第6章・悪夢の王の奸計
133・魔王様、宴の後
『夜会』も終わり、クレドラルで一日を過ごした私達は国に戻った後……最初の一ヶ月は平穏な日々を過ごしていたんだけど、その次の月。
6の月レキールラにそれは起こった。
「はぁ……」
思わずため息が漏れ出てしまう。
「ティファさま、今日で何度目ですか」
(母様、元気ないね)
「ですねー」
ちょうど私とお茶をしているアシュルとフレイアールが心配そうに私の事を覗き見ているけれど、そう何度もため息ついたんだろうか?
だけどため息を付きたくなるのも仕方のない話なのだ。
先月……5の月メイルラの時は本当に平和だったんだ。
カヅキやリカルデは留守を立派に務めてくれたということで、なにか私に出来る事を一つしてあげることにした。
それによりリカルデは私とお茶の時間を。
そしてカヅキの方は、何を思ったのか私との模擬戦を望んでいた。
これについてはまだいい。リカルデとの約束はメイルラに。カヅキとの約束はレキールラに果たすつもりだったのだ。
だけど……。
「そりゃため息も出るわよ。上位魔王の内、三人から招待されたんだから」
そう、この月に入ってからフワローク女王・ラスキュス女王・マヒュム王の三人の王から……特にラスキュス女王から熱烈な誘いを受けている。
それこそ何故か四度も使者がやってきたほどだ。なんで同じ月に同じ内容の使者が四回もやってくるんだ……と相当頭を抱えた。
その使者たち曰く、私の事を相当気に入ったんだろうということだ。
どうせ断られるから……と一気に四人の使者をリーティアスに向かわせ、一ヶ月かけてやってきたというわけだ。
使者はいずれもワイバーンを使って二人ずつやってきていて、ラスキュス女王の国は少なくともワイバーンを二体確保しているということはわかる。
今も使者の二人はディトリアでのんびり過ごしている始末だ。なんでも、連れてくるまで帰ってこなくていいと言われたそうだ。
どれだけ私の事に執心してるんだと文句言いたくなってきたんだけど、今ここで何を言ってもどうしようもない。
手紙の中ではいつでもいいからとか書いてるけど、実質今すぐ来て欲しいと言われてるようにしか思えない。
「はぁ……」
(母様……)
何が悲しく唇を奪われかけた女王の国に行かなきゃいけないのだろうか?
自分から食べられに行くようなものだ。実際頂かれそうなんだけど。
じゃあ他の国を回ればいいじゃないか! とか思うんだけど、肝心の乗り物というか……移動に使うものがラントルオしかいないというのが現状だ。
だったらそれで行けばいいじゃないかと普通は思うのだが、ラスキュス女王のいる南西地域ですら、結構な月日がかかる。
それを考えたら、マヒュム王やフワローク女王の治めてる国がある北の地域に行くのにどれだけの時間が必要になるかわかったものじゃない。
私が使っていたワイバーンはあくまでセツオウカ――セツキの物だし、私はちょっとそれを借りていただけに過ぎないのだ。
だから今はセツキから譲り受けたフレイアールしかいないんだけど……。
(母様? ぼくになにかついてる?)
この子は今も成長期なのか、やたらと魔力と食事を摂るようになった。
……いや、厳密に言えば食事は魔力さえ摂っていれば不要なんだけど、私が食べ物を与えたせいでちょくちょく食べるようになってしまったのだ。
国に影響は小さいし、美味しいものは食べないのは損というものだ。
心豊かに育ってくれればそれでいい。
……ひとまずフレイアールの食事については置いておくとして、問題は今のこの子では私を乗せることが出来ないということにある。
だから実際の話、ラスキュス女王の国スロウデル以外行く選択肢が存在しない。
それが私の心を更に憂鬱にさせてくれるのだ。
他の魔王達には一番最初にやってきた使者がラスキュス女王の使いだったおかげ(?)で彼女を理由に待ってもらうように返事をしておいたけど、それもそう何度も使えるような手じゃない。
結局の所、行くしかないのだ。魔の巣窟に。
他の国の魔王と交流を図るためにも、あのエロスの権化とも言える容姿の美女から逃れることは出来ない。
「……はぁー、覚悟を決めるしかないということね」
セツキに頼んでワイバーンを借りるというのも一つの手だが、そんなことをしたらラスキュス女王の不満を抱かせてしまいかねない。
『夜会』で出会ったフェリベルは私に対してなにか仕掛けてきそうな雰囲気ではなかったが、それでもエルフ族がちょっかいを掛けてきている可能性がある以上、無視できる存在ではない。
同じように猫人族の使者を送ったのではないか? という疑いのあるガッファ王もなんだけど……彼の方は『夜会』の時にフェリベルに問い詰めるようなことをしてたからなんとも言えない。
イルビル王は正直一番怪しいというか……悪魔族が絡んできてるのはアシュルや他の者達の話からまず間違いない。
それにあの時の寒気のするような視線といい、今後共こちらに何らかの干渉をしてくる可能性が一番高い。
こんな状況で私に好意(?)を持っていると思われるラスキュス女王を敵に回すようなことは出来るだけしたくないのだ。
……それを考えたら不用意に他の国に行って、この国を留守にするのもどうかとも思うんだけどね。
だからこそため息を吐き続けているというわけだ。
行かざるを得ない。だけど、国を守るためには今しばらくここに留まるべきなのだ。
このジレンマ……中々に辛いものだ。
「ティファさまティファさま、悩むのも分かりますけど……いざとなったら私達がお守りします! ねっ、フレイアール?」
(守るよ姉様! 母様はぼくが必ず守ってみせるよ!)
頼もしいことを言ってくれて……本当にいい子に育ってくれた。私は嬉しい。
ちょっと感極まってしまったが、彼女たちに守ってもらえるのだったら多少は安心……出来ると思う。
流石のラスキュス女王も自国で本気を出そうとはしないだろうし、恐らくは大丈夫だろう。
いい加減うじうじとため息付きながら考えるのはどうかと思うし、どうせ選択肢が一つしかないのであれば覚悟を決めるしかないだろう。
「ありがとう二人共。そんな風に言ってくれる者がいるのに、私が一人で暗く悩んでいる場合じゃないわね。私も覚悟を決めたわ」
とりあえず、ディトリアに未だに居座っているスロウデルの使者の二人にはラスキュス女王の誘いを受け、今月の中頃に行く旨を伝えてもらおう。ついでにワイバーンで迎えに来てもらわなければそちらに行くのに時間がかかるということも。
今が6の月レキールラの序盤だから、カヅキとの模擬戦をこなした後で行くということも十分可能だろう。
現在ジークロンド・フォイル・ビアティグには私・フェーシャ・アストゥの三人を教師として魔法の訓練を行っている最中だ。
それぞれ担当を決めて教えていたんだけど、私がスロウデルに行くというのならばそれも他の者に引き継いで置かないといけない。
私の担当はジークロンドで、アストゥやケットシーに教えていたように魔導側の知識を用いて教えている。
ビアティグはフェーシャが。フォイルはアストゥがそれぞれ教えているため、私の担当を引き継ぐのであればフェーシャが適任だろう。
アストゥは私達二人と違いセントラルの魔王たち並に魔力が多く、この世界の魔法に精通している側だ。
流石に魔法の扱いに慣れている妖精族だけあって、自分の手足のように自由に魔法を使えるとのこと。それだけを考えるなら引き継ぎは明日アストゥの方が適任のように見える。
だけど彼女はいわゆる天才肌の部類に入るせいか、教えるのが相当大雑把で、フォイル以外はさっぱりわからないといった顔をしていたっけ。
そういう事もあって、彼女の方に引き継ぐのは難しいというか、まず無理だろう。
その点、フェーシャはどっちかと言うと努力する側の魔王だから、魔法関連の扱いが苦手なジークロンドにも教えることが出来るだろう。
この指導の引き継ぎを終えて、国の防衛をしっかり整えて…………スロウデルに行くと決めたのなら時間はいくらあっても足りない。
「さて、それじゃあやること済ませないとね」
(ぼくも一緒に頑張るよ!)
「アシュル、フレイアールのおもりは頼んだわよ」
「はい! お任せください!」
(えー!)
ぶーぶー文句を言ってるフレイアールだけど、あの子には悪いが、落ち着きが無いのが少々問題なのだ。
手伝うって言うよりあっちをうろうろこっちをうろうろしてじーっと私のことを見ている。
そして念話で頑張れー、頑張れーと送ってくる。一生懸命。
応援してくれる気持ちもありがたいんだけど、それ以上に騒がしい。
だからアシュルにあの子のおもりを頼むというわけだ。
フレイアールは不満有りげな顔……というか様子だったけど、アシュルがなだめながら両手に抱きかかえて部屋を出ていってくれた。
さて、これからまた忙しくなってくるだろう。
とりあえずは書状を書いて、国の守り、上位魔王達の工作が行われるかも知れないという可能性を考えて、南西地域の魔王達にはこの事を伝達しておいて、警戒を強めてもらうことにしよう。
私が離れている以上、何かが起こった場合は彼らになんとかしてもらうしか方法がないんだから、気を引き締めてもらわないといけないしね。
問題はディトリアだ。防衛の主要人物であるリカルデは『隷属の腕輪』で操られる可能性も考慮して動かなければいけないだろう。
また私が丁寧に作ったお守りをもたせるしか方法はないのかも知れないけど、あれは本当に単発だから同じものを二つ続けて使用されたらそれだけでアウト。
だけどないよりマシってところだろう。なんにせよ、次々と魔王が操られているこの状況……リカルデにも同じように魔の手が及ばないとも限らない。
私が上位魔王になった以上、最悪の事態を想定して動いておいても損はないだろう。
カヅキの方はセツオウカからやってきた元魔王の契約スライムだけあって、『隷属の腕輪』の耐性は十分ある。
アシュルの方も自分に試してくれとどうしても頼み込んできたから私が試してみたけど、全くの普通。
どこもおかしいところはなかったし、アシュル程の力があれば『隷属の腕輪』への耐性も十分だと言える。
その点も考えれば、いざという時の為にカヅキにも命令を降せる立場に就かせておくべきか……。
なにはともあれ、出来うる限りのことをやっておこう。
誰が何をしてきてもいいように、ね。
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