122・純粋に好意を抱くもの

 マヒュム王と別れてから私達も料理の並んだテーブルの方に行くことにした。

 セツキはがぱがぱ酒を飲んでるし、護衛のカザキリも同じように水でも飲んでるかのように飲んでいる。

 あれは樽が一個や二個では収まらないんじゃないだろうか……? そんなことを考えていたが、どうせ彼らのことなのだから『夜会』では毎度の光景なのだろう。


(母様、ぼくも! ぼくも飲みたい!)

「はいはい、大人になったらね。貴方はとりあえずこれでも飲んでなさい」


 船に乗った時のように酒を所望するフレイアールを軽くあしらって、適当に選んだ果実のジュースを飲ませてあげることにした。

 最初は渋々飲んでいたようだったけど、美味しかったのか途端に嬉しそうにごくごく飲んでいるようで、やっぱりこの子にはまだ酒は早そうだ、と改めて思った。

 私の側から離れること以外は基本的に従ってはくれるから助かる。

 ……逆に置いていこうとすると今回のように猛抗議してくるからそれはそれで困るんだけど。


 アシュルの方は私の隣で毒味? みたいなことをしてる最中だ。


「ティファさまティファさま! こっちのこれも美味しいですよ!」


 ……いや、美味しそうなものを見繕って私に食べさせようとしている最中だったか。

 こっちもそれだけなら良いんだけど、何故か私の口に料理を運ぼうとするのだから困る。

 周囲には他の国の魔王たちも居るし、視線がだいぶ気になるから本当に勘弁してほしいのだけれど、マヒュム王との一件が効いたのか断固として譲らなかった。


「随分と仲がいいみたいだね」

「そう? いつもどおりだと……」


 私をからかうような声が飛んできたから、そこの方に視線を向けると……知らない魔王の姿があった。

 美しく輝く緑色の髪。目。耳が長く肌はきれいで、その姿は少年のような、少女のような不思議な魅力を宿している。

 が、少なくとも上位魔王でも女王といえばスライムとドワーフ族の二人しかいない。

 そういう事を考えたら必然的にこの魔王は少年だと判断は出来るか。


 人懐っこい笑みを浮かべて佇むその姿は純粋そうな顔をしていて、とても好感が持てる。

 しっかしこの少年は誰だろう? 私はこんな風に接してくる魔王を知らない。

 少なくともこの特徴はエルフ族のそれなんだが……。


「貴方、どなた?」

「これは、失礼しました。僕はパーラスタの魔王を務めているフェリベルです」


 瞬間、私は喋ってすぐに口に含んだ飲み物を吹き出しそうになった。流石にこんな場でそんな見苦しい事はしないんだけど。

 それにしても、まさか私を散々苦しめてきた魔王にこんな風に出会うとは思っても見なかったな。

 アシュルの方も顔が険しくなっていって、いつでもやってやる……! と言った意気込みが伝わってくるようだ。


 反対にフェリベルの方は優しく笑いながらおどけるように話を続けてくる。

 まるで久しぶりに会った親友のような気軽な態度で接してくる彼の気持ちがまるで読めなくて、何が来てもいいように警戒を強める。

 すると彼の方はおどけたように私に話しかけてくる。


「おっと、怖い怖い……僕は貴女と事を構えるつもりなんてないですよ。ただ少し話をしたいと思ってね」

「話? 私と貴方が?」

「ええ。僕も君のことをよく知りたくてね。上位魔王の中では有名だよ? ディアレイを討ってセツキ王に決闘を挑んだことくらいは知ってるかな」

「それ以上のことも知ってるんじゃないの? 南西地域で暗躍してる悪魔族とか、グルムガンドに向かった猫人族の使者についてとか……」


 正直あまり話したくはないけど、向こうが絡んできたのだから仕方がない。

 出来るだけ情報を引き出しつつ、彼のあまり好みそうにない話題をするしかないだろう。

 あまり長々と話すわけにも行かないし、こういう風に話を持っていったという訳だ。


「ちょ、ちょっと待つにゃ! それはどういうことにゃ!」


 私はフェリベルが暗躍してるんだろう? といったニュアンスを含んだ言葉を言ったつもりだったんだけど……何故か食いついてきたのはすぐ近くにいた猫人族の魔王だった。

 長毛種のようで、姿形はどことなくカッフェーに似ているような気がする。


「ちょっと、ガッファ王、急に声をあげないでくれよ」

「何言ってるにゃ! 声を荒げるほどの事が今起きたにゃ! 起こったにゃ!」


 ガッファと呼ばれた魔王はにゃーにゃー大騒ぎしている。

 こういう姿を見ると、やっぱり猫人族ってのは感情が高まるとにゃーにゃー鳴くんだなぁ……とか妙に納得してしまった。


 しかしこれはどういうことだろうか?

 いつの間にか一切接点のないガッファ王が急にわたわたしてフェリベルに抗議している図が完成してしまっている。


「オレの所からたまに人を持っているかと思ったらまさか……自分が関わってない証拠づくりに利用してたのかにゃ!?」

「僕に言われても困るんだよね。あいにくだけど、一切関与してないし……」

「……本当かにゃ? どうにも信用できんにゃ」

「本当だよ。僕だってセツキ王に脅されてる身なんだからさ」


 やれやれと肩をすくめるフェリベルにこれ以上何を言っても無駄だと察したのか、はたまた本気でそれを信じているのかは知らないが、しばらく睨んでいたガッファ王は根負けしたというかのようにため息を一つ。さっきまでの勢いを無くしてしまっていた。


「それだったら仕方ないのにゃ……よく考えたらフェリベル王に言ったって無駄だったのにゃ……」

「ははは」

「わ、笑うにゃ!」


 なんだろう……この変なやり取りは。

 これが私を苦しめている魔王なのかと疑問を抱くほどだ。


 それとも私の警戒心を薄める為にわざとそんな風に振る舞っているのだろうか……?

 そっとアシュルの方に視線を向けると彼女も訳がわからないというかのように首を横に振るばかりだ。


 それもそうだろう。

 私とアシュルが考えていたのは恐らく同じ、もっと悪辣な男の姿。

 こう、いかにも悪そうな……とまではいかないが、少なくとも腹になにか抱えてるような魔王だと思っていた。


 だけど実際触れてみて、全く別物というか、縁遠いような存在にしか見えない。

 これでは、他の人から見たら、笑顔の可愛い純粋そうな少年のようだ。


「ふぅ……で、お前が南西地域の屑共を束ねた魔王かにゃ?」

「屑……ですって?」


 一通り話し終えて興味が私の方に移ったようだけど、いきなりなんてことを言い出すんだこの猫は。

 よりにもよって私の所にいる人が屑だって? 随分なことを言ってくれるじゃないか。


 腹立たしく思いながらガッファ王を見つめていると、なぜかものすごく憎々しげに私を――いや、私を通して違う誰かのことを見ているような気がした。


「別にお前やお前の国のことを言ってるわけじゃないにゃ。気を悪くしたなら謝るにゃ」

「それは別にいいけど……南西地域の誰かに恨みでもあるの?」

「お前には関係ないにゃ。オレはただ、臆病者が嫌いなだけにゃ」


 私に憎悪の目を向けても仕方ないと気づいたのか頭を下げてそのまま別のところに行ってしまった。

 一体何だったんだろうか……? 臆病者って言葉は少なくとも妖精族や獣人族を指しているんだと思うけど……。

 それでなんでガッファ王が憎んでいるのかさっぱりわからない。


「ごめんね。邪魔が入って」

「え? ああ……」


 わからないと言ったらこのフェリベルもだ。

 やたらと私に話しかけてくるけど、彼は私に様々な嫌がらせをしてきた張本人だ…と思っていた。

 オーガルを利用して私の国を滅ぼそうとしてきたり、セツオウカから鬼族の魔王の死体を盗み、私にけしかけてくる割にはなんというか……私にかなり好感度を持ってるように見える。


 きらきらと光って見えるほどのその笑顔には、私を陥れよう、罠にはめようなどという気配は微塵もない。

 どっちかというとアシュルが私に向けるような視線のそれすら感じる。


 なんでだろう? 私は彼と出会ったのはこれが初めてのはずだ。それがなぜ?


「どうしたんだい?」


 幾度か言葉をかわし、彼が私に悪意を一切持っていないことがわかってしまうと、もはやわけがわからなくなってしまう。

 彼は確かに私の国を侵略しようとしているはずなのに……。


「なんで」


 言葉、視線、感情。

 彼の一挙手一投足に惑わされ、私は乱される。

 だから、思わず一度溜めて……こう言ってしまったのかも知れない。


「なんで私の事を狙ってるの? 私と貴方は今初めて出会ったはずよ」


 息を呑むように私を見つめるフェリベル。

 言って私はこれが失言だったことに気づいて、思わず顔を伏せてしまった。

 こんなもの、彼が否定すればそれまでだし、今ここで聞いたところで仕方のないことだ。


 南西地域では力の強いエルフ族が入ってこれない以上、猫人族や悪魔族がいくらなにをやったとしても、フェリベルに結びつけることは出来ない。


「それはね」


 だけど彼は怒った様子も、私の非を突こうとする感じでもなく、耳元にそっと顔を近づけて囁いてきた。

 フェリベルの顔が迫ってきて一瞬動きを止めて硬直してしまったんだけど、彼はそんなことをお構いなしだ。

 まるで私とフェリベル、二人しかいない空間だと言わんばかりの自然な流れで、なにかしようという気配もなかったせいで、完全になすがままになってしまう。


「僕と君はね、一度会ったことがあるからだよ。君は覚えてないかもしれないけど、僕はちゃんと覚えてる。あの時の君の声を、言葉を。だから、いつか必ず君を僕のものにするよ。待っててね、愛しい人」

「え……?」


 今、告白された?

 あまりに唐突な出来事に思考が全く追いつかない上、軽く頬にキスまでされてしまい、しばらくの間キョトンとした表情で私は彼と見つめ合っていたのだろう。

 にこにことしたフェリベルの顔が、妙に間近に感じてしまう。

 ようやく何をされたか理解した私は顔がすごく熱くなって、まともに言葉すら紡げなくなっているほどだ。


「あ……! あ! ああああぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」


 だからだろう。後ろから聞こえきた悲鳴に意識が明後日の方向に飛んでいきそうなほど驚いてしまい、一気に我に返ることが出来た。

 自分で言うのもなんだけど、それはもう死にそうなほど呼吸が乱れ、思わずゆっくりとアシュルの方を振り向く。あまりの一連の出来事に加え、これほど緊張したのは生まれて初めてだ。


 そしてそこには憤怒の顔で私の頬とフェリベルにと視線を動かしている青スライムの存在があった。

 完全にキレてしまっているようだ……って何を呆けながらそんなことを考えてるんだ!


「ティ、ティティティ……ティファさまにな、ななん、てことを!」

「ん? ふふふ……」


 アシュルが殺気立った視線を向けているのとは対照的な程に非常に上機嫌に私の手を温もりを確かめるかのようにぎゅっと握りしめて、そのまま「またね」と短い別れを告げてさっさとどっかに行ってしまった。


 後に残されたのはこの世の終わりを迎えそうな程絶望した表情を浮かべているアシュルと、冷静に考えようとしてるんだけど全く正常に思考を働かせることの出来ず、ただただ顔が熱くなっているのを確かめている私の姿だけだった。


 その後慌ててアシュルに対し色々とフォローしなければいけなくなってしまった挙げ句、互いの頬にキスをするまで一切許してくれなかった。

 まさか再び顔を熱くするような出来事を……今度は自ら引き起こさなければならないとは思っても見なかった。


 というか、こういうことに耐性ないんだからちょっとは私の事を気遣ってくれ!

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