聖黒の魔王

１５６・死闘の果てに

「「にゃああああああああ！！！」」

　互いに杖で鍔迫り合い、離れた瞬間魔法で応戦し、息もつかさぬほどのせめぎ合いをしてるにゃ。

　ここまでどれほどの打ち合い、斬り合いをしてきたかわからないにゃ。

『フレアフィスト』を放つ機会を伺っているのかも知れないけど、ぼくの方も彼がそれを放つのをひたすら待ち続けていたにゃ。

　あれは隙ができやすい魔法にゃ。その性質上、一度放てばガッファからはぼくの姿が見えなくなるし、ぼくの方も回避に成功すれば、近づく以外のことはできるにゃ。

　その隙を突いて、ぼくの全てを賭けて魔導を放ってみせるにゃ。

　魔導はイメージ。そう、それが全てだって、ケットシーもティファリスさまも言っていたにゃ。

　なら……ぼくの魔導は既存の魔法を究極なまでに高めた一撃に仕上げてみせるにゃ。

「にゃは、どうしたにゃ？　ぼくの動きに、ついてこれないのかにゃ？」

「い、言わせておけばぁぁぁぁ……！」

「ほら、悔しかったらぼくにその攻撃を当ててみるにゃ！」

　正直喋るのも辛いんだけど、このままじゃガッファとの戦いに決着はつかないにゃ。

　互いにバテてしまって魔法も避けれなくなって相打ち、だなんてまっぴらごめんにゃ。

　幸い、彼は相当頭に血を昇らせてるみたいだし、挑発するのは簡単にゃ。

　散々彼の方もぼくらを馬鹿にしてきたんだし、これくらいは返させてもらわないとにゃ……！

　向こうもその怒りに満ちた表情でこれ以上戦っても終わりが見えないことを察知してきたのか行動に移してきたにゃ。

「にゃー……にゃー……『クイック』！」

　少し息を整えたガッファは『クイック』を駆使して再び激しい攻撃の雨をぼくに降り注がせてきたにゃ。

　斬撃を繰り出しては、体勢を整えるのに『クイック』を使って瞬時に完了させてくるにゃ。

　振り下ろしたかと思えば、杖を振り上げていたり、別の構えをとったりしてるんだから、本当にたまったものじゃないにゃ。

　結局、ぼくはそれについていけずに徐々に押されていってしまうにゃ。

「ほらほらどうしたにゃ！　オレにでかい口叩いて後悔させてやるにゃ！」

「くっ……はっ……」

　さ、流石に厳しくなってきたにゃ。

　この戦い、やっぱり近接戦はぼくの方が不利。最初からわかってたことだけれど、こうも『クイック』の使い方が上手いと圧されてしまうにゃ。

　だけど、これでいいにゃ。

　ぼくは間合いを詰めてさっきと同じような状況を作るにゃ。

「『クイ――』」

「そこにゃ！　『フレアフィスト』！」

「『――ック』！」

　あの時はここで魔法を中断したけど、今度は最後まで唱え終わったにゃ。

　ガッファの『フレアフィスト』がぼくの眼前を通り過ぎて、今は完全にフリーだにゃ。

　――ここだにゃ！

　――イメージするのは太陽の如き炎の球。降り注ぐ熱線の嵐。焼き払え、薙ぎ払え、全てを……灰燼（かいじん）と帰すにゃ！

【――イメージするのはゆらゆら揺れる雷球。まばゆく纏う雷線の道標。迷うことなく、戸惑うことなく、我が力の赴くままにゃ！】

「『フラムソレーユ』【サテリットネール】！！」

　ぼくとガッファの上空に現れたのは太陽と間違えるかのような巨大な炎球。周りにも凄まじい熱を放っていて、唱えた自分でさえ汗が吹き出るのを感じるほどにゃ。

　そしてその周りを回るようにいくつもの雷球が漂っていて、未だに弱く光り輝いていたにゃ。

　これが今からどうなるのか……どう攻撃するのか、全くわからないことに少しだけ、ぼくは不安を覚えたにゃ。

　でも、それ以上に明らかに巨大な力の本流を従えてるような感覚に襲われ、これなら確実にガッファを仕留められる――そんな予感をはっきり感じさせてくれたにゃ。

「――行くにゃ！」

　覚悟を決めたぼくの号令と共に、太陽からまるで陽の光が降り注ぐかのように幾度となく熱線が降り注がれ、地形が変わりそうな程周囲を焼き尽くしていったにゃ。

　おまけに浮遊していた雷球はばちばちと強い輝きを放って、雷線が雷球を経由してガッファと……敵軍を次々撃ち抜いていったにゃ。

　太陽が無差別だとすれば、こっちは狙撃と呼ぶのがふさわしいにゃ。

　……でも、自軍の方も相当被害が出てきたにゃ。事前にかけていた『オールブレッシング』と『リジェネサイクル』がなければ、確実に死傷者が出てただろうにゃー……。

　今さっきまで滾っていた血が一気に冷めていくのを感じるほどの一撃。

　いや、ごっそり魔力が抜け落ちていくのがわかるから、ある意味血が流れていってるようなものにゃ。

　とてつもない倦怠感がやってきて、興奮していた体が冷えていって――いつのまにかぼくは冷静さを取り戻していたにゃ。

　轟音が次々と響き渡る中、世界が焼かれていく様を見たぼくは、ああ、この世の終わりってこういう事をいうんだろうにゃ……と思ってしまったにゃ。

　――

『フラムソレーユ』と『サテリットネール』が止んだ後の大地はでこぼこの荒野と化していて、自軍の兵士たちはしばらく動けないだろうと思われるほどの傷を負ってたけど、それ以上に酷かったのはガッファとその軍だったにゃ。

　ガッファは膝をついて崩れ落ちかけてるような状態で、軍は壊滅。動いてるのがいるような気が一切しないにゃ。

　対するぼくの方も、完全にバテてしまって身体が倒れそうになってしまったにゃ。

　それもそうにゃ。本気の一撃を……ぼくが出せる最大の攻撃を……とか思ってたらほとんど魔力を使い切ってしまったのにゃ。

「オレ、は、負けられない、にゃ……」

　辛うじて生きてるようなガッファはさっきまで見せてたのとは全然違う、弱々しい視線をぼくに見せていたけど……それ以上に鋭く、意思のある強いものを感じて、ぼくは静かに彼に歩み寄っていったにゃ。

　――これ以上、彼に戦う力は残っていない……それは誰から見てもわかることだったからにゃ。

　それでもガッファは必死に立ち上がろうとしているようだったにゃ。

　なにをそんなに一生懸命になっているのかわからなくて、ぼくの心に恐怖の感情が少しよぎったほどにゃ。

「お、オレは、じ、ゆうに、なる、にゃ……」

　自由――ガッファはきっとなにかのしがらみに囚われていたんだろうにゃ。

　だけど……それであの行動が許されるというものでもないにゃ。

「ガッファ……」

「フェー……シャ……」

　しばらくぼくとガッファは互いに見つめ合って――ガッファの目からさっきの強さが完全に失われ、なんの体力も残っていないかのように地面に倒れてしまったにゃ。

「結局、シャフェーの血族には敵わない……てことかにゃ……」

「それは違うにゃ」

　間違った認識で敗北を認めようとするガッファに、ぼくはゆっくりと首を横に振り、それを否定したにゃ。

　――ガッファはなにか大切なことを忘れてるにゃ。

　結果的にぼくも軽んじてしまったような気がしないでないけど、それでも彼と戦う時……ぼくは心の片隅に常にそれを持っていたにゃ。

　それが、ガッファとぼくの違いだにゃ。

　力に翻弄され、うまく扱えない魔導を『二重魔法（デュアルマジック）』で使用することを決めたのも、ひとえにそれが理由だったにゃ。

「じゃ、じゃあ……なにが、わ、悪かったの……にゃ……？」

　心底わからないという声音でぼくに答えを教えてほしいと懇願するガッファに対し、静かにこう、口にしたにゃ。

「ぼくは最後まで魔王として戦ったにゃ。それが全てにゃ」

　ぼくが諦めそうになった時、くじけそうになった時、それを励ましてくれたのはフェーシャやネア、レディクアの存在と……ぼくのご先祖様が代々守ってきたこの国の姿だったにゃ。

　ぼくはこの国が好きにゃ。

　麦畑が風でそよそよとして、心地よく感じる自然の匂い。

　にゃいにゃいと騒いでいる猫人たちの喧騒。

　そして……あれだけのことをしたぼくのことを見捨てず、認めてくれた人たち。

　この国が好きなところは上げたらキリがないにゃ。

　だから……だからぼくは、この国を精一杯守りたいのにゃ。

「そうか……そ、うか……にゃ……」

　ぼくにはよくわからないけど、その目はなにか納得したような……そんな雰囲気を纏っていたにゃ。

　そのままガッファはゆっくりと目を閉じていって……そのまま何も言わずに息を引き取っていったにゃ。

　――こうして、ぼくたちの激しい死闘は幕を閉じることになったのにゃ。

　最初はどうなるかと思ったけど、結果はぼくがガッファとの戦いを経て覚醒したにゃ。

　だけどその代わりに……カッフェーを失う結果になってしまったにゃ……。

　ぼくの大切な親友。せめて――安らかに眠ってほしいにゃ。