136・魔王様、相談を受ける
カヅキとの模擬戦もひと段落つき、彼女の納得する形で終わってよかったと思いながらも、アシュルやカザキリを含む他の契約スライムとは段違いの強さを見せつけられた形となった。
つくづく彼女が味方でよかったと思う。あの二刀流の剣……刀だっけか。
セツキ以下カザキリ以上らしいけど、本当に魔王じゃないのか? って思うほどの鋭い一撃が飛んできて驚いた。
おまけにあの刀、魔力を込めた瞬間雷を纏ったり風を纏ったりするもんだから思わず『フィリンベーニス』を召喚してしまった。
いや、最初の方はまだなんとかなったんだけど、二つの属性を纏った時点で素手じゃかなり分が悪いと判断した。
恐らくあれは並の魔剣じゃ切り落とされるのがオチだっただろうし、なんという恐ろしい魔刀を持ってるんだと戦慄したほどだ。
あれに耐えきれるのは私が知る限りディアレイが持ってた魔剣と、セツキとカザキリが持ってたそれぞれの魔刀に、私とアシュルの『人造装具』の魔導で召喚した武具だけだろう。
本当は『ヴァイシュニル』でも良かったのだけれど、兵士達が来たら訓練がはじまるし、その前に終わらせたかったというのもある。
『フィリンベーニス』で片方は止められるし、恐らくカヅキの性格上、突きを繰り出す時は必ず刃を下にしてくるだろう。
いくつかの斬撃の際に突きは必ずそうやって使ってきたのがその証拠。最悪、回復すれば良いわけだし、手ぐらいくれてやる覚悟でいたからあれだけの行為に踏み切れたってわけだ。
後は腕に魔力を濃密にまとわせ、突きのタイミングに合わせて思いっきり叩きつけてやり、見事に動きを封じた。
正直腕が吹き飛ぶんじゃないかと思うほどの衝撃を受けたけど、まあなんとかなったというわけだ。
セツキの時のようにじっくりと相手を出来る状況だったらまだ回避しながらちまちま攻撃していく選択もあったんだけど、それは今更言っても仕方のないことだろう。
カヅキは私からなにか感じ取りたかったみたいだし、出来れば彼女の経験を積ませてあげたかったのだが、こればっかりはどうしようもない。
一応カヅキも納得してくれたし、概ね大丈夫、ということだろう。
そして今はその戦いが終わっていつもどおりの政務に戻ろうとした矢先のことだ。
前々からこちらに話があるとフェーシャから打診を受けていて、その本人が今日たどり着いたという知らせを受けた。
『夜会』から帰ってきてからちょくちょくこちらに使者を向けてくれていたんだけど、予定をすり合わせてる最中にラスキュス女王を含む上位魔王達の誘いがあってかなり慌ただしくなったんだよな……。
それでもなんとかラスキュス女王の所に行く前に話を聞くことができそうで良かった。
魔王としての仕事も大切だけど、それよりもフェーシャの話のほうが大切だろう。
彼が直接話をしたいというのも中々ないし、なにか重要な事を伝えようとしてくれてるに違いない。
というわけで、私はいつぶりかの応接室で待機しているフェーシャに挨拶をしにいった。
「久しぶりね。フェーシャ」
「どっちかというとちょっと前振りですニャ。ティファリス様」
連合国になってから女王呼びから様呼びになったフェーシャは、嬉しそうに私の方に手を振ってる姿はなんとも愛らしい。ケットシーといいこの子といい、猫人族というのは仕草が本当に可愛いのが多い。
それでいて頭を使う仕事が得意だから、ケットシーなんかディトリアの運営を仕切ってる一方で、同じ仕事に携わってる者達からは癒やされると大人気なのだ。非常によく分かる。
喉元をちょこっとなでてあげるとケットシーなんかは恥ずかしがったり嫌がったりするんだけど、最終的にぐるぐる喉を鳴らしながら気持ちよさそうにしたりと、猫そのまんまだ。
フェーシャの方もきっと同じなんだろうな……と思うけど、流石にケルトシルの魔王にそんなことをすることは出来ない。
「……? どうかしたのかニャ?」
「い、いいえ。それより、貴方が話しておきたいことってなに? よっぽど重要なことなのでしょう?」
「それは……」
言いにくそうに頬をかきながら左を見たり右を見たり、上を向いたり下を向いたりと非常に忙しい。
これだけどうしようか悩んでるということは、よっぽどケルトシルに……いや、もしかしたら南西地域全体に関わることなのかも知れない。
あんまり大したことないならここまで悩んだりしないし、そもそも口頭で言おうだなんてしないで、文書で済ませられるはずだ。
「実は、ニャ……」
ここで急かしたところでどうしようもないし、本人が言い出すのをゆっくり待っておいた方がいいだろうと、リュリュカに淹れさせておいた深紅茶をのんびり飲みながら待つことにした。
相変わらず茶葉の豊かな香りと、全体に広がる高貴な味わい。それを引き締める苦味がたまらなく美味しい。
このひとときのおかげで多少の疲れも取れるというもの。
なんて考えていたらやっと話す決意をしたのか、微妙に私から顔を逸らしながらでもあるけど、ぽつぽつと話し始めた。
「えっとニャ……実は、ケルトシルに内通者がいるー……可能性が、あるニャ」
「は?」
「内通者が……いる、かも、ニャ……」
にゃはは、とか笑ってるフェーシャだけど、なんで今それを言うのかな? とかもっと早く言って欲しいとか思ってしまった。
なにもスロウデルに行こうかと話をまとめていってる最中に持ち出されても困る。
……まあ、それを言ったらセツオウカ行ったり『夜会』行ったりして、激務状態の時以外は大半他の国に行ってるわけだし、どうするんだと言われればそれまでなんだけど。
しかし内通者か……確かにそういうのがいればエルフ族や、姿を変えた悪魔族が侵入するのも容易いだろう。
となれば大分前からケルトシルに潜り込んでいたということになる。それにしても内通者がいるってだけでわざわざ私に話を持ちかけるとは思えない。恐らく、ある程度特定してるか……かなり調べたけど証拠を抑えきれなかったかのどちらかだろう。
「で、いつから内通者の存在に気づいていたの?」
「それは、ティファリス様がセツキ王の所に行った時からですニャ」
それはまた、随分と前から気づいていたわけだ。
今が6の月レキールラで、セツキの国に行ったのは去年の8の月ペストラだから、その長い間、ケルトシルでは内通者を追っていた……ということになるだろう。
「内通者の正体はわかってるの?」
「それが……いくらかそれっぽいのはいるんですけどニャ……ケルトシルで育てていた密偵がほとんど壊滅してしまって、防御面と新しい密偵を育てるのに時間がかかってしまいましたニャ。
最初、セツオウカから帰ってきた時にお話しようと思ったんですけど、中々機会に恵まれなくてですニャ……」
そう言いながらうつむくフェーシャに軽くため息を付きながらどうしようかと考え始める。
あの時はまだ同盟を結んでるわけじゃなかったし、私の所に相談に来るよりも、自国の防衛の方を優先したということだろう。
それはまだいい。問題なのはこれからどうするか、ということだ。
正直対処をしようにも時間がない。
既にレキールラ中にスロウデルに向かうことはラスキュス女王にも言ってるし、ここでやっぱりもう少し待ってというのは対外的にあまりよろしくない。
ただこの問題も無視できないし、現状はケルトシルがやっている通り防衛力を上げるしか方法がないだろう。
それに加えて何らかの方法が必要だけど……さてどうしたものか。
「下手をすると、だけど……
もしなにかしら画策しているのであれば、グルムガンドのときのゴタゴタの時になにか仕掛けてきたはずですニャ」
フェーシャの言うことももっともだ。
もし内通者がなにか行動しようとするのであれば、フェーシャとカッフェーが共に離れてフェアシュリーにいた時に起こしていただろう。
それを見越してフェーシャの方も準備していたそうだけど、結局は何事もなく空振り。
ケルトシルの上位陣はその時全く動きがなかったそうで、内通者として動くのをやめたか、それとも内通者自体が既に姿を眩ませているか……どちらにせよ、完全に特定できる機会を逸してしまった以上、ひとまず報告だけはしておこうということでここに来たというのが今回の訪問だったのだとか。
「正直、今頃話すのもどうかと思ったんですけどニャ……事後報告でも今後そういうこともあると考えたほうがいいかニャっと思ってニャ。
リーティアスは兵士達の熟練度がボクたちの国のどこよりも高くなりつつあるようだけど、反面情報を収集するような部隊の存在が弱いからニャ」
流石フェーシャだ。私の方針のせいもあってか、リーティアスは情報戦にはそんなに強くない。その分戦闘力に優れているし、何かしらの謀略を仕掛けようとしても、南西地域の最奥にあるこのディトリアに何かを仕掛けるには時間がかかりすぎるだろうと判断してとのことだ。
それにリーティアスの主要都市は今の所ディトリアだけだし、最悪なにか起こるならこのディトリアだけだろうと踏んだ結果でもあるんだけどね。
だけど、それも上位魔王という立場になった以上変えなきゃいけないことだし、フェーシャのいるケルトシルはリーティアスとかなり近い。
こうなった以上、私の国に何を仕掛けるにしても時間がかかるだろうという考え方は改めておいたほうがいいだろう。
幸い私の国で密偵の役をこなせる人材は、人狼・猫人・狐人族とどれも素早く動けながらも他者を撹乱することに長けた者ばかりだ。
「だからわざわざここに来た……というわけね。ちょっと時期的にはまずかったけど、貴方のおかげでよりこの国は強い国に成長出来ると思う。だからありがとうね、フェーシャ」
「いいんですニャ。ボクも連合国の一員になった以上、少しは情報公開を行わないとと思いましたからニャ。この事は他国の魔王にも伝えて、内通者にも備えておくようにしておきますニャ」
「よろしくお願いね」
全く、『隷属の腕輪』といい内通者といい……いやらしいというか、小賢しい事をしてくるのが好きな魔王もいるな。
とりあえず今できることはこちら側もそれに精通してる者を増やしていくということくらいだろう。
今からというのが若干厳しい感じもするが、それでも1からじゃないだけマシだ。
予算組み、カヅキやリカルデに相談。諜報に向いてそうな人材を中心に軍の再編などなど……相変わらずやることは山積みだ。
これ、レキールラ中に終わるのだろうか……? 相当不安になってきたけど、本当に最悪の場合再編などは私がスロウデルに行ってる間にやってもらうしかないだろう。
それから、フェーシャはしばらく私との情報交換や雑談を含めた会話をした後、二日後に自分の国に帰っていった。
とてつもなく有意義な時間ではあったけど、もたらされた情報のせいでまた私の仕事の量が増えた……というなんとも笑えない結果になったのであった。
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