112・魔王様、竜を孵す
セツキに飛竜の卵を貰ったその日、私は多分――いや相当ワクワクしていたのだろう。
「ティファさまどうしたんですか? すごく嬉しそうですけど……」
「え? そう?」
飛竜の卵はだいぶ前に手に入れたものだから孵るのはそろそろだろうということだし、もし魔力を流し込んで卵が孵るのが早まるなら早く試してみたいものだ。
そう、私は自分で思っている以上に高揚していた。
ワイバーンはセツキに返却することになるし、これからはグルムガンドに行った時のようにさっと行ってさっと帰るなんてことは出来ない。
今までと同じ……いや、一度ワイバーンの速さを体感してるからこそ言える。
今まで以上にスケジュールをしっかり組まなければいけないだろう。特に移動時間の方は綿密に組んで置かなければいけない。
そういう事を考えるとまだ返していないはずなのに、途端に恋しくなってくるワイバーン。
そしてちょうどいいタイミングでセツキが渡してくれた飛竜の卵。
ワイバーンの代わりとか考えるのもとんでもないほどの代物をいただくとは思っても見なかった。
どんな子が生まれてくるのかも楽しみになりながらその日はいつも以上に気分良く仕事が出来たような気がした。
――
その日の夜――私は早速自分の部屋に戻り、飛竜の卵と向かい合っていた。
相変わらず大きな卵だ。当たり前の話だが、アースバードのものよりずっと大きい……とか思ってしまったが、流石にあれと比べたら可哀想だろう。あっちは鳥。こっちは竜なのだから。
「よし、早速やってみましょうか」
私は卵にそっと手を触れ、魔力を対象に流し込むイメージを持って、卵にゆっくり、ゆっくりと魔力を注いでいく。
卵の中に浸透させていくように、親鳥が自らの体温で温め育てていくように緩やかにだ。
私自身魔力量は相当ある。今までの戦いで尽きたどころか、半分すら減っていない。
『フラムブランシュ』程度なら何十回……いや、何百回撃っても尽きることはないだろう。
転生前ですら私は体力が尽きることがあっても、魔力が尽きることはあまりなかったし、聖黒族の魔王として覚醒している今、もはやそんな心配する必要は一切ないと言ってもいい。
そしてそのまま――しばらくそのまま魔力を注ぎ込んでいたけど、中々変化が見えずちょっと疲れを覚えた頃。
そろそろ一度休憩を入れようとしたその時、ドクン、と卵が鳴動したような気がした。
いや、確かに聞こえた。私が注意深くその様子を見ているとドクン、ドクンという鼓動が徐々に大きくなっていく。
私は揺れ動くその卵を手放さないように注意深く抱きかかえ、魔力を注ぎ続けた。
もうすぐ孵るのだとわかったら休憩している場合なんかじゃないと思ったからだ。
コツン、コツンと卵の内側から何かが殻を叩く音が聞こえたかと思うと、卵の頭――いや、頂点からくちばしが突き出て、やがて上半分殻が砕け散ってその小竜が姿を表した。
端的に言えば赤と黒の二色の小竜。
全体的な鱗の色は美しく鮮やかな深紅の色をしていて、肩や胸・お腹や尻尾の内側の方は妖しく煌めき、重厚感のある黒い鋼のような色をしている。目の色はその深紅と黒の両方のようだ。
(はじめまして、母様!)
そんなことを考えていたら、どこからか声が聞こえてきた。
まるで頭の中から訴えかけるような感じで、幼い子どものような声。
この部屋には私のこの子以外誰もいないはずだと思って左右を見回ったり、後ろを振り向いたりするんだけどやっぱり誰もいない。
もしかして、私の気のせいだろうかと結論づけようとした時、またその声は聞こえてきた。
(こっち、こっちだよ。目の前に居るよ)
「目の前……って」
改めて目の前に意識を向けるとそこにはじーっとこっちを見ている小竜が一匹。
まさか……この子が?
「貴方が私に話しかけてるの?」
(うん! 母様、はじめまして!)
「え、ええ……はじめまして」
これは驚いた。
確か、聞いた話では成長したら頭が良くなって言葉を覚えると聞いたんだけど……まさかこうして頭の中から話しかけられるとは思っても見なかった。
(どうしたの?)
「い、いいえ、まさか話しかけられるとは思っても見なかったから……」
(話しかけてるんじゃないよ、頭の中に直接語りかけてるんだよ?)
直接語りかけてると言っても……そういうところはちょっとよくわからないんだけど。
こうして実際に会って色々と話し合ってみると余計に疑問が湧いてくる。
「私は成長するまで意思疎通が出来ないというようなことを聞いたんだけど、それは本当じゃなかったの?」
(えっとね、ぼくたち飛竜はね、一番魔力を注いでくれた生き物と話すことが出来るようになるんだよ! もちろん、近くに居てくれる時だけだけどね)
「魔力を一番注いでくれた生き物と……」
(うん! 母様の魔力、今までで一番強くて濃くて……一番長い時間ぼくに注いでくれたから、こんなに早く生まれてこれたんだよ! 本当はもっともっと時間を掛けなきゃいけなかったんだ)
「そうなの? 聞いた話ではずっと前に見つけたって話を聞いたんだけど……」
(ぼくたち飛竜は一番最初に体を作って、その後はずっと魔力を蓄えて生まれるときを待つんだ。
長い時をそうやって過ごして、やがて生まれる準備が整ったらぼくたちは孵るの。
外から魔力を注ぎ込まれたらより早く孵れるようになるんだよ!)
なるほどね。
ということはやっぱり私が魔力を注ぎ込むことに間違いはなかったということか。確証がなかったとはいえ、良い判断をしたもんだ。
(一番魔力を注いでくれた人の波長を覚えて話せるように、ぼくたちは出来てるんだ。だから母様ともこうして会話――いや、念話出来るんだよ)
「初めて聞くことばかりね」
文献にも……というかセツキの話にも飛竜について詳しいこと知ることが出来なかった。
恐らく私が初めて実践して結果を出したんじゃないだろうか?
もっとも、『夜会』の時のように秘密だったりするんだったら話は別なんだけど。
しかしセツキが知っていたなら間違いなく私に教えてくれるだろうし……秘密にするなら竜人族の者たちか。
「というかよくそんな事知ってるわね。生まれたばかりっていうより、外に出たばかりなのに」
(ぼくたち自身のことは血……というか体ができた時からずっと夢を見ながら勉強するんだ。自分たちのこと、強くなった自分のこととか)
なるほど、体が出来るってことはちゃんと物事を考えられるようになるってことだ。
飛竜達は卵の中で夢を見て、自分達のことを知るのだろう。
(それより、ね。母様、ぼく名前が欲しいんだ。名前をちょうだい?)
そういうことはとりあえず置いておいて、まず名前が欲しいと言わんばかりの甘えたような声で私を見つめてくる小竜。
そうだ。いつまでもそのままってわけにもいかないだろう。
生まれたばかりのこの子に最初から名前があるわけもないし、私が名付けなければならないだろう。
「えっと、まず聞きたいんだけど、男の子? 女の子?」
(ぼくは雄だよ。だからかっこいいのがいいな!)
なるほど、男かー……どんな名前がいいだろうか。
事前に考えておけばいいのに、こういう時は困るな。
「ええっと、それじゃフレイアールっていうのはどう?」
(フレイアール?)
「そうそう、あんまり長い名前だったら誰にも覚えてもらえないだろうしね」
うーん、としばらく考え込んでいたかと思うと、うんと頷いて了承してくれた。
良かった。正直名付けにそんなに自信がないから、これ以上こういうのは増えてほしくないものだ。
私の感性が問われてるような気がしてならない。
(うん、それでいいよ! よろしくね母様!)
「よろしく……それよりもその母様ってのはどうにかならない?」
(それは出来ないよ。母様は母様だからね!)
どうやら変えてくれることはなさそうだ。こうなったら仕方ない。
本当はまだそう呼ばれるのにむずがゆさを感じるというか……恥ずかしいんだけど、慣れるまで我慢するしか無いだろう。
そして翌日――私がフレイアールが孵化したことをセツキに報告すると、すごく驚いていた。
やっぱり魔力を流し込んだら早めに孵化するということは知らなかったようで、餌として魔力を与えることくらいしかわかってなかったようだ。
「まさか飛竜にそんな能力があったとはな……。ということは俺様は親として認められてないってことか?」
と聞いてきたからフレイアールに訪ねてみると、別にそんなことはなく、きちんと育ての親として認識されていると言っていた。
ただ、念話を行うにはより深く繋がっている必要があって、それが魔力による繋がりなんだとか。
私がそういう風に説明すると、セツキは安心していたというか納得していたようだった。
ちなみにこの念話、私以外の人には全く聞こえないよう……なのだが、私の血と魔力によって契約がなされているアシュルにはなぜか聞こえてるようで、フレイアールの母様発言のせいで私は思いっきり詰め寄られることになった。
「は、は、ははははは、はは、母様って! てぃ、てぃてぃ、ティファさま! 一体いつ!?」
なんて聞いてくるもんだから少し落ち着いてくれとなだめてやることになった。
大体なんでこの小竜であるフレイアールが私の子どものような扱いを受けることになるんだか……。
流石の私も、同じ種族……どころか全く別の生き物の子どもを産めるわけがないのに……ちょっとは冷静になって欲しいものだ。
あんまりにも切羽詰まった様子で私に訴えかけてくるもんだから対処が大変だった。
おまけに
自信満々で魔力の繋がりを持った私にしか聞こえないと断言していただけに、その衝撃はかなりのものだったのだろう。
そもそも契約スライム持ちのものと念話出来るようになるという状況自体がまずないらしく、そこのところは勉強することすらなかったのだろう。
だけど、ひとしきり驚いた後は逆に飛竜の中でも初めての体験をしただろうと感激していた。
こっち側の方もなんとか誤解は解けたみたいで、アシュルはフレイアールから姉様と呼ばれて上機嫌だった。
私の魔力で繋がった者同士だから……らしい。
フレイアールの方もまんざらではないようだし、家族が出来たと喜んでいたようで、なんだかんだ言って上手くいってよかったというもんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます