異常と判断されるいわれはないのだ。

 本人同士が好きあっていればそれでいい。他人の介入はそれこそ無粋の極みと言ってもいいだろう。


 ちなみに私はどっちでもいい。大切なのは私が好きになるかならないかだ。

 だけどそれをアシュルに押し付ける気はさらさらない。それは私のわがままになってしまうだろう。

 フラフや他の皆にも同じことが言える。


「ティファちゃん? 考え事?」


 腕に絡みつきながら私の事を見上げるベリルちゃんの顔が目に入って、私は考えることを中断することにした。

 というかルチェイルの一言で随分と色々考えてしまったと反省するほどだ。

 色恋が多い……ラスキュス女王のように他者を誘惑していると思われてるのかと思ってつい真剣に悩んでしまったほどだ。


 しかしこれではいけない。

 ベリルちゃんは私が考え事をしているちょっと頬をむーっと膨らましかけてる。

 せっかく会えたのに、考え事ばっかりはよくないと視線で訴えかけられてるようだった。






 ――






 それから私達は全員で近場の喫茶店の方に入ることになった。

 なんとか思考の渦から引き上げられた私は現在フラフとベリルちゃんの両方に挟まれて、目の前にはルチェイルがいるというなんとも奇妙な状態だ。

 というか、普通はベリルちゃんが目の前にいくのが普通なのではないだろうか?


 しかも……


「あの、ちょっと離してもらえないかしら?」

「? なんで?」

「いやだって……これじゃ私、何も食べられないじゃない」


 そう、ここに来てから席に座るまでの間、いや今もずっとなんだけど、二人の腕と手が絡みついていて離れないのだ。

 彼女たち二人は頑なに私の腕を離そうとせず、これでは私は何もすることが出来ない。


「良いじゃないか。両手に花で」

「多少はその花を手放したいときだってあるのよ……具体的には食事をしたいときとか」


 若干遠い目をしながらどこか違う場所を見ている私なのだけれど、彼女たちはどこ吹く風。

 むしろ強く握りしめてくる始末だ。


「二人共、ちょっといい加減に、ね?」

「その子、離すなら、あたしも離す」

「えー、ようやく私として会えたんだもん! いーやー」


 ぐりぐりと私の肩に頭をこすりつけて嬉しそうにべったりとひっついてくるベリルちゃん。

 この子、前からこういう性格だったっけ? 昔はもう少し暗かったというか……明るくてもどこか影のある少女だったはずだ。


 それなのに今会っているこの少女はストレートに私に好意を伝えてきてくれている。

 むしろちょっと伝えすぎてくれているほどだ。

 本当にこの子があの時のベリルちゃんなのだろうか? と思うのだけれど、少なくとも隣でまるで親に甘える子供のように愛情表現をしてくれている本人がそう言っているのだ。

 私の事も知っているし、嘘だと思うのは大きな間違いだろう。


「はぁ……ベリルちゃん、一体今日はどうしたの?」

「どうしたのって?」


 きょとんとした表情を向ける彼女に対し、私は真面目な表情で視線を向ける。

 ……右にフラフ、左にベリルちゃんとなんとも締まらない状態だ。

 ルチェイルから見ていたらさぞかし情けない姿を晒しているような気がするのだけれど……それはそれ。これはこれということにしておこう。


 それよりも大事なのはベリルちゃんの存在だ。

 彼女はエルフ族だ。いや、結構変わり者だけど……ひとまずエルフ族だ。

 そんな子が……しかもフェリベル王と関係があるであろうこの子がなぜこんなところにいるのだろうか?


 しかも南東・南西・セントラルの真ん中ぐらいにパーラスタは存在する。

 それに南西地域は国樹の問題もあり、気軽にエルフ族が入ってくるようなところでもない。

 最近はよく訪れている、というものあるけど、来たかったから来たって言えるほどの距離でもないし……かと言って護衛がついているようにも見えない。

 そんな少女がどうしてここにいたのか? 疑問に尽きないのだ。


「えー……えっとね」


 なにかすごく言いづらそうにもじもじしているベリルちゃんだけど、そんなになにか大変な――面倒事を抱えているのだろうか。


「フェイルお兄様があんまりティファちゃんをお迎えしてくれないから……家出してきちゃった。テヘッ」


 ……予想以上にややこしいことになりそうだった。

 というかフェイルお兄様? フェリベル王はどこにいったのだろうか?

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