143・青スライム、戦いの縛り

 ――アシュル視点――


 全く、あんな風に気軽にティファさまに接するなんて……いくらラスキュス女王の配下のスライムであってもあってはならない所業です!


 あまつさえ私の下に就くのは不満だとか力を見せろとか……いい加減、温厚な私も我慢の限界というところ。

 こうなってしまっては思い知らせてやらなければなりません。

 私を侮辱する、ということは私の契約者であるティファさまの在り方を疑うのだ、ということに!


 ラスキュス女王の言葉で訓練用の剣で戦わなければならないという縛りを設けられたんですけど、魔導の使用は制限されていない以上、なんの問題もないと言えます。

 ナロームさんに『クアズリーベ』を使うなんて、もったいないというのもいいところです!!


 それくらいやってのけなければ、この先私がティファさまの隣に立っていることなんてできません。

 そんな風に覚悟を込めて気合を引き締め、私はアクスレアの城にある訓練場の一角を貸してもらうことになりました。


「アシュル、無茶はしないようにね?」


 訓練場で剣を借りて、感触を確かめてる最中に、ティファさまは少々心配そうにこちらを覗き込んでいるようでした。

 ああ、優しいお声かけてくださるティファさま……。

 もちろんわかっております。無茶な戦いにならないように気合を入れてあの無作法なナロームさんを撃破してみせます!


「大丈夫です。私に全てお任せください!」

「なら、良いんだけど……」


 不安そうな目をしておられるようですが、私にはティファさまが付いてくださる……それだけで何倍もの力が発揮できるんです!


(姉様、頑張って!)

「もちろんです! フレイアールもちゃんと応援してくださいね?」

(うん! しっかり応援するよー!)


 フレイアールもパタパタと嬉しそうに……ってこの子は面白い事があればなんでも楽しそうに飛び回ってるから、応援というより、騒ぎたいだけなのかもしれません。






 ――






 その後、私は入念に剣の感覚を確かめ、身体を解して準備を整えました。

 ナロームさんの方は既に準備が完了しているようで、面白そうにこっちを眺めていました。


「……なんですか?」

「いや? 中々綺麗な剣筋してんなと思ってな」


 そんな風に褒められたのは初めてですが、別に……いやほんのちょっと嬉しいですけど!

 それとこれとは話は別です。ああ、だけど一応礼は言っておかなければなりませんね。


「ありがとうございます」

「なははっ、そっちも大分堅いな!」


 堅いんじゃなくて、貴方が気軽すぎるだけなんです! その言葉をグッと飲み込んで、私は静かに彼に向かい合いました。

 そこから一呼吸後、審判を引き受けてくれたルチェイルさんが私とナロームさんの間に立って、双方の顔を見るように左右に顔を向けてきました。


「お互い、準備は良いな?」

「ああ、とっくにな」

「はい!」


 私達の返事に「うむ」と短く小さく一言呟いて、少し目を閉じ顔を下にむけて……カッと見開いたかと思うと、片手を勢いよく上げて宣言するようにその声を張り上げました。


「それではこれより! アシュル対ナロームの訓練試合を行う! では……」


 お互いに剣を抜いて、ゆっくりとした足取りで構え……始まりの合図が告げられるのを待ちます。

 ナロームさんは訓練用、と言ってもかなり大振りな剣。彼の背丈にあったものを構えてるのは良いのですけど、あれで本当に大丈夫なのでしょうか?


 ……良いでしょう。私だってカザキリさんとの戦いが終わってから、結構修行したんです。

 そりゃあ、カヅキさんとの試合では結局勝てませんでしたけどね。

 彼女との戦いは本当に勉強になりますし、少しはこの戦いで活かせれば……とも思います。


「はじめ!」


 私が一気に駆け寄る様を、悠々とした様子で待ち構えるナロームさん。

 まずは牽制するように一撃を放ちますが、軽く受け止められてしまいました。


「はんっ、その程度かぁっ!」


 私の剣を跳ね除け、そのままの勢いで今度は逆に振り下ろしてきました。

 こちらもそれが礼儀だと言うように受け止めた……のですが、結構重い一撃を受けてしまい、多少よろけてしまいました。


「く、うぅぅ……」

「どうした? まさか、この程度か?」


 言ってくれるじゃないですか。たかだか一合二合交えただけでそこまで豪語するなんて、随分と粋がってくれてるじゃないですか……!

 少々飛び退って改めて構えなおし、まっすぐにナロームさんを見据え、動きに注視しました。

 ここで頭に血を昇らせて、闇雲に攻撃すれば彼の思うつぼです。


 ですが、彼は隙があるようで全く隙がありません。堂々と立っているその様子は、どこからでも攻撃を受けてやるという意思の表れのようにも感じます。

 ここで魔導を使って無理やり隙を作るのがいいんでしょうけど、たかだかこの程度打ち合っただけで使うまでもないです。


 なら――


「これで……どうです!?」


 左に右にとゆらりと揺れて殺気を放ちながら一気にその左側に回り込み――と見せかけて右に回り込んで横に一閃。

 ナロームさんはそれに見事に釣られて私のほうが完璧に虚をついた形になったのですが……ギリギリ防がれてしまいました。


「……くっ、あ、あっぶねぇぇぇ。中々えげつない真似、してくれるじゃねぇか!」

「それは、どうも!」


 力で圧された私はまた少々距離を取る結果になりました。

 今度は自分の番だと言わんばかりにナロームさんがその太い腕と大きい剣で衝撃が走るほどの斬撃を繰り出してきました。

 これを紙一重で回避していては、余計な傷を負うだけです。

 ステップを踏みながら軽やかに避け、彼の挙動の隙を縫うように斬撃を繰り出す私。それに対応していくナロームさん。


 幾度も幾度も刃を交え、合わせるんですが、やっぱり彼は曲がりなりにもドワーフ族の姿をしたスライム。

 体長差、男女の力差……そんなものが私を段々と不利にさせていきます。

 技術と速さの面では私のほうが有利ですので、徐々に彼の身体に傷が出来ていくんですが、本当に戦闘に支障ない程度の傷で済んでるのが現状なのです。


「ちっ、ちょこまかと鬱陶うっとうしいな! 『ガイアシェイク』!」


 魔法名を宣言してナロームさんは足をドン、と大きく地面をならした瞬間、まるで地震が起きたかのように激しく縦に揺れてしまい、体勢を激しく崩してしまいます。


「あ、わっ、わわわ!」

「なははっ、隙だらけだぜぃっ!」


 地面の揺れに対応できてない私に向かって思いっきり剣を振り下ろしてきましたが、なんとか間一髪よけることに成功しました。

 ですが、こんな無様にごろごろ転がって避ける羽目になるとは……。


「くっ……よくもやってくれましたね!」

「卑怯だとは言わないよなぁ? これは一応戦いだぜぇ?」

「当たり前です。相手の体勢を崩すのに策を弄するのも戦いの一つです」


 私の答えに満足したかのようにふん、と鼻を鳴らして上から見下ろすような笑みを浮かべてくるナロームさん。

 ……実際転がっていて体勢もロクに整えられてない状態でもあり、直接的にも見下されてしまってるんですけど。


「ははっ、戦いの方はルチェイルのように良い子ちゃんってわけじゃねぇってか。気に入ったぜぇ!」

「それはどう、も!」


 問答無用で再び剣を振り下ろしたナロームさんに、迎え撃つ私。かなり不利な体勢からの刃合わせに少しずつ剣が私の方に押されていってしまいます。


 ……ですが、これでいいのです。

 今彼は私が魔導を使ってないか警戒なんてしていません。もう完全に決着がついた――そういう顔つきをしています。

 だからこそ、ここでの魔導攻撃が活きる。カヅキさんも言っていました。「油断してる者にこそ、敗北は訪れる」って。


 ――イメージは圧縮。水の中に発生する、敵に徐々に重圧を掛ける力。水圧という名の、激しくも優しい暴力!


「『アクアプレッシャー』!」

「なっ……!? ぐっ、なんだこれはぁっ!!」


 一度剣を振り上げ、更に追撃として振り下ろそうとしてきたその両腕を水の球体が包み込み、一気に腕の動きが遅くなりました。

 この魔法は少しずつ水の球体の外側から内側に圧力が発生していき、最終的にはその水圧で……内部がまあ、ぐしゃぐしゃになってしまう(予定)の魔導です。

 前にちょっとした金属で試してみたら、少しずつボコボコに変形していったのは確認してます。最終的にベコベコ音がして小さくなってしまったという結構怖い魔導なのです。


 少しずつかかる圧力がきついのでしょう。水球を振り払おうと苦しげな声を上げながら振り回していますが、そんなことで魔導が振り解けるわけがないじゃないですか。

 魔力で構築されたものは魔力で対抗するものです!


「これで、終わりです!」


 私はナロームさんのデタラメな動きをかいくぐって、胸腹部の辺りを思いっきり蹴り飛ばして『アクアプレッシャー』を解除して、体勢を崩したナロームさんに剣先を突きつけました。


「どうです? 降参ですか?」

「……ああ、参ったよ。降参だ…イツツ」


 流石にまだ腕の痛みがあるのでしょう、ロクに動くことも出来ないようで、無事に決着を付けることが出来ました。

 これで私の――いいえ、ティファさまの面子は保たれたと言ってもいいでしょう。


「参った参った」と笑いながらも痛がってるナロームさんを尻目にルチェイルさんが私の勝利宣言をしてくれました。


「ナロームが敗北を認めたことにより、勝者・アシュル!」

(わー、おめでとー!)


 フレイアールはティファさまがいた方角から私の方にパタパタと飛んできました。

 全く、可愛い子ですね。本当に。こんな飛竜が私の弟分なのですから、私も誇らしいです。


「いやいや、参ったもんだ。まさかあんな隠し玉を持っているとはよ」

「ふふっ、私だってやる時はやるのですよ」


 そうです。私も十分強くなってきてるんです。

 カザキリさん、カヅキさんとどうにもパッとしなかったような私ですが、ここでようやく勝利することが出来ました。


 ……まあ、全力、とは言い辛いですが、それでも勝利は勝利です。

 この勝利、愛しい私の魔王様に捧げます!

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