間話・魔人スライムの浪漫ある一日

 ――ロマン視点 セルデルセル――


「ふう、今日もいい仕事をしました……」


 ことり、とペンを置く音と共に私は少し身体を伸ばし、うまく動かせるかどうか確かめるように少々体操をして、一息。

 以前から城の中でもくもくと執務に勤しむのには慣れていましたが、最近は余計に忙しくなっているような気がします。


 それもこれも私のティファリス様麗しの姫君が上位魔王のセツキ王と互角に渡り合ったり、グルムガンドが戦争状態に突入するという一報があれば、いつの間にか南西地域を統一するというとんでもないことに。

 更に最近では上位魔王になられたという凄まじい快挙を遂げられたとか。


 流石我らが魔王。我が麗しの姫君……。

 貴女様のその、多少見下ろしたかのような視線を思い出す度に、私の頬は上気し、その見目麗しい姿を想像する度に私の身体は喜びに身悶えするのです。

 中々こちらにお戻りになられることはないですが、フォイル王の話では私の事を気にかけてくださっているよう。


 今、リーティアスはディトリアを中心に国力の底上げを図っている最中だと聞きますし、こちらに来訪していただけないのは致し方ないことだと言えるでしょう。

 こちらの方はクルルシェンド側とはディアレイ・アロマンズの両王時代にやり取りをしていただけあってか、街道は整えられており、ルールを詳しく制定するだけで済んだこともあって、後はいつもの執務とさほど変わらなかったです。


 麗しの姫君が様々な功績により、魔王としての位を上げていることによって忙しくはなっておりますが、以前のディアレイ王の時代ではこの倍の戦後処理やら他国への配慮やらに気を配らなければならなかったですし、ずっとマシだと言えるでしょう。


 そんなことを考えますと、ディアレイ王について思い出します。

 最初は……いえ、最期の時までこんな性欲魔王に仕えるのかと思っておりましたが、いやはや、今は――少なくとも良い思い出は少ないですね!


 なにせその性剣を収める鞘を常に探しているような男でしたからね。毎回毎回色々やらかして、私が波風立たないようにしたのにどれほど苦労したか……。

 最終的に立ち回ることができなくなり、ディアレイ王がその国を侵略してやりたい放題するというのが一連の流れになっておりましたが。


 それでも子どもを宿した女性は手厚く保護したりしてるところを見ると一応……本当に一応ですが、責任を取るつもりはあったようですけどね。ま、基本的にダイナミックにやり逃げするんですけど!

 基本的に性欲の塊だったんですけど、最低限、本当に最低限の人としての知恵はありましたからね。

 その知恵で色々押し付けられてはいましたが、まあ、それなりの日々でしたね。

 彼は正直、良い王ではありませんでしたが、少なくとも邪悪な王というわけでもありませんでした。俗物の塊とでもいえばいいのでしょうかね。


 スライムとして産まれたこの身の恨めしさもありますが、良くも悪くもそれなりに楽しませてもらったということでしょう。

 そんな風に仕事の終わりに思い出していると、不意の来客によってそれは中断させられました。

 こんな時にやってくるなんてろくでもないものに決まっています。なにせ麗しの姫君が上位魔王になられたばかりなのですから。

 ひとまず応接室に案内させ、私自身もすぐさまそちらに向かうと……案の定というかなんというか、あまりよろしくないお客様がいらっしゃいました。


「お久しぶりです。ロマン様」

「そうですね。私としてはお会いしたくはありませんでしたが」


 彼は姿は魔人族ですが、本当の姿は悪魔族の使者という男です。

 そのブロンドの髪が似合っている格好いい男性で、どこか軽そうな雰囲気を抱かせるというのは私個人の感想です。

 こういうのはディアレイ王のように――ああいや、彼とは多少違うでしょうが、女性と見たらお茶にでも誘ってそうな、そんなフットワークの軽さを思わせます。


 というか外見がこんなのなのに中身はそれなりにしっかりしているようですから世の中理不尽ですね。

 さて、そんな彼がわざわざこの首都から落ちたセルデルセルにわざわざ訪れた理由は……一つでしょうね。


「貴方様に、我らが王の指令をお伝えにまいりました」

「少々お待ち下さい」


 ……やはり、ディアレイ王の事を思い出すのはやめておいたほうが良かったですね。

 このような厄介なものを持ち込まれてしまうのですから。

 彼が言っているのはディアレイ王の国であった時代の繋がりから、そちらの指示に従えということなのでしょう。


 私の方もいい加減立ち回らなくなってきたときにあちらの陣営――上位魔王であるフェリベル王を中心とした勢力の、特にイルビル王には世話になりました。主にディアレイ王のやらかした後始末についてですが。

 その分彼らの指示に従うという形で、出来るだけ対等な関係で入れるように務めたのですけどね。


 しかし、それは既に過去の話。今の私は麗しの姫君たるティファリス女王の配下になっているわけですし、彼らに従う必要性は全くありません。


「申し訳ございませんが、貴方がたの国とこれ以上付き合うつもりは一切ございません。速やかにお引き取り願いましょうか」

「こちらを裏切る……そう取ってもよろしいですか?」

「フッフッフ、これは異な事を。私の主は既にティファリス女王なのですよ? 貴方がたとの関係は、ディアレイ王が崩御なされた時に終わったと思うのですが……今この都市がどこの国に所属しているか、聡明な貴方の主様でしたらご存知でございましょう?」


 もっとも、中から切り崩してもらいたい――というのが彼らの本音なのでしょう。

 そして以前ディアレイ王がいたということでこちら側に目をつけたということでしょう。

 ですが、それは甘いというものです。敗戦した私達側がこうして普通に生活出来ている……蹂躙されずにいつもどおりの暮らしを送ることができるのは、麗しの姫君が私に全権を委ねてくれたおかげなのです。

 私が少女たちを慈しみ、安寧という愛を与えることが出来るのも、その見返りに元気溢れる輝かしい姿を眺めることが出来るのも、全て我が麗しの姫君のおかげということです。


 ちょっと触りたいとか色んな事してみたいとかいう気持ちがむくむくと湧き上がってきますが、それで少女たちを不幸にするのは私の流儀に反しますからね! 全ての少女達の幸せのために、この私はあるのですから!


「よろしいのですか? 貴方の返答次第で貴方の大切にしている少女たちが不幸になってしまうかも知れないのですよ?」


 私の性格をよくわかっているのでしょう。彼は悪いことを考えているような気持ちの悪い笑みを浮かべていますが……私に対して少女達を盾に使うというのは実にいい度胸だと少々感心いたします。

 ですが、それはいけませんね。脅すのであれば、少なくとも私が逆らえない立ち位置にいる場合か、我が麗しの姫君が多少なりとも不利な状況にある場合に限るべきでしたね。


 それでも私の守っている都市が蹂躙する様を想像してしまい、若干寒気がしましたが。


「そうですか。では、イルビル王が貴方を通じて宣戦布告をしてきたとティファリス様にお伝えいたしましょう。言ってはなんですが、貴方が悪魔族であることは先刻承知しておりますし、ディアレイ王がフェリベル王の勢力と懇意だったのは契約スライムである私はよく知っているつもりです。例え――私達が貴方がたに付くことを選んだとしても、真っ先に制圧されるのは盾扱いされる私達の都市でしょう。貴方がたに潰されるか、セツキ王含むティファリス様に再度制圧され、今度こそ都市を分解されるか……早いか遅いかの違いでしかないのでしたら、貴方の提案には何の意味もありません」

「……」


 私の言葉にその暗い笑みは途端に苦々しく歪んでいくのがわかり、失敗したというような顔をしています。

 それもそうでしょう。彼はディアレイ王の時も全く同じように交渉してきましたし、芸がないといいますか……恐らく上位魔王の方々の策略ではなく、ただ単純に私を動かせ、という命令を下されただけなのでしょうね。

 やり方があまりに稚拙。こういう場合、そちら側がこちらを守れる案を提示しながら交渉していくのが定石なのですが、現在私が管理しているのはこのセルデルセルのみ。他の領土はクルルシェンド側の人材がティファリス様の名代として管理しているようですし、私のすることと言えばそれがきちんと運営されているか確かめる程度のことです。

 フェリベル王側の勢力とも離れており、南西地域の連合国と化したリーティアスがすぐそばにある以上、離れるなんてことが出来るわけがないんですよね。


 少しでもこちらに軍が向かおうとした時点で他の国に気取られてしまいますし、あちらの言うことを聞いたとしても結局使い捨てられるのがオチなのであれば……せめて痛みの少ない状態にあった方が後々有利に働くというものです。

 それが例え、私が心底大切にしている少女が犠牲になることであっても……他の大勢の少女を巻き込む結果になることだけは、避けなくてはなりませんからね。


「それとも、貴方様が今すぐ軍を動かすことが出来る立場であり、この都市を占領することが出来るのでしたら一考するのもやぶさかではございませんが……果たしてリーティアス連合国相手にいつまで守りきれるか……。

 リンデルも恩を売るために軍を差し向ける可能性もあるでしょうし、多少軍を差し向けたところで全くの無意味というものでしょう。もう少し考えてから発言されたほうが、お互いに身のためでございますよ?」

「こ、この……」


 若干まくしたてるように話し終えると、憎々しげな表情で私の事を睨みつけている彼がそこには存在しました。

 やれやれ、これ以上話すことがないのでしたら、早々にお取引願うとしましょう。これ以上の問答は時間の無駄というものです。お互いのためにもね。


「お帰りになられるのでしたらどうぞ。少しでもここで怪しい動きが起これば、その全てを余すこと無くティファリス様にお伝えするのでそのつもりで。

 ……ああ、私の口を封じようとしても無駄でございますよ? 私は定期的にとある場所で他の国の者と顔合わせを行っております。例え悪魔族が私に成り代わろうとしても、私の口から肝心の密会先の場所を聞くことが出来なければ行くことも出来ないでしょう?

 精神的に追い詰めたりしても無駄でございますし、『隷属の腕輪』を持ち出した瞬間、自害させていただきますので」

「……後悔しないことですね」


 それだけ口にして彼はお帰りになりましたが、一体何を後悔することがあるというのでしょうか? ひとまず、彼が余計なことを考えられないように今日からしばらくの間は警備を厳重にしておくことと、このやり取りを手紙にしたため、リーティアス本国に送ることでしょうかね。

 やれやれ、保険としてフォイル王と取り決めたことが多少なりとも生きてよかったです。


 ただ、彼の所属している国がこちらになにかしら圧力を掛けてくる可能性は一切消えてないのですから、今はひたすら自衛に精を出すことしかないのがなんとも悩ましいことですね。

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