185・戦後の首都、その出来事
――8の月・ペストラ――
「はぁー……」
今日もほとんど一日政務をこなしていると、体が固くなった気がして軽くほぐしておく。
ふと窓から外を覗き見ると、明るい光が私の心を誘惑する。外においで、こっちの世界は楽しいよ、と。
その誘惑を振り切るように首をぶんぶん横に振り、再び仕事の方に精を出すことにした。
しかしどうにも気が入らない。仕方なく、私はゆっくりと過去の事を振り返ることにした。
少なくともただ漫然と仕事をするよりはずっとマシだと言えるだろう。
そっと、目を閉じて私は思い出す。
――そう、イルデルとの戦いから戦後処理などの様々な事柄に追われている内に、気づけば一年と二ヶ月ほどの歳月が過ぎていった。
悪魔族との戦いで『
魔法医の定期検診という名目で、アシュルと一緒に受付をしながら『スキャニング』で何人かずつまとめてチェックしていったんだけど……いるわいるわ。
200人くらいいたんじゃないだろうか? 軍の中の方は全員チェックしたけど、そっち側はフレイアールが最初に一掃した時に粗方始末したんだと思う。
なんとかリーティアスの中に蔓延っていた悪魔族を討伐し終わった……だけど、ここで問題が生じた。
事は私の国のだけでは済まないということだ。『
そしてその結論だと……私は南西地域全土を回って悪魔族をチェックしなければならないことになる。
そんなことしてたら私の執務室には再び
それどころか下手をすれば私の寝室にすら侵食してくる可能性すらある。そんなことになってしまえば、再び私は連日眠らぬ夜を過ごす羽目になる。そんな気が滅入るような作業を毎度のごとく行えるほど、私は変態ではないのだ。
これはどうしたらいい? そんな風に悩んでいた私は、リンデルの魔王であるガンフェット王の事を思い出した。
彼はドワーフ族だし、手先が器用だ。そうであるならば、私の魔力を込めたレンズのようなものを作ることくらい造作もないだろう。
それで覗き込んだ相手が悪魔族であれば魔力の色が紫に見え、それ以外は緑色に見える。という魔道具を作ってもらうってわけだ。
もちろん、なんの変化もしてない悪魔族を覗き込んでも紫色の魔力の波長が見えるようになる。『魔筆跡ルーペ』の構造を少し応用したような感じだ。
悪魔族だけを見つける『悪魔族発見ルーペ』とでも言ったほうが良いのかも知れない。
そう結論づけた私は、一にも二にも無くリンデルの首都・スレードフォムに飛び、ガンフェット王に協力を要請した。
その時、彼からは上位魔王であるフワロークに作ってもらえば良いんじゃないかと打診を受けたのだけれど、事は一刻を要する。
フレイアールと一緒に行けばすぐに辿り着くとは言え、あの子がいつでも飛んでくれるなんて甘い考えはここでは捨てたほうが良いと結論づけたのだ。
ワイバーンでもそれなりに行ける距離でドワーフ族の国……となればむしろリンデルの方がうってつけ。
最適解だとガンフェット王に告げた時のあの時の表情といったら……よほど私に頼られたのが嬉しかったのだろうか? とも思ったけど、そう言えば彼とはリーティアスに戻る直前以来会ってなかった。
久しぶりに来たから、あの男気溢れそうな笑顔で出迎えてくれたってわけだろう。
そしてそのあまり良いネーミングセンスとは言えなかった『悪魔族発見ルーペ』の原型が完成するまで二ヶ月。私が魔力を込めてきちんと動作するのを確認するのに一ヶ月と合わせて三ヶ月はかかったかな。
その間も仕事はやれどもやれども終わりが見えない状態だったんだけど……なんとか完成したあの時は達成感がすごかった。
『悪魔族発見ルーペ』は在る一定の魔力……つまり魔王クラスの力がないと運用出来ないようにしてあり、それを各国に一つずつ配った。
ビアティグ、フェーシャからは物凄く感謝されたのだけれど、彼らは悪魔族にかなり手痛い目を見ていたからね……。
もちろんアストゥやジークロンド。フォイルの方にも配って、全魔王で対処したというわけだ。
その甲斐もあって戦争終了後一年ぐらいでなんとか『
もちろん、悪魔族を一掃している間にも色んな事が起こった。イルデルとの戦いで得た物。レイクラド王との交換によって得たワイバーンを使っての物流は上手く進み、南西地域にいながら北や南東といった地域の食べ物・鉱石を得ることが出来るようになり、現在のリーティアスでは多種多様な料理店が出回ることになった。
セツキやフワロークといった交流相手にも同じことが言えるようで、特にセツキなんかは北地域の酒が自国で飲めるようになったと大層喜んでいた。
一年経った今ではすっかり定着して、『ワイバーン空輸』と呼ばれるほどの成長をみせており、この南西地域の代名詞とも呼べる産業にまで発展していった。
出来ればラスキュス女王やリアニット王・レイクラド王ともワイバーン空輸で貿易を行いたかったけど、結ぶには色々と話し合いの席を設けたりとお互いのスケジュールのすり合わせ。
色々な問題が立ちはだかって未だに実現はしていない。
レイクラド王は前述の二人の魔王とワイバーンによる貿易を行っているようだから芽があるかなとは思ったのだけれど……やはり戦後処理に追われてしまっていたことが足を引っ張ってしまった。
こっちの方はじっくり腰を据えて交渉していくしか他ないだろう――。
とにもかくにもこの一年は今までで一番動いた一年だったと思う。
エルガルムとの戦いの後も結構忙しかった気がしたけど、あのときよりずっと酷かったように思う。
でも、それ以上に充実した一年だった。
なんにせよ、今まであった負の状況が一気に精算されたのだ。充実しないというのが嘘というものだろう……。
――
「すぅ……すぅ……」
「……ま! ……さま!」
「……ん」
いつの間にか眠っていた私は、誰かの声に目を覚まし、そちらに目を向けた。
すると……怒っているようなむくれているような表情のアシュルがそこにいた。
腰に手を当て、頬を膨らますメイド姿の彼女は、ちょっと可愛らしい。
机の上には私の好きな深紅茶が置かれていて、彼女がわざわざ淹れてもってきてくれたようだ。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと寝ちゃったわ」
「ティファさま、最近少し根詰めすぎじゃないですか?
休むのも仕事のうちですよ?」
以前、徹夜続きの時はリカルデがいたからかあまり何も言ってこなかったアシュルだけど、それを引き継ぐように私の事を心配してくれるようになった。
……ありがたいことだけれど、ちょっと心配しすぎというか。
いいや、確かに落ち着いてきたとは言え、執務ばかりしていたあのときよりは活発に動いていたような気がする。
「……そうね。たまには良いかも知れないわね」
各国を回った挙げ句イルデルとの戦争。そしてその後の戦後処理に追われ、またたくまに時間が過ぎていった。
いつもなら他国に行ったら観光とかもしていたのだけれど、それもせずにいた。
そう、たまには……クルルシェンド辺りの様子見がてら、久しぶりに英気を養ってこようか。
アシュルは何か会った時の為にお留守番を任せるとして……そういえばフラフもクルルシェンドには帰ってなかっただろう。
一緒に連れて行くのも良いかも知れないな……なんて考えながら、私はゆっくりとティータイムを楽しみ、心を落ち着かせるのであった。
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