186・魔王様、狐人族の街へ
――クルルシェンド・首都アグリサイム――
「ここ、来るの久しぶり」
くるくると回りながら景色を見ながら前に進むフラフ。その後ろをついているのが私とルチェイルの二人だった。
「私で良かったのか?」
「これから魔王の一人に会おうっていうのに、ナロームじゃちょっと、ね」
「……それもそうか」
ナロームのあの軽さ。一応今回は私の方が上とは言え、ここで軽口が飛んでくるような人材を連れて行っては礼を失すると言っても過言ではないだろう。
もちろん、アシュルが一番ついていきたがっていたが、それを抑え込むようにしてなんとかここまで来たということだ。
私だってあまり言いたくはなかったけど、アシュルには私が居ない間、しっかりと国を守ってほしかったのだ。それが、例え南西地域の中の行き来で離れることになったとしても。
ちなみにフレイアールはお休み中。私は『ワイバーン空輸』で使う予定のワイバーンと共にこのクルルシェンドに訪れたというわけだ。
あの子には何かあったらすぐに私の元に来るように指示してあるし、いざとなったらすぐに戻れる算段はある。
だからこそそれなりに気楽にここにいれるというわけだ。
それにしても……久しぶりに訪れたクルルシェンドの首都はあの時とは全く違う。
昔は狐人族しかいない街だったけど、今では獣人族や魔人族……はては妖精族までこの街を賑やかせてくれている。
あの時の貿易都市トーレス以上の盛り上がりだ。ちなみに現在のトーレスはあの時のグロアス王国――ディアレイになかば強制占拠されていたときとは魔人族が主要な場所だったけれど、今は完全に貿易都市としての成長を成し遂げ、ディトリアに負けず劣らずの多種族都市に成長している……らしい。
「町、すっかり変わった」
「そういえばフラフはここに住んでいたのよね。久しぶりにご両親に会いに行ったら?」
「いい。もう、この町、いないから」
ぶんぶんと首を横に振って、両親は私が初めてここに来たときには既に別の町に移っていて、離れて暮らしていたそうだ。
その事を知って、私はフラフのことをほとんど何も知らないのだと改めて教えられた気分だった。
「……会いに行かなくていいの?」
「うん。今、ティファリス様がいてくれるし……カヅキさんとか、ケットシー、フェンルウもいるし……寂しくないから」
そう言ってくれるのは嬉しい。ちょっと他にも思うところはあるものの、フラフがそれでいいならいいか。
私達は変わったアグリサイムの町並みを十分に見て回ってから城の方に行くと、門番がビシッと立っていてたけど、私達の姿を認めると黙って笑顔で頭を下げてくれていた。
流石フォイル。事前に私の容姿を門番達に伝えてくれていたのだろう。フラフも連れてくるとも言ってたし、余計にわかりやすかったのかもしれない。
そのまま門をくぐり、城の中まで進んでいくと、以前に見た城の景色が飛び込んできて、なんだか無性に懐かしくなってきた。
少なくとも一年以上はここに入ってなかったし……当然といえば当然か。
「ティファリス女王、わざわざここまでご足労いただいて……」
「堅苦しいことはいいわ。私も別に重要な事があってここに来たわけじゃないしね」
玉座の間まで辿り着くと、待ち構えていたフォイルが諸手を挙げて歓迎してくれた。
この男も初めて会ったときとは随分様子が変わったもんだ。相変わらず話し方は微妙に変ではあるのだけれど、これも彼の特徴と言えるだろう。
流石にルチェイルとフラフには後ろで控えてるようにとだけ伝えている。
彼も魔王なのだし、私が上とはいえ、最低限の礼儀というものがあるのだから。
「そう言うてくれるとこっちも助かります。それで、アグリサイムはどない思いました?」
「うん、随分変わったんじゃないかな。人の出入りも活発だし、発達したなと思ったわ」
「それなら良かったです。それで……ついでに相談があるんですけど……」
少し声のトーンが落ちたみたいだけど……一体何が起こったんだろうか?
「なにか厄介な事が起きたの?」
「いや、厄介言うより……最近、エルフ族がトーレス近辺で確認されております。
アグリサイムまでは来ないみたいなんですけど……」
「彼らは国樹でこちら側に来られないんじゃなかったの?」
「弱いエルフ族なら通れるんです。最も、すごく負荷がかかるらしいんでまず来ない……そんなん、まずないんですよ」
確かに、枷がかかると知ってくる、ということは普通はないだろう。
それでも向かってくる……それはよっぽど何か大切な事があるからだ。
一番考えられるのはこの国に入り込み、なにかを成そうとしていること。
だけど、それはまずないと言ってもいいだろう。彼らの根底にあるのはエルフ族至上主義。もしくは他種族を劣等種族であると判断した上で愛を与える――歪んだ博愛主義の二つに一つ。
ある意味では悪魔族の絶望を愉悦とする主義とあんまり変わらない歪んだ性癖のようなもの。
それがスパイをしたり、何かを成す為に入り込むなど、まずありえない。
彼らも南西地域の私達がそれを知っていることは重々承知しているはずだ。
ということは……彼らは初めからバレてもいい覚悟でここに来ているのだろう。
「で、具体的には何をしているの?」
「酒場か何かで情報収集しとるようです。それ以外には……トラブルが度々起こってますね。
本当は規制したいんですけど、それやったらエルフ族の魔王達が何を言ってくるか……」
エルフ族の出入りを規制してしまえば、まず間違いなくフェリベル王を含む全エルフ族の魔王達から抗議を受けることになるだろう。
最悪、それで因縁をつけられて戦争状態ということにもなりかねない。
ようやくイルデルとの戦いも終わって一年と少し。これで更に戦いが巻き起こってしまえば、確実に南西地域全土が疲弊してしまう。こちら側にも疲れを癒やす期間が必要なのだ。
せっかく悪魔族との戦いにも決着がついたのに、またこんな問題が起こるとは……これはもう呪われてるのではないかと思うほどだ。
「フォイル、わかってはいると思うけど……」
「大丈夫です。今出入りを規制したらどないなるか……わかってるつもりです」
疲れたようにため息をつくフォイルの姿から、エルフ族との間で起こっているトラブルがどれだけ大変かが伝わってくる。
「酷い場合とかは国の法に則って処罰しても構わないわ。
出入りを禁止しているわけではないのだから、何かあったら全て私に報告してちょうだい」
「よろしんですか?」
「戦争は避けたい。だけど、それが無法をしていい理由にはならないわ」
そう、だからといって彼らに好き放題されてしまえばそれこそ国民に対して示しがつかない。
ここらへんは非常に難しい問題だが、国には国のルールがある。追い出しても罰を与えても難癖付けられるというのなら……それならもうやるしかないだろう。
なにせ理不尽に全てのエルフ族を出入り禁止にするわけじゃない。ただおいたをした子にお仕置きする……。
それだけのことすら許されないのであれば、これはもう何を差し置いてもやるしかないだろう。
フォイルの方も私の表情である程度伝わったのか、神妙な面持ちで頷いた。
「わかりました。そん時は頼らせてもらいます」
「ええ、貴方も私の仲間の一人なんだから……遠慮せずに、ね?」
「仲間、ですか。はは、貴女が仲間なら、これほど頼もしいことはないです」
上機嫌に笑ったかと思うと、力強い視線を宿して、再びフォイルははっきりと頷いてくれた。
それにしても……ただちょっとした休暇のつもりで来たはずなのに、またとんでもないことが起こってしまった。
口では色々言ったけど、ただフォイルに任せるだけではしのびない。
私の方でもトーレスの状況を確認しに行くとするか。
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