123・妖しく色めく者、単純明快な者

 アシュルのご機嫌取りに尽力してなんとか機嫌を取り戻すことに成功した私は、そのまま広間の扉が開いていく音を感じてそちらの方の様子を見てみる。

 すると、なんだこの女は……? と疑問を浮かべてしまいそうになるほど色気の溢れているというか……。

 ともかくえっちい雰囲気を纏ってるとしか言いようがない存在がそこにいた。


 全体的に紫色で、髪も目も服も全てが紫を基調にしているようだった。

 これで肌まで紫だったらまだそういう色香は軽減されたんじゃないかと思うんだけど、あいにくと肌の色は普通だった。

 ウェーブがかった長い髪に、明らかに強調しすぎな女性の部分。出るとこは出て、引っ込める所は引っ込んでると言うのはまさにこういうことを言うんだろうなと思うほどだ。


 少なくとも身長も胸も、特に色香もない私の隣に立たれたら、必ず比較されてしまうんじゃないかと勘ぐってしまうほどの溢れんばかりの女性の妖しさ。

 仕草の一つ一つにすらそういうエロスを感じるんじゃないか? とかよくわからない印象を抱くほどだ。


「あの方、なんだか苦手です」


 アシュルがそう言って顔を少ししかめている姿は非常に珍しい。

 いつもなら少なくとも私に対して不敬な態度を取ってきた人になんかはそんな風に嫌そうな顔したりするんだけど、見た瞬間こういう感想を口にすることはなかった。

 多分、あの魔王に何かを感じているのだろう。


 ちなみに護衛には狐人族の女性を共にしているようだけど、恐らくあれらはスライムだろう。

 上位魔王の一人であるスライムの女王は人の姿をしたスライムを連れてくると聞いていたし、他の種族は魔王とスライムの特徴が多少なりとも似通ってる部分がある。

 私は聖黒族だとすればアシュルは聖黒族スライムといった感じで。

 ロマンだって下はスライムだが、上は魔人族のそれだしね。


 外見の違う二人組となれば必然的にスライムの上位魔王と考えたほうが妥当と言えるだろう。


 しっかし……後ろに控えている狐人族の姿をしたスライムは相当可愛らしい衣装を着ている。

 私よりちょっと背が高いけど、アシュル未満といった少女のような姿で……金色の髪と耳に映えるような感じのひらひらとしたフリルのドレスに身を包んでいて、まるでお人形のような印象を抱く。


 これもまたセツキから聞いていたスライムの女王の特徴に一致する。

 確か、可愛らしい護衛を付けているとか……。


 あまりの衝撃に私がじーっと彼女たちの方を見ていると、女王の方も私に気づいたようだった。


「…………」


 瞬間、艷やかな笑みを向けられ、惚けるように顔を朱色に染めているように見えた。

 あ、これまずい……とか思ったって時既に遅し。しなやかにこちらに歩み寄ってきたかと思うと、私の顔に手を当てて頬を軽くなでてくる。


「あらあら……とてもかわいい子ね」

「そ、そう? ありがとう……」


 褒めてくれるのは良いんだけど、こちらを観察しながら顔を撫でるのはやめて欲しい。

 視線が熱を帯びていて、私を燃やそうとしてるんじゃないだろうか? と思ってしまうほどの憂いを伝えてくる瞳。

 正直そんな風に目を潤ませて見つめられたら反応に困ってしまう。


 フェリベルといいこの女王といい……なんで上位魔王ってのはこんな風に私の予測不能なことばかりしてくるのだろうか。

 助けを求めるように後ろに控えていた狐人族のスライムの方に目を向けると、こっちはこっちで羨ましそうな目を、なぜか己の主人である女王の方に向けていた。


 まるでそこを変わって欲しいと言わんばかりなんだけど、この子もなのか……。


「貴女がティファリス女王ね。お姉さんの想像通りの子ね」

「は、はあ……一応聞いておくけど、貴女がスライムの……?」

「ええ、スロウデルを治めてるラスキュスよ。私、貴女のこと気に入っちゃったぁ」

「え? ちょっと……」


 ぺろっと軽く舌なめずりしたかと思うと、私の両頬に手を当て、動きが取れないようにがっちりと顔を拘束してしまう。

 そこからゆっくりと私の唇めがけて……ってそれは流石にまずい! まずいってば!


「ちょ、ちょちょちょ! ちょっと待ってください!!」


 あまりに色っぽくも自然な流れで私の初めてを奪おうとするラスキュス女王の行動に、なんとか割って入ってくれた。

 私を庇うようにラスキュス女王の前に立ちふさがって、仁王立ちして睨みつけている。


「あら……邪魔が入っちゃったわね」

「いきなり私の魔王様に向かってなんてことしてるんですか! 上位魔王のお方でもやって良いことと悪いことがあります!」


 いいぞアシュル、もっと言ってくれ。

 情けない話だが、こういうことは未経験なだけに、どう対処していいのか困ってしまうのだ。

 転生前も女性関係のことはさっぱりだったからなのかも……。どうも純粋に好意とか向けられるとね……。


 身の危険を感じるほどだったんだけど、こんな公の場の……しかも向こうは敵意を持ってるわけじゃないのにこっちが一方的に暴力を振るうというのはどうかと感じたからだ。

 だから今のアシュルの介入は本当に助かった。それに気付けばフレイアールも一緒になって私の方を守ってくれてるようだ。


(母様をいじめるなー!)


 そう言いながらアシュルの隣をパタパタ飛ぶ姿は勇敢に思えるが、いかんせん言葉は一切向こうに伝わってない。

 これでは小竜が可愛らしさをアピールしているようにしか見えない。成長していないフレイアールの悲しさだろうか……。


「もう、ほんのちょっとご挨拶をしようとしただけでしょう? そうがなり立てないでちょうだい」

「な――! 挨拶で済むことじゃないですよ! 危うくティファさまの初めてが――」

「ちょ、アシュル! そういう事大声で言わないで!」


 なんてことを宣言してくれるんだ。アシュルの発言にいくつか背筋が寒くなるような視線を向けられているのを感じる。

 特に目の前のラスキュス女王とどこかで見ているのであろう複数の魔王から。


 これでは私が何もかも……キスさえ未経験であることをおおっぴらにぶっちゃけてしまったのと一緒だ。

 この『夜会』ってのは私を辱めるために企画されたのかと勘ぐってしまうほどのこの状況。

 大成功だよ! だからもうやめて! と大声で叫びたくなるほどまともに顔があげれなくなってしまうほどの出来事が連発してしまい、上手く感情の整理がつけられなくなっている。


「あ、ああ、申し訳ございません!」


 自分がなにを口走っているのか気づいたアシュルが慌てて頭を下げたんだけど、もう全てが手遅れだ。

 私が未経験であることはこの場にいる全ての者に知れ渡ってしまったし、獲物を見つけたかのような視線を向けてる馬鹿まで出現する始末だ。


 セツキやマヒュム王も苦笑して……というかご愁傷様と言わんばかりの表情で私のことを見ていた。

 私がこういう状況になるのを半分くらいわかっていたな……。


「くすくす……。どうやら悪いことをしてしまったようね。

 この子にも怒られちゃったし、今日の所は引き下がってあげる。次はもっと濃密な時間を過ごしましょう?」

「……」


 私がロクに返事を返せないままでいると、妖艶な笑みを浮かべてラスキュス女王は狐人族スライムと一緒に奥に向かって歩いていってしまった。

 嵐のように過ぎていってしまったけど、どこかに行ってくれて本当に良かった。


「ラスキュス女王に絡まれるなんて……とんだ災難だったようだね」


 私が安堵して心を落ち着かせていると、今度は小さな明るく健康な肌色をした少女が私に話しかけてきた。

 間違いない。彼女はドワーフ族の上位魔王だろう。後ろに控えてるスライムはドワーフの少女のような姿をしてるけど、無機質と言えば良いのだろうか? まるで全身鋼の体に身をまとった人形みたいだ。

 それでいて顔の部分がまるで生き物のようなのだから本当に不思議だ。


 というか流石上位魔王。スライムも軒並み自分達の種族とほとんど同じ姿形をしている。

 これだけ人の形をしているスライムばっかりだと本当の姿ってこんなのかな? って思ってしまうほどだ。


「貴女は……フワローク女王?」

「うん、君はティファリス女王だよね。よろしく」


 差し出したその手をにぎると、力強く握りしめてくる。

 こっちはこっちで手荒い挨拶のように見えるけど、私に笑顔を向けているその様子は別に悪い印象を抱いてるような様子はない。


 普通に握り返してあげると、尚更笑顔を深くしているみたいだ。


「へー、あたしと普通に握手してくれるなんて面白い人だね」

「……握手しただけでそんなに面白いことあるの?」

「あたし、力強くってさ。軽く握っただけでも他の魔王にはすんごく痛いらしいんだ。中にはムキになって強く握り返してくる人までいるんだよね」


 ああ、だからか。

 というかそういう事わかってるんだったら気軽に手なんて差し出さないでほしいんだけど。

 とか言ってしまうと彼女を傷つけてしまいそうだし、ここは穏便に事を運ぼう。

 これ以上荒事が起こってしまったら私の体力が保たない。


「その魔王が貧弱なだけよ。私なんてほら、普通に出来るし」

「あは、そうだよね! ちょっと力を込めるだけで痛がるなんて軟弱だよね! そう言ってくれる人は初めてであったよ。そうだ、『夜会』が終わって暇が出来たらあたしの国においでよ。北地域の方にあるからちょっと遠いかもだけどね」


 南西地域から北まで行くのにラントルオだったら相当……というかまず間違いなくかなりの時間を有するだろう。

 せめてフレイアールが育つまで待つしかなさそうだ。

 彼女も私のことを気に入ってくれたようだし、なんとか交流していきたいしね。


「ええ、移動手段がラントルオしかないからまだ時間がかかるかもしれないけど、必ず行くわ」

「? だったら竜人族の人に頼んでワイバーンを譲ってもらえば……あ」

「え?」


 ワイバーンの話をしようとしていたフワローク女王はしまったといった様子で私の後ろを見ていた。

 振り返ってみると、そこにはフレイアールが恨めしそうな目でフワローク女王を見ていた。


(ぼくが母様を乗せるんだ! 他の竜には絶対に譲らないんだからー!)


 相当荒ぶった様子のフレイアールがフワローク女王に猛抗議してるように見える。

 どうやら私が他の竜に乗るのを相当嫌がってるようだ。


 セツキ王のところで貸してもらっていたワイバーンは良くても、私の国で飼育するのはだめなようだ。

 ……まあ、今はこの子も産まれたばかりだし、そういう気持ちがあるのも十分理解してる。

 後で上手く言い聞かせなければならないだろう。


「えっと、悪い事したみたいだし、邪魔したね」


 不穏なものを感じたようなフワローク女王はさっさと退散してしまったようで、アシュルの次はフレイアールのご機嫌を伺うことになってしまう私なのであった……。

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