129・そして誰も挑まなくなる
降参したマヒュム王はやけに清々しい表情をしていたけど、一体どうしたのだろうか?
私のスカートとか太ももとかに視線を向けてきたから、お仕置きとばかりに攻撃を仕掛け、結構無残な姿になったと思うんだけど……まさか殴られて喜ぶ変態だったのかな?
だとしたら私ではとても対処の仕様がなかっただろう。先に降参してくれて本当に良かった。
変態を殴ったって喜ぶだけだし、これ以上そんなのを相手にしたくなかった。
そんな事を考えていると、上位魔王達の中から拍手が沸き起こるのがわかり、改めてこの決闘に勝利したという実感が湧き上がってきた。
というよりも私の方は『ヴァイシュニル』を出現させて以降、異様に調子が良かった。それはもう今までが普通と考えれば、絶好調になったと言えるほどだ。
だからだろうか……負ける気が一切起こらなかったから、微妙に余韻が薄いんだけどね。
「おめでとう」
そう言ってくれたマヒュム王は眼鏡が跡形もなく吹っ飛んでしまい、私があの時ボロボロにした小物よりはマシといった程度になっている。
微妙に頬とかから血が出てたり、片腕の動きが鈍いようだけど、そんな状態で嬉しそうに握手を求めてくる様は結構怖いものを感じる。
そんなことより治療のほうが先だろうに。
「あ、ありがとう」
応じるわけにもいかなかった私は、頬が引きつるのを感じながらもしっかりとマヒュム王と握手をかわす。
更に沸き起こる拍手の中、なんとも言えない気分でマヒュム王の代わりに上位魔王として就任することになったのだった――。
――
私とマヒュム王の激闘が終わってすぐ、決闘場から場所を移して、最初の会場に戻ってきた私達(上位魔王の間だけだが)はものすごく盛り上がっていた。
なんでもここまで挑戦者側が圧倒的な力を見せたのはセツキ王と種族不明の魔王の時以来なのだとか。
レイクラド王はずっと昔から上位魔王の地位にいたし、圧倒的な存在感のせいもあってか挑戦しようとする魔王どころか、セツキ王以外気軽に話しかける魔王もいないのだとか。
というかレイクラド王自身も結構強面なんだけど、それ以上に側にいる契約スライムであろう男が煩わしいという面もあるからなんじゃないかと思う。
ちょっと礼を欠いたと本人が感じた瞬間、その口から怒声を浴びせてくるんだからね。
上位魔王達も結構濃い性格してるけど、あの男ほど酷いものは……どうだったろうか……。
出会ってすぐにキスしてきたり、告白してきたりとあんまり変わらないような気がしてきた。
「……何を頭を抱えてるんだ?」
私が葛藤しているときに杯になみなみと酒を注ぎながら飲んでいるセツキがのんきな顔をしてこちらに来ていた。
その悩みもなさそうな顔が妙にイラッとしてくるけど、今感情のままに彼に八つ当たりするのは違うと思い、踏みとどまることにした。
「いや、私が思った以上にも上位魔王ってのは大変そうだと思ってね」
「そうだな。俺様が言うのもなんだが、尖ってるといえば良い方だろうが、個性的なメンツが揃っているからな」
ああ、一応セツキ自身も自分が個性的だと言うことが理解できていたのか。
もう色欲の権化と言ってもいいんじゃないだろうかと思うラスキュス女王に、今まで暗躍してきたのと……私が想像していたのと本当に同一人物なのか? と疑問が沸き起こってしまう程の純粋さで私に接してくるフェリベル。
そして威厳たっぷりで話しかけられたら普通の人じゃ物怖じしてしまうであろうレイクラド王に未だ話したことはないけど、私が統一した地域に度々ちょっかいを掛けてきているかもしれない悪魔族の魔王と、上位魔王は一癖も二癖もある人材の集まりだ。
そうだ、せっかくフェリベルのことを思い出したわけだし、セツキにちょっと聞いてみなければならないことがある。
「そういえばフェリベル……王って貴方が言ってたのとは印象がだいぶ違うんだけど、どういうこと?」
「あー……それか」
流石に上位魔王になったばかりの私が公然と呼び捨てにするのもどうかとも思ったけど、いざ口にすると結構抵抗感がある。
私の質問に困ったような顔をしているセツキだけど、一体どうしたというのだろうか?
「ティファリスは今日フェリベルに出会ってどう感じた?」
「ん……そうね……まっすぐに好意を向けてきてくれて、とてもじゃないけど裏で色々やってるような印象は抱かなかったわね。告白までされたし」
思い出しただけでまたちょっと頬が熱くなるのを感じる気がした。
耳元で好きだと言われて頬にキスされるなんてそうそう経験することもない。
おまけに私はフェリベルとは今日が初めて会ったはずだと思ったのに、彼はずっと前から私を知っているかのような口調だったし、色々と思うところはある。
「こんな場でそんな事するのも全部ひっくるめていつものフェリベルらしくない。今日のあいつは……かすかにだが、違和感がある」
何度か会ったことがあるセツキでもそう感じるということは、多分この『夜会』に出ている上位魔王は全員同じように感じてるのかも知れない。
そんな風に考えていると、嬉しそうに私の方に駆け寄ってきたアシュルとフレイアール。
両手にお酒と料理をいっぱい盛ってきていた。それはもういっぱい。
「ちょっと二人共、そんなに盛ってきたら危ないじゃない」
飲み物も料理もこぼれそうなほどで……これは立食パーティー式だから本当に危ない。
一応テーブルが何箇所か設置されてるからそこに置けば大丈夫なんだけど、中途半端に設置されたテーブルは、暗にアシュル達のように皿から溢れそうなほど料理を盛ってくるのがたまに出てくるからだろう。
ちょうど目の前にいるセツキのように、ね。
(母様が勝ったお祝いがしたかったから……ついついはりきりすぎちゃった)
「新しい上位魔王様が私達の魔王様なんですよ? 嬉しくて嬉しくて」
なんだか私以上に喜んでるその様子は見ていて微笑ましい。
「はっはっはっ! 結局他の魔王達は勝負すらしなかったからな。ティファリスのお祝いくらい存分に盛り上げていかないとな!」
「……セツキ」
笑いながら豪快に酒をあおるその姿は、彼なりに祝ってくれているのかも知れない。
セツキの言葉で、私も決闘場でのその後を思い出すことになった。
あの後結局、上位魔王に決闘を挑む魔王は現れなかったのだ。
『夜会』に出席の申し出が行われた場合、それに対して魔王達は出席拒否は出来ないのだが、別に決闘を行えというわけでもない。
最悪ここで料理を楽しんでそのまま帰るということも出来るというわけだ。
その場合でも日常の生活で『夜会』について口にしなければ良いわけだし、それ以上のルールは『夜会』には存在しない。
ただ、上位魔王達のメンツを潰す……そういう意味では無事では済まないのかも知れないけど。
様子見をさせるためにここに連れてくるという例もあるそうだから一概には言えないんだけどね。
だからそれでも勝負を挑まないという選択をしたということは、別に構わないってことなのかもしれない。
「お前とマヒュムの戦いは凄まじかったからな。おまけにあの……小物? だっけか。あいつを近寄らせもしなかったお前の力を目にしたからな。いくら他の上位魔王達に推されたからとは言え、あの空気の中で戦うなんてこともできなかったんだろう」
セツキ曰く、私の戦いを見たせいで完全に怖気づいてしまったのだそうだ。
通常、ここに招かれ決闘をする魔王達は、自分達に相性の良い上位魔王と戦ってギリギリ勝てるかもしれない……という状態で戦うことが多いらしい。
少なくとも私みたいに素手で魔剣を持った魔王に挑んで、まともな一撃をもらわずにほぼ完勝してしまうなんてことは滅多にないとのことだ。
もし次に挑んだ自分がみっともなく負けてしまったら……。
もし私の戦いを見て若干目の肥えてしまった上位魔王達の前で無様な姿を見せてしまったら……。
そんな事を考えてしまったら頭の中から離れなくなり、弱気になってしまった結果、私の後に続く者がいなくなったというわけだ。
レイクラド王もこれでは仕方ないと半ば諦めていたことから、そんな展開になることを予想していたのだろう。
その結果、決闘場は私が使った以降は誰も使わず、このパーティー会場に戻ってくることになった。
それでも私の戦いを見た後からなのか、特に誰も責めることなくこの場に戻り、各々で食事を楽しんでいるというわけだ。
帰ってすぐにラスキュス女王やフワローク女王に祝福されたんだけど……ラスキュス女王がまた私に迫ってきて、アシュルとフレイアールが大騒ぎしていたのが真新しい。
フワローク女王は今度国に招待してくれると言ってくれ、その後はすぐにマヒュム王の所に駆け寄っていくのが見えた。
相当心配そうにしていたところを見ると、フワローク女王とマヒュム王はかなり親しい間柄なのだろう。
少なくとも上位魔王同士の付き合いだからとかいう上辺だけの関係以上のようなものを感じた。
イーシュと呼ばれている契約スライムが光魔法で治療してる最中もずっとフワローク女王はマヒュム王に話しかけているようだったし、そう言えばマヒュム王の眼鏡は彼女の国に作ってもらったって聞く。相当親密な関係なんだろう。
アシュルの方はすごく興味津々で二人の様子を眺めていて、「いいなぁ……」とか羨ましそうに呟いていたんだけど……なにがどう良いのかいまいちわからなかったけど。
だけどそんな私の様子を見てなぜか小馬鹿にしてきたような目で私を見てきたセツキには若干イラッとしたから足を思いっきり踏んでやったんだけどね。
で、今現在私の周りで三人が騒がしくしている状況に至るというわけだ。
というか他の上位魔王達のことなんかそっちのけで騒いでるから、中心にいる私は相当気まずく思ってしまうほどだ。
せっかくの好意なんだけど、三人が色々と飲み食いしながら騒いでいる間に輪の中からこっそり抜け出して、ちょっと外の空気を吸いにバルコニーに出ることにした。
いつの間にか空には満天の星空と、高い所特有の澄んだ空気が騒ぎに疲れた私の心を癒やしてくれる。
軽く一息ついてゆっくり周囲を見渡してみると私と同じような考えの人が他にもいたのだろう。バルコニーの暗がりに人影が見えた。
あれは……光の粒みたいなのがふわふわ浮いてる所から考えると、妖精族の上位魔王である……確かリアニット王だろう。
まだ話したこともなかったし、ちょっと挨拶がてら行ってみようか。
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