149・悪意の一欠片

 それから三日後――ボクたちはケルトシルから少々離れた平野まで足を運んだニャ。

 一応ガッファ王が言っていた通り、観客を――12000もの軍を連れてきたというわけだニャ。


 彼の言うことを聞くのは癪ではあったけど……万が一少数で行ってガッファ王の軍勢に襲われでもしたら本当に馬鹿な恥さらしになってしまうニャ。

 そうならないためにもボクの方も引き連れざるを得ないという感じだったのニャ。


 彼とはあの時が初対面。それにあの態度ではどこまで信用できるかわかったものじゃないからニャ……。


「にゃっはは、わざわざ自分の負ける姿を見せるためにそんなに大勢出来たのかにゃ? 物好きな魔王だにゃあ……」


 ガッファ王とボクの軍が鉢合わせ、互いに兵士達をそこに留めておきながら顔合わせのように歩み寄った後の一言がこれだニャ。

 後ろにいるカッフェーはきっと渋い顔してるんだろうニャ。流石に後ろ振り向いて確認とかする勇気はないけどニャ。


「ボクにも立場があるのニャ」

「まあ、そうだろうにゃ。オレのことは信用出来ないだろうしにゃ」


 にやりと笑ってるガッファ王は相変わらず余裕たっぷりに見えるニャ。

 それもそうだろうニャ。それだけボクらと彼の間には差がある、ということになるのニャ。

 愉快そうにしていたガッファ王は、やがてボクを――いや、カッフェーを睨んでいて、ボクの方はあくまでついで扱い。

 ……まあいいけどニャ。ボクだってその方が都合がいいし、侮ってくれるならそれだけ隙きが出来るんだからニャ。


「それじゃ、始めようかにゃ」


 スッと目が細くなって腰につけている獲物――先端に刃物のような鋭さを秘め、その中央に赤い宝石がはめ込まれていて、杖なのにすごく切れそうな印象を抱かせるものだったニャ。


 ボクとカッフェーも互いに少し距離を取り、各々が腰につけていた武器を抜き放ったニャ。

 ボクはガッファ王と同じ先端が刃のように鋭利な杖。

 ただ、セツオウカ風に言うならば刃物が小振りな薙刀といった感じかニャ。刃の中央には透き通るような碧色の魔石がはめ込まれていて、それに合わせて金の線を描くような装飾が施されているニャ。


 ――これは代々伝わる『グリジャスの杖』ニャ。

 ボクが魔王を継承したときから持っている杖。大事な戦いの時には必ず持ってきている、ケルトシルに現存する魔杖の中で一番の物だニャ。


 対するカッフェーが手に持ってるのはボクら猫人族からしたら剣ほど大きいナイフ。柄の中央には魔石が埋め込まれていて、杖ほどではないけど魔力を強化してくれる代物ニャ。

 確か……『マギナスナイフ』って言ったっけニャ。


 ボクら二人がしっかりとガッファ王を見据え、いつでも動けるように身構えていると……ガッファ王はそれを鼻で笑って隙だらけのままこちらに歩み寄ってくるニャ。


「にゃっはは、なんだその構え方? まるで新兵のそれを目の前にしてるようにゃ。……そんなもんで、このオレがなんとかなる、と……本気で思ってるわけじゃないよにゃあ?」


 笑いながらゆっくりと杖の先端をボクに向けるその姿は、まるで踊ってるようだと思えるほど。

 あまりにも流麗な動きのせいで、ボクは一瞬そっちに気が逸れて――


「『ガンブレイズ』」

「……ッ!?」


 先端から出てきたのは竜の血が入っている種族が口から吐く――と伝えられている熱線ブレスが細くなったかのような魔法。

 慌てて杖に魔力を込めて防御の体勢を取ったんだけど……それがどうしたと言わんばかりの衝撃がボクの方に伝わって、一気に弾け飛んでしまったニャ。


 言葉すらロクに出せない程の威力が肌に伝わって来たニャ。

 全く、なんて魔法ニャ。こんな威力のもの何度も浴び続けていたら身が保たないニャ。


「フェーシャさま! っく!」


 どうやらカッフェーがガッファ王に突撃をかけたみたいニャ。

 地面にごろごろ転がったせいかさっきの衝撃のせいか……体中がじんじん痛むけど、そんなこと言ってられないニャ。


「くっ……はぁ、『クイック』!」


 速攻をかけさせるべく、カッフェーの援護をするボクが見たのは、吹き飛ばされてる彼の姿だったニャ。


「カ、カッフェー!」

「ッ……にゃは、これはちょっと参ったにゃー……」


 どうやら吹き飛んで擦り傷を負っただけのようなカッフェーに安堵するボクだったけど、その気の緩みが戦場では一番やってはいけないことだというのにニャ。


「にゃっははは! なぁにをよそ見してるにゃ! 『ガンコルド』!」


 声と同時にガッファ王の方を向くと、今度は青色の氷線と表現していいような光線が放たれ、まっすぐボクの身体を捉えて――グリジャスの杖を握ってるボクの両手は氷漬けになってしまったニャ。


「ぐ、うぅぅぅぅ……」

「にゃは、にゃはは、にゃーっはっははは! 弱い! 弱すぎるにゃあ! これが……これが……この程度がお前らの本気かにゃあ! さあ立つにゃ! 立って無様にオレに殺されろにゃ! にゃーっはっははは!」


 ボクはあまりの冷たさに、歯を思いっきり食いしばり、顔を歪ませながらガッファ王を睨むけど、それを横目に悠然と立っているガッファ王の姿。


 くっ、ず、随分と調子に乗ってくれてるニャ……。


 高笑いを上げながらゆっくりとカッフェーの元に歩いていくのをボクはただただ見送るのみだったニャ。


「ヒ、『ヒー、ル』」


 なんとか火属性の魔力を込めて氷を溶かし、小声で光属性魔法を唱えて回復を図ったニャ。


 こ、このまま……このまま終わってたまるかニャ!


「『アースバインド』!」


 ボクが回復している最中にカッフェーが土の束縛でガッファ王を縛ろうとするけれども――


「はぁ? この程度でオレをなんとか出来ると? にゃっはは……馬鹿にするにゃあ!!」


 ブオン、と杖を振った音と同時に、カッフェーの『アースバインド』が粉々になって砕け散ってしまったニャ。

 だけどそのことは最初からわかってるニャ。回復したボクは追撃を掛けるように魔法を解き放ったニャ。


「『サンダーニードル』!」


 ボクの魔力に呼応するように具現化するのは無数の針。雷を纏って、相手の動きを止める魔法。

 ボクやカッフェーはガッファ王のように高火力の魔法を放つことは出来ないニャ。


 なら、動きを止めて……妨害をしながら隙きをつくるのがベストな方法ニャ!


「……ちっ、雑魚がぁぁぁぁぁ……オレを甘くみるにゃああああ!! 『ラピッドガントネル』!」


 ボクの作り出した雷の針を覆うように放たれるガッファ王の複数の紫電の光線。ボクの魔法の全てをかき消して包み込んでしまったニャ。


「あ、が、ああああああああああああ!」


 熱い、痛い、苦しい……一気に襲いかかってくるそれら全てがボクの思考を鈍らせるにゃ。

 一発一発がボクの身体を貫いて――魔法が止んだ後、ボクは立ってられなくなって……そのまま倒れてしまったのニャ。






 ――






 ――カッフェー視点――


「フェ、フェーシャさま!」


 ぼくの悲痛な声も虚しく、フェーシャさまはガッファ王の魔法の直撃を受けて、倒れ伏してしまいましたにゃー。

 辛うじて意識はあるようで、身体が痺れて動けない中でも精一杯ぼく達の方を見ているようでしたにゃー。


 まさかここまで差があるとは……ぼくはまだしも、フェーシャさまは最早満身創痍にゃー。

 アシュルさんから魔導と呼ばれるものを教わっていたそうだけど……恐らくあの『ガンブレイズ』の一撃でそれを使おうっていう余裕は吹っ飛んでしまったんだろうにゃー。


 普段使い慣れているものとそうでないものの差が、ここに来て如実に現れてしまった形にゃー。


「ほら、どうしたにゃ? せっかく待ってやってるのに、来ないのかにゃ?」


 ぼくの情けない姿をあざ笑うようになんの構えも見せずにゆっくり、ゆっくりとこっちに歩み寄ってくるガッファ王の姿を見て、思わず歯噛みしてしまったにゃー。


 こんな、こんな悔しいことはないにゃー。彼はぼく達をいたぶって楽しんでいるのにゃー……。

 例え薄くても上位魔王の血が入っていることがここまで許せないのかにゃー。

 これはもう戦いじゃなくて……ただの暴力にゃー。


 でも、それでも……それでも今ここで諦めて、むざむざと殺されるわけにはいかないにゃー。


「なら、望み通り……行ってやるにゃああああああ!」


 ぼくが駆け出してマギナスナイフを振りかざした、その瞬間――ぼくの背後で爆発が起こり、更に後ろに控えていた軍の方にもいくつかの爆発音が聞こえてきたにゃー。


「あがっ、ぐ、くぅぅ……な、なに、が、ぁ」


 背中を焼き尽くされたぼくが後ろを振り向いてみたその光景は――火の海に包まれたケルトシル軍の惨状だったにゃー……。

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