137・魔王様、スライムの国へ行く
フェーシャがリーティアスから帰って以降、防衛費の捻出やカヅキやリカルデと共に案を練り合うことになった。
訓練してる兵士達の中から密偵に向いていそうなものを選出したり、現在いつでも活動出来る状態にある密偵部隊と話を通しておいたりと相当慌ただしく動くことになったけど、なんとか6の月レキールラの終盤にスロウデルに行く準備が整った。
ギリギリたどり着ける日程にまで持ってこれたのは本当に良かったと言える。これで面目も多少は立っただろう。
私の方は恐らくラスキュス女王のところに行った後は北の方にも行くことになるだろうし、先々のことを考えたら手を抜けない場面だったんだけど、なんとか形になる所まで持って行けてよかった。
後は未だ続いてる兵士たちの選出と、少しずつ始まってきた訓練の成果が身を結ぶ事を出来るかどうか、だ。
カヅキの話ではモノになるものも多く、様々な種族がリーティアスに集まってきてるから、国民の中からも使えそうな者を選出するとのことだった。
これは私の方も同意し、少しずつ軍の方も強化していく感じだ。
また、とうとうリーティアス側の方でも町や村も安定してきたこともあり、徐々に元エルガルム領だったところにも手を付けることが出来るようになってきた。
私が上位魔王達の国を見て回った後、そちら側にも手をつけようと思うけど、なんにせよ、まずはスロウデルに行くことだ。
今回私と一緒についてくるのは――まあいつものメンバー。フレイアールとアシュルだ。
特にフレイアールは私が他の国の飛竜に乗るとわかると相当不満そうに声を荒げていて、それを落ち着かせるのに一緒に来ることを容認したという形だ。
セツキのワイバーンはフレイアールが産まれてくる前に乗っていたということもあり、仕方ないらしいんだけど、他のワイバーンには極力乗ってほしくないんだそうだ。
そういうこだわりはよくわからないけど、下手に突っついて余計なことになるよりは、妥協したほうがいいと考えたわけだ。
本当は別の地域に行くことになるし、遊びに行くというわけでもない。『夜会』の時のように複数の魔王がそこにいるわけじゃないし、相手の本拠地に行くわけだから留守番しておいてほしかったんだけど……もはや過ぎたことは仕方ない。
対するアシュルの方はラスキュス女王に会うと決めた時から絶対についていくんだと張り切っていた。
正直なところ、『夜会』で押し負けた時のように、ラスキュス女王の言いようにされるような可能性があることを考えたら、私の方も出来ればアシュルが一緒に行ってくれるのは心強く感じる。
リーティアスはケットシー・フェンルウ・ウルフェン・リカルデ・カヅキ達に任せておけば余程の事がない限り大丈夫だろう。
というわけで、今回見送りに来てくれたリカルデと少し話をすることに。だけどちょっと後悔することになった。
「お嬢様、お気をつけくださいね。貴女様は未だ脇が甘い部分がございますから」
「わかってるってば。その言葉、何度目よ」
「何度でも言わせていただきます。貴女様はこの国の魔王様なのですから」
これだ。最近――正確には『夜会』から帰った時以降、頻繁に私に忠告することが多くなってきた。
特に敵意がなく近づいてきたからと言って、好き放題させてはいけないという内容の話だ。
どうやらアシュルが私がマヒュム王に見惚れていたというでまかせやフェリベル王から頬にキスされたとか……ラスキュス女王にファーストキスを奪われそうになったことなどを全て報告していたようで、それからはずっとこんな感じだ。
どれだけ心配なんだと思うけど、それだけ私のことを大切にしてくれているという証拠とも言えるだろう。
鬱陶しいんだけど、そうも邪険に出来ないのだから尚更困る。
「アシュル、何かあったらよろしく頼みますよ」
「任せてください! ティファ様のて――必ずお守りします!」
今貞操っていいかけたよね? アシュルの方はどうやら微妙に懲りてないようだ。
リカルデに告口するような真似をしたりして……一回本格的にお説教した方がいいのかも知れない。
これでは、私の事が色んな人に筒抜けになってしまう危険がある。
「お嬢様、上位魔王は他の魔王の方々より厄介な方が多いでしょう。貴女様が遅れを取る、ということはないでしょうが、くれぐれも……」
「心配しなくて大丈夫よ。リカルデの方も最近はここにちょっかいを出されてることが増えてきたから……気をつけてね」
「ありがとうございます。お嬢様のお帰りになられる場所は、私がしっかりとお守りいたしますので、貴女様もご安心して外の魔王の方々と交流なさってください」
リカルデが珍しく微笑むのを見て、思わず私はあっけに取られてしまう。柔らかく、あまりにも優しげに微笑むリカルデの顔なんてそうそう見れたものじゃないからね。
だけど、うん、思った以上にいい笑顔じゃないか。少なくとも彼になら安心してここを任せられるというものだ。
……その、はずなんだけど。
なんでだろう? この胸騒ぎは。前にも一度こういう顔を見たような気がする。
どうにも気になるんだけど、はっきりと思い出せない以上、今それについて深く考えることはやめておいた方がいいだろう。
こういう気持ちっていうのは一度考え始めたら長くなりそうだし、今はそんな時間もないからね。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「はい、いってらっしゃいませ」
最後に短い言葉を交わした私達は、スロウデルの使者が手配してくれた二体のワイバーンに乗り込み、ラスキュス女王が住まう彼の国に向かうことになった――。
――
――スロウデル・首都アクスレア
セツオウカよりも奥の方に位置する国で、全体的に水産資源の豊富な国となっている。
リーティアスのように海に面しているわけではないのだけれど、湿地・湿原などの水の豊富な土地を多く持ち、湖など……とにかく水に関連した土地が多い。
その分水田も多く、食糧事情は南西地域を除けば一番潤ってるんじゃないかと言えるほどだ。
ただ、橋を掛けたりしなければ多くの者が住んだり交流したりするのは難しいというのが欠点といったところか。
普通の種族であれば湿地になっている場所を潰して自分達が住む場所を作るのだけれども、ラスキュス女王がそれを良しとせず、出来るだけそのままにして過ごしているのだとか。
そこのところは非常に好感がもてる。目先のことを考えるなら様々な人種が住まえるように工夫したほうがいいのは確かだろう。
だけれどそれではいずれ食料の供給量と消費量が逆転してしまい、長い目を見て考えたら飢える者が徐々に増えてくるだろう。
ここの世界の種族は長生きな種族も多いし、魔人族でもそれなりに長く生きる。
猫人族や人狼族など人を冠する種族であっても100年以上生きている者も多い。特に魔王なんてものになれるほどの能力を持つ私達はそれ以上に生きていることがある。
レイクラド王なんかは恐らく上位魔王全員が生きてる年数を足しても少ないと感じる程生きてるんじゃないだろうか?
そういう寿命の関係上、目先の利益にとらわれてしまったらロクな事にならない。
自分の人生を最大限楽しんで生き抜くには、今の小さな国民の不満よりも、未来の大きな不満を潰すという考え方をラスキュス女王はしているのだろう。
それ故、スロウデルはラスキュス女王が国を興して尚、ずっと変わらぬ水の国としての姿を維持し続けているというわけだ。
もちろん、そんな食料が豊富な国に目をつけない国はまずいない。後先考えずに人を増やし、飢えそうになったところでスロウデルに侵略しに行こうって連中も多かったそうだ。
だが、そういう国に関してはすぐに根を上げることになる。
理由は簡単。ラスキュス女王は侵略してきた国のスライム達を全部自国に引き込むのだ。
一国に一村と必ずあるスライムの村なんだけど、そこのところはスライムの女王様たる所以なのか、各地のスライムたちへの影響力が非常に強いらしい。
もちろん必ずしも引き込めるわけではないらしいのだが、ほぼ勝ち目も薄いのに水産資源を目当てにやってきた連中なんぞのスライムに対する扱いなんて、考えてもわかりやすいものだ。
それでも侵攻をやめない国などは、ラスキュス女王の配下であるスライム達が戦争に参加して湿地帯に来る前に敵国を一掃してしまうのだとか。
このスライムも他の国から流れ着いた物が多く、基本的に契約した後の姿を変えたスライムたち……契約者本人がいなくなった後で国を去ったスライムたちなのだそうだ。
ジークロンドとフェンルウの立場で考えるならば、フェンルウはジークロンドよりも前の魔王と契約して姿を得たスライムで、契約した魔王本人が死ぬまで国に就くのが基本的なルールなんだそうだ。だけどそれもジークロンドに魔王の座が移ったためそれも終了。だからこそ私の国にも来れたというわけだ。
これがジークロンドがフェンルウと契約したスライムであったならば、今のリーティアスにフェンルウはいなかっただろう。スロウデルにはそういうスライム達が多いというわけだ。
そんなスライム達の集まる、ある種の楽園とも言える国の首都は、まさに水の都と言った様相を呈していた。
ここだけは流石に他の魔王達も迎え入れなければならないためか、かなり手が加えられている。
一応広く場所が取れる場所に首都は建てられているんだけど、周囲のほとんどが湿地帯で、ラントルオなどが通る場合は大半が一方通行の道を行き来することになるため、交通の方面に不便さは残る。
街の中央にある城の周囲には大きな川が存在していて、行き来するには大きな橋でしか手がないといった感じだ。
全体的に白亜の街並みが美しく、噴水や水浴びの出来る専用の施設など、この国の特色を強く表していると言えるだろう。
私達はこの国にあるワイバーンが泊めることが出来るほど広い場所に降り立つ。
やはり上位魔王の行き来がワイバーンということもあって、ここにもクレドラルと似たような場所があるようだ。
本当はちょっと観光を……と行きたいところだけどあまり長居をするわけにもいかない。ラスキュス女王の所に行かなければならないだろう。
今度は一体どんなことをされるのか若干不安になってきたけど、ここに来た以上は私も覚悟を決めるしかない。
なんでこんなに緊張しなければならないのかと多少頭を抱えそうになりながらも、この国の魔王である彼女に会いに行くのであった。
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