121・魔人王との遭遇
『夜会』の会場はこのクレドラルの中でも一際大きい建物で、見るからにそれっぽいとか貧困な表現で言い表すのがぴったりの場所だ。
どこかの貴族の館のような感じで、それなりに派手ではあるが、決して自己主張し過ぎない装飾品達が私達を出迎えてくれた。
「……完全に、負けてるわね」
ほとんど言葉にならないほどの小さな声でぼそっと呟くが、心底そう思っての一言だ。
私の館は芸術品なんてものは数点を残してほとんど存在しない。
エルガルムとの戦争も終わり、セツキのような南西地域外の魔王達とも会う事になって以降も私が初めて目を覚ました館の姿のままだ。
一応それには理由がある。そこに予算を割くことが出来ずにいたのだ。
私自身なんとかしなければとも思っていたんだけど、そこに気を回すほどの余裕は無いというか、難しかったとするべきか……。
結局何もしないままずるずるとここまで来たというわけだ。
セツキの時なんかは文化が大分違っていてまだなんとも思わなかったけども、今回はそうも言ってられない。
圧倒的敗北感。これが上位魔王というわけか……。
「何をそんなに感心しながら見渡してたんだ?」
「別になんでもないわ」
初めてこんな敗北感を覚えたことなんて口に出したくなかった私は、多分ぶすっとした表情を浮かべていたんだと思う。
アシュルとフレイアールが心配そうな顔をしていたからね。
二人にも本当に心配ないからと伝えて、さっさと歩きだすことにした。これ以上ツッコまれるのも嫌だからね。
――
その後、私達は一度調理室の方に立ち寄ることになり、この日のために用意してきた『夜会』用の料理の数々をここで預けることになった。流石にそのまま持っていってアイテム袋から……というのも芸がないというか、品がない。
というわけで、一度ここのコックたちに準備してきた料理を預け、彼らに給仕してもらうというわけだ。
そして料理を預けて奥の大広間に到着した私達が見たのは想像以上の光景だった。
私のところよりずっと広い……というより明らかにこういう集まりの為に作られた感じの広間だ。
(すごい……広いね!)
「そうですねー……お城でもないのにこんなに広いなんて、びっくりしました」
アシュルとフレイアールが感激して喜んでいるけど、それもわかるというものだ。
少なくとも私達が前に行った南西地域の魔王達が使った会議室なんか比べ物にならないほど。
多分、私が今まで入った部屋の中で一番広いんじゃないだろうか?
「はっはは、やっぱりティファリスも初めて見たか。ここに初めて来た魔王は皆そんな顔するからな」
「そんなことないわよ」
そんな誰もが抱く感想を私が思うはずないだろう! と抗議はしたけど、まるでそよ風のように聞き流されてしまった。
この男は……本当のことでもあえて言わないという選択も有るだろうに。
「それでは、皆様が集まるまで、もう少々お待ち下さい」
「なんだ……まだ来てないやつがいたのか。後誰が来ていない?」
「はい、ラスキュス女王とフワローク女王、リアニット王がまだ見えられておりません」
セツキが後誰が来る事になってるのか聞いているようだけど、セツオウカの図書館で書いていたのはそれぞれスライム族・ドワーフ族・妖精族の順で上位魔王に就いている魔王たちだったか。
名前だけは知ってるけど、どういった姿をしてるのかまでは知らない。
だからどんなのが来るのかわからない私には伝わらないけど、セツキは微妙に気まずそうな顔をしていた。
「ラスキュスか……出来れば会場入りしててくれればよかったんだが」
「何かまずい事でも?」
セツキが人の事でそんな風に嫌な顔をするのは初めて見たような気がして、思わずそう尋ねてみることにした。
「あ、あー……あの女はどうも苦手でな。俺様は好かん。悪い奴ではないから安心していいぞ」
はっきりというセツキがそこまで嫌な顔をするとはよっぽどのことだろう。
どんな魔王なのか会ってみたくなってきた。
とりあえず今はここにいる魔王達の事を知る方が先か。
私達が来たことに気づいた魔王の一人が挨拶しに来た。
優雅にグラスを掲げてるその仕草がどことなく上品な態度で、貫禄があるというか様になっている。
ふと彼は顔になにか掛かってるのが気になった。一体何を掛けてるんだろうか? 少なくとも私のところでは取り扱ってないし、転生前もあんなものは見たことがない。
全体的にスラッとしていて、紺色を基調とした地味めな服装だけど妙にしっくりくる。
「お久しぶりですね、セツキ王」
「ん? おお! マヒュム! 久しぶりだな」
マヒュムと呼ばれた魔王はセツキに対して相当礼儀正しい姿を取っていて、まるで格上の者に相対しているかのような雰囲気だ。
ちらっと私の方を紹介して欲しそうに見ているのに気づいたのか、いきなり私の背を片手で前面に押し出してきた。
もうちょっとやり方っていうものがあるだろうに!
「ティファリス、あいつが魔人族の上位魔王のマヒュムだ。そしてこいつがティファリスだ」
「はじめましてマヒュム王。よろしくおねがいします」
「こちらこそ。噂は聞いておりますよ、ティファリス女王」
私がここぞとばかりに礼儀よく挨拶を決めると、感心するかのようにうんうん頷いた後、目を細めながら私のことを観察するようだった。
私の方もお返しとばかりに色々観察しても良かったのだが……彼からはセツキほどの威圧というか、力が全く感じられない。
戦うにしても問題ない程度だと思うと、やはり気になるのは彼の顔に掛けられてる物体だ。
両目の位置に丸く透明なガラスみたいなものが装着されていて、視力でも補助してるのか? と思案していると……フレイアールから微妙な声が聞こえてきた。
(母様母様ー、姉様がすごく怒ってるー。母様がその魔王様に見惚れてるって)
はあ? 何言ってんだ? とか思ってアシュルの方を振り向くと、それはもう恨みがましい目で私とマヒュム王の中間を凝視していた。
私の方に向くのもどうかと思うし、マヒュム王に向けるのも失礼と判断した結果だろう。
なんとも言えない中途半端なところに視線を向けていて、それが尚更なんとも言えない変な雰囲気を作り出している。
私とアシュルのやり取りに気づいたマヒュム王が苦笑してこっちを見てるのには申し訳ない気持ちになってしまった。
「私のこれが気になったのですよね? これはグラスィズと呼ばれる物でして……私の国では眼鏡、とよばれているものですよ」
「眼鏡?」
「ええ、恐らくティファリス女王も同じことを思ったでしょうが、これは視力を補助してくれる代物でして……魔法による強化のおかげずいぶん遠くまで見ることが出来るようになってるんですよ」
なるほど、やっぱり視力に関する道具だったか。
やはりセントラルは……というか上位魔王がいる国は独自の文化や技術をもってるな。
そういうのはドワーフ族の分野だとも思うんだけど。
「へえ、すごい技術ね」
「ありがとうございます。……とは言っても、私達は製法をフワローク女王にお伝えしただけでして……。
ここまで透明度の高い物を作り出したのはやはりドワーフ族のおかげなんですよ。私達ではこの均等に揃えられた綺麗な丸の形で不純物の混じっていない物を作るには、それ相応の労力が必要ですから」
ここで全部自分の功績だと言っておいてもわからないだろうに、随分と真面目な男のようだ。
ついでにアシュルの方は私の興味がマヒュム王じゃなくて眼鏡の方にあったことに安堵していたようで、「良かったです……。ま、まあ当然ですよね!」とか納得していた。
全く……ちょっとは成長したと思ったんだけど、もう少し場をわきまえておいて欲しいものだ。
確かに同じ魔人族でも、知的に見えて優雅な物腰。正直性欲の権化だったディアレイとは大違いだしね。
だけど好みじゃないんだよなぁ……。具体的に誰が好きとかはあげられないんだけど、少なくともマヒュム王とは友人止まりがせいぜいだろう。
そう考えたらなんだかんだ言って結婚を前提に決闘をしあったセツキは、多少なりとも私の好みに一致してるってわけか……?
自分のことながら、よくわからない。
そんな風に思考の渦に囚われていたが、ふと聞こえたマヒュム王の言葉に私は正気を取り戻すことが出来た。
「なんだか申し訳ないことをしましたね」
「え? い、いいえ。失礼な事をしたのはむしろこちらの方ですから……」
「あはは、そんな風にかしこまらなくて大丈夫ですよ。それにしてもスライムと随分良好な関係を築けているようで、羨ましいです。私の方はあちらに……」
そう言ったマヒュム王と共に視線をテーブルの方に向けると、そこには背格好はマヒュム王と同じようだけど、全体的に水色というか……青透明のスライムボティそのままで人形を象ったようなのが先に出されている料理に舌鼓を打っていた。
随分と幸せそうな顔をしてるけど、魔王を放っておいて一人で楽しそうに食事してるのってどうなんだろうか?
「かなり人に近い姿のスライムね」
「ええ、イーシュと言います。今は少々……食べるのに夢中になってるのでこちらには来ないと思いますが、一応頼りにはなりますよ」
一応と付けてる辺り、本当に頼りにしてるのかはわからないが、少なくともマヒュム王に何かがあったら駆けつけてはくれるのだろうと思う。
ただの顔見せとしてじゃなく、護衛として連れて来てるんだからね。
「あれで本当に大丈夫なの……?」
「あはは、大丈夫ですよ。やる時はちゃんとやってくれますし、ティファリス女王ほどの関係は構築しておりませんが、私達もそれなりの関係を構築しておりますから」
やんわりと笑うマヒュム王からイーシュと呼ばれたスライムへの信用が伝わってきた。
それから私達は一言二言と話し、他の魔王達とも挨拶をするということでマヒュム王はイーシュの元に行ってしまった。
「どうだ? 面白い男だっただろう?」
「そうね。悪い感じはしなかったし、ディアレイよりは遥かにマシね」
「あれと比べるのは流石に可哀想だと思うぞ……」
こいつは何をいってるんだ……みたいな顔をしているが、しかたないだろう。
私は魔人族の魔王なんてあれぐらいしか知らなかったんだから。
マヒュム王の考えや眼鏡などのまだ私の知らない文化について触れることが出来ただけでもここに来た甲斐があったというものだ。
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