144・魔王様、北の国を訪れる
――ティファリス視点――
アシュルとナロームの戦いだけど、終わってみれば随分あっさりとしていた。
彼がアシュルに勝っていた部分といえば、本当に体格の違いと力による差だけであり、技術・魔力・速度……残りの全てはアシュルの方に軍配が上がっていたと言えるだろう。
それにナロームの方は『ガイアシェイク』という魔法で体勢を崩すことに成功したことによる慢心があったみたいで、それが更に彼を追い込む結果となったのだろう。
というか、あの程度の揺れを引き起こす魔法でそんなに優位にたったと思ってはいけないだろうに。
アシュルがあれに対処できないはずがない。むしろ対処できなかったらアシュルはここでリーティアスに一度戻ってもらい、徹底的にカヅキに扱いてもらわなければいけないだろうと考えたほどだ。
結果的に多少みっともなくは見えたけど、はっきりと攻撃に対して勘が働いており、以前見受けられた単調さはかなり改善されていた。
やはりカザキリ戦で思う所があったというわけか。
あの時もアシュルの技術力がもう少し高ければ『クアズリーベ』での剣撃もバリエーションが出てきて、勝敗はかなりアシュル側に傾いていただろうからね。
ちゃんとナローム戦ではそういう所も磨いているように見えた。
後は彼女の経験次第だろう。
幸い、これからもナローム・ルチェイル・カヅキと上位魔王と契約していたスライム達と戦う機会に恵まれるだろうし、頑張って行ってもらいたいものだ。
というか着々と私の元に強力なスライムが集まってきているような気がするんだけど、このままどんどん集まって第二のスロウデルになってしまいそうな……そんな予感がしてきた。
ま、まあいいか。
ナロームの方はルチェイルにお小言を言われていて、途中からうんざりするような顔でそれを聞いているようだった。
それがまた悪かったらしく、余計に火に油を注いだ形になってしまったんだけど、恐らく彼のあの態度はもう治らないものだろう。
少なくとも公的な場では黙らせておくか、そもそも連れてこないかの二択を選んだ方がいいだろうなぁ……。
だけど連れてこないって選択肢は、護衛として付けられている以上、まずありえないだろうなぁ……。
なんて訓練場の片隅で、私はそんな事を考えながら物思いにふけっているのであった。
――
そのまま私達は、訓練場を後にして一度玉座の間に戻ってきていた。
「まずは流石、ティファリス女王の契約スライムと言っておきましょう。ナロームもこの国では強い部類に入るスライムだったんだけど……まさかなんなく倒されてしまうなんてね」
「ふふ、それほどでもないです」
ラスキュス女王に言われて満更でもないといった表情で、すごく得意気になっている。
ちょっと調子に乗りすぎているような気もするけど、今回ばかりは彼女の思い通りにさせておいておこう。
同じスライムと戦って勝ったのは今回が初めてなんだしね。
「さて、これでナロームの方も納得したでしょう? 彼女は私が認めた上位魔王の契約スライム。貴方達の上に立つ者として、十分な素質を備えているということに」
それはどうかとも思うが、ここでそんな事を言ってしまっては話を蒸し返すことになってしまう。
黙っておくのが筋ってものだけれども、少なくともアシュルは誰かの近くにつく事はできても、誰かの上に立つことは難しい……かもしれない。
それを知ってか知らずか、ナロームの方もものすごく納得していた。
「ああ、俺も今回の件でよくわかった。アシュルさんにだったら喜んで従うぜ」
意気揚々と頷くナロームに、やっとかと呆れた様子でナロームを見ているルチェイル。
私の護衛ってことだけど、どっちかというとルチェイルはナロームの暴走を抑える役目みたいだ。
「なんにせよ、これでワイバーンは貸してもらえる……のよね?」
「ええ、約束どおりに。ワイバーンは後日使者をリーティアスに寄越すから、その時に返してくれればいいわ」
「わかった。なんだか申し訳ないわね」
残りの国を回った後、どうやってこの国にワイバーンを連れて帰ろうか悩んでいたところだ。
ラスキュスが後で取りに来てくれるのであればちょうどいい。
あまりに色々してくれるもんだから、流石に多少申し訳ないという気持ちが湧いてきたけど、ゆっくりとそれを否定するようにラスキュスは頭を左右に振る。
「私達、仲間のようなものじゃない。気にしなくていいわ。
あ、どうしてもっていうなら熱烈なキスでお礼をしてくれてもいいのよ?」
「それは遠慮願うわ」
キスをしたら熱烈に応対してくるのはむしろラスキュスの方だろうに。
全く……隙あらば私の唇を奪おうとするのはやめて欲しいものだ。
「あらら、断られちゃった……」
「ラスキュス女王、貴女は立派な方なんですからもう少し……」
「別に良いでしょう? 減るもんじゃないんだから」
ルチェイルがなだめるようにしているけど、ラスキュスはどこ吹く風。
まるでナロームのようだ……というと流石に失礼だろうか。
それにしても減るもんじゃないって、彼女とキスをしたら、純粋な心が減ってしまいそうだ。
しばらくそんなやり取りを続けていた私達は、その日一日を城で過ごすことになった。
本当はその日にでも次の国に行こうと思ったんだけど……予想以上にラスキュスが寂しい顔をした結果とも言えるだろう。
ただ単にワイバーンを借り受ける用意は一匹分しか出来ていなかったため、二匹目の準備を今日一日割いてする、というわけなんだけど。
護衛の人選に夢中だったせいでそういうのをすっかり忘れていた……というのはなんとも間が抜けているというか、ちょっとは考えてほしかったんだけど、過ぎたことは仕方ない。
案外もう少しここにいて欲しい、というラスキュスの感情の表れかもしれない。
その日はこのアクスレアでしか食べられない野菜で作られたポトフのような煮込み料理をごちそうになったり、昨日と同じ様に聖黒族の話を少し聞いたりして過ごした。
最初はこの国に行くのにかなりの抵抗感があったのだけれど、蓋を開けてみれば結構楽しんでいた自分がいて……なんだかんだいって来てよかったなと思ったのであった。
――
そして次の日。
ワイバーンの準備が整ったようで、私達は城の広い場所にいた。
ラスキュスが例のごとく「もう行くの?」とかいうような顔をしていたんだけど、流石に何度もそういうのにのっていたらいつまで経ってもこの国から出られなくなる。
「それじゃ、この二人はありがたく借り受けるわね」
「ええ、十分に働けると思うから、存分に使ってちょうだい。
ルチェイル、ナローム、ティファリスちゃんをよろしくね」
「はい! お任せください」
「おう、任せてくれ!」
片手を上げて意気揚々とおおらかに笑うナロームと、ビシッと背筋を伸ばしてはっきりとした受け答えをするルチェイル。
「ラスキュス、今度は私の国に来てちょうだい。貴女なら歓迎するから」
「それじゃあ次は貴女のベッドで一緒に寝ましょう」
「……はあ、まあ眠るだけなら、ね」
パン、と軽く手を叩いて妙案を思いついたというかのように笑顔でこっちの様子を見てきているけど、またこの人はそんな事を……。
軽くため息をついた私は、適当に流すことはせず、あくまで一緒に眠るだけならという条件を出すことにした。
その時のラスキュスは華やいだような笑顔を見せてくれ……うーん、やっぱり色っぽいなぁ。
よくこうも仕草の一つ一つがそう、色香溢れるものになるなと思うもんだ。
どうせ使者が来るついでにこの人も来るだろうから、今度少しくらい教えてもらうとするか。
「ティファさま、こちらの方も準備出来ましたよ」
「わかったわ」
アシュルの方が駆け寄ってくると、ワイバーンに乗り込み、いつでも出発できる体勢を整える。
ちなみに乗る組み合わせは私・アシュル、ナローム・ルチェイルだ。
ルチェイルの方はナロームの背中にしがみつくことになるのにかなりの抵抗感を感じているようだったけど、そこは我慢してもらうしかあるまい。
逆だったらさぞかし不気味な光景になっただろうしね。細いとはいえ、それなりに立派な筋肉がついた浅黒い男性が、青紫色をした鱗を持つ爬虫類にしがみつくなんてとてもまともな光景とは言えないだろう。
……いや、それを言ったら爬虫類が男性に、という光景もよほど変なものなんだけどさ。
まあいいか。
アシュルの方はナロームが私と同じワイバーンに乗るのを許さないし、ルチェイルの方は私とは一線置いた接し方を徹底しているようで、これから一時的かずっとかはわからないが、主君として崇める以上、おいそれと身体に触れるわけにはいかないとかなり否定的だった。
「それじゃ、また会いましょう」
「ええ、近い内にまた……」
別れの挨拶を終えた私達は、一気にワイバーンを飛翔させ、次の国――フワローク女王が治めている国ラスガンデッドに向かい、北上していくのであった。
――
――鍛冶国家・ラスガンデッド 首都クルーデルト――
北の地域にて数多くの鉱山を持つ国。
そこから取れる鉱石はどれも上質で、セツオウカでのみ取れる金属が『ヒヒイロカネ』であれば、ラスガンデッド……具体的には北の地域でのみ取れる鉱石は『オリハルコン』と呼ばれている魔法金属らしい。
その強度は『ヒヒイロカネ』と比べると一歩も二歩も劣るが、それ以上に加工しやすいのがこの金属の特徴。
魔法金属というだけあって、『ヒヒイロカネ』とは違い、魔力を一切使用せずに技術のみで作り上げる必要がある為、『ヒヒイロカネ』を除いて『オリハルコン』は金属の中で最高の加工難易度を誇るのだとか。
ラスガンデッドではこの『オリハルコン』を他の金属と混ぜて合金として使う技術が発展しており、他の国に比べ遥かに強度がある武器・農具などを作っている。
この世界で最高水準の技術力を持っており、その次がリンデルであると言われているのがこの国、というわけだ。
そんなラスガンデッドの首都クルーデルトに数度の休憩とともに数日掛けてゆっくりとワイバーン着陸場にたどり着いた私達は、事前にやってくることを手紙で伝えていたでけあって、兵士達がそれなりの人数で歓迎してくれているようだった。
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