124・十王、集結

 フワローク女王がいなくなり、フレイアールの機嫌もようやく治ったところでにやにやしながらセツキが私の所に戻ってきた。

 この男……私をからかいに戻ってきたな! カザキリがなんだか申し訳無さそうな顔をしているところから確定事項に近い。

 私の方は完全に平静を保てなくなって、自分でもよくわからないことになってしまっている。


「どうだ? 中々個性的な面子だろう?」

「個性的って問題じゃないでしょう!? 私はね、危うくく、くち、くちび……唇を奪われかけたのよ!!」

「ティファさまティファさま、声が大きくなってますよ。冷静に、冷静に……」


 あの時の……フェリベルとラスキュス女王にされたことを思い出して顔が再び熱くなっていくのを感じる。

 全く、この私が他人にキ、キスを許してしまうなんて……!

 あんな風に初めてを奪われるのは嫌だ! もうちょっと色々あるだろう!?


 私が何を思い出してたのかセツキの方は察しがついたらしく、余計にその嫌な笑みを深めてしまう。


「はっははは、ティファリス。お前案外うぶなんだな! なんなら俺様がじっくり手解きしてやろうか? 俺様凄いぜ?」

「寝言は寝て言いなさいよ。私の身体を奪おうとするなら本気でぶっ飛ばすからね」

「私もですよ! ティファさまの初めては誰にも渡しませんから!」

(ぼくも! 母様が嫌がる事したらただじゃおかないからね!)


 アシュルとフレイアールも私に同調してくれてセツキに向かって睨みつけながら守ってくれるかのように立ちふさがってくれる。

 なんでだろう。『夜会』に来てから私、守られてばかりのような気がする。

 ……もうみんなに未体験だってバレてるから幸いとばかりに連呼してくれてるのはどうかと思うんだけどね。


「はっはっは! 安心しろ。俺様は無理強いするつもりはないからよ。ただ、あんまりにもティファリスの反応が可愛らしかったからな。そんなんじゃ他の上位魔王達に喰われちまうぞ?」


 ガオッーとか私を脅すように両手を広げているセツキだけど、その様子に思わず私も白けてしまった。

 とは言え、彼の言うことも最もだ。

 最後の一線は絶対に越えさせないにしても、あのままいったらラスキュス女王にキスをされていたかもしれないことに違いはないだろう。

 もっと気を引き締めて望まなければ……こちらと戦う意志がなくても、ね。ある意味戦いみたいなものだし。


「さて、と。魔王も全員揃ったようだし、そろそろあいつも出てくる。お前も準備しとけよ?」

「準備って、具体的に何をすればいいのよ?」

「ただ俺様の近くを離れなければそれで良い。それと言われるまで前に出ないことだな」


 言われるまでって……周りを見渡してみると、いつの間にか妖精族の男性が遠くでグラスを傾けてる姿が確認できた。

 いつの間に……とも思ったが、よくよく考えたら私の方は自分のことでいっぱいいっぱいだったし、あの魔王について気づかなかったのも当然なのかも知れない。

 よく見ると彼の周りには小さい方の妖精よりも更に小さく、遠目からは光の粒にしか見えないものが飛んでるのが確認できる。


 私がその妖精族の上位魔王の周りを浮かんでいる光の方を気にしていると、不意に中央の二階に続く扉が開かれた。

 大きな音と共に勢いよく開かれたもんだから私達は一斉にそこに注目する。そして最後の魔王――竜人族の魔王がやってきた。

 結局悪魔・妖精・竜人族の三種族と種族不明の上位魔王とは話ができず仕舞いだったけど、また機会はあるだろう。



 二階からゆっくり降りてきたのは壮年の男性で、見た感じでわかるほどの強さをその身に宿してる。

 凛々しいその姿はやはり角と尻尾が生えているようだけど、ここに案内してくれた竜人族の男性のそれよりもえらく立派だ。

 後ろに控えてるの男性が彼の契約スライムなのだろう。完全な竜人族のスライムとして竜人族の魔王の後ろについて歩くその姿は、実に様になっている。


「皆の者、よくぞ我らが『十王狂宴』――通称『夜会』に集まった。まずはそのことについて礼を述べさせてもらおう」


 随分と尊大な口調で話しているけど、別に見下してる風ではない。

 というか正式名称は『十王狂宴』なのか……『夜会』とは何一つ合ってないじゃないか。


 いつの間にか他の九人の魔王が円状に集結しており、私達や一部の魔王は完全に外に追いやられた形だ。

 なるほど、準備をしろというのはこういうことか。

 私を含めて弾き出されている魔王たちは全員、上位魔王たちに呼ばれた候補達、というわけか。


「相変わらずレイクラドはかたっ苦しいな。もう少し楽しんで生きればいいのによ」

「我はお主とは違う。これが普段通りだ」


 軽口を叩くセツキに竜人族の――レイクラド王はぶすっとした様子というか……リカルデとはまた違った表情で変化に乏しい。


「今日の『夜会』はすごい美味い魚料理がならんでたにゃ。見た目も金と銀が入り混じってて綺麗だったにゃ」


 ガッファ王が絶賛してるのは間違いなく私が持ってきたドラフィシルだろう。

 私もちょっとつまんでみたが、普通のドラフィシルとは格が違うというか……気品溢れる味がした。

 品格が違うというか、比べるのが失礼なほどだった。

 流石ドラフィシルの群れのボスということだろう。ミットラも頑張ってくれたし、いい印象を与えられたようでよかった。


「というかセツキ王がアクアウォルフ持ってきてるのには驚いたよね。

 あたし、あんな柔らかい肉初めて食べたよ」

「普通の――金属製のナイフだとその場で肉汁が出尽くしてしまってパサパサになるのが欠点ですけどね」


 なるほど。

 アクアウォルフってのはそんな欠点があったわけか。だから木のナイフを使えって言ってたわけか。

 というかマヒュム王とフワローク女王、随分距離が近いような気がするけど……気のせいか?


「クフ、あれは初めて食べる方には難易度高いんじゃないかと思いますけどネ」


 あれは……悪魔族の魔王か。

 背中に独特な羽が生えていて、仰々しく見える。

 話し方もアロマンズより変というか……最後のほうが妙に跳ね上がってるように聞こえる。


「こほん……料理の話もよいが、余としては次世代の上位魔王候補生達の話をしてほしいものだ」

「そうね、可愛らしい子の紹介を優先的にしてもらいたいわねぇ」


 今ちらりとラスキュス女王がこっちを見た!

 悪寒が体中を伝わって、背筋が凍りそうになる。

 どうやら完全にあの女王に目をつけられたらしく、一部の魔王たちに……特にフワローク女王に同情の視線を向けられた。

 彼女は可愛いからなぁ……日焼けした元気いっぱいの少女って感じが気に入られたのかも知れない。

 ラスキュス女王は私・フワローク女王の二人の王に熱い視線を向けているようで、その視線は実に恐ろしい。


「そうですね。こういう風に皆さんでおしゃべりを楽しむのもいいですが、私達の楽しみはそれだけではないですからね」

「…………」


 マヒュム王が愉快そうに笑っているけど、今まで一言も話さない全身鎧に身をまとった男の方に自然と目いってしまう。

 青く鈍色に光る鎧で、兜の方も洗練されているとでも言えば良いのだろうか……相当格好良い。


 腕を組んで黙ってる姿なんかは不思議と興味が惹かれる。

 普通の私だったらこんなに気にならないはずなんだけど……彼の方はなぜか心がざわつくというか。


「ティファさま?」

「ん? いや、なんでもないわ」


 きっと気のせいだろう。アシュルの声を聞いたらちょっと落ち着いたし、大丈夫だ。

 改めて上位魔王たちの話し合いの方に視線を向けると、一つ咳払いをして竜人族の魔王が口を開こうとしているところだった。


「コホン、話はわかった。ならば順々に紹介してもらおう。此度の候補生共は全部で五名であったな」


 五名――つまり五人の魔王が今回上位魔王に挑むというわけか。

 どうやら私の順番は最後らしく、一人ずつ円状になってる上位魔王達全員に見えるように中央に集められていく。


 オーク・魔人・リザードマン・エルフ族の魔王が順々に集まっていき、最後に私が呼ばれ、今回上位魔王達に集められた魔王が勢揃いする。


 オーク・リザードマン族は私に対して特にこれといった感情は浮かべていなかったが、残りの二人は明らかに下卑た笑みを浮かべている所から何を考えてるのか大体予想出来る。


「それで、誰から挑戦するんだ?」

「ふむ、セツキが推薦することなど初めてのことだ。それを踏まえてティファリス女王に――」

「ちょっと待った」


 案の定というか、やはりというか、私が一番手に選ばれた瞬間手をあげて抗議をし始める魔人族の魔王。

 それに対して、レイクラド王の後ろで待機していた執事風の男が射殺さんばかりの視線を魔人族の魔王に向けてくる。

 尋常じゃない変わりように上位魔王を除いた魔王たちがすくみ上がる中、いきなりのことで私は思わずこいつもか……と若干うんざりしてきた。


「貴様ぁぁぁっ! 我が至上の王の言葉を遮るとは、なんたる不敬! なんたる不遜! 魂の欠片すら残らぬ程滅ぼし尽くしてやろうか痴れ者がぁぁぁぁ!!」


 こわっ……なんだこの竜人スライム(?)は。

 アシュルよりも主人愛に溢れているというか、ちょっと遮られただけでここまで殺意を向けて怒鳴り散らすとは思いもしなかった。

 発言した魔人族の男なんてあまりの出来事に若干怯えが混じった目をしていた。


 周囲からは「やってしまったか」というかのような呆れたような視線が向けられている所から、以前にもこんな風にやらかした馬鹿者がいたということか。


「よい」


 気にするなというかのように片手を上げると、先程まであれだけ激昂していたスライムが途端に静かな様子になる。

 あれだけ激しく荒波だっていたはずなのに、急に波すら立たない穏やかな海のような変わりざまだ。


 思わずアシュルの方に視線が行きそうになるけど、そんな事をしたら再びあのスライムが「なんたる不敬!」と怒鳴り散らしてきそうだからとりあえず適当な所に視線を向けておくとしよう。


「この程度のことでそう騒ぐでない。……話を続けろ」


 少々呆けている様子だったけど、なんとか立ち直ったのだろう。

 急に自身に満ちた表情浮かべる所から、こういう馬鹿は本当に魂の欠片も残らないほど消滅させないとよくならないんじゃないかと思うほどだ。


「鬼族の魔王がなにをトチ狂ってこんなのを推薦したのかは知らないが……こんなのが上位魔王候補だと? 場違いも良いところだろう」


 竜人族のスライムにあれだけ脅されたはずなのに、私に仕返しをしようとばかりにより一層いやらしい笑みを深めていた。

 大方、いろいろ因縁つけて私を好きなようにしたいのだろう。発想と行動がうんざりするほど柄の悪い男のそれだ。


「ふん……ではどうしたい? 場違いであろうがなかろうが、ここにいるという事実は変えようがあるまい。

 そこの者も、実力を認められているのだからな」

「俺とそこのティファリスとで決闘をしたい。お前みたいなのがここに来るのは場違いだと思い知らせてやりたいのよ」


 にやーっと醜悪な面をより一層醜く歪めながらこっちを見ている。

 こんな下心丸出しでよくもまあこんなところに来ようと思ったな。というか、こいつを推薦した魔王の顔を見てみたい。

 ……どうせ、かませ犬というか、こっちにちょっかいをかけようとした魔王の差金なんだろうけど。


 竜人族の魔王も仕方がないなというかのように深い溜息を一つついて私の方をしっかりと見据えてくる。

 まるで私の奥底を覗き見ようとするかのような視線。

 この男の世迷い言を相手にする気はさらさらなかったが、ここで引っ込んだらセツキの顔を潰してしまうことになってしまうだろう。


「はぁ……いいわ。決闘でもなんでもしてあげようじゃない。貴方程度が私をどうにか出来るだなんて思い上がり、正してあげるわ」


 ここは一つ、やつの提案にのってやり、さっさとぶちのめすのが一番だろう。

 幸い、色々なことが起こりすぎて、私も鬱憤うっぷんが溜まってるからね。

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