138・魔王様、衝撃的な事実を知る

 ラスキュス女王のところに会いに行くと、椅子――というよりもソファのような玉座に座っている彼女がいた。

 正確にはしなだれかかるように横になってるっていうのが正しいんだけど、一国の王がそういうのでいいのだろうか? と思うほど。


 目を閉じて緩やかな時間を過ごしてるように見えるその姿は、とても『夜会』の時に見たエロスを体現したかのような存在のにはとても見えない。

 それでも溢れ出す色香は変わらないのだから、やはりそのままなんだろう。


 こちらが近づいていく気配を感じたのか、ゆっくりと目を開けて柔らかく微笑んでいるように見える。私の姿を見つけたラスキュス女王は、笑顔をさらに深めて心底嬉しそうにしているみたいだ。そういう風な反応をされては、こちらとしても悪い気はしない。

 だけど前回感じた激しい悪寒を感じなかったのが逆に恐ろしいというかなんというか。


「女王様、くだんのお方が参りました」

「ご苦労様」


 スライムの使者は私達を案内した時点で用は済んだのだろう。そっと頭を下げてそのままこの部屋から出ていった。

 アシュル・フレイアールは私の後ろに待機させて、一歩前に踏み出す。

 二人と一匹が一緒に並んで彼女の前に立つ、というのはどうかと思うのだ。


「一月ぶりね。ラスキュス女王」

「ラスキュス、でいいですわ。その代わり、私もティファリスちゃんって呼ぶけど……いいわよね?」

「……ええ、それくらいなら」


 嬉しそうにゆっくりとした動作でちゃんと玉座に座りなおし、改めて私と向かい合ってくる。

 改めて見ると圧倒的な容姿をしているなとつくづく思った。

 全体的に明らかに私の方は劣ってるし、ちょっとばかり羨ましく――いや、変な男とかに余計に言い寄られてきそうな気がするし、別にいいか。


「宴の席では残念な結果に終わったけど、来てくれて嬉しいわぁ。中々来てくれないから嫌われたのかと思っちゃった」


 うふふ、と妖艶な笑みを浮かべているけど、ここで素直に苦手でしたとかいう気力もないし、黙っておくほうが懸命だろう。

 ここはラスキュスの国だし、余計な面倒事を引き起こしたくない。


「そんなわけないでしょう? 一応好意を抱いてくれてるようだし、邪険にする理由がないわ。

 ……まあ、あんまりああいうことはしてほしくないけれど」

「ふふっ、貴女が嫌がるなら、仕方ないわねぇ。私もの貴女に嫌われたくないし、控えてあげる」

「そう? なら――」


 最後まで言い切る前に、ハッとする。

 今、この女王はなんて言った? はっきりと私の事を聖黒族だと呼んでいた。

 幸い、ここには私とラスキュス、フレイアールとアシュルしかいない。が、彼女が私をここに呼び、意図的に彼女を守る兵士がいない……というのは最初からこの話を私にするためだったのだろう。


 アシュルが余計なことを言わないようにサッと目配せをすると、彼女の方も私の意図を組んでくれたようで、ラスキュスに気付かれないように極力動作を少なくして頷いてくれた。

 フレイアールの方はどうせ念話しか出来ないし、ラスキュスがフレイアールと話すことはまず出来ない。


 彼女が私のことを聖黒族だと断言した理由がわからない以上、できるだけはぐらかしておいたほうが良いだろう。


「聖黒族って、確か既に死に絶えた種族でしょう? いきなり何を言い出すのよ」

「あら? 別に隠さなくても……いえ、そうね」


 気軽に話を続けようとしたようだけど、少し難しい表情で押し黙ったラスキュスは、しばらくの間思案するような素振りを見せていた。

 一体どんなことが飛び出すかと思ってそれとなく身構える私に対し、疑問を投げかけるように会話を再開しだした。


「ティファリスちゃんは私の事、どう思う?」

「どう思う? って言われても……」


 私の唇を奪おうとした上位魔王で、すごく怪しい人物……とは流石に口が裂けても言えない。

 どう言おうかと逡巡していると、ラスキュスは意地悪そうな笑顔を浮かべていた。


「別に貴女が私の事を好きか、ってわけじゃないわよ? もちろんそっちも重要なんだけど。

 私が聞きたいのは、私が誰の契約スライムかってことよ」

「誰の? 貴女はスライムの上位魔王でしょう?」

「それはあくまで今の立場。スライムっていうのは契約しなければずっと丸いあの姿のままなのは貴女も知ってるでしょう? それは私も例外じゃないってこと」


 なるほど、そう言われたら納得できる。

 思えばなんでラスキュス女王だけ特別なんだと思っていたのか不思議なほどだ。

 逆に彼女が特別なんだとしても、契約が行えないのはまた違うだろう。


 ……だったら彼女は元魔王の契約スライムで、彼女と契約を行った魔王が存在する、ということだ。

 そして重要なのはラスキュスが聖黒族の存在をはっきりとわかっていることにある。


 セツキは私が闇・光の両属性を使うまで聖黒族であると断定しなかった。それは相当な本を所蔵し、図書館すら置いてあるセツオウカにですら、情報はなかった。

 なのにラスキュスは私を聖黒族だと確信している……。

 ここから導き出される答えは、ラスキュスがアシュルと同じ存在だということだ。


「……なるほど、大体読めてきた。貴女は聖黒族の契約スライムってことね」

「その通り――だからわかったのよ。貴女から懐かしい魔力を感じたから」


 嬉しそうに目を細めるラスキュスは何も否定せず、素直に肯定してくれた。

 なるほど……これなら彼女が聖黒族の事を知っていて当然だ。

 しかし、懐かしい魔力ってのはまたどういうことだろうか? 魔力の質なんてそれこそ人それぞれだし、だからこそ魔力ペンと魔筆跡ルーペで個人を特定するということも出来る。


 さらなる疑問をが降り積もる中、ラスキュスはまるで子どもに諭すかのように一つずつ答えてくれた。


「ティファリスちゃんは契約したスライムが魔力によって結ばれてるというのは知ってるわよね?」

「ええ。スライム本人に血を与え、魔力を流す。それによって結ばれる魔力の絆で姿形を変え、その魔王と同じ種族・または特性を引き継いだ契約スライムに変化するってことでしょう?」

「その通り。だから契約したスライム本人は死ぬ時までずっと魔王本人と魔力が繋がってる状態になるのよ。だからわかるのよね」


 ラスキュスはどこか昔を懐かしむような顔になって遠くを見つめているようだった。

 ……それはいいのだけれど、私の抱いている疑問には未だ回答が得られていない。


 ただ、ずっと繋がってるってのは知らなかったけど。

 アシュルの方はさも当然と言わんばかりだったのようで、彼女の方は最初から知っているのだろう。

 というか本人なんだし、当たり前か……逆に私が知らないほうが問題なんだろうけど。


「わかるって……魔力ってのは一人一人質も量も全く違うし、どれだけ扱えるかというのも差異があるじゃない。それこそ調べれば個人をはっきりと特定できるほどに。

 だから懐かしむとかそういうのは起こらないんじゃないの?」

「それは他の種族に言えること、ね。聖黒族にはね、ちょっとした特徴があるの。他の種族よりも温かくて冷たいっていうのかしらねぇ……。

 魔力を遮断するようなものを身に着けてない限り、他の種族と違いすぎる魔力の質でおおよその検討はつくわぁ。

 まあ、外れることもあるんだけど。魔力の感知能力に長けているスライムならではの判別法だけどね」


 聖黒族にそんなこと特徴が……というか、そういうことを知ってるってことは、彼女はどれだけ長い時間を生きてきたんだ?

 少なくとも、一つの種族が滅びほとんどの者から忘れ去られるほどの歳月……長生きの種族も多いのだから100年や200年じゃ効かない。少なくとも千年以上の長い時間が必要だ。


 人は見かけによらないとはよく言ったものだとつくづく思った。ということは、長生きしてたのはレイクラド王じゃなくて彼女だったというわけか。


「それじゃあ、私のすごい先輩ってことになるじゃないですか!」

「その通りよぉ。ほら、もっと敬いなさいな」


 気を良くしたラスキュスは笑顔でアシュルに手の甲を口の方に当て、軽やかに笑ってみせる。お姉さんぶった仕草を見せる彼女に対し、アシュルも少々目を輝かせているようだ。

 同じ聖黒スライムとはいえ、ラスキュスが先輩っていうのは私からすればなんともいえない。

 彼女はむせ返るほど色気が強いし、なんというか、いやらしい。

 アシュルにはああならないでもらいたいものだ。


「でも、なんでラスキュス女王はそんな姿なんですか? ちょっとした受け売りなんですけど、聖黒族というのは『永遠に年を取らず、少女のような姿をしている』そうじゃないですか」

「それは正しくもあり、間違ってもいるわね。私はあくまで聖黒族のスライムで、ある程度自分のイメージ通りの姿で契約することが出来るってこ・と」


 どこか妖しく微笑むラスキュスにアシュルは先程とはうって変わってたじたじといった様子だ。

 だけどそれならある程度納得することが出来る。アシュルが私よりも少し背が高くて、胸が大きいのも彼女が自分の姿を作る時に望んだ姿というわけだろう。

 となればラスキュスは色気に満ちた妖しいお姉さんみたいなのを望んだってことになるんだけど……それでもこれだけの変化があるのだろうか? どうにもまだ隠してるような気がするが、突っ込む気にはなれないし、あまり深く追求して藪蛇が出てきても困る。


 というか彼女は――


「一体どれだけの時間生きてるのよ……」

「そうねぇ……少なくともレイちゃんと同じくらいは長生きなつもりよぉ?」

「レイちゃん?」


 途端に知らない人の名前が出てきて思わず首を傾げてしまう。

「ちゃん」付するってことは多分女の子のことを指してるんだろうけど……ラスキュスがここでいきなり私と接点のない人物の名を口にするとは思えない。

 なら、少なくとも私の知っている人物なんだろうけど、皆目検討がつかない。


 私の仕草が余程おかしいのか、くすくすと笑っているラスキュス。


「レイちゃん、知らない? 少なくともあの『宴』の席で会ってるはずよ」

「あの時?」


 そりゃあ、ラスキュスと私の接点なんて『夜会』の時しかありえないんだけど、そんなレイちゃんとか可愛らしい名前の人物とは……会ったことあるのかな?


 私が答えを導き出せない様子をからかうように笑いながら、ずっと待ってる様子のラスキュスなんだけど……とりあえず当てずっぽうで言ってみるか。


「あの時貴女の近くにいた狐人族のスライムのこと?」

「ふふっ、違うわよ。あの時、一番最後にやってきた上位魔王がいたでしょ? 彼がレイちゃん」

「へ……?」


 一番最後にやってきたのは確か、全員が集まったのを確認して扉が開かれたときだ。

 そう、あのおっかない従者を引き連れた竜人族の上位魔王。

 レイちゃんって……まさかレイクラド王のことなのか!?

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