126・哀れな道化に終わりない苦夜を

「は……!? はあ!?」


 私を動揺させようとしたようだったけど、動揺したのはむしろ小物の方だったというわけだ。

 あまりの光景に思わずじとっとした目を小物の方に向けてしまう。


 一瞬でも……一時でもこの男が私の行動を妨害している者達の策略で私に挑み、何らかの策を用いて自分を追い詰めるだろう――そんな事を考えてしまった自分を呪った。

 こんな間抜けに注意をしていた私の愚かさに頭が痛くなるほどだ。


 人質を取る作戦が失敗した途端、呆けたような顔をしてるんだからね。

 ま、どんな情けない姿を晒していようと私には関係ない。卑劣なことをしようとした罪、絶対に償わせてやる。


「アシュル! フレイアール!」


 私が名前を呼ぶと、ビシッと佇まいを整えて私の指示を待つような視線をこっちに向ける。

 ……いや、フレイアールの方は呼ばれたことが嬉しいのかぱたぱたと縛られてる間抜けの上空を八の字を描いて飛んでいるようだった。


「その愚か者、殺さないなら何をしてもいいから、好きに遊んでなさい!」

「はい!」

(やったー!)


 私のこの発言に我に返ったのか、改めて鋭い目で私を睨みつけている。

 が、最早この空気では――というか最初からそういう雰囲気でもなかったんだけど。


「こうなったら……この俺がお前をぶちのめしてやる!」

「道化が……いい加減にしなさい」


 救いようのない愚者とはこれ以上付き合ってる時間がもったいない。

 手品のタネも他に仕込んでないようだし、そろそろ片付けてやろう。


「『ファイアスコール』!」


 小物の頭上から私に向けて火の雨が降り注いでくるが、こんなしょうもない量で私が止められるわけがないだろう。


「『クイック』!」


 私が『ファイアスコール』で出現した魔法の雨を掻い潜りながら迫っていくと、魔法で身体能力を強化した小物が一直線に向かってくる。そう、またに。


 この男、懲りずに同じことを三回やってくるとは……。

 つくづく学習能力のない愚か者だ。


 そんな風に私が結論づけ、三回目の再現をしようとしていると、にやりと笑ったまま小物は更に魔法を唱えるような素振りを見せてきた。

 ……こいつ、『クイック』の時といい、今といい、一々ポーズつけないと魔法が唱えなれないのだろうか?


『ファイアランス』や『ファイアスコール』の時は普通に詠唱してたはずなんだけど、なにか拘りでもあるんだろうか?


「『アバタール』!」


 魔法が発動した瞬間、小物は三つに別れて襲いかかってきた。

 なるほど……分身の魔法か。それぞれが同時に襲うわけではなく、順番に斬りつけてくるようだ。

 振り降ろし・斬り上げ・斬り払う……三つの動作をそれぞれの分身と本体が受け持ち、攻撃を畳み掛けてくるようだけど、これでは全然物足りない。


 分身だろうが何だろうが、今の私には問題ないのだ。

 どうせ本体は一つ。それ以外は所詮虚像なのだから、相手にしなければ良い。


 最初の一撃とその次の攻撃は完全に無視し、横に斬り払おうとしている小物の斬撃にタイミングを合わせ、思いっきり大剣の腹を蹴り上げてやる。


「な……にぃぃぃ!?」


 私の蹴りと小物の大剣がぶつかった瞬間、ガキィィンという鈍い音と共にそのなまくらは中頃まで折れてしまい、いよいよもって小物にふさわしい装備に成長してしまった。

 というか、何を呆けているんだこの男は? 私は「いい加減にしろ」と言ったはずだ。道化の割に観客を楽しませることもできないのなら、私が少しは盛り立ててやらないといけないだろう。


「ほら、いつまでも隙を見せてる場合?」


 大剣が折られたショックに立ち直れないのか、情けないその頭を思いっきり掴んで、膝蹴りを食らわせる。

 そのまま体勢が崩れ、私の足の所まで頭が下がったと同時に後頭部を踏み抜いてやる。


 たったそれだけの行為で小物の顔面は地面にめり込み、立て続けに踏みつけてやっただけで体を痙攣させるだけの玩具と化してしまった。


「ティ、ティファリス女王?」

「……なに?」


 マヒュム王が戸惑うような、小物を憐れむような視線を向けてきていた。

 それも当然だろう。もう意識のなさそうな小物の後頭部に向かって、今も私は何度も踏みつけているのだ。

 そしてマヒュム王の視線に答えるように最上級の笑顔を浮かべ、ぐりぐりと地面に埋もれた奴を執拗に攻撃する。


 フェリベルのこと、ラスキュス女王のこと、そしてアシュルの“私が未経験”発言による一部の男魔王共のいやらしい視線。セツキのくだらない会話に加え、この男のふざけた態度……。

 決闘する時点で色々といっぱいだったのに、もう本当に限界だった。挙げ句この程度の相手なのだから余計に鬱憤も溜まる。

 この男の後頭部の一つや二つ、砕いてしまっても構わないだろうという程度に。


「い、いえ」


 私が向けた笑顔に何かを感じたのか、若干押されたかのように一歩引いてるが、そんな事は最早知ったことではない。

 思う存分小物の後頭部を踏みしめてやり、完全に地面と一体化したところで髪の毛を掴んで引き上げてやる。


 やはりまだ息があるようだ。この程度で死んでは、魔人族の魔王として名折れも良いところだろう。

 それに私はこの男を殺さないと決めている。“夜会が終わるまで好きにさせてもらう”これが私の出した条件なわけだしね。


「『ガイストート』」

「あ……ぎゃあ、あああああ、あががああああああ!!!」


 このままこいつを寝かせるわけにもいかない。

 そろそろ目を覚まして貰うべく、精神に直接ダメージを与える『ガイストート』で強制的に目を覚まさせてやる。

 何度も何度も精神を殺す魂削りの刃をその身に受け、絶叫しながらのたうち回る小物。

 頭は私が掴んでるから動けない分、体で表現してくれているようだった。


 それを冷めた目で見下ろす私。滑稽を通り越して何も抱かないほどズタボロになった小物は目を覚ましたかと思うと、恐怖の目で私の方を見上げていた。

 顔もより一層無残なものに変貌してしまっていて、敗者のそれにふさわしい。


「……も、もう、やめて――」

「そう、なら私の勝ちでいいのね」

「あ、ああ……」


 それ以上何も言うことはないとうなだれるように脱力する小物だったが、まさかコレで終わりだと思っているのだろうか?

 冗談ではない。私に勝負を挑んだことを一生忘れられない素敵な思い出に変えてあげるという仕事がまだ残っている。


「マヒュム王、私の勝利した時は……どうしていいのかしら?」

「は、はい。『夜会』が終わるまでの間、そこの彼……マルドル王を好きにする、と」


 小物が顔を青ざめながら私の方をみるが、もう遅い。

 最初に条件の提示を誤った自分を恨むことだ。


 ――イメージするのは悪夢。意識の奥底まで侵食する終わりのない苦しみの夜。

 覚めない痛みを与える幻の残像。


「『ガイストート』『エファル・ヒュプノ』」


 私が唱えた魔導は相手を眠りの状態にし、悪夢を見続けさせるものだ。

 精神的・身体的に弱っていて、詠唱者に対し屈している状態じゃないと上手く扱えない魔導。


 必ず極上の悪夢を見せるという性質上、少しでも抵抗されると防がれやすいという欠点を持っている。

 見せる悪夢は本人次第なのだが、私は『エファル・ヒュプノ』を唱える前に『ガイストート』を発動させている。

 精神を削りながら強制的に睡眠状態にし、夢の中でも『ガイストート』による痛みを感じていることだろう。


 とりあえず変に暴れないように『チェーンバインド』で拘束しておいて、適当に決闘場の隅にぶん投げておく。

 ついでに叫び声をあげてうるさかったから息ができる程度に口を塞いで騒音を軽減させておいた。


「これで約束は果たされた。『夜会』が終わるまで、彼には終わることのない苦痛の夜を過ごしてもらうわ」


 ついでに小物の命令でアシュル達に手を出そうとした男にも同じこと魔導を施した。

 変に行動を起こされても面倒だし、そうなる前に動きを封じさせてもらったというわけだ。


 私の一連の行動に上位魔王達からは拍手が。私のように上位魔王に挑もうとする他の魔王達からは恐怖の目を向けられてしまった。

 それも当然だろう。ここまで圧倒的に私が勝利を収めているのにまだなにかしようとするのであれば、そいつもこの小物と同じ末路を辿る事になるだろうからね。


「その強さ、しかと見せてもらった。見事なその手腕。この場にいる候補の中でも随一と言っても良いだろう」


 私が勝者としての務めを果たし終えた時、拍手をしながら竜人族の魔王――レイクラド王が厳かな声で私の事を称賛してくれている。

 いや、結構イライラしてたから感情のままに八つ当たりしたような状態なんだけど……。


 まあなんでもいい。下手なことを言ってしまうと、隣にいるスライムであろう男性に罵声を浴びせられること必須だろう。

 下手に触れて傷つくなんて変態行為なぞ、小物程度で十分だ。


「では、改めてティファリス女王に我ら上位魔王と戦う権利を与えよう。無論、破棄することも出来るが……まさかそのようなことはすまい」

「ええ、私は――」

「――その決闘、私が引き受けましょう」


 ふここでフェリベルを指名して断られても困るし、誰にしようかと悩んでいたところで手を軽くあげたのはマヒュム王。

 まさかこの魔王が進んで戦いに来るとは思わなかった。どちらかと言うと、冷静に辺りの様子見守るようなタイプだと思っていた。


「ほう、マヒュム王……お主自ら戦うか」

「はい。勝利条件は先程と同じ。ティファリス女王が勝利したときには上位魔王の称号と私の国との同盟を……。

 私が勝利した場合、ティファリス女王が持っているものの全てをいただきます」

「全て?」

「ええ……領土から国民に至るまで、全てです」


 ということは、私にマヒュム王の下につけということか。

 これには少々考えさせられる。これからの戦い、上位魔王としての地位は必要不可欠になるだろう。

 セツキと同盟を結んでると言っても、他の上位魔王達と関係を結べているわけじゃない。


 そして、今ここでこの条件を断った場合、これから先、他の上位魔王とは良好な関係になることは不可能に近いだろう。

 私は上位魔王からの指名を蹴って逃げ出した臆病者扱いされることは必至だ。


「ティファリス女王、その提案でいかがですか?」

「…………」


 いかがも何も、最初から引き受けるしかない。

 力を見せつけたところでこの行動……まるで逃げられないように追い詰められたような錯覚すら覚える。

 だけど良いだろう。むしろこうでなければ面白くない。邪魔をする者は全て粉砕するのも、また魔王というもの。


「いいでしょう。私もそれに異存はないわ」


 こうして、私の全てと、マヒュム王の上位魔王としての地位を賭けた戦いがここに幕をあける――。

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