131・恐ろしき者と、興味を惹かれる者

 とうとう声をかけてきたか……まさかこのタイミングになるとは思わなかったけど、出来れば会いたくなかった。

 とはいえ、声を掛けられた以上、応対しなければならないだろう。


「ええっと……」

「私はイルデルと申しまス。以降、お見知りおきヲ……」

「ティファリスよ。よろしくおねがいしますわ、イルデル王」


 丁寧な物腰、紳士的な態度。それに加えて語尾を上げるかのような変な話し方。

 礼儀正しく応対してくれているように見えるが、その薄ら寒い視線が全てを台無しにしている。

 まるでじっくりと観察されているかのような、気持ちの悪く舐め上げるかのようなそれはより一層薄気味悪い。


 ある意味では私がフェリベルに抱いていた実物を体現したかのような怪しい人物。

 それが最初に抱いたイルデル王への感想だった。


 その後すぐに思ったのは……なぜだか知らないが既視感だった。

 悪魔族じゃなかったはずだが、確か似たような話し方をした男と、私は昔出会ったことがある。

 かなり近くまで思い出しかけているはずなのに、いまいちはっきりしない……なんだか相当もやもやするのだ。


「おや、どうされましタ? そんなに熱い視線を私に向けテ……私に興味がある、ト」

「いいえ、ただ、前に貴方みたいな人に出会ったことがあると思ってね」


 私のその一言で鋭い視線を向けてくるイルデル王だったけど、一体どうしたことだろうか?

 もしかしたら本当に会ったことがあるのかと強く考え始めた時、彼から否定的な声が返ってきた。


「私は貴女とはここで初めてお会いしましたヨ。私の国はセントラルでも北の地域に近いですから、貴女の支配している南西地域に行く予定もありませんしネ。

 私達悪魔族の話し方は大抵こんな感じですから、恐らく私とは違う者と出会ったのでしょウ。『偽物変化フェイクチェンジ』を使える悪魔族は何も私だけではありませんかラ」


 言われてみればそうだ。

偽物変化フェイクチェンジ』は能力の高い悪魔族が使えるわけであり、イルデル王だけが扱える魔法ではない。

 彼のような話し方をする悪魔族が大半、というのであれば、この口調に既視感を覚えるのも仕方がない。


 どうにも納得出来るような出来ないような気持ちなんだけど、特別確信しているものもないし、下手なことを言ってお互いの関係を悪化させるべきではない。それがたとえ表面上の関係であったとしても。

 ……まあ、いきなり不躾な視線を向けてきている時点で私と有効的な関係を結ぼうとは思っていないことが丸わかりなんだけど。


「そ、う……。悪かったわね、変なこと言って」

「クフフ、良いですヨ。それより……この度は上位魔王就任おめでとうございまス。いやはや、実に素晴らしい戦いでしタ」


 綺麗に水に流してくれた様子のイルデル王は私にお辞儀をするかのような姿勢を取り、心にもない祝福の言葉を投げかけてくれた。

 相変わらずねちっこい視線が気になってその賛辞をきちんと受け取るのは抵抗があるけど、一応礼を言った方がいいだろう……なんとも釈然としないが。


「あ、ありがとう。これからは貴方と同じ、ということになるのかしらね」

「そうですネ。あれ程の戦いを見せてもらったわけですから、ネ。上位魔王達の中でも派閥があったり、色んな思惑が渦巻いていますガ……ティファリス女王もくれぐれもお気をつけくださイ」

「ええ、肝に銘じておくわ」


 どうにも忠告というか、警告というか……気をつけろ、という言葉を口にした後、ニ~三言交わしたら彼はすぐさま館内に戻ってしまった。

 どうやら挨拶がてら多少雑談を、というのが彼の目的だったらしく、それを遂行した今では長居は無用というわけなのだろう。


 私としても終始あの視線に晒されるのは嫌だったし、ちょうど良かった。


 なんだか最後の方に嫌な気分になってしまったけど、これ以上ここにいたらアシュルとフレイアールが心配するかも知れない。

 もしかしたらセツキに文句言われるかもしれないしね。


 そう思い立ち、館の中に戻ろうとした私は……不意にイルビルの時に感じたもの以上のなにかを感じ、後ろを振り向くとそこには……いつの間にいたのだろうか、種族不明の魔王としか呼ばれていない男(?)が私の方に注視していた。


 彼は今まで一度も声を発したことがなく、ただただその存在感を主張するのみだった。

 だからここにいて、なおかつ私のことをじっと見ているその様子にはただただ驚くばかりだ。


「……」

「……なにか、ようかしら?」


 あまりにも鋭い視線でこっちを見てくるものだから、出方を伺うように問いただしてみたものの……まるで反応がない。

 実は私の方では無く、館の中を凝視してるんじゃないだろうかと錯覚するほどだ。


 僅かな……それでも私にとっては濃密で殺伐とした時を過ごすことになったが、ようやく彼は重苦しく口を開いてきた。


「……ティファリス女王、か。中々に面白い」

「面白い?」

「ああ、お前には底知れぬものを感じる」

「そう、それはどうも」


 兜の中からはその表情は伺い知れないが、少なくとも愉快そうにしている様子だけは伝わってきた。

 やっと出てきた言葉がそれか……とも思うけど、それにしても不思議な気がする。この男は全く知らないはずなのだ。

 なのに、私は彼に妙な親近感を感じている。自分とどこか近しいものなんじゃないかと思うほどに。


 背格好、声、全然知らないはずなのに……なんでだろうか?


「ヒューリだ」

「……え?」

「俺の名前だ。お前には不思議な縁を感じるからな」


 それだけ言って彼はそのまま館の中に消えていった。

 なんというか……一方的に名乗られ、一方的に話して戻ってしまった。ちょっとはこっちの話も聞いてほしいもんだ。

 彼は一体何を伝えたかったんだろうか? 少なくともなにか言葉に詰まってるような、もっと色々と話したい、上手く言葉に言い表せない……そんな風に思っているようにも感じた。


 あれだけ冷たいような、妙に嬉しがってるような視線で私の方を見ていたはずなのに、なんでそう思ったんだろうか?

 しばらく彼について色々と試行錯誤することになったが、今初めて彼の名前を知ってたんだし、何を考えたってわかるわけがない。


 結局私が館に帰った頃には、アシュルとフレイアールがキョロキョロと私のことを探し回ってる最中だった。


「ティファさま! どこに言っておられたんですか?」

(母様、探したよー)

「ごめんなさい。ちょっと夜風に当たりたかったから……」


 怒るように私に詰め寄るアシュル達に、まあまあとなだめるように落ち着かせる。

 どうやらしばらく外に出てたということもあってか、徐々に宴も終わりを迎えようとしているところだった。


「どこに居るかと思えば……そのような所におったか」


 この調子じゃセツキの方も私の事を待ってるだろうなと思い、彼の所に戻ろうとした矢先、声をかけられてしまった。

 この威厳に満ち溢れた声は……。


「レイクラド王」


 声のする方向を見ると、やはり竜人族の魔王レイクラドが立っていた。

 相変わらず存在感を放っているが、今は近くにいたあの従者を連れていないようで、ちょっと一安心した。

 あの男は普通の魔王以上に恐ろしいものがあるからね。


「新しい上位魔王の誕生に、祝いの言葉がなければ締まるまい。此度の決闘、実に面白いものを見せてもらった。そのせいで他の魔王共はすっかり怖気づいてしまったのだがな。全く……情けのないことだ」


 はぁー……とため息を付きながらやれやれと言わんばかりにかぶりを振っている。

 だけど私の戦いっぷりを見て、それも仕方のないことだろうと割り切ってくれているから助かる。そうじゃないとあの従者の男がうるさそうだからね。

 流石のアシュルもレイクラド王の御前で喋るのは少々まずいことになるかも知れないと考えたのだろう。

 神妙な面持ちで黙って周囲を見回している。ついでにフレイアールはふわふわしていて、私の周りをまとわりついていた。


「だが……あの戦いの後では仕方がない。実に見応えのある決闘であったからな」

「ありがとうございます。少しは楽しんでいただけたのなら、私も嬉しい限りです」

「ふっ、あまりそうかしこまるな。我とて他の上位魔王と何ら変わらぬ。セツキに接するようにして欲しい」

「そう? ……お付きの彼は何も言わない?」


 思わずそう聞いてしまったのは、やはり私があの男を苦手としているからだろう。

 いや、怒ったときしか知らないせいなのかも知れないけど。

 若干情けない私の言葉に、レイクラド王は盛大に笑い飛ばしてくれた。


「ふぁっはっはっ! ライドムのことか? あやつは少々我を過保護に扱う過ぎるからな。安心せよ。余程の無礼を働きさえしなければ、あの者も余計な事はしまいよ」


 その余程の無礼ってのが問題なんだけどなぁ……。

 彼の基準と私達の基準がズレていたら、そんなもの機能していないのと一緒だろう。

 何をどう安心して良いのかわからない…んだけど、それを直接伝えるのは蛮勇的行為だと言わざるを得ない。


「……なら、いいんだけど」


 他に返すことも出来なかったし、そう言うだけで精一杯だった。


「それよりも、お主は面白いものを連れておるな。飛竜の子どもか……」

「フレイアールって名付けてるわ。ちょっと騒がしい子だけど、いい子よ」

「ふむ、その様子を見る限り念話のことも知っていると見る。南西地域の名前も知らなかった魔王がここまでの猛者だったとはな。全く、面白い」


 先程の――上位魔王に勝負を挑むというときには結構無愛想だったように思ったのだけれど、不敵に笑ったり、フレイアールを見て頬を緩めたりと、それなりに感情はあるように見える。

 彼には悪いけど、まるで頑固なお爺さんのような印象を覚える。


「どうした?」

「いえ、十王が集まったときとは大違いだと思ってね」

「我は公式の場で笑いながら話すなど出来ぬからな。それに、決闘ではあれだけ勇ましかったお主がたかだかライドム一人に気圧されているとは……我でなくとも笑うというものではないか」


 レイクラド王にはライドムごときなんだろうけど、あの場で啖呵たんかを切る事ができる人物なんてそうそういない。

 呆れるようにそう思いながら、しばらく彼との会話を楽しんでいると、私やアシュルを探していたセツキに発見されて更に賑わいが増すことに。


 そうして『夜会』による時は過ぎていき、その終幕が見え始めてきたのであった。

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