161・踊らされるは哀れな魔王

「お前が……お前がぁぁぁぁぁ!」

「はっはっハッ! どうだヨ? 今まで自分たちが信じていたものが、無残に砕け散る様はヨォ!」

「『ウィンドランス』!!」


 確認することも困難な風の槍の魔法を放ったはずが、いともたやすく回避され、それがより一層俺の頭に血を昇らせる結果になった。


 こんなやつに……こんなやつに俺達は……!


「うおおおおおお!!!」

「動きが単調になってる……ゼ!」


 斬り上げ、切り払い、斬り下ろす。

 その尽くを合わせられ、おまけに追撃の一撃を加えられてしまう。

 肩に鋭い斬撃を浴びせられ、思わず一歩後退してしまう。


「くっ……」

「どうしタ? 間抜けを訂正させるんじゃ……なかったのかヨォォォ!」


 段々と攻撃に鋭さが増していき、一撃、二撃と確実に傷つけられていき、為す術がない。

 こんな風に良いようにされてしまうなんて……。


 いや、わかってる。頭ではわかってるんだ。

 なんで俺がこうも無様にやられてるかって。


 あいつのほうが明らかに格上。今は俺は遊ばれてるに過ぎない。

 その上さっきの獣人族迫害の真実。いや……本当に真実なのかもわからないし、それがこいつの作戦のうちなのかも知れない。


 だが、今土壇場でそんな事言うか? 自分が有利なのはわかりきってるっていうのに、わざわざ俺を追い詰めるように言及してくる。その事が今の話に真実味を与えてくれる。


 それなら……こいつは俺達獣人族のこと、馬鹿にするためにここまで来たんだ。

 お前ら全員、悪魔族の操り人形だったんだと。『隷属の腕輪』があろうがなかろうが、こいつらにいいように操られているだけの存在なんだと……!


 そんな風に考えてしまったらもう俺は自分を止めることができなくなっていた。

 溢れ出る怒りに身を任せ、攻撃は大ぶり。魔法は焦点が曖昧でかすりはすれど当たりはしない。


「ちっ……っくしょぉぉぉぉぉぉ!!!」

「あっはははハ! 無様だナ! 『フレアボム』!」


 俺が剣を振り下ろしたタイミングで眼前に手のひらを突き出し、『フレアボム』が俺の頭に炸裂する。


「ぐぉ……ぉ、お……」


 いくら身体に魔力を漲らせて防御しても、この直撃は痛い。

 目がちかちかと光るのを感じながらよろけてしまう俺は――もはや魔王と呼べるような男ではなかった。


「はっはハ! 見てみろヨ、向こうをヨ」


 それを証拠に悪魔族の男が示した方に頭を向けると……そこには苦戦している兵士たちの姿があった。

 完全に城内に攻め込まれてしまい、城門で出来ていた土壁を使用した攻防も、もはや何の意味も持っていなかった。


「そ、そんな……」


 ――ここまでなのか?


 そう、頭の中によぎる。

 籠城戦は結果として大失敗。内側にいる伏兵の存在に気づく事もできず、城門の解放を許した挙げ句、攻防を放ったらかしにして……このざまだ。


 あいつの目的は俺と兵士を離してさっさとここを攻略しようってことだ。

 だから今ここで迫害の話をしたってわけか……!


「どうダ? もうすぐあいつらも死んでしまうゼ? 南西地域の獣人族はこれでオシマイだナ!

 安心しろヨ、残った獣人族も全員この世から駆除してやるからヨ!!」


 高笑いをあげながら俺を見下ろす悪魔族の男。


「ふざ……っける、なあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 手に持つ大剣を握りしめ、力の限りを振り絞って渾身の一撃を放つ。

 それは俺が繰り出すことが出来る全身全霊の一撃。今までの中で一番の斬撃だった……はずなのに。


「あめぇヨ」


 それを……容易く受け止められ、押し返されてしまった。

 それが認められず、俺は続けざまに大剣の持ち味を活かした重量のある一撃を次々と放つが、その尽くを片腕で握りしめられた剣で受け止められてしまった。


 これが……俺とこの男の差。まるで今の今まで遊んでいたと言わんばかりの軽い調子であしらわれてしまう俺は、徐々に自分の力が抜けていくのを感じた。

 守る守るって思ってて、心底情けなくなってくる。

 ――所詮、俺は口だけ。いくら格好良く見せようとしてもついてこないダメダメな魔王なんだ……。


「そらヨ!」

「ぐぁ……」


 もはや剣を使うまでもないと言うかのように思いっきり腹部を蹴られ、うめき声を挙げながら片膝を突いてしまった。

 そしてそのまま首筋に剣先を当てられ……俺は完全に動けなくなってしまう。


 せめてもの反抗とばかりに見上げるように睨むと……その男は薄ら寒い笑いを浮かべていた。

 それは……まるで今一番美味いものを食べているかのような――ごちそうを目の前にしているかのような笑顔だった。


「くっくっク……お前は一番最後に食ってやるヨ。俺はな、美味しいものは最後まで取っておくタイプなんだヨ。絶望ってのは、熟成するからナァ」


 にたにたといやらしい笑みを浮かべるその男に、俺は最初から最後までこいつにいいように弄ばれていた……そういうわけだ。


「絶望は、熟成する……?」

「ああ、そうサ。絶望にも度合いがあル。じっくり丹精に育ててやれば、それは極上の味に仕上るんだヨ。そう、濃厚で芳醇な味わいにナァ……」


 絶望を好む……これが悪魔族。その本性。

 つまり、こいつにとって、エルフ族と結託して俺達獣人族を迫害し追い落とし、今の今まで憎しみを重ねさせることが育てることで、その上で真実を突きつける今が仕上げってことか……!


「ちくしょう……ちくしょう……!!」

「はっはっハァッ! いいじゃないカ。わざわざ仕込んだ甲斐があったというもんダ。

 絶望ってのは悪魔族の何よりの好物。それをお前は体現しているヨ!」


 高らかな笑い声がどこか遠くに感じる。

 身体が脱力して、今地に足がついてるのかすら怪しく感じてしまう。


 俺は……俺達は何のために、今まで戦ってきた?

 何を糧にして……父や母が受け継いだ思いは一体なんだったんだ……?

 いや、エルフ族への憎しみは今でも本物だろう。だが、俺達が今までしてきたこと――ティファリス女王や他の魔人族のやつらに憎しみをぶつけていたことに、一体何の意味があったんだ?


 全部が嘘ではない。それが余計に……虚脱感を強めてしまう。


 今まで培ってきたもの。魔王としての思いも……民達の為に戦おうという気力も、その全てが根本から……俺を構築していた中心から崩れ去ってしまい、まやかしのように思えてしまう。


 足元から崩れ去っていく感覚を味わいながら、俺はもはや何の気力も起きなくなってしまった。

 男の方も俺がもはや完全に戦意を失ってることを確認すると、にたついた笑みを浮かべてスッと、剣を引いていくのだった。






 ――






 ――すると。

 なにか大きな爆発音が響いてくる。


「な、なんダ?」


 男と同じようにその方向に頭を向けてみると、どうやらそれは城門側で起こっているようだった。

 あれは……恐らく悪魔族側の方だろう。少なくとも俺達の軍のほうじゃない。

 向こうは一気に混乱の様相を呈していて、次々に起こる爆発や風の音――恐らく魔法を使用している音がする中、その声は響いてきた。


「ビアティグちゃーーん! 生きてるーーー!?」

「あ、アストゥ……」


 その声は確かにアストゥの声だった……が、俺の知ってるアストゥの声じゃない。

 あいつはもう少し幼いというか……少なくとも今聞こえてるのはアストゥが成長して大人になったかのような、そんな感じの声だ。


「アストゥ……? 妖精族の魔王カ……」


 俺の呟きが聞こえたのだろう。援軍に来たのが未覚醒魔王であるアストゥだと知るや否や、表情に落ち着きを取り戻した。

 それは、例え南西地域の誰が来ても楽に戦えるとたかをくくっていた男の姿だった。


 そしてアストゥの声がする方をじっと見つめていると……現れたのはアストゥの姉……とでも言ったほうがしっくりくるような少女の姿だった。


「……アストゥ?」

「ビアティグちゃん、お待たせ!」

「な、なんでここに?」

「ふっふーん、ビアティグちゃんの為に急いできたんだよ!」


 腰に手を当てて自慢するように胸を張る姿で確信した。

 彼女はやはり――アストゥなんだと。

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