第5章・十王狂宴

120・強き魔王達は集う

「久しぶりだな。ティファリス女王」

「ルスピラの時以来ね。元気にしてた?」

「はっはっは! そんな短い期間でくたばってたまるかよ!」


 笑いながら私の肩を叩こうとするセツキの手をさっと避けてさっさと外に出る。

 叩こうとした手が空を切ってしまい、その拍子に若干よろけてしまった。


「おっと、おいおい、逃げるなよ」

「貴方の平手なんて受けたら私の肩が砕けてしまうじゃない」

「はっははは! 冗談が上手いな。そんなにやわじゃないだろうに」


 馬鹿な話をしながらセツキと共にワイバーンがいるところに行くと……やはりというかなんというか、フレイアールが恨めしそうな目で私が来るのを待っていた。


(母様……)

「フレイアール……」


 って、なんで私は飛竜と目と目を合わせ続けてるんだ!

 全く、この子も懲りないものだ。


 私がやれやれといった様子でどうしようかと悩んでいると、何事かと言うかのようにセツキが問いかけてくる。


「どうしたんだ? あの飛竜……フレイアールっていったか。ワイバーンの前に立ちふさがってじっと俺達を見てるけどよ」

「え、ええ……実はね」


 そこから私はセツキに全て話した。

 フレイアールが私の側を離れたがらないこと。

 夜会に付いて行きたがって聞かない上に、私に叱られてふてくされていたことを全てだ。


 全く……まだ産まれたばかりで母親離れ(?)をするのも無理な話なのはわかるんだけど、ここまでふてくされなくてもいいのに……。

 本当は連れて行ってあげたいんだけど、この子を連れて行くことに不安があるのもまた事実だ。


「連れて行ってやればいいんじゃねぇか? 契約スライムは必須だが、別にそれ以外の奴を連れて行ってはいけないというルールはないからな」


 そうは言うが、この子にもしもの事があったらどうしてくれる。

 ……かと言ってこのままじゃ埒が明かない。


「仕方ないわね。あまり面倒毎に巻き込まれないようにすること。アシュルから離れないこと。最後の一つが必ず守れると言うなら連れて行ってあげる」

(守る! 守る守る! 母様大好き!!)


 私の妥協案を引き出すことに成功したフレイアールは狂喜乱舞といった様子で空中を踊り回っていた。

 本当に仕方のない子だ。私はあまり構えないだろうから、アシュルに任せるしかないだろう。


「アシュル、よろしくね」

「かしこまりました!」


 元気よく返事をして、フレイアールの所に駆け寄って一緒にハイタッチしてる様はなんというか微笑ましい。フレイアールが人型だったら仲の良い兄弟のように移っただろう。

 それを私の後ろでにやにやと見ているセツキの姿がなければ余計にそう思うんだけどね。


「さて、それじゃあ『夜会』に行くとしようか」


 私の不機嫌な気配を察してたのか、視線を逸らすようにさっさと自分だけワイバーンの所に行ってしまった。

 思わずため息が出そうになるが、まあいいだろう。


「それで、どこまで行くのよ?」


 セツキがここに迎えに来てくれるのは知っていたが、いかんせん他の情報が一切ない。

 どこに行くのか、何をするのかも不明のままでは不安も覚えるというものだ。


「ふっふっふ……」


 悪巧みをしているかのような嫌な顔で私を見てきているけど、そういう顔は本当にやめて欲しい。

 これがアシュルやカヅキとかだったら可愛いんだけど、この男にされると微妙なんだよなぁ。

 全く可愛くない。


「『夜会』の会場はその年によってまちまちだが……今回は最高の候補地の一つになったぜ」


 にやにやと嬉しそうに語ってくれているけど、それほど良いところにでもなったのだろうか?

 なんというか、今から魔王たちとの化かし合いに行くような姿勢には見えない。


「なんと竜人族の国ドラフェルトの都市の一つのクレドラルで行われるそうだ」

「クレドラル、ねぇ……」


 ここに来て竜人族の国に招待されるか。そういえばまだ一度も竜人族には会ったことがなかったし、国を訪れたこともなかった。

 そう考えると、セツキが嬉しそうにしてるのとは違う意味で楽しみなってくるというものだ。


「あそこは山の上……それこそ全く人の来ることの出来ない所に都市を作ってるからな。ワイバーンでもなければ行けないところなんだが……酒がまた独特の味わいがあって美味い」


 ああ、なるほど。

 酒好きの鬼族らしい発言だ。喧嘩・お祭り・酒の三つをこよなく愛する種族だからね。

 なんでも美味い美味いって言って飲んでるセツキがいうと微妙に説得力に欠けるが、彼は本当に美味い酒を飲んでるときと普通に適当な物を飲んでる時の表情が違うから、一概には言えない。


「それはまた楽しみだけど……このリーティアスから出て、大体どれくらいまでかかるの?」

「そうだな……休ませながら行くなら五日ぐらいを見てた方が良いかもな。さっさと行きたいなら三日ぐらいで行けるぞ」


 相変わらずなんて速さの生き物なんだろうかね。障害物の多い地上ではとても出せない速度だ。

 これがラントルオだったらどれだけかかるかわかったものではない。


「ま、宴まではまだ時間がある。そう急いでも仕方ない旅でもあるわけだし、のんびり行くとしようぜ。

 道案内は俺様に任せてくれ」

「わかった」


 急に『夜会』のことを伏せ始めたから何事かと思ったら、私達が話してる間にリカルデとカヅキが見送りに来てくれていたようだ。

 カヅキが来たのを見て、ワイバーンに乗っているカザキリがどことなく気まずそうな雰囲気をだしているようで、居心地悪そうにしているように見えた。


「それじゃあ二人共。私が帰るまで国の事をよろしくね。いざとなれば他の国に助力を求めて構わないから」

「かしこまりました。お嬢様もくれぐれもお気をつけて」

「任せてください。拙者も出来うる限りのことはさせていただきます。どうかご武運を」


 ワイバーンに乗り込む私とアシュル。ちなみにフレイアールは私の方にしっかりとしがみついているというなんとも言えない奇妙な体勢だ。

 流石に産まれたばかりの飛竜に成竜のワイバーンのスピードに付いて来いというのも無理だから仕方ないというのもわかるんだが……かなり強く抱きついてきてるから若干痛い。


「よし、それじゃあ行くぞ!」


 セツキの掛け声と共にワイバーンを操り、空に躍り出る私達。

 旅の日程は五日……往復十日程と考えたら、フェアシュリーの時よりも短い間の旅なんだなぁ……と妙にしみじみとした気持ちになっていく私なのであった。






 ――






 ――竜人族の国ドラフェルト クレドラル――


 この国はセントラルの中央――まさにど真ん中に位置する竜人達の王国だ。

 その中でもクレドラルは高い山の上に作られていて、空気の薄い都市になっている。

 通行は空を飛べるもののみが行けるだけあって相当不便。


 ワイバーンに乗れたり……こちら側からするとありえない事だが、自身で空を飛べるものだけが行けるところだと言えるだろう。

 それ故にクレラドルは天然の要塞。難攻不落の都市と呼ばれているらしい。


 交流もほとんどないからこの都市の消費量をある程度上回るくらい……具体的にはドラフェルトの兵士たちが逃げ込んで体勢を立て直すほどの作物・家畜しか育てられていないため、大人数で来られても十分に食料が行き届かないという欠点を抱えている。――が、そういう心配は元々必要もないのだろう。


 久しぶりに乗ったワイバーンはやはり素晴らしい乗り心地というか……速さに感動を覚えた。

 こんな遠く離れたところに行くことも出来るし、こんな子たちを抱えているセツオウカは本当に羨ましい限りだ。


「ここがクレドラル……」


 空が――というか雲が他の都市よりも近く、まるで空中に浮かんでるんじゃないかと錯覚させてくれるような、そんな場所。


 ちょうどその都市の中央。大きな円が広がっている場所にワイバーンは降り立った。

 周囲を見ると、若干離れた場所に多種多様なワイバーンが休んでいる場所があった。


「ティファリス、あそこにワイバーンを移動させるぞ」


 セツキの指示の下、私達はその他のワイバーン達と同じようにそこまで移動して休ませることにした。


「おふた方、お待ちしておりました」


 ワイバーンに降りたと同時に私達の方にやってきたのは魔人族に立派な角と尻尾の生えた感じの男だ。

 角は鬼族と違って前方に突き出すようなタイプではなく、側頭部の左右から後ろに向けて突き出てるよう。目の方は猫人族に似ているような気がする。


「はじめましてティファリス女王様。私は魔王の皆さまを『夜会』に案内するよう仰せつかっているものでございます。名乗るほどの者でもございませんのでご容赦ください」


 頭を下げるその仕草は丁寧であり、嫌味を感じない程度の良さを感じた。

 なんというか、竜って他の生物と一線を画してる存在だからか、ちょっと傲慢というか……上から目線の態度を取ってくるとばかり思っていたから意外に感じる。

 まさかここまで丁寧な応対をしてくれるなんて思っても見なかった。


「どうした?」

「いいえ、あまりにも予想とは違ってたから……」


 私が少々言葉を濁していると、私と竜人族の男性を交互に見て理由を理解した様子のセツキがなるほど、と納得している様子で頷いていた。


「ティファリス、竜人族だからって見下しているんじゃないかと想像してたんじゃないか?」

「え、ええ……実際は違ったけど、その通りよ」

「ワイバーンや飛竜も含めて竜とついた生物は種族的に強いからな。そう思うのもわかるが……竜人族の奴らはそういうこと一切ないから安心しろ」


 それはわかったから「しょうがないなぁ……」というような視線をこっちに向けるのはやめて欲しい。


「拙者も初めてきたときには似たような感想を抱いたでござるなぁ……」


 妙に感慨深げに呟いているようだったけど、つまり私はカザキリと同類だというわけか。

 ……こんな微妙な気持ちになったのはいつぶりだろう。


「ティファさま、すごく複雑そうなお顔されてますね……」

「ちょっとね」


 だって、いきなり告白してくる上、妙な口調ばかり使ってるカザキリと同類ってのはねぇ……。

 もうちょっとマシなのと同類の方が良い。


「それでは皆さま、『夜会』の会場へと案内させていただきます。私の後ろをしっかりとついてきてください」


 竜人族の男の方は私達のやり取りがまるでなかったかのようにゆっくりとついてきてるのを確かめるような足取りで目的地を目指し始めた。

 今までの流れをぶった切るかのような動き……この男、出来るな。


「おい、さっさと行くぞ。見失って会場につけなくなっても知らんぞ」


 私の様子に少々呆れたような顔を見せながら、さっさと歩いていくセツキ達の後ろを慌ててついていく私達。

 こうして、私は初めての『夜会』へと足を踏み入れるのであった――。

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