第8章・エルフ族達との騒乱

184・片割れが逃げた日

 ――フェリベル視点――


 イルデル王が愚行を犯して丁度一年ぐらいが過ぎたぐらい。

 彼が無駄に戦力を散らせてくれたお陰で僕の計画にも支障をきたしてしまった。


 本来であれば今頃北地域を掌握。

 そのままの勢いで南東・南西と進んでいったはずだったのに……。


 思わず怒りで拳が震え、執務室の机を殴ってしまう。

 他人の絶望する姿が好きだなんだと刹那的に生きた結果、あの女王に殺されては意味がない。


 ――何のためにお前ごときを重用してやったと思っているんだ……!


 いきり立つ僕は再度力強く机を叩いて……壊してしまい、ため息が漏れる。


「いけないいけない。怒りに我を忘れる……その行為は僕にふさわしくない」


 小さく呟いて心を落ち着かせる。

 イルデルは魔王――それも上位魔王と呼ばれる存在でありながら、所詮卑しい悪魔族なのだ。


 そう、彼は私に仕えなければならない存在。

 それ以外に何ら一切、微塵も価値はなかった男だった。

 おまけに愛でる気も起きないほどの趣味嗜好の持ち主だ。


 あれでまだマシな性格をしていれば、下等種族なりに可愛がってやれたが……性根も腐っているから本当に救いようがない。

 そういう風に考えれば、可愛くも何ともない――ペットとしての価値すらない男が死んだところで、何の痛みもない。


 ――うん、落ち着いてきた。

 あのイルデル愚か者がした事も、悪手ではあるが完全にマイナス面とばかりは言えない。


 幸いなことに、あの女王はイルデルとガッファ王の国があった場所だけ他の上位魔王との交渉に使っていたそうだ。

 属国と化していたいくつもの小国は野ざらしのまま完全放置。


 まあ、こちらの方は大方予想通りと言えるだろう。

 未だ南西地域を束ねることに忙しい彼女からしてみれば、どれくらいの数あるのかわからない属国達を全て調べて対処するなど、労力の無駄に他ならない。


 少なくとも僕であれば『隷属の腕輪』で対処できる上層部の連中の国だけ残して、後は一掃するなんてことも出来るんだけどね。

 後々のことを考えれば決してマイナス面とばかりは言えないだろう。

 しかしそれでも受けた損害は大きい。南西地域に放っていたこちら側配下の悪魔族の諜報員とも連絡が取れなくなっている。


 恐らく彼らは何らかの形で本性が発覚したのだと思った方が良いだろう。

 これでは向こうの情報がこちら側に伝わってこない。こうなってくると厄介なのはエルフ族を拘束するあの『国樹』の存在だ。


 あれは現時点の妖精族の魔王よりも強い者を一切受け付けない厄介な代物だ。更に一定以上の強さを持つエルフ族は強い制約を受ける。あれのせいで僕は南西地域に入れず、僕の兵隊達はあの地域限定で速いだけが取り柄の人狼族にすら劣る始末。


「やはりここは彼女に頼るしかないか……」


 南西地域での行動に支障を与える国樹さえ排除すれば攻め入ることも出来る。

 僕のところで使える駒は……『隷属の腕輪』で言いなりの奴隷共と、彼女だけか。


 正直な所、僕はあまり彼女に頼りたくない。

 あの女王に固執しすぎていて、とてもじゃないがまともに制御できる駒じゃないからだ。

 それでもなんとか言い聞かせてここまでこぎつけたのは、一重に僕が南西地域を制覇したそのときには、僕自らがあの女王を彼女に贈る。そう約束しているからだ。


 全く……何の取り柄もない低俗な魔人族の何にそんなに惹かれているというのか……我が妹ながら、考え方がさっぱりわからない。

 やはり血が違えば考え方も違う、ということになるのだろう。


 しかし、それが僕たちにとっては利益をもたらせてくれる。

 彼女はこの最も尊き存在であるこの僕ですら認めざるを得ない。いささかあの女王の事になると蒙昧になるのが欠点と言えば欠点だろう。


 しかし、たかだか魔人族の女一人で僕の言うことを聞いてくれるのだからそれならそれで――


「フェリベル様!」


 この僕の思考時間を遮るとは一体何様のつもりだろう? と思わず不機嫌になりながらそちらの方に視線を向けてみると……そこにいたのは契約スライムであるエチェルジだ。

 スライム族――彼らだけは例外中の例外。僕たちエルフ族が契約すればエルフ族スライムとして再誕するのだから。


 薄い金色の髪に同じ色の目。エルフ族の基本色と言ってもいいものの一つだ。もう一つは薄い緑色。僕のほうだね。


「なんだい? 僕は今考えごとを――」

「ベリルさ――あ、いえ、妹様が逃げ出されました」

「……」


 全く……評価を改めなければいけないところだった。

 妹の名前は呼ぶなとあれだけきつく言っているのに、取り乱しただけでこうなってしまうのだから。

 しかし、僕の計画は本当に邪魔されるのが宿命のようだ。

 ため息をつきながら僕は彼にその経緯を追求することにする。


「なぜ? 彼女には厳重な監視をしていたと思うのだけれど?」

「それは……妹様が一人一人に『隷属の腕輪』を付けていたそうで……」


 なるほど。それなら納得ができる。

『隷属の腕輪』は彼女の作品だ。というより、あれは彼女が過去の遺物を復元したと言ってもいい。

 だからこそ少しずつ溜め込んでいたのだろう。『隷属の腕輪』の命令精度は作成した者に左右される。

 市場で出回ってるのはどうしても影響下にあるのがわかってしまうが、妹が作った物は腕輪を装着しているということさえ隠せばほとんどいつもどおりに振る舞うことが出来る。


 大方目立たないところに装着して、普段通りの行動をすることを命令しておいたのだろう。

 全く……こういう賢しいことを考えるのは本当に得意なのだから。


「フェリベル様……どうしましょうか」

「ふむ……アイテム袋は?」

「持ち出されております」

「だったらしばらく様子見するしかないだろう。下手な人材を差し向けたところで、彼女にはなんの役にも立たない」


 逃げ出してしまったのなら僕自らが追いかけるしかないだろう。

 しかし、それをするには僕も立場というものがある。それに――


「彼女はあの遺物の仕組みを解き明かしてくれたんだよね?」

「え、ええ。大半は……ですが、やはりあの種族が必要になるというわけか」


 どうせ妹の行く場所なんか一つしかない。彼女が最も敬愛し、妄執に取りつかれてるといっても言い過ぎではない程固執する――ティファリス女王の元しかあり得ない。

 行き先がわかっているのならば連れ戻す方法さえ見つけることが出来れば問題ない。


 それ以上に今必要なのは――銀狐ぎんこ族だ。銀色の髪と目が最も特徴的な狐人族の一種。

 しかし類まれなる魔力量はエルフ族である僕すら凌駕する。

 ……最も、その使い方がなっていないからこそ滅びかけた哀れな種族なのだけれど。


 だからこそ僕が有効活用してあげようというのだ。

 前回は取り逃がしたけれど……銀狐族の生き残りがいることはわかっている。

 銀狐族は契約スライムが出来た時、『絆のミサンガ』と呼ばれる契約者本人の魔力を編み込んだ物を贈るのだとか。

 これは契約者である銀孤族が危険に晒されている場合、少しずつ色が赤く染まっていき、本人が死んだ場合、そのミサンガ切れるらしい。


 こちら側には銀狐族の姫と呼ばれていた少女と契約しているスライムがいる。正確には囚えているだけどね。

 強情ではあるけど、彼女の腕にいつも大切そうに身に着けられている物は間違いなく『絆のミサンガ』だ。

 切れていない、その上現在の色は白。最も安全な状態にいると言える。


「まだ僕にも運が回ってきている、ということだろう……」

「フェリベル様?」

「銀狐族の姫が必要になってくる。昔彼女たちが住んでいた集落周辺。そしてそこの地域一帯を調べろ。

 最優先で、『隷属の腕輪』を持っていない下等種族共も投入するんだ」

「かしこまりました」


 一礼をして去っていくエチェルジの姿を見送り、僕は再び玉座の背もたれに体を預ける。

 やらなければならないことが多いと言うのに、あの面倒な妹ときたら……。

 いや、しかしいい加減餌で釣ることにも限界を感じていた。

 あの女王は僕が思うよりずっと成長しているし、魔人族にしては有能な存在だろう。

 早めに手中に収めたほうが良いのかもしれないな。

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