125・夜会での決闘

 私の返答を聞いたレイクラド王は「うむ」と頷き、ばっと私達に突き出すように手を広げる。


「ならばどちらが正しいか、決闘にて決着を付けよう。ここでの決闘は事前に用意された書類にサインをすることにより、成立することになっておる」


 つまり、通常の決闘でかかる書類作成の期間や周到にチェックして……など、そういう準備をすべて省いた状態というわけだ。

 勝利条件、敗北条件を上位魔王達の前で記し、名前を魔力ペンで記入し、魔筆跡ルーペで確認してから決闘を行うというやり方になるらしい。


 普段は悪用を防ぐため、申請なしでは発行されない書類も『夜会』ではある程度多めに見られるみたいだ。

 この世界の上位十人の集会なんだし当然なのかも知れない。

 普段のように申請して三日掛けてなんてやってたら、二ヶ月経ってもまだ『夜会』を開いてるなんて状況になりかねないかも知れないからね。


「決闘の条件は今ここで設定するってわけか」

「うむ、その通りだ。だが……」


 ギラッと普通の人なら身が竦みそうになりそうなほどの鋭い眼光を私と魔人族の男に向けて放つ。

 そこに立っているだけで常人を震え上がらせかねない威圧感を出しているのに、そんな風に睨まれたら困るって。


「生温い条件で決闘しよう言うのであれば、我自らが手を下してくれよう」


 自身に満ち溢れた表情で目を見開いて私達に生半可な戦いをすることは許さないと言っているようだ。

 それに対し、無意味に高笑いをあげながら私にちらりと視線を向けてレイクラド王に改めて視線を向けた。


「俺が出す条件は……俺が勝ったらそこの女にはこれをつけてもらおうか」


 私にも見せびらかすようにちらつかせるのはあの『隷属の腕輪』だ。

 つまり、私が負けたら身も心も全てあの魔人族の男に明け渡せ……そう言っているのだろう。


 レイクラド王の方はそれを認めるのか認めないのかはわからないが、目を閉じて黙ってるってことは容認したってことだろう。

 それと同時に隣でふざけた条件を出してきた馬鹿が変態な顔つきで私の方をニタニタ笑ってるように見えた。

 私がその腕輪について知ってるのを知らない様子で、いやらしく舌なめずりするその姿はなんとも醜い。

 というか、上位魔王を目指す身で『隷属の腕輪』が効くかどうかすらわからないのだろうか?


 その醜悪な姿に、段々と怒りが募ってきた。

『隷属の腕輪』だなんて悪辣な道具を使うそのふざけた態度に、もはやこの男に慈悲は必要ないだろうと感じ、完膚なきまでに叩きのめしてやることを心に決めた。

 ついでに私の溜まったストレスを解消させてもらおう。


「なら私が勝ったら『夜会』が終わるまでの期間、貴方を好きなようにさせてもらうわ」

「……本当にそれでよいのか?」


 お前はその程度の条件でこの決闘を受けようというのか? そんな意思が伝わってくるほどの強烈な威圧感で私を睨みあげてくる。

 昔ビアティグに「お前は一々威圧しないと会話できんのか」とか言われたのを思い出すほど、毎回のようにプレッシャーを掛けてきてくれる。

 私としては別になんともないんだけど、エルフ族の小物魔王が一々すくみあがってるほどには圧をかけている感じだ。


「ええ、そこの男の一生なんて何の役にたたないもの貰ってもしょうがないし、この『夜会』の間で私に楯突いたことを後悔させてあげる。もちろん、貴方が納得できる容赦のない方法でね」

「ほう……」


 言い切った私に興味が湧いたのか、納得するかのように頷くレイクラド王。

 対して私の言葉が余程気に入らないのか、頭に血を上らせて激怒した様子をみせる魔人族の男が吐き捨てるように怒鳴り立ててくる。


「はっ! 後悔させる? それはこっちのセリフだ! この『隷属の腕輪』はなぁ! お前みたいな頭の弱い魔王でもなんでも言うこと聞かせることが出来る代物なんだよ! お前を操ってここで裸にひんむいて服従を誓わせてやる!」

「……出来るものならやってみなさいよ。その言葉、後悔させてあげる」


 書類に内容を記入し、ルーペで確認してもらう。その間も互いに睨み合い、舞台は次の場所へ……この館に特別に作られている決闘場に移っていくのであった――






 ――






 決闘場の控室……向こうの様子がこっちからでもわかるような場所で、私とアシュル、フレイアールの二人と一匹は静かに時が来るのを待ち続けていた。


「ティファさま……本当に大丈夫なんですか?」

(姉様、ちょっと心配しすぎだよ)

「当たり前じゃないですか! 仮にも相手は上位魔王に挑もうとする相手なんですから!」


 心配そうに私の事を見つめているアシュルだけど、そんなに不安そうな目でこっちを見なくてもいいのに……。

 というか本当にわからなかったのだろうか? あの男、上位魔王達を見た後では全く大したことがないようにしか見えない。

 小物も良いところだ。


「アシュル……貴女には一応『ヴァイシュニル』について説明したでしょうに……」

「で、でも心配なんです!」


 私には自身の異常を防ぐ『ヴァイシュニル』があるし、『隷属の腕輪』による支配はまず受けることはないと考えている。

 あれの本性は精神に異常を引き起こし、所有者の命令通りに動かすというのがその仕組の全てだ。


 それに強い魔力を宿してる者、自由に魔法を扱える者には『隷属の腕輪』は効かないというのも実証済みだ。

 万が一でも私に影響を及ぼすとは思えない。

 


「安心して見てなさい。この程度の雑事、どんと受け流せるようにならないと」

「う、うぅっ……はい」


 どうにも心配性のアシュルには、ここでしっかりと見せつけておかないといけないだろう。

 改めてこの戦いを手早く終わらせてやろうと心に決めていると、セツキが呆れた表情で私の所に現れる。


「ティファリス、お前もつくづく変なのに絡まれるな」

「その変なのの一人に言われたくないわね」


 まるで私がトラブルメーカーだと言わんばかりの迷惑顔、本当にやめて欲しい。

 私だって好き好んであんな馬鹿どもを引き寄せてるわけじゃないのだから。


「はっ! よく言うぜ……とりあえず、あの魔人族の魔王……えーっと、誰だっけか」

「小物よ。小物」

「ティファリス女王、それは名前ではないでござるよ……」


 カザキリが微妙そうな顔をしているけど、あの男に名前など必要ない。正直小物で十分だ。

 セツキだって名前が思い出せないんだし、別になんでもいいじゃないか。


「その小物だが、まず間違いなくお前に悪感情を抱いてるやつの……今までのことから考えるとフェリベルか、悪魔族の上位魔王であるイルデルが絡んでるのは間違いないだろう」


 その瞬間、私は『夜会』の中で出会ったフェリベルの事を思い出していた。

 私に向けたあの心底嬉しそうな笑顔が重なって、どうにも彼が仕組んだことのようには思えないのだ。


 今まで思い描いていた邪悪そうな風体とは明らかに違ったフェリベル。

 彼がやってきたことと実際に見た彼が上手く重ならず、余計に違和感を募らせる。


「ティファリス? 大丈夫か」

「え!? え、ええ」

「お前、本当に大丈夫かよ……とにかくだ、何が起こるかわからない。気をつけておくことだな」


 それだけ言ってセツキはこの決闘場の二階にある観客席に向かっていった。

 そうだ、あの小物が私の邪魔をしてくれてた連中の差金というのなら、何をしてくるかわからない。

 今はフェリベルの事は考えないようにしておかないといけないだろう。


 そうでないと隣のアシュルやフレイアールの心配は拭えないのだから。






 ――






「覚悟はいいか? ティファリスよぉ」

「気安く名前を呼ばないでくれる? 小物に呼び捨てにされるほど不愉快なものはないから」


 時間が来て、決闘場の中央で再び睨み合うように立ちふさがるどこかの国の魔王である小物。

 こいつが治めてる国の民達は、さぞかし不遇な扱いを受けているだろう。私には関係ないことだけれども、これがいなくなれば少しはまともになるんじゃないかと思う。


 不遜な態度を取る小物と私に挟まれる形で審判役を買って出たマヒュム王がやれやれといった様子で私達が先走らないようにしっかりと見定めている。

 彼がなぜ審判役を引き受けたのかと言うと、戦う相手が互いに魔人族であるなら、見届ける役目をするのも魔人族がいいだろうとかいう理由らしい。


 私としてはよくわからないことなんだが、マヒュム王にとっては重要なことなのだろう。


「決闘の条件を改めて確認させていただきますよ。条件はどちらかが負けを認めるか、戦闘行動が出来なくなるかです。ルールはなし。どんな手を使ってでも互いに勝ちを目指してください」


 ルールはない……って私が戦った決闘って大体ルールがなかったような気がする。

 セツキの時だって彼が認めたらって条件はついていたけど、それ以外は実質無条件だったしね。

 その後マヒュム王の口からは小物が勝った時と私が勝った時の条件が告げられる。


 私達双方が頷いてたのを確認したマヒュム王は一歩下がっていよいよ決闘がはじまるという空気が場内に満ちた時――やつは突如仕掛けてきた。


「うらぁぁぁぁ!!」


 小物は自分が持っていた片刃の大剣を振りかぶり、気合を入れるかのように振り下ろしてきた。

 不意をついたのかも知れないけど、この程度の速度、何の意味もなさない。

 スッと横の方に避け、私の隣を素通りさせてやる。


 地面に深々と突き刺さったそれを踏みつけて、足で完全に抑え込んでやる。


「……随分と手荒ね」

「はっ! ルールは『ない』んだろう? 良い子ちゃんしてんじゃねぇよ! 『ファイアランス』!」


 私が大剣を踏みつけたのが気に食わなかったのか、怒り顔で炎の槍を私に向けて解き放ってきた。

 ちょっと大げさに避けてやると、いい気になったのか勢いよく大剣を地面から抜いて、私を下から睨めあげるように態勢を低くする。


 ちらっとマヒュム王の方を見るけど、彼も特に言うことはないというか……かなり呆れた表情で小物の方を見つめていた。

 好みではないが、ルール無用と言った手前何も言うつもりはないらしい。


「どこみてんだ、よ!」


 ちょっと余所見をしていただけだが、小物の方は余計に腹を立てて私の方に突撃してきてる様子が見えた。

 それを悠然たる態度で応じる私に向かって何のひねりもなくそのまま振り下ろした大剣を、再び少し横に避けて、地面に突き刺さったそれを踏みつけてやる。

 なんでさっきの再現をしなきゃならんのだという情けなさでため息が出てしまう。


「ぐ……ぬぬぬぬぅ……」

「はぁ……この程度か」


 明らかに格下の相手。

 こんなのと戦うことになったことに不運を感じながらさっさと幕を降ろしてやろうとしていると、何を思ったのか、気持ち悪い笑みで私の方をにたにたと見つめてきた。


「はっ……はっは! 随分素早さに自信があるようだがよぉ……これ以上はやめたほうが良いぜ? さもないと……」


 ちらっと私の後ろの……アシュルとフレイアールがいる控室の方に目をやっていた。

 この男、まさか人質にしてるんじゃないだろうな? とかくだらないことを思いながら注意深く後ろの方を見てみると――






 ――そこには水の魔導で拘束され、フレイアールに蹴り飛ばされている哀れな男の姿があった。

 微妙に予想外だったけど、アシュルは「やってやりました!」と言わんばかりのいい笑顔を浮かべていた。

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