119・連合国の内部事情
月日は流れ……って言ってもそんなに経ったわけでもなく、気づけば4の月クォドラになっていた。
フェアシュリーで南西地域がまるごと私の支配下になってからすでに三ヶ月ぐらい経ってたってわけだ。
最初はもっと大変になるかもしれないとか思ってたんだけど、そんな心配はあまりする必要がなかった。
国務の方はほとんど変わりなく、リーティアスの中のことだけに集中するだけで大丈夫だったのは、他の魔王たちが協力してくれるおかげだろう。
増えたことと言えば他の国の執政状況の報告を受け、国民達の生活状況・物の流通などなど……国を運営するに当たって必要な情報を全て報告されることぐらいだろうか。
あらゆることが包み隠さず私に届けられるため、ここに来て他の国の状況が色々知ることが出来て非常に参考になる。
一番近いアールガルムは相変わらずレッカーカウの育成に力を入れているらしく、最近では村や町ごとに微妙に味や食感が違う物を開発中なんだとか。
逆に農業の方にはあまり力が入っていないという報告を受けている。自国で賄える分くらいはきちんと作っているようだったが、基本的に飼料作物を中心にしているようだ。
人狼族は肉が好きだし、主食と言っても過言ではないものだから、当然とも言えば当然だろう。
ケルトシルは酪農中心で相変わらずバターやチーズ、ミルクなどが中心に輸出しているようで、フェアシュリーがグルムガンドに頼っていた部分をケルトシルが支えているようだ。
それ以外には麦関連の交配が進んでいて、パンや麦を使ったものは私の国よりも質がいい。
フェアシュリーは果物を中心――というかそれしか作ってない。後はフーロエルなどの花々ばかりか。
妖精族は元々フーロエルの蜜以外口にすることがなかった種族だったからか、それら甘いもの以外の食べ物への興味が非常に薄いというか……ないと言っても過言じゃないほどだ。
他国の客用に仕入れていたり、獣人族のいる村で細々と作ってはいるようだけど……甘い食べ物中心に回っていると考えたらいい。
逆にその一点だけならケルトシルを上回っているのだから、甘いお菓子に関することへの情熱は並外れているといってもいいだろう。
クルルシェンドは他の国とは違って麦以外の穀物類の生産が中心的だ。
ソウユと呼ばれる黒くてしょっぱい液体の原材料も含めた様々なものを作っており、独特な食べ物も多い。私は食べることがなかったが、『モロコブレッド』と呼ばれる薄い黄色にほのかな甘味を感じるパンもある。
家畜に至ってはあまりぱっとしないというか……グルムガンドと同じくグランボアを飼育しようとしているという点だけか。
狐人族の舌は獣人族と似通ってる部分があるから取り組んでるようなんだけど、あまり上手くはいっていないようだ。
そしてグルムガンドは他の国よりも家畜・酪農に関してバランスが良く、バターや卵なども生産していた上、グランボアとシーシープといった特産品もあった……んだけど、それももはや見る影もなかった。
いや、あれは酷かった。食料になるものは大半が全滅しており、ぎりぎり残っていた食べ物で命を繋いでいたようだ。
ご丁寧に漁に出るための船すら壊されていて、エルガルムの時の状況を本当に思い出されるほどだった。
あの時はフィシュロンドの金銭に関するものが全て奪い去られていたんだっけか。
よくもここまでやってくれたとは思うけど、毎回毎回どうやってここまでの大掛かりなことをやってるんだろうかと思わず深く考えてしまうほどだ。
嫌がらせにしても限度があるだろうと思う。最初からグルムガンドを見捨てるつもりでなければ農作物や家畜の大半を吹き飛ばしたり持っていったりなんて真似は出来ないはずだ。
あんまりの徹底ぶりに言葉も出なかったが、残されたのは飢えに苦しむ国民のみ。
属国として認めた以上、他の国にも支援を要請して助けてもらうことにしたのだ。どのみちこのままにしておくわけにはいかないし、エルガルムと違って食料事情以外の全ては機能している。
シーシープも牧場以外のものは手を付けられてはいなかった。それでも家畜として扱うにはどれだけの年月がかかるかわからないけど……ここさえ乗り切ることに成功すれば、エルガルムを復興させるより早く生活の基盤が元通りになるだろうといった感じだ。
肝心の獣人族達は私がこの国を治めることを告げると絶望的な表情を浮かべていたが、これまでどおりの生活、食糧事情の改善、引き続きビアティグをこの領土を治める事を説明すると多少安堵したような表情に変わっていた。
私に戦いを挑んできた兵士は国外追放されるか非国民として扱われるかのどちらかを選ばせることにした。
門前で無礼なことをした兵士たちや反魔人族を先導してきた者たちは流石に処刑させてもらったが、全員同じ道を辿らせてしまえばグルムガンドの国民感情が悪化するのは見えている。
だからこそ詳しく説明し、あくまで私を公然と侮辱した者、率先して戦いを煽ろうとしていた者たちだけに限って処刑する形をとったのだ。
地位の高いものにはそれ相応の責任を取らせはしたが、その下についていた兵士たちの処分も決して軽くはない。
この国……南西地域を追い出されれば自然とセントラルを経由して別の地域に行くしか道が残っていない。
必然的に友好的でない種族なんかとも遭遇する危険性も上がるし、その後の人生には暗雲が立ち込めるだろう。
逆に非国民として滞在するなら、通常の国民よりも高い税を納めることになり、問題を起こして非国民側に非がある場合、通常よりも重い罰を課すことになる。
それ以外はさほど違いはないが、非国民ということは少なくとも国の為に生きる者として認められないほどの何かをしたということになる。
当然、肩身の狭い思いをしなければならないだろう。差別される要因になる可能性だってある。
どちらを選んでも苦しく、辛い道のりが待っているだろう。
ま、強いて言うなら非国民でもまだ元の国民として選ばれる可能性は残っている。当然道のりは厳しく、細い道を通ることになるけどね。
死ぬか惨めに生きるかの二択を迫っているのかと言わんばかりの抗議の視線を浴びせてきたものも中にはいたが、そんな事は知らない。
私に対し、どれだけのことをやってきたと思ってるんだ。言葉や行動には責任がつきまとう。
「反魔人族派に入り、私に剣を向け、今まで一体何をしたのかわかってるのか?」その一言と鋭い視線を来れてやるだけで全員だんまりとしてしまった。
ここに残るならそれなりの覚悟をしろと威圧をかけてやると、結局そのままなんにも言えずに黙って受け入れることにしたようだ。
この南西地域から出ていく者もいたが、大半がそのまま居ることにしたようで、兵士として残ったものは全員ディトリアに呼び、カヅキとリカルデの元でみっちり訓練してもらうことにした。
これで反魔人の思想が治らず、鳴りを潜めるだけで終わってしまうのだったらすぐさまなんらかの処分を降せばいい。
下手に遠ざけるより近場で管理した方が良いってことだ。
ビアティグにもそれは認めさせた。
これから彼らには息苦しい未来が待っているだろうが、家族のことも考えれば自然とここを離れるわけにはいかなかったのだろう。いなくなったのは全員独り身の兵士達だけだった。
反魔人族の異分子は城に集中していたのが幸いして、国民のにそういうのがいなかったのが救いだろう。
恐らくそういった人種は大体レウンが囲って私兵のように扱っていたんだと思う。
私の国に戦争を仕掛ける用意をしていたような跡もあったし、レウンの屋敷はまさしく成金のそれのような有様で、色々とたんまりと溜め込んでいるようだった。
食料の供給を完全に断ったから金目のものはあってもしょうがないと考えたのだろうかわからないが、ここだけはエルガルムのときと違ってそっくりそのまま残っていたのだけは良かったと言えるだろう。
最後に私の国であるリーティアスだが、アースバードの飼育とシードーラなどの漁業の二つを柱にしているのが上手くいっている。
前はケルトシルやアールガルムなんかに食料の支援をしてもらってなんとか凌いでいたが、今は全く問題ない。
エルガルムの土地は相変わらず手付かずだけれども、グルムガンドの治安が安定し、国民に十分な食料が行き届くようになった時に復興を進めていこうと思っている。
それまではフィシュロンドの街並みを取り戻すのはお預けだ。
オーク族との関係は非常に良好。軍の方でもかなり改善されたようで、私の話ややり取りが効いたのかも知れない。
最近では酒場でもわいわいと楽しんでる姿が確認できるようになったようで、ちらちらとそれを見かけるようになってきて、私は思わず頬を緩めてしまうほどだった。
これならいざという時になったら兵士たち一人一人が一丸となって私の国を守ってくれるだろう。
この空気……確執を越え、種族を越えて絆を結び、共に国を守る戦友なのだと認め合う空気。これをグルムガンドで古臭い歴史の闇を抱え込んだまま歪んだ教えを受けた反魔人族派の者達に少しでも届けば、私も苦労して骨を折った甲斐があったというものだ。
フラフやウルフェンもグルムガンドに行ったことがいい刺激になったのか、今まで以上に訓練に集中するようになっていった。
カヅキのしごきが結構洒落にならないほどになってきたようだけど、それでも耐えて頑張ってるようだった。
上位魔王の妨害・嫌がらせ……それにも負けずに南西地域の国々はこうして一つなることが出来た。
恐らくこれからはこれ以上に厳しい戦いが待っているだろう。
今まではあくまで嫌がらせ程度。セツキ王の保護……というか庇護の元で守られてきたようにも思える。
だからこそディアレイなどの上位魔王未満で野心家、略奪を好む者たちからの手が及ばずにいたのだ。
だけど恐らくこれからは違うだろう。
今回の『夜会』で私は上位魔王になる。いいや、なってみせる。
新たな上位魔王となってこの地域の全てを治め……セツキと真に肩を並べられるほどの地位についてこそ、私は本当に彼らの上に立ったと言えると思っている。
「ティファさま、セツキ王がやってきましたよ!」
「わかったわ。こっちも準備が終わったから、すぐに向かうと伝えておいて」
「はい!」
パタパタを小走りで駆けていくアシュルを見届け、ゆっくりと椅子から立ち上がり執務室を後にする。
私はこれからも魔王として日々を奔走することになるだろうが、今はなんの気負いもない。
誰かの悲しむ顔を見ないよう……みんなが笑顔でいられる未来の為を思えば、頑張れるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます