135・桜スライム対上位魔王

 アシュル殿のおかげで少しはいい運動になりました。

 これからそれがしより遥かに上にいるであろう存在――上位魔王のお一人であるティファリス様との模擬戦に向けて程よく身体もあったまってきた感じです。


「う、うぅー……カヅキさん強すぎませんか? 明らかにカザキリさんより強いですよね?」

「当然です。あれを師事したのはそれがしですよ? 彼より弱ければ舐められてしまいます」


 カザキリは慢心しやすく、油断しやすいですから。

 大方アシュル殿との戦いにも彼自慢の『無音天鈴』で倒すことにこだわった結果、引き分けまでもつれ込んだといったところでしょう。

 妙な拘りを持ったり、カザキリは一度、徹底的に鍛え直さないといけないのかも知れません。


 今は国を違えたこの身ですが、それでも彼は私の教え子。中途半端に投げ出すのは彼のためにも……そして師である私自身のためにも良くないことだと思いますからね。

『無音天鈴』を習得してからあからさまに避けられていますし、いい機会でしょう。


 多少火照った体を落ち着かせていると、訓練場の入り口の方から、のんびりとした足取りで私の願っていた方が現れました。


「おまたせ……ってアシュルも一緒?」

「はい、少々準備運動に付き合っていただきました」

「じゅ、準備運動……」


 アシュル殿が若干頬を引きつらせてそれがしの方を見ていましたが、そう言われたくないのであれば、もっと精進しなさい、というような視線を送るとそのまま黙ってしまいました。

 対するティファリス様の方はなんとなく察してくださったのか、悪戯をした子どもを見る母親のような目をそれがし達に向けられて……少々くすぐったい気持ちにさせられます。


「それじゃあ、体をほぐす手間は省けたってことね」

「はい、拙者の方はいつでもいけます」


 その相変わらず優雅な佇まいに思わず見惚れてしまいそうに――いえ、アシュル殿がでれでれしている姿を見てしまい、冷静を保つことに成功しました。

 それにしても……いつ見てもその立ち居振る舞いには感心させられます。

 これは、いよいよそれがしも高まって来ました。


 この御方に剣を抜かずに戦いを挑むのは無謀というもの。

 ティファリス様はそれがしと向き合うように訓練場の中央へと足を運び、こちらの方に向かい合ってきました。

 向かい合って改めて分かるんですが、戦う体勢を整えたティファリス様からは相当な威圧感を与えられます。


「約束通り、模擬戦を初めましょうか。かかってきなさい」


 悠然と特になにか構えるわけでもないその様子は、とても戦いをしようという人のそれには思えませんが……油断はできません。

 先程収めた『風阿ふうあ吽雷うんらい』をゆっくりと引き抜き、しっかりとティファリス様に向けて構え、姿勢を低く保って見据える。


 あくまでそれがしに先攻を譲るといった形を崩さないティファリス様にどう攻めるか……。


「『闇風・隠忍かくれしのび』!」


 暗い影から飛び出す闇の刃がティファリス様を襲い、左に飛んで避けるのを確認したと同時に一気に踏み込んで、上下から挟むように刀による斬撃を繰り出したのですが……下からのは避けられ、上からのは刀の腹に拳を叩きつけられ、強引に避けられてしまいました。

 そのまま回避された方の刀を返し、再び上から追加の斬撃を襲わせましたが、それも刀を持っている手が痺れそうなほど強い拳打に見舞われてしまい、思わず顔をしかめてしまいます。


 そのまま追撃を仕掛けようと行動に移そうとした瞬間、ティファリス様が詰め寄ってきて、それがしの顔目掛けて恐ろしい速度の拳を打ってきました。

 ぎりぎり反応出来たおかげでなんとか避けることは出来ましたが、頬が切れるほどの拳なんて食らっては、間違いなく動きが止まってしまいます!


 しかもそのまま至近距離による打撃戦を展開していき、完全にそれがしの間合いを越えてきました。

 刀による応対をしようとしても、互いが密着しすぎているこの間合で……それがしの刀を拳打で弾き返してくるせいか、満足な攻撃を与えることが出来ません。

 その間にもティファリス様の動きの少ない拳打が飛んできて、それを防ぐので手一杯です。


 離そうとしてもぴったりとくっついてこられ、明らかにそれがしよりも素早い動きで対応されてしまいます。


「くっ……!」

「貴女にその刀を振り回されるのは怖いからね。一気に決めさせてもらうわよ」

「拙者とて武人の端くれ! 一方的に攻撃されるだけの拙者ではありません! 『風風・俊歩疾速』!」


 身体能力を強化し、全体的なスピードを上げる強化魔法を掛け、一気に突き放し、そのまま再度突撃を敢行……すると見せかけその速さのままティファリスさまを抜いて、背後から攻撃を仕掛けました。


 アシュル殿であれば迎え撃つ形をとって背後ががら空きなんてことが普通なのですが、ティファリスさまがそこまで甘いはずもなく、しっかりとそれがしの動きに注目してこちらに合わせてきました。

 それがしの剣撃は再び軽くいなされ、腹部に鈍い重みのある痛みが伝わってきます。

 まるでドワーフ族の槌による攻撃を受けたかのような衝撃が体中に響き、全身に痛みが伝わってくるのがわかります。


「くぅ……ふっ、くっ……」


 無様に腰を折って痛みに声を上げるわけには行きません。今は戦闘中なんですから、必死に耐えて、次の攻撃に備えないと……。

 今回のティファリス様はあまり魔法を使わないようにしているのでしょう。『フィリンベーニス』と呼ばれた剣を召喚するわけでもなく、明らかに手加減されてるように見えますが、今はそれがありがたい。

 本当でしたらこちらの方も魔法を使ってはいけない気もするのですが……そんな事をして不完全燃焼で終わっては、何のためにこの模擬戦を挑んだかわかったものではありません!


 それがしは『吽雷うんらい』に魔力を込め、その力を開放させます。

 バチバチと紫色の電撃を纏い、そのまま『風阿ふうあ』が呼応して同じ魔力をその刀身に宿す。


「『紫電一閃』!」


 それがしの放つ、雷を纏い、上下左右にと無数に走る稲妻のような斬撃と共に繰り出す一直線の一撃。

吽雷うんらい』の力を最大限まで引き出し繰り出す、最速の一刀。

 この一撃、貴女ならどう――。


「『シャドーリッパー』」

「なっ……!」


 影から放たれる闇の刃が『紫電一閃』で繰り出された斬撃を次々と相殺していき、最後に放ったそれがしの最速の一撃を今までにない速度で回避されてしまいます。

 まさか……それがしの領域を遥かに上回るとは……。


 それがしも修練を積み、少しはセツキ様やティファリス様の領域に近づけたかと思いましたが……まだまだ驕っていた、ということですか……! ならば!


「『風阿ふうあ吽雷うんらい』……貴方達の力、今こそここに!」


 更に『風阿ふうあ』の方にも魔力を込め、更に一段階この刀達の力を開放させ、紫色の雷・風を表す白の混じった緑の疾風が刀に纏わりつき、カタカタと嬉しそうな音を鳴らしながら刀達が喜びの声を上げているのがわかる。


「……! 『人造命剣「フィリンベーニス」』!」


 流石にこの力に警戒されたのか、ティファリス様も自身の愛剣を抜き放ってきました。

 黒と白の刃が光と闇を表しているようで美しい剣。戦闘中でなければじっくり観察したいのですが、今はそうも言ってられないでしょう。


 あの剣を手にしてからのティファリス様の雰囲気……恐ろしく澄んでいて、研ぎ澄まされた刃のよう。

 この空気だけでそれがしの体は細切れにされるのではないか? そのような妄想ですら現実になりそうな程の存在感に圧倒されてしまいます。


 ですが、ここで怯んでられません。何のために模擬戦を所望したのか。

 それは自身をより高みへ、遥か上の頂きへ昇っていくためです。であるならば、今怖気づいては何の意味もありません!

 拙者は『風阿ふうあ』で斬りかかり、『吽雷うんらい』はいつでも行動を起こせるようにそのままに。


「甘い!」


 ティファリス様はそれがしの攻撃を剣で受け止め、それに反応して『風阿ふうあ』を引き上げ、『吽雷うんらい』で突きを放ち、一気に押し崩そうと画策したのですが……そこにティファリス様の一撃。まさか握りこぶしで思いっきり叩き落とされるとは思いもしませんでした。


「はっ……!? なぁっ……!」

「これで終わりね」


 刃先が地面に突き刺さる程の勢いで叩きつけられてしまったため、それがしの方は完全に体勢を崩した形になってしまい、あまりの出来事に一瞬呆けたのがいけなかったのか。

 いつの間にかそれがしの首筋に剣が突きつけられ、完全に敗北してしまいました。


「くっ……拙者の負け……」

「最後のはちょっと焦ったわ。両刃の剣だったらもう少し面倒だったかもね」


 ああ、最後の一連の流れは、片刃である刀だからこそ出来たと言っておられるのでしょうが、あんな濃密な魔力を纏った刀に触れる行為自体そもそも簡単に出来る真似ではないのですが……と言ってしまいたい。

 あのような行為ができるのは、それがしが知る限りではセツキ様とティファリス様だけですよ。


 あんなことしたら、普通なら手が消えてなくなる程の衝撃を受けるはずなんですけど……何事もなかったかのように叩き落とされるんですから呆然ともしますよ。


「流石ティファリス様です。ここまで差があるとは思いませんでした」


 それがしもセントラルの魔王になら善戦出来る程度には成長している自負がありましたが、流石に上位魔王となられたお方。格が違ったというわけですね。

 大半の攻撃が素手で対応されてしまったら、もはや何の言い訳も出来ませんよ。


「カヅキも相当なものだったわよ? 正直、以前の……セツキと戦う前に貴女と戦ったらかなり苦戦を強いられていたと思うし、流石鬼族の上位魔王と契約したスライムだけはあるわね」

「褒められていただくのは嬉しく思いますが、拙者も所詮大空を知らぬ雛鳥のようなもの。改めて貴女様の所に来れてよかったと思いました」


 ティファリス様が満面の笑みでそれがしを見てくれている中、とても直視出来ないほどの眩さを誇っており、顔を熱くしながら地面の方を向いてる自身が余計に情けなくなってしまいました。


「あの、これ、どこが模擬戦なんですか……?」


 アシュル殿が気の抜けたような声が聞こえたような気がしましたが、きっと気のせいでしょう。

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