132・エルフ魔王の思惑

『夜会』と呼ばれる上位魔王達の宴が終わりを告げ、私達はこのクレドラルの中にある宿屋に泊まることになった。

 流石に夜も更けてきたわけだし、別に急いで帰る理由もない。


 どうやら他の魔王達も皆それぞれ宿を取っているようで、私たちが泊まってる宿にはセツキ・フワローク女王・マヒュム王・ラスキュス女王が泊まっている。

 ここで一番不安なのはもちろんラスキュス女王だ。


 だって、私の方を見て柔らかく笑いながらじゅるりとと舌なめずりしてきた(ように見えた)んだから!

 錯覚かもしれないけど、明らかにあれは狩る者の目だ。間違いない。


 というわけで、フワローク女王も同じ気持ちだったのか、一緒に泊まることになった。

 その気持ちはものすごくよく分かる。正直、同じ宿に泊まることを避けたかったくらいだ。

 結局、その日は私・フワローク女王・アシュル・フレイアール・女王の契約スライムであるワーラムというドワーフの少女の姿を模した鋼の色をした微妙に人形のようなスライム。

 彼女は寡黙らしく、普段は殆どしゃべらないのだそうだ。口を開くのも食事の時と水分補給のときくらいらしい。

 一応表情は変えられるようだけど、どこか眠そうな顔をしてるような気がする。


「ごめんね。我儘わがまま言ったみたいで」

「気にしないでいいわ。同じ……彼女に狙われた同士だしね」


 私の方はその後、契約スライムによって未経験であることを盛大に暴露されてしまったのだから尚更苦手なんだけど。

 しかもその事をフワローク女王はわかっているのか、苦笑いしか出来ない様子だった。


「あ、ははは……いや、あの時は本当に気の毒に思ったよ。人のこと言えないんだけどさ」


 どうやらフワローク女王もちょっと前に通った道だったのだとか。

 それのおかげ……とは言わないが、彼女ともいつの間にか敬称抜きで呼ぶ程度には仲が良くなった。

 そのまま流れでマヒュム王と同じ北の地域にいる魔王とわかり、彼との関係――というかなんでそんなに仲がいいのかを聞いてみた。すると――


「マヒュムとの関係? え、えっと、ねぇ? あ、あはは……」


 とか言って顔を真っ赤にしてわたわたしだしてしまった。

 その様子を見たアシュルはニヤニヤしてるようだったけど……今の、顔が赤くなる要素はあったのだろうか?

 私だけいまいち要領を得ない顔をしていたらフワロークに逆に信じられない! と言わんばかりの顔をされてしまう。


(母様はそういうの全くわかんないからね……)


 フレイアールとワーラムにさえやれやれといった様子で肩をすくめていた。この二人、随分仲がいいな。

 というか、フレイアールとアシュルの中では私はなんというか……わからない人なのだとか。


 フワロークが憐れむような目で私の方を見てくるもんだから本当になんなんだろうか?


「ティファリスは、そういう経験とかないの?」

「……どういう経験?」


 戦闘経験なんか豊富なつもりなんだけど、別にそういう事を聞いてるというわけでもないだろうし……。

 人と仲良くなる経験なんだろうか?


「ああ、ティファさま、今絶対違うこと考えてますね」

「これは……重症だね。多分、自分で経験しないとわかんないんじゃないかな……」

「そうなんですよね。普段は全然気付きすらしないんですよねぇ……」

「え? え?」


 納得顔の二人の方もフレイアール達と同様、妙に仲良くなっているようだった。

 なんだかよくわからないけど……ま、喧嘩したりするよりずっといいか。

 こうして私達の夜はゆっくりと更けていき、楽しい(?)一日になったのであった。






 ――






 ――フェリベル視点――


「ふぅ……疲れたー」

「フェリベル様、今はまだ……」


 渋い顔をしてこっちを見てるエチェルジの声がうるさい。ぼ――私はもう十分やったはずだ。

 正直疲れるんだよね。あんな男の子のような口調で喋るのって意外と気を使うんだよね。

 ……まあ、でも私が進んでやってきたわけだし、しょうがないんだけど。


 それになんでかやたらと睨まれるし、随分と合わせるのに苦労した。

 本当に疲れそうになったんだけど、その代わり彼女と色々おしゃべり出来て十分楽しかったもの。

 それだけでここまできた苦労が報われたーって気がする。


「……良いだろう? どうせ誰も聞いてないし」

「よくありませんよ。貴女は我らが国の主――魔王様としてこの『夜会』に参加されているのですよ?」

「もう『夜会』は終わったんだからさ。わ――僕も疲れてるんだし」


 言葉遣いを戻そうとするとエチェルジがギロッと睨んでくるんだよね。

 その端正な顔が歪んでるのが見えるけど、正直私の好みじゃないからどうでも良いんだけど。


「国に帰るまでが『夜会』ですよ」

「貴方は僕のお母さんじゃないだろうに」


 彼は私がボロを出さないか心配なんだろう。

 本当にもう、心配性なんだから。

 まあいいか……私が言い出したことだし、ここは彼の顔を立ててそのままにしておこう。


「それよりも……どうでしたか? 久しぶりにあの方にお会いになったのでしょう?」


 私が何に機嫌を良くしてるか察している様子のエチェルジはしょうがないなぁとか思ってそうな笑顔でこっちを見てる。

 本当ならちょっと怒りそうなところなんだけど、そんな態度も寛大な心を持って許せる程、私の心は今幸せに満ちあふれているのだ!


 だって、だって……久しぶりにあったんだもの! あのティファちゃんに!

 私の事は全然覚えてなかったけど、そんなことは全く関係ない。

 覚醒して記憶を無くしたっていう話だったし、それでもティファちゃんのあの優しい目は全く変わってなかったもの!


「楽しかったなぁ……本当はもっと話したかったんだけど……」

「フェリベル様……」

「わかってるって。僕だってそれくらいわかってるよ」


 それをしたらバレかねないしね。私だってそこのところはちゃんと理解してる。

 あそこにいる魔王達の中には私の正体に気づく人もいそうだったし、バレたらそれこそ面倒だものね。


 でも、頬にキスも出来たし、ちゃんとティファちゃんに告白することも出来た。

 あのスライムの女王が唇を奪いそうになった時は私がすればよかったって思ったけど……。


「全く、あの女王にいきなり愛を囁いた時には、驚きを隠せませんでしたよ」

「ははっ、少しくらいいいだろう? 役得っていうものだよ。今まで我慢してた僕のね」

「全く……もう少し自重なさってください。貴女様の願いは間もなく成就されるのですから。

 ここで躓いては面白くないでしょう?」


 確かに。ここで全部台無しになったらたまらない。私の理想の世界……ティファちゃんと二人っきりの世界。

 ついでにお付きのスライムもいるんだけど、彼女のことは多めに見てあげないとね。

 こう見えて、結構寛大なのだよ。他の人に愛を配るのはいいんだけど、その中でも一番は私だったらそれで良いんだもの。

 私がティファちゃんの一番の好きを貰うんだ。ティファちゃんの愛は私が一番注いでもらうんだ!


「はぁ……本当に相変わらずティファリス女王が好きですね。ここまで一途に思われるなんて中々ないのではないでしょうか」

「だって、彼女は僕に約束してくれたからね。あんなに優しい言葉……掛けてもらったことなんてなかった。とてもじゃないけど、忘れられるわけないじゃないか」


 今でも思い出せる。私がまだ幼かった時に……一番孤独だった時に遊んでくれた人。一緒にいてくれた人。

 私に「ずっと一緒にいてくれる」って言ってくれた人……。

 初めてだった。だから――たとえ誰がそれを邪魔したって叶えてみせる。それが、誰であっても。

 他の人には絶対譲らない。私が一番ティファちゃんの隣に相応しいんだ。


「……想いが強いのは結構ですが、くれぐれも先走らないでくださいね? 貴女様が暴走してしまえば、その後始末をしなければならないのは国の方なのですから」

「わかってるってば。今までだって抑えてきだろう? 僕だって国に迷惑をかけるつもりはないし、今まだってずっと頑張ってきたんだから。それに……僕がわからない国の運営はだからね。いつもどおりにしておくよ」


 本当は今日の『夜会』は彼がここに来る予定なんだったんだけど……私がそれを強引に来たいと押し通した結果、私が『夜会』に来たというわけ。


 だって、我慢できなかったんだもの。

 今までずっと……ずっとずっと頑張って我慢してきた。だから、これくらいの役得は合ってもいいはずなんだ。


 国が豊かになるように、ティファちゃんの為にって色んな魔道具を作ったんだもの。

 皆の役に立って、実績を上げれば私は……。


「ここに誰も入れないように結界が張ってあるからといって、あまり不用意なことは口になさらないように。魔法だって絶対ではないのですから」

「僕達より優れた魔法を使える人なら、容易く突破されるっていうんだろう? エチェルジは僕のこと、馬鹿にしてるのかな?」

「滅相もございません。貴女様のお力、誰よりも理解しております」


 私が作った結界が敗れるはずない。だって、私はエルフ族で誰よりも強いんだから。

 この世界で私以上魔法に精通してる人なんていない。もう昔の弱虫で泣き虫だった私じゃないんだ。だから、もう少しでこの世で一番愛しいティファちゃんを迎えに行ける。

 そうしたら……ずっと一緒にいられるんだ。今度こそ誰にも邪魔されずに。


「わかってるんだったらそれでいいです」


 エチェルジは一々心配し過ぎ。でも私は知ってる。彼が心配してるのは国のこと。あの人の事だけだ。

 私の事なんてなんとも思ってない。自分に迷惑をかけなければいい、役に立てばいいって思ってるだけ。

 なんて薄っぺらい感情なんだろう。でもいいんだ。私は他人にどう思われたって……例え利用されてたって目的さえ果たせれば。あの子が――ティファちゃんが側にいてくれるようになるんだったら。


 優しい言葉を掛けてくれたのは……こんなにも温かい気持ちにさせてくれたのはティファちゃんだけだから。

 今の私があるのは、彼女が純真な言葉をまっすぐ贈ってくれたから。

 私をただ生んだだけの親とかいうどうでもいい存在なんかと違う。私のことをずっと無視したあの人達と違う。

 本当に私のことを心配して優しくしてくれたたった一人の愛しい存在。


 貴女のためなら私は……どこまでも残酷になってみせる。

 だからきっと私の物になってね? 愛しい愛しい、私のたった一人の想い人。

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