160・悪意を帯びた真実

「うおおおおおおおお!!」


 俺は大剣を大きく振り回し、サポートを受けながらも一人、二人と敵を薙ぎ払っていくのだけれども、いかんせん数が違いすぎる。

 徐々に傷ついていく身体を無視して、兵士たちの回復魔法を受けながら一人で敵を倒していく。


「押せ押せえええ! 相手は未覚醒魔王一人だ! 押しつぶせぇぇぇ!!」

「……ちっ、未覚醒で悪いかよ!」


 俺は思わず愚痴りながらも一歩後方に退き、土壁に隠れてる兵士達のサポートを受ける。


「「『ファイアランス』!」」

「『サンダーニードル』!」


 絶えず炎の槍と雷の針が解き放たれ、わずかにだが、圧されつつあった……その時だった。


「こんな相手にいつまで手こずっていル! お前らはそれでも栄えある俺の部下どもカ!」


 怒声を飛ばしながらこちらに向かってくる男が一人。なるほど……あいつが悪魔族か。

 背中に翼が生えており、頭の両側面から角が生えている。少々深い青色に浅黒い肌が特徴的で、俺が生きてきた中では、今まで見たこともなかった種族だった。


 奴は兵士達に混じって俺のところまでやってきたが、あいつからは別格の強さを感じる。

 恐らく、あいつはこの軍を率いている大将と言ったところだろう。


 こちら側の兵士たちは徐々に城門へと集結しているが、それは向こうも同じ。

 唯一こちら側の利点としては、向こうが城門の方で手間取ってくれているおかげで満足に軍を展開できずにいる、ということだ。

 城門は大勢が一気に外に出て、展開できるような作りにはなっていない。必ず列を作って進んでいく必要があるのだから。


 ただ……これからはそうもいかないだろう。

 ここで大将と思しき男が出てきたということは、今からこちら側が押されてもおかしくないってことだ。


「随分なことをやってくれてるじゃないかヨ、おイ!」

「それはこっちのセリフだ。よくもあんな連中を入り込ませてやがったな」


 不遜な顔つきで俺の方を睨む悪魔の男は何の躊躇ちゅうちょもなく腰に携えていた剣を抜いて、俺の方に斬りかかってきた。

 それを予測していた俺の方は、迎え撃つように刃を合わせ、鍔迫り合いにまで発展する。


「だがよ、これ以上お前らみたいな間抜けな獣人族の相手なんかしてられないからナ! ここで決めさせてもらうゼ!」

「間抜けな……獣人族だと……!?」


 怒りで頭が真っ赤になりそうだったが、それを抑えるように一度距離を離し、魔法を解き放つ準備をする。


「『ブラストボム』!」


 風属性の魔法が周囲に炸裂し、土煙を巻き起こしながら悪魔の男を含めた他の兵士たちを巻き込んで吹き飛ばしていく。

 ……しまった。つい力んでかなり魔力を込めてしまった。


 俺は元々魔法があまり得意ではない。この調子で魔法を使っていたら早々に尽きてしまうだろう。


「甘いんだヨ! 間抜けガ!」

「……ちっ」


 やはり効いていなかった悪魔の男は再度俺と刃を合わせるように斬りつけてきた。

 あの細い腕に俺の大剣よりも細い剣のどこにそんな力が込められるのか不思議に思うが……これがセントラルの魔王級ってことか。


 悪魔の男が俺の相手をしている間に、向こうの敵軍が徐々にすり抜けていっている。

 ――くそっ、これはまずい。


「『アースバインド』!」

「……はあっ! どこに撃ってんだヨ!」


 なんとか敵軍の足止めをしようと魔法を使ったが、それを完全に狙われてしまい、悪魔の男の剣に弾かれてしまう形となってしまった。


「ちっ……っくしょう!」


 そのまま俺の腹に手を当ててきた。

 ……魔法が飛んでくる! そう頭の中で思った瞬間、腹の方に魔力を込め、防御に徹する。


「『フレアボム』!」

「グッ……くっ、はぁ……」


 足に力を入れて『フレアボム』を受け止めた俺は、地に足をつけたままジリジリと押しされるように後退した。

 相手が爆発系の魔法を選択してくれて助かった……。

 これが『ファイアランス』なんかの槍を飛ばす魔法だったらもう少し危なかったかも知れない。


 ……これがセントラルの魔法かよ。随分と腹に来るじゃないか。


「ふんっ、よく耐えたナ。間抜けな獣人族にしてはよくやるヨ」

「その、間抜けっての……訂正しろ!」


 なんとか言葉を返してやると、小馬鹿にするかのように俺の顔を見ている悪魔の男の姿が。

 さっきから間抜け間抜けと聞き捨てならない。確かに俺は間抜けで馬鹿な魔王だが、獣人族全体がそんな風に言われるのは癪だ。


「王よ!」

「お待たせー」


 俺と悪魔の男が睨み合ってる最中に、ようやく到着したルブリスとティブラの声に、思わずほっと一息ついた。

 後ろの方をちらっと見ていると、兵士たちの指揮は俺に代わりルブリスが担当し、ティブラが相手を撹乱しながら少しずつ状況をこちら側に傾けようと頑張っているようだった。


「は、間抜けなお仲間も登場かヨ。獣人族ってのは本当に、わらわらと湧いて出てくるナ」

「こいつ……!」


 どこまで俺達を馬鹿にすれば気が済むんだ……!

 あんまりな言い方にまた頭に血が上りそうになったが、なんとか頭を振りながらそれを断ち切る。


 ここで怒りに身を任せてしまえば奴らの思い通りになってしまう。

 今まで感情に任せて行動して、良いことなんてなかったんだ! だから、もう少し、もう少し辛抱しなければ……。


 そんな風に冷静を保とうと努力をしていても、悪魔の男はそれを容易くすり抜けてくる。


「間抜けを間抜けと言って何が悪イ! お前たちは所詮、騙されたままセントラルを追い出された、馬鹿な魔王の末裔なんだからヨォ!」


 ……こいつ、今なんて言った? だって?

 一体どういう――


「かっはハ! いいぜ、どうせお前はここで死ぬんダ。教えてやるヨ! お前たちはなぁ……」


 ――嫌な予感がする。本当ならば聞くべきではないのかも知れない。

 そんな俺の思いとは裏腹に、身体は硬直して、まるで静かに聞いておけと言うかのように動くのを拒否してくる。


「お前サ、疑問に思ったことはなかったのカ? 獣人族迫害のことをヨォ」


 ……それはエルフ族と一部の魔人族が俺達獣人族を迫害し、苛め抜いた歴史。

 俺達獣人族に未だくすぶっている魔人族へのわだかまりがある原因になっている。

 しかし、なんでわざわざここでそれが……?


「疑問とは……どういうことだ?」

「考えてみたらわかるだろうガ。なんで他の種族を見下しがちなエルフ族が、?」


 ――やめろ、それ以上言うな。


 どんどん俺の方に嫌な感覚が伝わってくる。

 なにか、今までとんでもない勘違いをしてきていたかのような……取り返しのつかない失敗をしてきたのかのような……そんな感覚だ。


 今はそれがこの戦いに必要のないことだとわかる。

 だけどそれは心の拠り所……今の獣人族を形作っているものを根本から壊してしまいそうな、そんな気がして……。


「はっはっはっ! お前、今いい顔してるゼ? なら、特大サービスダ。当時から悪魔族はエルフ族に付いてたんだヨ。そう、あのときはちょうど魔人族の男を捕らえることに成功してナァ……」

「やめろ!」

「あの時『偽物変化フェイク・チェンジ』した男のことをは今でもよく覚えていル。なんてったって今もまだ呪いのようにお前達を蝕んでるんだからナァ!」


 その瞬間、全てを理解した――いや、理解させられてしまった。

 つまり、本当のところ、魔人族はあの迫害には一切無関係で、エルフ族とがやっていたんだ……!


 それがわかった瞬間、俺は怒りに身を任せてしまった。

 今までの獣人族の歴史を全てコケにされてしまった。さっきまで散々馬鹿にされた挙げ句のこれだ。

 俺の怒りは完全に振り切れ、もはや自分自身を止めることができなくなっていたのだ……。

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