127・魔人族の攻防

 私はマヒュム王の提案を受け入れ、そのまま決闘に望んでいく。

 審判役……というかもはや勝敗を判定する役を務めるのはセツキだ。


 他の魔王達より丈夫だし、いざとなったとき自分の身を守れるからだろう。

 流石に連戦になる、ということで一時休憩を挟んでから執り行われることになった。


「ティファさま、よろしかったんですか? あんな条件、割に合わないと思うのですけども」


 セツキの時や小物の時は結構突っかかってきたようなアシュルだけど、今回はやけに大人しい。

 それは恐らくだけど、相手がマヒュム王だからだろう。

 これがラスキュス女王とかだったら猛反発していたかもね。


 マヒュム王は別に私が欲しいわけではない。

 あくまで私が収めている国をまるごと手に入れるか、上位魔王の座を渡し、自身は私と同盟を結び利益を得るかのどっちかが望ましいのだろう。


「ええ……元々上位魔王と戦うにはこっちがより多くのものを差し出さないといけないわけだし、むしろ変に凝った条件を出されないで良かったわ」

(母様、負けないでね)

「私が負けるはずないでしょう」


 フレイアールも心配性だ。

 確かにマヒュム王はそれなりに強い力を感じる。少なくともさっき戦った小物とは比べると上回ってはいるだろう。

 だけどセツキと比べたら? 彼は最強を自負しているだけあって、この『夜会』に出席した上位魔王達のなかでも相当強い。

 多分だけど、レイクラド王と種族不明の魔王がセツキと同等といった感じだ。


 マヒュム王は上位魔王でも中間より下といった具合だし、気を引き締めてかからないといけないのは変わらないにしても、勝てないと言い切れるほどの相手ではない。


 今はただ、ゆっくり気を休めながら戦いの時を待つだけだ。

 この戦いが終わった時、負けても勝っても悔いを残さないよう、全力で挑めるように。






 ――






 軽く食事をして、心を落ち着かせ……万全な状態で私は再び決闘場の中央に立っていた。

 相対するような形で先程まで審判役をしていたマヒュム王が立っている。


 彼の持っているのはどうやら刺突剣のような形状の剣のように見えた。

 だけどレイピアと呼ぶには細い。一応両刃で突く以外の攻撃ができるようにも見えるけど、これでは斬り裂くというのも難しそうなほどだ。

 どうみても突く以外の動作ができるようにも思えないけれど、見た目だけで判断するのは危険だと直感が訴えかけてくる。

 あれは恐らく、何らかの力を有した魔剣なのだろう。


 それに加え、白い軽鎧を身に纏っていて、どこか神々しいといえばいいのだろうか? そんな輝きを放つ鎧で、なんというか……魔王という言葉とはかけ離れた存在にしか見えない。


「ふむ、私の剣を見ただけでそこまで警戒心を強めるとは……」

「そんな見るからに怪しい武器、注意しないという方がおかしいでしょう」

「それは確かに。……それで、貴女はそのまま戦うつもりですか?」


 審判役をしていた時のように冷静な表情じゃない。明らかに戦意を漲らせ、戦いをする男の目になっている。

 それでいって表情は先程までとそんなに変化がない。内側に闘志を熱く燃やしている証拠といったところか。


 そして彼がそのまま戦うのか? と聞いているのは、私が相変わらず何の武器も持っていない姿で居るからだろう。

 私の武器は自分自身なわけだし、そもそもあの小物に見せる必要もなかった。その反応は当然だろう。


 ……どうせ白の『フィリンベーニス』は使うつもりもないし、今ここで見せても良いんだけど、簡単に手の内を晒すつもりもない。

 今はまだ様子見という選択を取ることにしよう。


「なにか問題でも?」

「ふっ……ふふふ……素晴らしい度胸ですが、後悔しても知りませんよ?」

「出来るものならね」


 私の挑発に乗って頭に血を昇らせてくれればよかったのだけれど、どうやらそう都合よく事は運ばないようだ。

 これがさっきの小物だったら途端に顔を真っ赤にさせて向かってきただろうに。


 セツキが決闘の勝利条件など……いつものように確認して、軽く一歩下がる。


「いくぞ、決闘開始!」


 セツキの掛け声と同時に突進してきたマヒュム王の速度は流石に小物のそれとは比べ物にならない。

 開『始』の時点で私の間合いに飛び込んできて、突きの姿勢に入っている。


「――ふっ!」


 私の頭を狙った一撃がまるで一本の線が走るかのような鋭さで放たれる。

 正直この速さはセツキを軽く上回るほどだろう。私の方もあまりの速さに一瞬驚いた程だ。

 だけどまあ、頭を狙ってきたのは悪手だ。ここは避けづらい部分を狙っていくのが定石。

 半歩体と頭をずらして避け、そのまま腕に絡みついて背負い投げるように地面に叩きつけてやる。


「なっ……! くっ……!」


 そのまま腕を持ったまま振り回し、壁の方に放り投げてやり、そのまま飛んでいるマヒュム王の後を追跡する。

 案の定体勢を整えてこちらの方を伺うように視線を向けてくる。結構不安定な形でぶん投げたのだからそれぐらいはしてもらわないと困る。


 まさか私が迫ってきてるとは思いもよらなかったのだろう。驚愕の表情を浮かべているようだ。


「速い……っ!」

「貴方が遅いのよっ!」


 そのままマヒュム王の顔面に飛び膝蹴りをぶちかましてやろうとしたけど、流石にそこまで甘くはないようで、片腕でなんとか防がれてしまう。

 感触からかなり重たい一撃を与えてやることに成功し、そのままバックステップで一度距離を取る。


 苦痛に顔を歪めている様子のマヒュム王だけど、隙を見せてはいけないと判断したのだろう。

 それでも視線を外さずに私が取った以上の距離を取って光魔法で回復を図っているようだった。

 まあ、ただ回復するのを許してやる私ではないんだけど。


「『フィロビエント』!」

「……! 『クイック』!」


 私がイメージした通りに無数の風の刃がマヒュム王に向けて襲いかかっていく。

 私の魔導を避けるために加速の魔法で対抗してきた。

 全てを避けきることは出来ず、行動に支障がない範囲で傷を負うことによって私に一気に詰め寄ってくる。

 この体勢は……また突きの構えをしてるようだ。流石に二度も同じ攻撃を繰り出すとは思えない。


「『ミラージュエフェクト』!」


 用心深く構えていると、彼の細剣が四つに分裂してこちらに迫ってくるのが見える。かなり激しくぶれている所から考えると、本物は一つか……それともその全てが偽物で、本物はそのまま見えない状態でまっすぐ向かってきているのかも知れない。

 そんなことを考えながら冷静に何をするか探っていると、四つにぶれた軌道がそのまま私の胸の中心・左肩・右腕・腹部の四箇所に向かって放たれてきた。

 まさかここまで分かれるとは思わなかったけど、ここは一気に後ろに下がって魔導を放つ。


 ――イメージは降り注ぐ流星のような炎。触れるものを焼き尽くす破滅を帯びた熱。


「『フレスシューティ』!」


 瞬間、この決闘場の空中にこぶし大の炎の球体がいくつも出現し、マヒュム王に向けて一斉に降り注いでいく。

 それはさながら、大地を燃やす流星群。それがどんどんと量が増えていき、辺りを燃やし尽くす。


 ギリギリ私にマヒュム王の細剣が当たる少し前に発動したため、急遽動きを止めた彼は、『フレスシューティ』で放たれた炎の流星の一つを薙ぎ払って距離を取ることにしたようだ。

 だけど、たかだか一つを防いだ程度で大丈夫だと思ってるなら大間違いだと言ってやりたい。

 私が魔力を注ぎ続ける限り、この魔導は発動し続けるのだから。


「……厄介な魔法ですね。『サンダーストーム』!」


 マヒュム王が使ったのは雷を纏った嵐を呼ぶ魔法。

 どうやら『サンダーストーム』で私の『フレスシューティ』を相殺しようとしてるようだけど、それだけじゃあ防ぐことはできない。

 確かにしばらくの間『フレスシューティ』に耐えたようだったけど、それも霧散してしまい、再びマヒュム王は炎の流星にその身を晒してしまう。


「くっ……」


 一瞬うめき声のような声が聞こえてくるけど、爆発音と共に次々と地面に炎が広がっていったせいでそれも掻き消えてしまった。


 私が『フレスシューティ』を打ち終えた後には、周囲に煙と炎が大地を染めているのが見えて、若干やり過ぎてしまったんじゃないかと冷や汗が流れてしまった。

 とりあえずマヒュム王が無事かどうかだけ確認したほうが良いのかも知れない……。


 そんな風に考えて煙を斬り裂いて私に突進してくる様が見えた。


「なっ……」


 まさか『フレスシューティ』を耐えてこちらに向かってくるとは思っても見なかったせいで、完全に虚を突かれてしまう形となってしまった。

 かなりボロボロで鎧や体のあちこちが焦げているようで、それなりに傷を負っているはずなのに、そんな事はまるで気にしていないかのような軽やかな動きで私に迫ってきている。


「これで……どうですか! 『ミラージュエフェクト』!」


 再び四つにぶれた細剣が、さっきと同じ位置を狙って私に向かって迫ってくる。

 さっきのように後ろに飛び退ることも一瞬考えたけど、この行動は恐らく読まれていると考えたほうがいい。

 それなら……


「『クイック』!」

「『人造命鎧「ヴァイシュニル」』!」


 やはり私が後ろに飛ぶことを想定していたわけか、速さを強化する魔法によって一気に詰め寄ってくる。

 その間に私は『ヴァイシュニル』を展開し、鎧が黒い輪郭を帯びて、白い光を放ちながら純白の鎧を現出させる。

 ギリギリ細剣が当たる瞬間に装着完了した『ヴァイシュニル』がマヒュム王の攻撃を全て弾き返してくれた。


「ば、馬鹿な……!」


 どうやらあの四つの軌道……その全てが本物であったようで、あのままだったなら間違いなく二箇所は串刺しにされていたというわけか。

『ヴァイシュニル』の鎧の強度に救われた形になったけど、この際それはしょうがない。


『フレスシューティ』で煙が立ち込めていた時点でもっと注意すべきだった。ここらへんは私の油断のしすぎってところだろう。

 きちんと倒れてる姿を確認していなかった私の失態が、この危機を導いたわけだ。


『ヴァイシュニル』が顕現したおかげで私の方も守る為の行動が少なくて済むようになったし、これからはより気を引き締めてマヒュム王との戦いに望む。

 セツキよりも下だとか上だとか関係ない。本当の戦いというものを見せてやる。

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