157・獣人族の覚悟

 フェーシャたちがガッファの軍と相対するよりも少し前――別の国でもまた、戦争の一端が開かれることとなっていた。


 ――ビアティグ視点――


「ビアティグさまー、敵軍を確認しましたよー」

「とうとう来たか……。ありがとう、ティブラ」


 ティブラ――白色の丸っこい俺の契約スライムだ。

 首とか頭とか、そういうのは一切なく、スライムそのままのボディに耳と足、尻尾が飛び出しているような感じだ。

 前面にはきちんと顔もあるし、牙も付いている。耳のすぐ後ろには特徴的な黒い縦線と横線二本が描かれている。


 俺が『隷属の腕輪』で操られてる最中に牢屋に入れられていたらしく、ルブリスと一緒に救出に行った時は相当不機嫌になっていたのを覚えている。

 普段はどことなくのんきそうなティブラだったのだが、あれほど怒っていたのは初めてだろうな。

 しばらくの間、ティブラのご機嫌取りに回ることになるとは思っても見なかったがな。


 ……いかん、考えがずれてしまっていた。

 事前にリーティアス側から情報を貰ったとはいえ、本当に上位魔王の軍が攻めてくるとは思わなかった。

 信じていなかったわけじゃないが、まさか食べ物を焼き払われていた挙げ句のことだとは思いもしなかったからだ。


 ティブラの率いていた偵察部隊の話では数はざっと見た感じだそうだがおよそ5000。どうやら分隊らしく、本隊の方はその倍はきかないらしい。

 正直、そんな大部隊がこっちに向かってきてこなくて良かったと思わず胸をなでおろした程だ。

 リーティアスには……ティファリス女王には悪いが、グルムガンドは食料援助は受けているとはいえ、かなりの兵士たちをディトリア側に持っていかれている。


 その分、こっちは国民に食料を回す余裕が出てきたのだから文句はなにも言えないんだがな。

 向こうにかなりの数行っているわけだ。こっち側にきた5000はせめて……こちら側に留めておきたい。

 それぐらいしか、今の俺達に出来ることはないからな。


「王」

「ルブリスか」


 ティブラと入れ替わるかのように入ってきたルブリスは、随分と神妙な面持ちをしていた。

 ……いや、こいつの気持ちもわかる。俺も随分と複雑な気持ちだからな。

 こっち側の戦力と向こう側の戦力……どれだけ積み重なったところで俺達が不利なのには変わらない。

 この事実が重くのしかかってるからだろう。


「こっちはどれくらい出せる?」

「8000が精々だと思う」


 もしかしたら1万くらいはどうにか出来るんじゃないか? なんてのは淡い期待だったか……。

 上位魔王の軍勢5000に対し、未覚醒の俺が率いる軍が8000。

 数の差は有利だろうが、そんなものはあってないに等しい。練度も違えば装備も違う。地力もこちら側が劣るのは確実なのだから。


 しかもこの数字……防衛力も含めた数字だ。実際この人数で戦いに行けば、防衛する戦力は一切残っていないと言ってもいいだろう。


「どうされる? 王よ」


 それは、グルムガンドを見捨てるか……恥を偲んで他の国に救援要請をするかどうするか? と言っているんだろう。

 答えは最初から決まってる。この国を見捨てれば、恐らくもう二度とこの地を踏めないだろう。

 かといって救援を出したところで引き受けてくる国があるか? というのが現状だ。


 だが、それでも可能性があるとすれば……。


「クルルシェンド・フェアシュリー両国に救援要請を行おう。その間、俺達は籠城戦の準備だ」


 この二国以外まずないだろう。国を立て直すのに精一杯だったせいで、俺は会談の時以外、ジークロンド王には会ったことすらなかったからだ。

 フェーシャ王とは魔法を教えてもらう関係でよく会ってはいたが、恐らく彼らの国も侵略を受けているだろう。

 アールガルムとケルトシルはかなりリーティアスに近い国だからな。


 援軍要請をしても応じてもらえない可能性が高い以上、最善……どころかほとんど妥協の選択だったが、それしか方法はなかった。

 幸い、こちらに来る分隊とグルムガンド側には未だに距離がある。何らかの方法で一瞬でこちら側に詰め寄ってくる方法でもない限り、後五日はかかるだろう。

 その間に国民達には貴金属や食料をもって城に入ってもらうとしよう。一応城だけは大きい。

 グルムガンドに残った住民くらいならなんとか入ることが出来るだろう。


「本当にいいのか? 王の考えはおおよそ予想がつく。が、それは恐らく兵士と国民の間に悪感情を植え付ける結果になりかねないぞ?」

「お前のその心配も最もだ。だが、国を捨ててどこに逃げろと言うんだ? 全てを捨てたところで行きあてのない旅を強いるだけだ。そうなれば悪感情を植え付けるだけでは済まないだろう」


 今ここで逃げ出すのは簡単だ。

 だが、今南西地域は何処に行っても戦場になっている可能性がある。セントラルに逃げ込んだところで未覚醒の俺では民を守ってやることが出来るかどうかさえわからないんだ。


 恐らく、ほぼ守ることが出来ないだろう。そうなってしまえば、訪れる末路は立て籠もっていたときよりも間違いなく悲惨。

 ……なら、やることなんて最初から決まっている。ルブリスもそれはわかっているはずだ。


 悔しい話だが、俺には逃げ出したところで行き場がないということを。

 結局、出来ることといえばいつ来るのかもわからない援軍を頼りに、ほとんど当てのない籠城を続けることだってことだ。


「……わかった。それじゃあ国民たちにもすぐに動いてもらうよう、早急に手配しよう」

「頼む」

「救援要請はラントルオを使ってもいいか?」

「ああ、籠城戦をするんだ。あいつらは全員、他の国に向かわせたほうがいいだろう。大食らいだからな」


 ラントルオの食料はおよそ通常の魔人族の成人男性の三倍。正直一匹いるだけでも相当圧迫されること間違いない。籠城するってことはどれだけ食料を保たせるかも鍵になってくる。例えそれが当てのない戦いだったとしてもだ。


 そんな戦いの中、ラントルオを確保するなんて選択肢はまず有り得ない。今回の役目が終わってもなお戦争中であるならば、各々の判断でラントルオを逃してほしいとすら思ってるくらいだ。

 最悪、あいつらは野生でも生きていけるし、雑食だから山奥の魔物でも狩って暮らしていくことくらい出来るというもんだ。


「わかった。それなら早速手続きをしておこう」


 ルブリスの方も覚悟が決まったと言ったところか。

 これ以上何も言うことはないだろう、と玉座の間を後に――いや、出ていこうとしたら再びこっちに振り返ってきた。

 何か他に言い忘れたことでもあったのだろうか? なんて首を傾げそうになっていたが、あいつが開いた口は、全く別のことを紡ぎ出してきた。


「王、お前の責任じゃない。確かに強い魔王が国を守護してくれているのであれば、これほど頼りになるものはいないだろう。

 だが、ここにいる者達は皆、お前だからついていこうと決めた。お前が魔王だからここに残ったんだ。それだけは、忘れるな」

「ルブリス……ありがとう」


 俺はそれ以上、何も言うことが出来なかった。

 それ以外の言葉が見つけきらなかった。


 ――ありがとう。こんな俺についてきてくれて。


『隷属の腕輪』に操られて、国を滅茶苦茶にして……他の国を当てにしなければならないほど国力を弱らせてしまった……そんな俺でも頼りにして残ってくれて……。


 ルブリスが言ってくれた一つ一つの言葉が、俺の心の中に染み渡ってきて……改めて俺は周りの奴らに支えられてこの場にいるんだと思うことが出来た。


 なら、俺もこうやって座ってばかりではいられない。

 ここに残った最後の国民達の為に、今俺が出来る精一杯のことをしなければ行けないだろう――。

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