111・魔王様、贈り物をもらう

 グルムガンドの騒動が収まり、フェアシュリー・クルルシェンドとも予定を話し合い、連携を取る。

 その間にセツキにもこの国を案内して、私がよく行く店やら力を入れているところを紹介したりした。


 ドラフィシルは『夜会』に出しても十分かどうかについて聞きたくて、ミットラのミトリ亭まで案内した時にはセツキはいい店に来れたと非常に喜んでくれていた。


 どうやらセツキはエルガルムとの戦争が起こる前はディトリアにちょくちょく来ていたらしく、久しぶりに味わえると感慨深げにしていたようだった。私の案内した店は初めてだったようで、なおさら嬉しそうだった。

 ドラフィシルの方はこちらに来ていたことがあるセツキも知らなかったようで、『夜会』に出す前に食べさせてくれとか言っていたけど……『夜会』に出す予定のもの以外の余ったのなら、という条件で良いなら、ということにしておいた。


 セツキには……グルムガンドとの件でまた世話になったからね。


 あのグルムガンドに乗り込んだ時、アシュルが出会ったという他人に姿を変えることが出来る種族のことについて教えてもらったのだ。

 それは悪魔族と呼ばれている種族の中らしく、その中でも能力の高いものが扱うことが出来る『偽物変化フェイク・チェンジ』という悪魔族固有の魔法によるものだろうとのことだ。


「十日ほどの時間を有するが、戦闘能力以外はほぼ完璧にその人物に成り代わることが可能なんだそうだ。

 俺も詳しくは知らないんだが、あまりにそっくりなため、親しい友人でも見分けが難しいらしい」


 というのがセツキ談。


 恐らくここに……南西地域に乗り込んできたであろうエルフ族も、悪魔族の可能性が高いとのことだ。

 これは悪魔族の上位魔王がエルフ族の上位魔王と親密な関係であり、以前聞いた勢力図に組み込まれているからなのだとか。

 エルフ族になるにも、他の種族の者になるにしても『偽物変化フェイク・チェンジ』するには事欠かないのだろう。


 ただ、この魔法にも一応弱点がある。


 まず、十日の時間が必要なこと。

 これはその本人に成り代わる為に必要な時間であり、この期間の間に本人をいたぶり、更に情報を引き出してより完成度を高める……らしい。

 頭の中を覗くらしいんだけど、ここのところは悪魔族との交流が無いため詳しいことはわからないみたいだった。はっきりわかるのは十日は確実にかかるということだ。


 次に長い間他人に化けていると、その時の口調などが微妙に残ってしまう場合があること。

 フェアシュリーの使者のフェリアという妖精族に化けた時に違和感を感じたのはそれが原因なのだろうとのこと。

 全く知らないアシュルが感じるほどだったのだから本当に姿を変えたばかりだったのだろう。その前にどんな種族だったのかは気になるが、今となってはそれも無理ということだ。


 最後に……変身している間は自分の能力に制限がかかり、本来の能力がほとんど発揮できないのだとか。

 変身から元に戻るまでの間に時間がかかる為、万が一バレてしまったらそこでアウト。いくら悪魔族の中でも強いと言われる猛者でも、その変身解除の時間のせいであっさりと倒されてしまうのだとか。


 これらを考えると、アシュルが出くわした悪魔族はその中でも上位魔王に近い存在か……もしくは上位魔王本人であった可能性が高いのだというのがセツキの見解だ。


 あいにくこれ以上のことはわからないと言っていたけど、何も知らなかったこちらとしては非常に大きな収穫だ。

 なにせエルフ族だと思っていた相手が悪魔族であった可能性なんてこっちは考えもしなかったからね。

 下手をしたらレウンの会っていた猫人族も悪魔族であることが非常に高い。これはもう私一人で抱えておくべきことではなく、南西地域の魔王全員に周知させておく必要があるだろう。

 ちょうど1の月ガネラに集合する予定だったし、ちょっと変更して全員を呼ぶことにしよう。

 ジークロンドともあまり会ってなかったし、色々とちょうどいいというものだ。


 そういう大切なことを伝えてくれたセツキには出来るだけ便宜を図ってやりたいのだ。

 今後とも効率良く付き合っていくためにも、ね。


 そういうわけだから12の月ルスピラの後半にも来ることをセツキは話していた。

 祭りや政務は良いのか? と聞いてみると、私と違って書類を山積みにするような愚行は犯していないとかいう嫌味を言われてしまった。


 こっちだって好きで書類を溜めてるわけじゃないっての!

 ただ、揉め事が起こる度に私が処理して、その間に政務が滞って書類がたまるという悲劇が繰り返されているということだ。

 おまけにその揉め事が解決したらしたで、その分の仕事もこちらに回ってくるのだから困る。


 そのおかげでフェアシュリーではロクにフラフ達使者を労うことが出来なかった。

 わざわざアシュルに仕事が山積みになるから早めに帰ってくるよう言い含めるとは……リカルデもやるようになったというわけだ。


 とまあ、そんな具合でセツキが来訪する日取りを詳しく聞いて予定を組んでいた……そんなある日の事。






 ――






「はぁ……今日はこれで一段落としよう……」


 セツキの相手に書類の山との格闘と、いつも以上に過密なスケジュールを組むことになった私は、もはや食事の時間すら自分の思う通りにならなくなってきた非常に深刻な事態。

 フラフ達も今はフェアシュリーで休息を取らせ、こちらに帰ってくる時間も含めて一ヶ月ほどのんびりするように言ってお金を渡してある。


 その必要はないと断っていたんだけど、今回の件で四人とも非常に嫌な思いをしただろう。その詫びということもある。

 使者団の中で一番の被害者であるフェリアは喜んでいた。……なぜかアストゥも喜んでいたんだが、別に貴女の為にお金を渡したわけじゃないんだけどと言ってやりたい。


 ――話を戻そう。

 ちょうど落ち着いてきたし、セツキと食事の約束をしていたと思い出して私は彼が泊まっている部屋に行った。


「セツキ、今いる?」


 ノックの音と共に声を掛けると、扉が開いて私を迎え入れてくれた。

 休暇を存分に満喫しているような様子で出迎えてくれたセツキに若干腹も立つが、こんなことで苛ついても仕方ない。

 以前の私は仕事をほったらかして諸外国を駆け回っていたわけだから、そのツケが今回ってきているということだ。


「おお、ティファリス、今日は早いな。もう少し時間がかかると思ったぞ」

「一区切りついたからね。貴方との約束もあったし、早いほうが良いと思って」


 上機嫌で私に話しかけるところをみると、楽しみにしてくれていたようだ。

 今日もミトリ亭で食べることになっていた……というか最近は本当によく利用してる気がする。

 それだけ私達が気に入ってる証拠だろう。早速行こうかという話になったが、セツキの方になぜか呼び止められてしまった。


「あー、ティファリス。行く前にお前に渡しておきたいものがある。

 俺様も忘れてしまっては事だからな。今日中に渡そうと思っていたんだ」

「渡すもの?」


 そういったセツキが私に手渡してくれたのは大きな卵。

 彼自身でも抱えなければならないほどの大きさで、私でも抱えるのに一苦労しそうなほどのサイズだ。


 よろけながらなんとか抱えると、じんわりと温もりが伝わってくる。


「これは?」

「それは飛竜の卵だ。言っておくがワイバーンじゃないぞ?」

「……え? なにか違うの? 本には同種だったり異種だったり、まちまちだったけど……」


 私はワイバーンも飛竜も同じ竜に分類されているということ以外、なにが変わっているのかよくわかっていない。

 文献にも一緒くたに扱うものもあれば別々のものとして扱うものもあるし、いまいち要領を得ないのだ。


「大きく違うな。飛竜ってのはワイバーンよりもずっと長生きなうえ、大きな力を発現する可能性を秘めている。

 何もわかっていないバカどもは実際見たわけでもないのに好き勝手書いたりしてるようだが……飛竜の子どもは外見がワイバーンに似ていたりするからな。ちなみに俺のコクヅキも飛竜だぞ?」

「え、本当に?」


 コクヅキってのは以前セツオウカで見かけた黒銀……といえば良いのだろうか? 通常のワイバーンと違い、更に黒く重厚な輝きの鱗を持つワイバーンだと思っていた竜のことだ。

 初めて見た時は普通のワイバーンよりも大きく、私のところに来たワイバーンと違って腕があると思ったけど、それ以外はほとんど同じだし、亜種かと思っていた。


「本当だ。飛竜ってのは大きくなるとその姿を大きく変える。より強くたくましい姿になることもあれば、細く速さに特化することもある。スライムほど色んな種族に変化をすることはないが、自身のなりたい姿を取ることが出来る種族の一体と言えるだろうな」


 なるほど。

 スライムは契約によって千差万別。フェンルウのようにスライムに狼のような手足を生やしたようなのもいれば、ロマンのように上半身だけ人型で、下半身はスライムとかいうのもいる。

 かと思えばアシュルやカザキリのように完全な人型もいるからね。


 飛竜はそこまで激しい変化はしないが、それでもある程度は自身の望む姿を取ることが出来るというわけだ。


「より知能の高い飛竜に育つと話すことも出来るし、竜人族と同じように人の姿を取ることも出来る。ま、あくまで本体は人型になる前の竜の姿だから、能力は抑えられるらしいがな」

「へー……で、それをこの私に?」

「ああ、セツオウカとリーティアスの友好の証にな。食事もワイバーンと違って魔力を吸い取らせることで補うことも出来る。最悪食べさせる必要はないから、お前のところの懐事情を圧迫することはないだろう」

「それはいいんだけど……どうやって魔力を吸い取るのよ?」

「簡単だ。胸か――ゴホン、飛竜に魔力を流し込むようにすれば自然と吸い取ってくれる。ただ、質の低い魔力じゃ意味がないけどな」


 冗談でも言ってはいけないことがある。

 まだ子どももいないのに、そんなところから魔力が渡せるわけ無いだろうに。

 っていうかセツキがそんな事をしている姿が一瞬でも脳裏にちらついて気分が悪くなったわ!


「そう……まあ、ありがたく受け取らせてもらうわ」

「ああ、成長も魔力の質によって促進するらしい。詳しい話は竜人族の奴らが知ってるんだが……俺様は詳しく聞かず育てたからな。そこまで詳しい話は知らん」


 なんて投げやりなやつだ。

 まあいい。要はこの飛竜の卵に魔力を流し込んでやれば良いのだろう。

 それなら簡単だ。お守りを作ってるときと同じ要領でやればいいってことだろう。早速――


「そうだ。孵化した時に最初に見た奴を親だと思うからな。なるべく人目のつかないところに置いて、孵りそうな時は必ず付いててやれよ?」

「……そういうことはもっと早く言いなさいよ」


 危うく魔力を流し込みかけたじゃないか!

 なら夜にひっそりと試してみよう。魔力の質によって成長が促進されるなら、孵る速度も早くなるだろう。


 成長させたら後々セツオウカの飛竜とお見合いさせてみるのも悪くないだろう。

 どんな飛竜に育つのか、今から非常に楽しみだ。

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