134・桜スライム対青スライム

 ――カヅキ視点 ディトリア・訓練場――


 早朝。普段は兵士達の騒がしい声、響き渡る剣戟、放たれる魔法で溢れているこの訓練場も、これほど早い時間であればその真逆。一際静かな世界に変貌する。

 普段とは違う静寂の空間の中で、それがしは目を閉じ禅を組み、落ち着いた心のまま、体中に朝の気を取り入れ身を引き締める。


 この世に生を受けてから必ずおこなっているそれがしの神聖な儀式と言ってもいいようなもの。

 これをしなければ一日は決して始まらず、例え何があろうとも執念と言えるもので続けた、それがしにとってはそれほど重要なものなのです。


 それがしがこの国……リーティアスに来てもうどれほどの時が経つだろうか。

 初めて闘技場でお見かけし、見惚れる程の戦いを魅せていただいたその日からそれがしはずっと、この時を夢に見ていたのかも知れない。あの方と――ティファリス様と試合をする、この日を。


 今日という日を最上にすべく、それがしはただひたすら心を磨く。ゆっくりと研ぎ澄ませ、自らをたった一つの刃とするべく、瞑想をしていた……のだけれど。

 訓練場に入ってきた気配が一つ。それがしと同じく契約スライムのアシュル殿のようだった。


「おはようございます。模擬戦までにはまだ時間があると思うんですけど……随分早いんですね」


 どうやらそれがしのことを探しているように見受けられたが……一体何用でしょうか?

 問いかけたくなる気持ちが徐々に湧き上がってくるのを感じますが、今は大切な朝の瞑想の時間。例え誰であっても……そう、それがいかに敬愛する主の命であろうともこれを邪魔することは許されない。

 しかし、何も言わずに待たせるのも失礼極まりないというもの。


 故に――それがしはたった一つの言葉を口にしました。


「今は瞑想の時間ゆえ、少々待ってください」


 そのまま再び心を静め、自らの奥底に潜ることに集中すると、どこか呆れるかのような視線を感じましたが、その視線に動じることなく、常に心を揺るがさず不動であること。

 その事に務めるため、それがしはただひたすら明鏡止水の境地を目指していくのでした――。






 ――






「お待たせしました」


 朝の瞑想も終わり、ゆっくりとアシュル殿の方を向くと、座った彼女はこっくりこっくりと船を漕いでるように見える。

 ふむ……どうやら随分と待たせてしまったみたいで、すっかり眠ってるみたいですね。


「アシュル殿?」

「んー……? ふぁっ!? ね、寝てませんよ!」

「誰もそうは言っておりませんよ」


 思わず苦笑いしてしまったのが余計に彼女を怒らせてしまったのか、頬を膨らませてしまったようです。

 寝癖を気にして髪を整える前に口からちょっと垂れてるそれを拭うのが先なのでは? とも思いましたが、それを言えば尚更彼女を傷つけてしまうだけだろうと思って、ゆっくりと待つことにしました。


「それで、このような早朝に一体何用ですか?」

「え? あー、そうですね……昨日の夜、カヅキさんがティファさまと戦うと聞きました。ですのでその前に私と戦ってもらおうと思いまして」


 なんとわざわざこの朝早くからそのような理由で、このような場所に訪れるとは……。

 ですがどのような理由・時間であろうとも、申し込まれた挑戦に断るのは、まさしく武士としては恥というもの。


「なるほど……戦いを断る道理なし。良いでしょう。早速試合を行いましょうか」

「……あれ? いいんですか? 言っておいてあれなんですけど、自分でも唐突だな、と」

「確かにそれがしとティファリス様との戦い当日、その朝に……というのは唐突だとも思いますが、それがしもアシュル殿の成長を見てみたいと思っておったところです」


 以前の――ティファリス様と『夜会』に行かれる前に彼女と戦った時、あの程度でよくカザキリに勝てたなと思えるほどの弱さでした。

 単調な動きで攻撃も読みやすく、容易く組み伏せてしまったのです。

 そこから訓練中のそれがしの動きを観察したり、自分の動きを確かめていたりしたようですし、今はどれほど強くなったか、それがし自身も知りたい、というのが本音ですね。


 それがしは一度きちんと距離を取り、アシュル殿と向かい合いました。

 一度戦うと決めたのなら、早いほうが良い。アシュル殿もその様子でいたようですので、気力も十分といったところ。


「どうやら準備もいいみたいですので、早速試合をするとしましょうか」

「望むところです! 『人造命剣・クアズリーベ』!」


 彼女はいきなり自分の奥の手である自らの剣を創り出す魔法を使ってきました。

 私の実力をその身にしっかりと刻んでいるための行動なのでしょうが、最初から飛ばしすぎるというものでしょう。

 相変わらず透き通った美しい水の剣で、その特性上決して派手な装飾を施さなくてもいいほどの逸品。

 その軌道はまるで流れる水のように軽やかであり、より一層その華麗さが映し出されています。


「随分と余裕じゃないですか!」


 思わずその流れる軌跡をじっくりと眺めるように避けてしまうと、アシュル殿から一喝貰ってしまいました。

 むむ、これはいけない。それがしとしたことが、ついこの剣の流麗さに魅せられてしまいました。


 しかし相変わらずまっすぐな剣筋です。速度はそれがしと最初に戦ったときとは比べ物にならない程成長しておりますが、まだまだ。


 空中に円を描くように剣を振り、複数の水の剣を作り出したかと思うと、一本を自分の手に収めて残りはそれがしに向けて放ってきました。

 それらを避けたかと思えば、こちらに詰め寄ってきて眼前に、左右から、あるいは突きの形で……幾度の剣撃をアシュル殿は繰り出しますが、それら全てはわざと紙一重で回避します。

 全く……ここまで素直だと、通り越して愚直なのではないかと思うほど。

 やはりもう一度それがしが剣の道とはなにかを教えてあげなければならないようですね。


「くっ……はっ! あ、当たらないです!」

「まだまだ。アシュル殿は殺気の込め方が本当に下手ですね。それではそれがしに避けてくれと言っているようなものですよ?」

「なら……ならこれです! 『リヒジオン』!」


 そう、自らの剣が一切届かず、そのことを挑発した時にアシュル殿が次に取る対応は回避の難しい魔法。

 その程度の事、それがしが読めぬはずがないとわかっていると思ったのですが。


「『闇風・隠忍かくれしのび』!」


 それがしの懐で光の球が炸裂しそうになったその瞬間、どこからともなく飛来した闇色の風刃がそれを斬り裂く。彼女の『リヒジオン』は不発に終わり、その次はより強力な魔法。もしくは詰め寄って右上からの左下に斬り裂く袈裟けさ斬りのどちらか。


「まだです! 『リヒジオン・アロス』!!」


 思わず自身の目がスッと細くなるのを感じる。

 周囲に『リヒジオン』と同等の光の球が出現し、それがしの体中に出現する。

 なるほど、純粋に『リヒジオン』の発展強化型の魔法。そしてこの光の球の出現は恐らくランダム。


 ……ふむ、これは実に厄介。それがしの『闇風・隠忍かくれしのび』は相手の近辺にある暗い(あらゆる影も含む)場所から闇を纏った風の刃を放つ魔法です。

 一回唱える毎に一発。今回の場合、何度も放っていては間に合わないでしょう。


 ならば――――


「……ふっ!」


 それがしは我が愛刀『風阿ふうあ吽雷うんらい』を抜き放ち、その全ての光の球を斬り裂いてしまいます。


 一本は風の神とも呼べる程の力を宿し、嵐すら呼ぶことの出来る艶のある薄い緑色の魔刀。

 一本は雷の神をその刀身に宿し、あらゆる電撃を受けてもその力を吸収する艶めいた薄黄色の妖刀。


 二対で一つ。それがそれがしの持っている『風阿ふうあ吽雷うんらい』。


「……相変わらずなんていう速度の斬撃ですか。私も随分貴女のことを遠目に見て、経験を積んでとしたはずですのに、ほとんど見えないじゃないですか……!」

「一番最初に言ったではありませんか。『それがしとおぬしとでは、経験・生き様……そしてなにより覚悟が違う』と」


 ティファリス様がこちらに来られる前に決着をつけましょう。

 あの方も訓練の邪魔にならぬよう、朝方にいらっしゃると言っておりましたし、アシュル殿の成長も十分に見れました。

 以前とは段違いの実力を身につけており、わずか数ヶ月でこの成長は見事と言わざるを得ません。


 後は技術力とより濃密な経験を積めば、彼女はより一層強くなるでしょう。

 ……ふふっ、ですがそれがしとてセツオウカの武人。武の道を……剣の道を極め、真理を追い続ける求道者。

 たかだか数年かそこいらで契約したスライム程度に遅れを取るようなことは決してないと言い切れるでしょう。


「覚悟くらい私にもあります!」

「それは契約スライムとして最低限の覚悟じゃないのですか? それがしは一生を掛けてでも剣の道に殉ずる覚悟をしているということです!」


 それがしは左右に上下に、二対の刀の持ち味を活かし、同時にいくつもの攻撃を生み出す。

 何のことはない。それがしにとってはただ普通に放った剣撃。ですがアシュル殿にはそうは見えなかったのでしょう。驚きの表情と共にそれがしを一睨みし、覚悟を決めたような顔をしました。


「くっ……ううぅぅぅっ!」


 一度、二度とそれがしの刀の片方を受け流し、もう片方を最低限の動きで回避しているようですが……やはり見えていないのか全然回避することが出来ずにその柔肌を浅く斬り裂く。

 そのままそれがしは一気に彼女に駆け寄り、刀の先を相手に向けるように腰を深く落とし、突きの姿勢を取る。

 そうすると自然と刀が届かないところまで一気に飛び退り、反撃を試みようとしているアシュル殿に対し、それがしは刀を逆手に持ち替え、そのままの姿勢で駆け寄り、まるで鋏で首を斬り落とすかのような斬撃を繰り出しました。


 もはやアシュル殿にこの一撃を食い止める術はなく、恐怖のあまり目を閉じてしまうという死に怯えた表情をしています。

 全く……契約スライムとしてあってはならないことですよ。生に執着しすぎても、死を恐れすぎてもいけない。


 それがし達は魔王様の刃であり、盾でなければならない存在。

 未熟である彼女にはわからぬ言葉でしょうが、ただ主のためだけにあるのではただの契約スライムと変わらない、というわけです。


「こ、降参です」

「はい」


 その結果が左右の両方から首筋に当てられた刀、というわけです。

 寸前で止められたせいか、若干力の抜けた表情をしておりますが、これでは本格的に魔王様のお役に立てるのはいつのことやら……。


 それでもカザキリよりは鍛えがいのある者であることは間違いないですし、今後とも成長が楽しみであるのは違いがないですけどね。

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