130・知慧持つ者
「こんばんは、リアニット王」
どうやって挨拶しようか迷っていた私は結局普通というか……無難な挨拶を交わした。
急に近づいてきた私に対し、リアニット王は
「これは済まない。暗がりの中急に話しかけられたせいでな。まさか
「迷惑だった?」
「いや、むしろ話しかけてくれて嬉しく思うぞ。言葉を交わそうと思っておったが、お主の周りは少々騒がしかったからな」
ああ、良かった。
いきなりあんな風に嫌そうというか、疑ってきたから毛嫌いでもされてるのかと思った。
騒がしいっていうのはセツキたちのことだろう。それでこちらに近寄ってこれなかったようで、このテラスにいたようだ。
それにしても見れば見るほど同じ妖精族のアストゥとは違う。
髪の色はアストゥと同じ薄黄色をした髪をしていて、端正な顔立ち。ゆったりとしたローブで体に身を包み、その佇まいにはどこか知性が溢れている。
綺麗な模様をした羽が薄く光っていて、この星明りの中ではどことなく幻想的な雰囲気を身に纏っている。
……正直、無邪気さを体現したアストゥとは大違いなほど厳かな人物だ。
「……どうした? 余の姿がそれほど珍しいか?」
「え? ああ、いえ、つい南西に居る妖精族の女王を思い出してね」
「ああ、アストゥか……かの女王は余の血に連なる系列の者ゆえ、面影を感じるのも無理も無いだろう」
それは衝撃的事実なんだけど、随分サラッと言ってくれたな。
私としては妖精族って女性は可愛く、男性は知的な顔立ちしてる傾向が強いなってことと髪色が似てるなってことぐらいしか思ってなかったんだけど……。
まさかアストゥが上位魔王のリアニット王と血の繋がりがあっただなんて……。
ああ、でも納得できる節もある。
確か妖精族と獣人族はセントラルから逃げてきたという歴史がある。
その子孫であるアストゥが同じセントラルの妖精族であるリアニット王の血を引いていても何ら不思議はないということか。
「血に連なるってことは……孫とか?」
「いや、余の妹の娘の娘であるな、遠く離れてはいるが、少なくとも余にとっても血族であることに違いはない」
この世界の妖精族の寿命のことを考えると、それは大分長い。
妖精族は少なくとも魔人族より生きる個体が多いことから尚更、ね。
恐らくだけど……セントラルにいたリアニット王の妹の娘が、南西地域に移り住むことになってアストゥに魔王の座を引き継いだのではないだろうか?
いくら妖精族が獣人族と共に南西地域やってきたという歴史があるとはいえ、そこまで深いというわけでもない。歴史的にはその方が説明がつく。
「その事、アストゥは?」
「知らぬだろうな。妹が亡くなってから疎遠になっておったしな……あの子には上位魔王たちとの諍いには無縁であって欲しいということもある。それに『
『
これにより、どんなに遠く離れたとしても妖精同士は意思を伝えあうことが出来るのだとか。
難点としては相手の魔力の波を知らなければ合わせることが出来ないという点だ。彼らはそれを【回線】と呼ぶのだとか。
要はリアニット王はアストゥの魔力の波を知らないから、『
これはフレイアールの念話と似ている部分がある。
もっとも、『
「今度私の国に遊びにこない? 遠縁と言っても血の繋がりのある者同士がそういう風に離れてるなんて……」
「……気持ちはありがたいが遠慮しておこう。どうしてもあの時の――ニュイルの事を思い出してしまう」
「ニュイル?」
「妹のことだ。明るく、
そういうリアニット王は寂しそうな……どこか辛そうな顔で笑っていた。
本当はアストゥと話をしたいのだろう。色々と昔話をしたいのではないかと思う。
それでも彼女と会いたくない……ということはなにか余程の事情があるのだろう。
アストゥに会うということは、必然的に妹に対する悲しい記憶を思い出すからだろうか? それとも、セントラルから逃げ出したことが関係有るのか……。
あまり詮索するのは良くないだろう。
誰にだって知られたくないかこの一つや二つ、あるのだから。
「……悪いこと言ったわね」
「いいや、よい。歳月が過ぎたはずなのに振り切ることの出来ぬ……余の感情の問題であるからな」
「リアニット王……」
「リアニットでよい。ティファリス女王にはアストゥが随分と世話になっておるようだからな。あの子に余が出来ることは、あまりないのでな」
「それなら私のことはティファリスで構わないわ」
うんうん頷いているリアニットの周囲を飛び回っていた光の球がふわふわとこっちにやってきて、私の周囲を飛び回り始めた。
な、なに? 急にどうしたんだ?
「……? ほう、ライニーもティファリスのことが気に入ったようだな」
「ライニー? この子のこと?」
私の言葉に反応するように光の球――正確には光を纏った本当に小さな妖精が目の前に現れ、肯定するかのように嬉しそうに頷いている。
「余の契約スライムだ。普段は『
魔法を唱える時以外はめっきり話すこともなくなったというわけだ」
「……ああ、そうね。スライムは血と魔力の契約によってその種族を変化させる。妖精族スライムであれば『
契約スライムはその特性によって種族固有の魔法を扱えることが出来るようになる。
例えば人狼族スライムのフェンルウも、特訓次第ではジークロンドの『
カザキリなんかも魔法の中では「鬼術」に分類される魔法が使えるわけだしね。
「そういうことだ。多少無礼を働くかもしれんが、その時は容赦してくれ」
軽く笑いながら話すリアニットの方を向いて、腰に手を当ててむくれる姿がなんだか可愛らしい。
よくよく見たら少女の姿はリアニットと同じ髪色をしていて、すごく愛らしいと表現するのがしっくりくる顔つき。服は……これは草花でもイメージしてるのか? といった物を身にまとっている。
彼女ほど小さな姿の妖精は見たことがないし、きっと服は特注品なんだろう。
「別に構わないわ。こんなにかわいらしいんだしね」
「……!」
私の言葉に機嫌を良くしたライニーは嬉しそうにふわふわと目の前で飛びながら踊っている。
今まで見たどのスライムとも違うタイプだけど、そこにまた愛嬌を感じる。
「ふむ、そう言ってもらえるとありがたい。……さて、それではそろそろ余は戻るとするか。あまり外にいても何をしているのかと怪しむ者も出てくるのでな。ティファリスも早めに戻ったほうが良いぞ?」
「ええ、ありがとう」
そのままリアニットはライニーを連れて館の中に戻っていった。
ここに来たときは話すことすら出来なかったけど、なんとか『夜会』中に話せることが出来てよかったんじゃないかと思う。
というかまさかリアニットがアストゥの親類に当たるとはね。
本人が話したくなさそうだったからあまりアストゥに話すことが出来ないのが残念だったかな。
あの子の事だから、知ったらなんとかして話したいと思うだろう。
出来ればアストゥのためにも尽力してあげたいんだけど……こればっかりはリアニットの心次第。
余計なことをして関係が悪化しては元も子もない。出来ればこの『夜会』でできるだけ接点を作っておき、色んな上位魔王達と仲良くしておきたい。
そういう意味からすれば、今回の私の『夜会』は上手くいったと言えるだろう。
少々誤算もあったが、ラスキュス・フワローク・リアニット・マヒュムと……各王とはそれなりに接点が作れたと思う。
ガッファ王は……彼はちょっと微妙だと言わざるを得ない。南西地域に強い負の感情を抱いてるようだし、彼とはいい関係を築けそうにないと確信出来ただけでも収穫か。
レイクラド王は近くにいる男のせいで話に行きにくいけど、後で挨拶だけはしておいたほうが良いだろう。
残りは悪魔族の魔王と種族不明の全身鎧姿をした魔王なんだけど……悪魔族の方は話すべきではない、と私の直感が囁いているように感じる。
彼の国は何度か南西地域に工作を仕掛けてきているようだったし、それも当然なんだけど……それだけじゃない。
十王が全員勢揃いした時、彼の声を初めて聞いた時にその想いはより強くなったのだ。
心が荒れるというか乱れるというか、どうにも落ち着かない。
そんな事を考えていると、不意にバルコニーの方に誰かがやってくる気配がした。
私をねっとりと見やるような不気味な視線。寒気がしそうなほど熱をこめたそれには、どこか残酷さを感じるほどだ。
思わずその視線の方向で目を向けると、そこにはやはりというか……思っていたとおりの人物がいた。
「おや? これはこれは……奇遇ですネ。まさか新しい上位魔王となられたティファリス女王と二人きりになるとハ」
全身黒……という表現がぴったりなほど真っ黒な魔王。黒く、ふわっとしたような緩めの髪型をしている。
頭の左右から天を突くように緩やかなカーブを描いた角が生えていて、浅黒い肌と服装が、彼をより一層黒に近づけているように思うほどの背の高い男。
背には大きな羽が生えていて、知的なように見えて優男のようにも見えるよくわからない悪魔族。
私がさっきまで会いたくないなぁ、と思っていた上位魔王そのものだった。
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