150・貴方に捧ぐ忠誠

「な、なにが起こってるのにゃ?」


 ガッファ王は驚いた様子で周囲を確認してるようだけど、そんな見え透いたことはやめてほしいにゃー。

 彼の軍にはなんともないのにぼく達の陣営に次々と巻き起こる爆発が、ガッファ王の軍が火属性の爆発系魔法を連発しているのは一目瞭然にゃー。


「どういうことにゃー……ぼくらとガッファ王の勝負じゃなかったのかにゃー!」

「それは……」


 所詮決闘としてルールを決めた戦いでない以上、なにをやってもいいって……そういうことかにゃー。

 ぼくらを逃げることが出来ないようにして……それで全て踏みにじる! これが、上位魔王のやることかにゃー!


 怒りがふつふつと湧き上がってきて、とてもじゃないけど冷静でいられなくなってきたにゃー……。

 ぼくらは結局、ガッファ王の言葉を多少なりとも信頼してしまって、有りもしない希望に……ケルトシルが国として残るというささやかな願いまで踏みにじって……!


「あああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 怒り悲しみ……ただただ悔しさがこの胸を埋め尽くしていくにゃー。

 フェーシャさまに軍を連れて行ったほうがいいと打診したのはこのぼくにゃー。

 最悪でもフェーシャさまのお命だけは守るために。貴方はケルトシルの……ぼくらの旗。いざとなったらフェーシャさまだけでも逃がすために軍を引き連れてきたのに、完全に裏目に出てしまったにゃー。


 そのせいでこんなに被害が……。

 魔法の威力を緩和させるため、鎧には魔石を少し練り込んでいたはずなのに、それをあざ笑うかのように兵士達が傷ついていくにゃー。

 この、ぼくのせいで……。


 ……覚悟を決めたにゃー。

 ぼくは……ぼくは……例え死んででもこの魔王を討つにゃー!


「指令だにゃー! 全軍落ち着いて防御するにゃー! 回復兵は重傷の者から治療していくにゃー!」


 爆発にも負けないよう出来る限り大声で叫んで、ぼくは軍の混乱の鎮圧化を図ったにゃー。

 ぼくが指令をだしている間に爆発が止んだのか、次第に落ち着きを取り戻してきたにゃー。


 そうすると次に湧き上がってくるのは――怒り。

 ガッファ王の不意をつくような……ぼくらを騙したことに対する怒りが徐々に支配していくにゃー。


 ぼくらの様子に気付いたのか、ガッファ王はさっきのような余裕ぶった表情は消え、無表情でこっちを見据えてきてるにゃー。


「……これは決闘じゃないにゃー。だからお前を責めるのは筋違いだにゃー。だけど……だけど、こんな卑怯なことをされて、黙っていられるわけがないにゃー!」

「ふん、戦争に綺麗も汚いもないにゃー。勝つ為になんでもする……それが魔王としての努めにゃ!」

「よくもやってくれたにゃー! 全軍、戦えるものは抜剣するにゃー! フェーシャさまを守りつつ後退! ガッファ王の兵士達がいくら強くても……いくら優れていても! このままやられっぱなしで済ませるわけにはいかないにゃー!」

「「「「にゃあああああ!!」」」」


 ぼくの檄の一つで兵士達は盛り上がりを見せ、熱気が辺りを包むにゃー。

 まともに動ける兵士達は全員地面を踏み鳴らし、まるで地震を引き起こしているかのような一体感に包まれるにゃー。


 ぼくは自分の持っているマギナスナイフを天高く掲げて、力強く振り下ろしたにゃー。


「ガッファ王にはぼくが当たるにゃー! ガッファ王の兵士達に対し、一人五人以上で対峙し、隙を逃さぬように攻めるにゃー! 傷ついた者は万全の兵士とすぐさま入れ替わり、回復兵は魔力を切らすにゃー! 全軍……突撃にゃああああああああ!!」

「「「「にゃあああああああ!!!!」」」」


 こうしてぼくらは……当初の二対一の状況から、本格的な戦争に向かって進んでいったのにゃー。






 ――






 戦場は一気に混沌に包まれていたにゃー。

 ガッファ王は応戦を指示して以降、ぼくを睨みつけてきてるのにゃー。どうやら、彼は兵士達の戦いには加わらず、ぼくを仕留めにかかろうということみたいだにゃー。


 フェーシャさまは少し離れた場所で回復兵の治療を受けているようで、戦線復帰までまだもうしばらくかかりそうだにゃー。


「ふん、結局はこうなるのかにゃ。まあいいにゃ。不穏分子の排除が出来るのなら、それに越したことはないからにゃあ」


 ニヤッとぼくの方に嫌な笑みを向けてきて……本当に腹が立ってくるにゃー。

 でも、彼のそんな振る舞いも仕方ないだろうにゃー……。ぼく一人でどこまでやれるかわからないけど、戦うしかないなら……。


「『アースニードル』!」


 ぼくの放つ土の針がまるで適当に飛んできた石ころを払うような仕草で振り払われるのを見ながら、時間を稼ぎながら少しずつ体中から魔力を絞り出すように力を溜めるにゃー。

 普通に使った魔法で歯が立たないなら……最初で最後の一撃。体力が尽き果てるまで力を込めた一撃を与えれば、倒すことは出来ないにしても、傷つけることくらいは出来るはずだにゃー。


 ガッファ王の部隊に後方支援を担当する回復兵と妨害兵の姿が見えなかったところからも、ぼくらを相当なめてるか……自分のやることに絶対の自信をもってるか……まあ、両方だろうと思うけどにゃー。

 それなら、傷ついた身体で戦うことは嫌がるはずにゃー。彼がいくら上位魔王だと言っても……倒せない道理はないはずにゃー!


「小癪な真似をするにゃ! 『ガンブレイズ』!」


 さっき解き放ってきた『ガンブレイズ』よりもずっと強烈な熱線が飛んできたけど、間一髪で回避することに成功したにゃー。

 それでもその熱さがぼくの肌……というか毛を軽く炙るようになでるにゃー。……なんて熱量だにゃー。あんなの食らったら全身燃え尽きてしまってもおかしくないにゃー。


「ほらほら、もっと逃げるにゃあ! 『ガンコルド』!!」


 炎の次は氷かにゃー……全く、なんて使い勝手のいい魔法かにゃー。猫人族の力でこれなら、エルフ族はもっと凄いんだろうにゃー。

 なんて、自分が常に死地に身を置いているというこの現状を俯瞰ふかんするように眺めている自分がいることに気付いて……随分と余裕があるなと我ながらにおかしくなってきたにゃー。


 死と隣り合わせどころか、首の所まで死の沼にどっぷりと浸かったような感覚に襲われているせいか、妙に現実的じゃないせいかにゃー。


 余裕たっぷりで『ガン』系の魔法を連発しているガッファ王に対して、『アバタール』や『クイック』を使って魔力の消費を抑えながら絶好の機会を着々と狙っていくぼく。


 まだ……まだにゃー。

 ぼくの最大の一撃を浴びせなければ意味がないのにゃー。

 冷や汗を流しながらガッファ王の一挙手一投足を確かめながら慎重に機会を伺っているぼくは、段々と焦ってきたにゃー。

 まるで狩りを楽しんでるかのように徐々にぼくを追い詰めていくガッファ王に対し――一か八かの行動を打って出ることにしたにゃー。


「『ブラストボム』!」


 地面に風属性の魔法を放ち、爆発を巻き起こして土煙を辺りに回せる。

 そのまま『アバタール』で分身を設置し、自分は姿勢を低くしてガッファ王がいるである場所に向かって突き進んでいったにゃー。


『アバタール』に向かって紫電の光線が走っていったのを確認したぼくは、そのまま一気に詰め寄って、ガッファ王の懐に飛び込んだにゃー。


「な、にゃにぃ!?」

「食らうがいいにゃー……『フレアボム』!!!」


 その瞬間――ガッファ王の近くにいたぼくを巻き込んで、大きな音と衝撃が走ってきたにゃー。

 目を閉じて痛みに堪えるんだけど、しきりに色んな所を打ってぼくは軽く悲鳴を上げそうになったにゃー。

 魔力を全て注ぎ込んだせいか、完全に暴発してしまったにゃー……。

 おかげで全身火傷だらけの傷だらけ。満身創痍の状態でなんとか一撃を与えられたけど……ガッファ王は……。


「くっははは……やってくれたにゃあ。オレに一撃を与えるためにここまでするとはにゃー」


 姿を表したガッファ王は傷ついてはいるようだったけど……それは本当にかすり傷で……ぼくとは対極といっていい状態だったにゃー。


 ここまでやって……これだけやってこの程度なのかにゃー……これじゃ、笑い話にもならないにゃー……。


 煤を払うように身体をはたいていたガッファ王は、余裕の笑みを取り戻して……ぼくの今の状態を嘲笑ったにゃー。


「無様だにゃあ。それが落ちぶれた者の限界。お前たち一族の限界だにゃ」

「い、言って、くれる、にゃー」


 ズタボロになってもあの程度の傷を負わせることで精一杯だなんて……なら、ぼくに残された手はもう……。


「見てみるにゃ。後ろの連中を」


 くいっと顎を向けるガッファ王の言われるまま後ろを見てみると、そこには苦戦している兵士達の姿があったにゃー。


「オレの連れた4000の手勢。お前の所は一万以上はあるかにゃ? あれだけのハンデがあってまだ足りないのかにゃあ? にゃっはは、惨め。惨めだにゃ」

「……笑うが良いにゃー」

「……なに?」


 事ここに至って事態は最悪にゃー。苦戦しているっていうより均衡が取れている――この数差でこれだけ善戦されてるってことは苦戦してるのと同義だにゃー。

 こうなったら、やがて形勢逆転されるのは目に見えてるにゃー。


 それでも、それでもまだ残されてる手があるんだにゃー。

 だけど……これを使えばぼくは……。


 ふらふらのままなんとか立ち上がるぼくは、大声で指示を飛ばしたにゃー。


「傷ついた兵士たちは、後退するにゃー! 急ぐにゃー! 回復兵、魔力を温存しようと考えるにゃー!」


 ガッファ王はぼくがまだなにか出来るのかと興味津々で見ているようで、ぼくにトドメを刺さずにいるにゃー。

 ……それが間違いだと、思い知らせてやるにゃー!


 軍が引いている最中にフェーシャさまの方を向くと、あの方はぼくがなにをしようとしているのか理解されたのか、麻痺している身体を奮い立たせようと懸命に足掻いてましたにゃー。

 顔は震え、首を横に振り、涙目でただただぼくを射抜くように見据える彼に……ぼくは最大限の敬意を払い、笑顔でお別れを口にしたにゃー。


「フェーシャさま、どうか……」


 どうか、貴方の行く道が、途絶えないよう――。


 フェーシャさまと共に段々と後退していくぼくたちの軍を追いかけるガッファ軍。

 彼らがぼくに向かって武器を振り上げようとした瞬間――生命を魔力に変換した、最期の魔法を発動したにゃー。


「『貴方に捧ぐ最期の忠誠ライフ・デスソング』!!」


 ぼくの声がまるで敵を刈り取る意思を具現化したかのように、次々とガッファ軍の兵士たちに苦しみを与え、彼らは倒れていったにゃー。


 ぼくはそれを見届け、ゆっくりと身体を地面に預け……開けるのも面倒な目を閉じて……。


 レディ、クア……約束、守れなくて……ごめん……にゃー……。

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