間話・画策するもの

 

 ――イルデル視点――


「そうですカ。南西地域からワイバーンガ……」

「ハイ。恐ラク、女王ハスロウデルニ向カッタノデショウ」


 私はゆったりと玉座に腰掛け、部下たちの報告を待っていると、奇妙な情報がもたらされタ。

 恐らくラスキュス女王が動いたのでしょウ。この時期に動くというのは実に彼女らしいが、大方予想通りだ言えるでしょうネ。

 これで南西地域には上位魔王を欠いた状態。一国の……いいえ、一地域の魔王としてはいささか軽率な判断だといいようがないでしょウ。


 元々南西地域は強い魔王の存在しない地域……成り立てとは言え上位魔王の影響力が非常に強い国であるリーティアスをはなれるとワ。


「クフッ、クフフッ、クフフフフフフフッ! いけませんネェ。これはいけませン。ティファリス女王も随分悪手を選択しましたネ。それで、セルデルセルの方はどうですカ?」

「アチラハ失敗シタヨウデス。アソコノスライムハ妙ニ勘ガ鋭イヨウデ……」


 ああ、やはリ。最初から期待はしていませんでしたが、こうもあっさり手のひらを返されては愉快な気分ではありませんネ。

 でもまあ、良いでしょウ。彼の方もそう頭の回らない男ではなかっタ……そういう事にしておきましょウ。

 仮にこちらに付くことを選択したとしても、捨て駒にされることが理解出来てるのでしょうからネ。


「あちらはもう仕方ないでしょウ。どうせ当てにならないのはわかってたことですからネ。

 ……それで、現在動かせる駒ハ?」

「ハイ。リーティアストソノ周囲ニ400。ケルトシルニ100。アールガルムニ100。フェアシュリーノ村々ニ200。クルルシェンドニ200デス」

「あまり多いと発覚する恐れがあるとは言え、些か頼りない数字ですネェ。まあ、あちらは注視してませんでしたし、妥当とも言えますカ……。

 こちらの手勢ハ?」


 私の質問に、先程まで答えていたのとは別の部下が、持ってきた資料に目を通しながらゆっくりと報告してきましタ。


「周囲の魔王達とこちらの戦力を合わせたら20万でス。私達が10万。諸外国に無理やり引き出させて20……と言いたいところですが、それで他国に対して無防備であっては無意味でス。安全に引き出させるには一国1万。それが十の属国からなりますので、合わせて10万ですネ」


 クッ……クフフッ……クフフフフフフッ!! これは素晴らしイ。ティファリス女王以外は有象無象の弱小国の寄せ集めに過ぎない雑魚ばかリ。それが20万の軍勢に囲まれ絶望の中で踏みにじられ、嬲られ、貶められル! 最高でス! 最高にショーを盛り上げてくれる前夜祭になるでしょウ!


「なるほど。出立はいつ頃ニ?」

「早くて三日後……。到着にはそれなりの日数がかかるかト……。

 今から侵攻するのでしたら5万ほどでしたラ……」


 それはいけませン。あちらにはワイバーンがあります。ティファリス女王には些か遅すぎるといえるでしょウ。

 5万というのは以前、クルルシェンドとグロアスが組んでいた時期に私がひと目のつかない所に作っておいた駐屯地に今尚潜んでいる数のことでしょウ。

 ああ、現在はグルムガンドを経由して、今はエルガルムに陣を敷いているんでしたネ。


 いやはや、何が功を奏するかわかったものではありませんが……あの時のひらめきのおかげで今こうして攻め込む事が出来るというわけでス。

 クフフッ、最も、ここに来るまでの間にバレでもしたら外交問題になっていたでしょうガ。発覚することがなかったら何をやってもいいのですヨ。


 さてさて、最初に提示された20万から実際出撃出来るのは5万……随分と希望的観測をしたものだと思いましたが、時間さえかかれば20万を用意すること出来るということでしょウ。ならバ……。


「少数精鋭で行きましょウ。ワイバーンは3匹……2匹をリーティアス攻略に使いましょウ。それとかの王の手勢も期待できるでしょうし、5万でも十分過ぎる……そう判断したほうがいいでしょうネ。

 5万を先行させて、残りの15万は集まり次第侵攻という形を取りましょウ」


 なるべく上位魔王を回避して侵攻しなければならない特性上、ラントルオを使用したとしても実際まともに侵攻可能になるのは一ヶ月後……。

 今のうちにルート上の魔王達に根回しを済ませ、進むには問題ないようにしなければなりませン。

 北の地域に近いというのはこういう時に不便に感じてしまいますネ。手当たり次第占領してもいいのですが、私は人々の絶望が欲しいのであって、悪魔族の領土以外治める気などさらさらないのですかラ。


 下手に占領したところで、他の上位魔王に攻め入る口実を与えるのミ。

 ただ通るだけであればそこまでうるさく言われはしませんからネ。でなければ他の地域との軍事交流も行っている国もあるのですから、問題も多いのでス。


 少々痛手になりますが、何の問題もないでしょウ。

 南西地域は肥沃の大地。セツオウカの保護から離れた今、格好の狙い目といったところでしょウ。

 豊富な資源があればいくらでも収益をプラスに整えることが出来るというものでス。


 自国の発展に尽力している他の上位魔王達はあの南西地域に興味はないようですから、競争相手もほとんどいないにも等しいですからネ。

 ……最も、私の狙いも別にあの肥沃の大地にあるわけではないのですガ。


 私の願いは唯一つ。極上の快楽。究極の悦楽。至上の法悦を求めるこト。

 それにはどうしても……ティファリス女王が必要なのでス。

 いいえ、正確には彼女の絶望した姿、ですネェ。


 あの時惨めな姿を晒したはずの彼女が、更に強くなって今上位魔王として君臨していル。

 なんとも素晴らしいことでしょう。そしてその花を手折るのもまた私の役目ではありませんカ!


 クフフッ……ああ、ですが……。

 ですが、最初からメインを頂いてはいけないでしょウ。

 彼女のその絶望は恐らく私にとって甘美な永遠を味あわせてくれるに違いありませン。

 ですが、極上の料理を最初に食すなど、邪道もいいとこロ。


 フルコースのメニューで言うのであれば、現在はソルベの部分。

 口休めをし、最高のひとときを味合うための時間なのでス。

 そうであるならば、その極上をいただくための下ごしらえをしなくてはなりませン。

 入念な準備をし、その至高を極限まで高めなくてハ……。


「魔王様、随分と楽しそうですネ。あの時以来ですカ……貴方様がそのような顔をしている時は、他の種族の者達が最高の絶望を浮かべるときですネ」


 流石私の部下。私の事をよくわかっていまス。

 含みのある笑いを浮かべながら私を崇拝している笑みを浮かべているところなど、可愛らしいではありませんカ。


「ええ……。ところで、今南西地域に潜入している工作員ですが……構成はどうなっていますカ?」

「はい、リーティアスにオーク。ケルトシルに人狼。アールガルムに猫人。クルルシェンドに魔人。フェアシュリーに獣人を中心に配置しておりまス」

「クッフフ! いいでス。実にいイ。これはあの時の再現が出来るのではないでしょうカ? 互いが互いを憎み、恨み、懐疑すル……疑心暗鬼の中での戦いは、さぞかし精神をすり減らせていくでしょウ」


 戦いとはただただ真正面からぶつかるようなものではないのでス。

 そう、敵の精神を削り取り、恐怖を、絶望を与え、かすかな希望を踏みにじル……!!

 いわば戦いとは料理を美味しくいただくための、その工程なのですヨ。


 ああ、あまり考えすぎると食欲が湧き上がってきまス……。

 べたべたな人工的な味わいには飽き飽きしてきたところですヨ。


 エルガルムも、ケルトシルも……グルムガンドでのやり取りも私好みではありませんでしタ。

 最も……エルガルムの時に得られた過程はまさしく極上の味わいであったため、最終的には良しといったところでしょウ。

 いやはや、あの時の副産物はまさに思いも掛けないものでしたネ。

 思えばあの時から、私はずっと究極の一品を追い求めていたのかも知れませン。

 ようやくそれが手に入ル。もうまもなク! 私の待ち焦がれていたひとときガ!

 ……だからこそ、あと一歩だからこそ、慎重に事を進ませなければならないのでス。


「事が起こった時には、それぞれが役目を果たしてくれるでしょウ。私達は悪魔族。何をどうすれば彼らを疲弊させる事が出来るか、精神を削り取ることが出来るか……相手に苦痛を与えられるか熟知した一族なのですかラ」


 そう、混沌こそ私達の与えるもノ。そしてそこからもたらされるのは至高の味わイ。


「ふふふ、そうですネ。魔王様の言うとおりでございまス」


 さて、それでは私の方も動かなくてはならないでしょウ。

 早くしなければ食事時を逃してしまうことになりまス。


「クッフフ。そうそう、各国の魔王……いいえ、貴族共に伝えておきなさイ。此度の戦、最も武勲を上げた者には妖精族の領土を渡す……ト。南西地域はティファリス女王さえ落とせば何の問題もありませんかラ」

「かしこまりましタ」


 属国となった国の魔王は現在貴族として私の完全な支配下に置かれているのでス。彼らも自分の欲の為に、私に従属する道を選んだのですかラ。

 いわば表向き魔王である存在、ですかネ。悪魔族にも貴族の位を持っており、領土を得ているものもいますが、今はほとんど変わらないといってもいいでしょウ。


 彼らを釣るにはこれが一番手っ取り早いというものでス。私としては戦争勝利後の領地はリーティアスの部分があればそれでいいのですかラ。


「それと……」


 もう一つ、彼女たちと争う上で最も必要な物を用意しなければなりませン。

 そう、至高の料理には、同等のスパイスが無くてはいけないのですかラ。


「アレを使いましょウ。用意してもらえますネ?」

「アレ……で、ございますカ?」

「ええ、南西地域で、最も使えるであろうアレでス」


 どうにも意思疎通がうまくいかなかったようですが、私がそこまで言うとようやく理解出来たとばかりに暗い……昏い笑みを深めていくのが見えまス。


「アレですか……流石は魔王様でございまス。あちら側にとって、最高の贈り物となるでございましょウ」

「そうでしょウ。その時は、貴方にもその一端を味あわせてあげましょウ。贈り物を届ける者として、ネ」

「それは……ありがたき幸セ。まさにこの身に余る喜びでございまス」


 クッフフッ、さあて、面白くなってきましタ。

 それでは、幕を開けようではありませんカ。最高のディナータイムのための、ショーをネ。

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