167・過去を知る者の喪失
――ティファリス視点――
ワイバーンの身体を気遣って一日休ませ、出発にすることにした私達なのだが……その日はなぜか猛烈に嫌な予感がした。
ワイバーンの出られる広場に集まった私達は快晴の下にいるのだけれど……脳裏に曇天の空模様を眺めていた私自身の姿がよぎったような気がして、更に不穏な感情が募っていく。
「ティファリス、大丈夫? 顔色が悪いようだけど……」
「え? あ、うん。大丈夫よ。ありがとう」
フワロークが私を気遣うように見てきているけど……あいにくそれに対してこの程度の応答しか出来ない程、私の胸中は穏やかではなかった。
――それは、まるで大切な人を亡くしたあのときのような……。
頭の中の不安が消えずつきまとう。こういう時、リカルデがいてくれたら、どれだけ気分が安らぐだろう?
……そうだ。一刻も早く国に帰ろう。
「ティファさま?」
「ん、ん? どうしたのアシュル」
アシュルだけじゃない。
フレイアールもナロームもどこか不安そうな表情を抱え、私の方を見ていた。
唯一動じてないのはルチェイルくら――いや、彼女もその爬虫類の目でじっと私の方を見ているところから少なからず何かを感じてはいるようだ。
「ティファリス女王、不安に感じられるのであれば急いで戻ったほうが良いと思いますよ。
……貴女は上位魔王の――彼らの戦い方を知らない。もしかしたら――ぐふぅっ……!」
「もう! なんでそんなマヒュムが不安を煽ったら駄目でしょう!?」
余計なことを言うなと言うかのようにマヒュムの腹に思いっきり肘を食らわせていた。
あれは相当痛いだろう。なにせ無防備な腹部にドワーフ特有の力で一撃与えられたのだから。
……うん、ちょっと気持ちも落ち着いてきた。
国に帰る当日だったからだろうか、かなり憂鬱になっていたようだ。
早く帰ってリカルデに会おう。彼の顔を見ればそんな不安なんか、消し飛ぶだろうから。
「それじゃあ、色々やり残して悪いけど……一旦帰らせてもらうわね。少しの間だったけど、世話になったわ」
「あはは、別に気にしなくていいよ。次来た時にお酒でも持ってきてくれれば」
「貴女は本当にそればかりですね……。
ティファリス女王。ラスキュス女王にはこちらから説明しますので、安心してください」
「フワローク、マヒュム……ありがとう」
軽い調子で笑うフワロークに、私のことを本当に心配してくれてるマヒュムに背を向け、私はワイバーンに乗り込み、ナロームとルチェイルという仲間を加え、私はリーティアスに戻るのであった。
――
――リーティアス・ディトリア上空――
それから数日をかけて私達はディトリアへと帰還したのだけれど――町の方はまだ大丈夫のようだった。
ただ、町から少し離れた場所では黒煙が上がっていたり、土がえぐれ、地形が変わっていたりと、明らかに戦闘後といった感じだった。
「ティファさま……あそこ……」
「わかっている。すぐに降りるわよ」
後ろで掴まっているアシュルが不安そうな声をあげて私の様子を伺っているようだけれど、何も言わなくてもわかっている。
上空からではこれ以上のことはわからない。ディトリアの館の付近に降りれば、少なくともなにかわかるはずなのだから――。
――
ワイバーンが降り立ったそこは、不自然なまでの静寂。
いや、ほとんどのものが戦場に出ているのだろうから、それも仕方ないかも知れない。
「ティファリス様! おかえりなさいませですミャ!」
「ケットシー」
それでも出迎えてきてくれたのはケットシーに対して……失礼な話だが、私は少し落胆してしまった。
こういう場合、リカルデが一番に出迎えてきてくれるものだと思っていたから、仕方ないのかも知れない。
「今はどうなっているのかしら? 他のみんなは?」
「はいですミャ! 今は皆さんまだ警戒体勢を取っておりますので……ディトリアの外で待機しておりますミャ。
現在のディトリアでは、未だに戦いが続いていて……今は向こうが引き上げてくれた状態ですミャ」
「持ちこたえてる……そういうことね?」
「は、はいですミャ……ただ」
そこからケットシーの報告は続いた。
悪魔族と思しき兵士たちが『
姿を変えた物は別の種族に攻勢を仕掛け、こちら側に混乱を引き起こしたのだとか。
一時期それでかなり混乱していたようだけど、リカルデの言葉通り無効化して、軍としての体勢は崩壊せずに済んだらしい。
私がいない間はリカルデが上手くやっていてくれていたようで本当によかった。
酷い状況だったらしいけど、カヅキがほとんどの魔力を使い果たして戦ってくれていたようで、押し込まれずに済んだようだ。
だけどカヅキの方はかなり疲れてしまったようで……次に攻められた時はどうしようかと悩んでいた時に、私が帰ってきたようだ。
「大方わかったわ。ナローム、ルチェイル、私のところの軍と合流して、一緒に戦ってくれないかしら?」
「俺は別に構わないけどよ、俺達は女王さんの護衛としているんだぜ? 俺かルチェイル、どっちかは残らせてもらうぞ」
「そういうことなら私が行きましょう。ナロームでは些か心許ないでしょう」
はっきりというルチェイルだが、そういうはっきりとした態度を取ってくれるのはむしろいい。
「ならナロームは――」
「待ってください! ここは私とフレイアールでも十分です。護衛と言ってもここはティファさまの国。なら、危険を排除することもティファさまを守ることに繋がるのではないですか?」
(ぼくと姉様が母様を守ってみせるよー!)
おおう、アシュル、ここぞとばかりに押してくるな。
フレイアールもがおーっと身体を大きく見せ、ぱたぱたと空中を泳いでいるようにしている。
まあ、結構屁理屈言ってるようにも見えるんだけど、アシュルの言いたいこともわかる。
要は私はアシュルが守るから、貴方達は急いで国を鎮圧してこいと……そう言っているのだろう。
「私からもお願い。ここなら私もあまり無茶はしないから……お願い」
「……わかりました。行くぞ、ナローム」
「おう、それじゃ、よろしくなアシュルさんよ」
「もちろんです! お任せください!」
私がどうしてもと頼んだら、彼らも納得してくれたようで、そのまま館から戦場の方に向かってくれた。
私の方もなるべく早く向かわなければならないのだけど、こちらも町の状況の確認をしなければならないだろう。
「町の被害状況も詳しく教えてちょうだい。後でリカルデと話すけど、今聞いて指示を……」
そこまで言って、私はようやくケットシーの表情が暗くなっていることに気付いた。
「……なにがあったの?」
「えっと……ですミャ。にゃーの口からは……」
「ケットシー!」
そこでようやく、私は嫌な予感の正体を突き止めた気がした。
だけど……どうしてもそれをケットシーに否定してほしくて……認めたくなくて、私は威圧するかのようにケットシーの肩を掴んだ。
「ティ、ティファさま……」
「ケットシー!!」
「……リカルデさんはお亡くなりに……なりましたミャ。
敵からの奇襲を受けて……」
――その瞬間。
私は自分が立っている場所ががらがらと崩れていくような、そんな感覚がした。
「ティファさま!?」
(母様!)
私を支えるようにアシュルとフレイアールが肩や手を貸してくれていた。
――リカルデが、死んだ。
それだけで目の前が真っ暗になっていくような……この世の全てが遠のいていくような感覚がした。
「ティファさま、大丈夫ですか……?」
「……ええ。ありがとう」
……今はこんな事をしている場合じゃない。
そうだ。リカルデが死んだのであれば、私がしっかりしなければならない。
――私の昔を知る人は、これで誰もいなくなったのだから。
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