間話・それでも私は誓いました
――リカルデ視点――
「そうですか、お嬢様は行ってしまわれましたか……」
ティファリスお嬢様が南東の奥地にあると言われる、スロウデルへと行った直後の事。
本当にタイミング悪く、セルデルセルから使者が……いいえ、領主自らがとある報告をしにここまでやってこれらました。
それはまるで、運命がそうさせているかのように思えてくるほどに。
「これはこれは、リカルデ殿、お久しぶりでございます」
「お久しぶりでございます。ロマンさん」
応接室にやってきたセルデルセルの使者――ロマンさんは私が来るのを待っていた様子で……いえ、違いますね。
彼の目には失望といいますか、落ち込むような色が見えます。
彼もまた、お嬢様に魅了された
以前、セツキ王が言われたことを思い出した程です。
――曰く、契約が切れたスライムは強者に惹かれる習性がある、と。
それはなぜか? とかの魔王に問いかけましたが、それは自身がより強くなるため……なのだとか。
詳しいことはわかりませんが、彼らは自分を研鑽するためにより強い存在の下で自身を磨くのだそうです。
もちろんその限りではなく、個人差もあるようですがね。
あくまで私の想像ですが、彼らは飛竜の情報もその体の中に取り込んでいるからでしょう。
飛竜は魔力を取り込み成長する……とお嬢様に教えていただきました。
その時に思い出したセツキ王の話とともに、私は一つの仮説を立てたのです。
それはスライムもまた、本来他者の魔力を吸って成長する者である、と。
故に彼らは強者を好み、漏れ出る魔力の端を……常に放出している魔力の波長――欠片のようなものを取り込んで成長するのではないか、と。
何の根拠もない私の立てた仮説であり、実証するすべは何もないのですがね。
「……デ、の! ――殿!」
「……」
「リカルデ殿!」
ふと気がつけばロマンさんが心配そうな顔をして私の事を覗き込んでおりました。
いけません、ついつい思考の海に漂っていたようです。
これはいけません。
「申し訳ございません。少々物思いに耽っておりまして……」
「そうでございますか……。いえ、それも仕方のないことでしょう。
私の元に彼が――セントラルの上位魔王の使者が現れた、ということは南西地域に戦乱の火が巻かれようとしているのですから」
ロマンさんがわざわざここまで来たのは、グロアス王国の――いや、現在南西地域の領土になっているセルデルセルに上位魔王の男……それも悪魔族の魔王の使いから侵攻に手を貸せ、というような内容の話が半ば脅迫とともにもたらされたのだとか。
全く、よくもこう次から次へと問題ごとが降ってくるかのようにやってくるものですね。
先代の魔王様の時はもう少しおだ――いえ、あの御方の時から既にエルガルムとの戦いになっておりましたし、どうやらリーティアスは揉め事に愛されているようですね。
ティファリスお嬢様が魔王になられてからはそれが更に顕著に現れておりますが。
――いや、あの御方は次から次へと揉め事を解決されていくから余計に増えるのでしょうね。
「ここに来て上位魔王の一人が動くのであれば、こちらもそれ相応の歓迎をしなければならないでしょうが……こういう時に限ってお嬢様は外交に行ってしまわれましたからね……」
国の仕事が片付き次第外交と、お嬢様は忙しく飛び回られていると言うのに……。
この問題が解決したら、またしばらくお嬢様には執務室でお仕事に励んでもらうしかほかないでしょう。
せっかく書類の山が片付いたといいますのに……お可哀そうですが、これも運命と思うより他ございませんね。
そちらは後回しにして、今の問題はほとんど寄せ集めと言ってもいいリーティアスに上位魔王が攻めてくるという事に尽きるでしょう。
「そうでございますね……。まさか我が麗しの姫君が他の上位魔王様方の所に行っておられるとは思ってもおりませんでした。現在のリーティアスの戦力は如何ほど?」
「……」
戦力……ですか。少なくともこちらとしては攻勢に出ることなどまず不可能でしょう。
他の国でも上位魔王の軍とまともに戦争が出来るほどの戦力があるとは思えませんし、援軍なき籠城。相手が収まるのを待つ防衛戦を強いられるでしょう。
お嬢様がおられるのでしたら少々心苦しいですが、あの御方を先頭に陣を構え、一気呵成に攻めるという手も出来たでしょうが……。
「戦力で言えば防衛戦で使える戦力は限界まで振り絞って1万5千といったところでしょうか……」
「い、1万5千ですか!? それは……」
少ない……そう思うのでしょう。
それもそうです。上位魔王の軍勢と言えば相当な量を抱えています。
最悪10万、20万はくだらないのではないかと……。
セツオウカはそれを上回る戦力を備えていると聞きますし、十分考えられるものだと思います。
ですが、こちらが攻め込むのでしたらその数も可能性としては考慮すべきでしょうが、あちらの国も全てを捨ててこちらに攻め入るような真似はしないはずです。
ロマンさんが言うには、悪魔族はセントラルの北寄りの国。他の魔王たちの領土をいくつもまたいでいかなければならない以上、迂闊に大軍を引き連れてこちらを攻めることはないでしょう。
仮に悪魔族の方々の全戦力が20万弱だと考えると……こちらに攻めてくるのは恐らく半数以下。見積もって3~5万といったところでしょうか。
それでもおよそ2万という数字に不安感があるのは否めないでしょう。
「
「確かに問題でしょう。ですが、お嬢様がエルガルムと戦った時、クルルシェンドの軍勢と向かい合った時に比べれば遥かにマシな状況だと思うのです。
リーティアスに行くには最低でもクルルシェンド・フェアシュリーかグルムガンドを抜けてくる必要がございますし、進路によってはアールガルムや旧エルガルムを通らなければなりません。時間稼ぎは十分に出来ると思います」
それは暗に、お嬢様がお戻りになられるまでの間、他の国々に盾になってもらう……そう言っているのと変わりないでしょう。
ロマンさんもそれがわかっているのか、苦々しい様子で顔を少し伏せられていました。
「それは……」
「わかっております。ですが、こちらとしても他の国に援軍を出せるほど戦力がないのもまた事実」
上位魔王の軍となればかなりの練度であるに違いありません。そんな彼らに平野で真正面から戦いを挑むなど、まさに愚の骨頂。
「今はここは他の国々にこの事を伝達し、備えておくしか手はありませんね。お嬢様がおられない以上、各国の魔王様方に期待するしかないでしょう。……例え、彼らが蹂躙されないよう選択をされたとしてもそれは仕方のないことです」
彼らにも自分達の国を守る責務があります。
ここでもし、クルルシェンドやフェアシュリーが上位魔王軍の素通りを許しても、こちらとしては責めることは出来ません。
こちら側が先に援軍を出さず、自国防衛に務めるという判断を下した以上、どうしても……。
私の言葉の意図を掴んだのか、静かにこちらを見据えるロマンさん。その目は本気か? とこちらに問いかけているように見えます。
その問への言葉は不要。本気なのだという意思表示だけを行うと、ため息まじり位にロマンさんは納得してくれました。
「でしょうね。クルルシェンドに各国の軍を集結させて全面戦争を行うという手も確かに存在しますが……」
「それをするには各国との連携精度が圧倒的に不足しております。連合国として動いてまだ一年も経っていない以上、それは致し方ありません。今集結させたところで上位魔王の軍とまともに争えるわけがありませんからね」
こちらとしてもこの決断は非常に苦しいものです。ですが、現在は各国で連携を図っている最中。
まずは近隣の国から……ということで来月にも始めようとした矢先にこれでは、手も足も出ないというものです。
烏合の衆と成り下がるよりは各個で戦ったほうが余程マシであるとしか言いようがありません。
「今は上位魔王が攻めてくる可能性があるということ。軍同士の連携が満足に出来ない以上、下手に戦いに混ざったところでセントラルの魔王軍に立ち向かうことが出来るか危ういので、最悪の場合は各国の首都を守ることを優先させる。それだけ伝えていただけませんか?
例え上位魔王の軍がこちらに一直線に動いてくるのだとしても、決して無理な救援をしませぬよう。あくまで自己防衛に努め、被害を最小限に留めますよう」
「……そのほうが妥当、でございましょう。それでは私はすぐさま行動に移しますが……本当によろしいのですね?」
「……ええ」
私に最終確認を済ませたロマンさんは早速各国に伝達しようとそのまま一礼をした後、応接室から去っていきました。
これでいいのです。お嬢様がおられない以上、こちらの最大戦力はカヅキさんのみ。
向こうの契約スライムと魔王本人が参戦してくる……そういう最悪を考えると、迂闊に彼女を救援に向かわせることすら自殺行為になってしまいます。
はぁ……せめてアシュルがいてくれればまだ違ったのですが……。
クリフのように寡黙に門番の仕事をこなせ、とはいいませんが、もう少し彼女にはお嬢様に次ぐ実力を持っているのだと自覚してほしいものです。
契約スライムとして、魔王様の隣に立つだけが仕事ではないのですがね。
「いないものは仕方のないこと、ですか……。
今はここにいる者で考えなければいけないでしょう」
私はただ、私が出来ることをするだけです。
お嬢様が君臨するこの国を、力の限り守る。それが例えどういう結末を迎えようとも。
ただ一つ不安なのは、いつにも増して空が曇っているように見えることでしょうか……。
まるであの日のよう――お妃様が消え、先代の魔王様がいなくなられたあの時と同じ空模様が広がっているように見えるのが、私の不安を余計に駆り立てます。
「……何事も起こらなければいいのですが」
戦争直前に『何事も』などあるはずがないというのに、そう祈るしかない、己の未熟さを呪いながら――私は――。
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