110・魔王様、帰国する

「ティファさま!」


 私がビアティグを黒の『フィリンベーニス』で突き刺し、黒くも優しい闇の繭に覆い隠したところでアシュルがこっちにやってきた。


「アシュル。そっちはどう?」

「はい! ラントルオが無事でしたので、それを使ってひとまずフェアシュリーに逃がしました!」


 出来ればアシュルにはフラフ達に付いていてもらいたかったが……私がここの戦力を大体引き受けていただろうから、そんな心配もいらないか。

 あのライオン、集められるだけ私に向けてきたみたいだからね。


 それとフェアシュリーに逃したのは賢明な判断だ。クルルシェンドもリーティアスも、ここでは時間がかかってしまう。

 他の国よりはずっと近いフェアシュリーなら安全の確保も容易いだろう。


「ありがとう。アシュルのおかげで助かったわ」

「は、はい! えへへ……」


 嬉しそうに両手を頬に当てて飛び跳ねてるアシュル。

 私の一言で一喜一憂するさまは可愛いが、今はそれよりビアティグとこの国の今後についてだ。

 彼らには少なくともここまでしでかしてくれた咎は受けてもらわなくてはならない。


 どんな事情であれ、ここはきっちり国としての責任を取らせてやったほうがその国の民にとっては一番いい選択になる。

 これを機に魔人族を嫌う風習を一気に取り除き、私の国と同じように色んな種族が笑って暮らせるようになればいい。というか必ずさせる。


 こっちの方もまだ問題は多いけど、それが出来ればきっと、今よりもっと豊かな国になるはずだ。

 私の国では獣人族も普通に生活出来てるんだから可能のはずなんだから。


「それで、ビアティグ……王はどこに?」


 私に害したこともあって、余程その敬称をつけて呼びたくないのだろう。

 心底嫌そうに…というか半ば吐き捨てるようにビアティグの事を王と呼んでいる。


 私は視線を闇の繭の方に向ける。するとアシュルの方も自然とそっちに目が行く。

 まだ時間がかかるようだけど、こればっかりは仕方ないってやつだ。


「あそこの方で治療中よ」

「あそこ?」


 アシュルは私に釣られたように目を向けていたが、あまりわかっていない様子で首を傾げていた。

 ああ、そういえばアシュルには私の武器の本当の能力を見せたことはなかったか。


 通常の『フィリンベーニス』は見たことがあっても、黒の状態も白の状態も知らないんじゃ無理もないか。

 教えてあげるにしても白はちょっと危険だからなぁ……。

 まだ時間もあるし、口頭だけでも伝えておくとしようか。


「しばらくしたら元に戻るだろうからそれまで待機ってところね」


 少々休息をとりながらでもいいのだけれど、こんなところで不用心にもゆっくりするわけにもいかないだろう。

 というわけでビアティグが戻るまでの間、ここで待つしかないだろう……。






 ――






 えらく時間がかかったような気がするが、繭が薄っすらと消え、あとに残ったのは上半身を外に突き出しているビアティグの姿だった。

 なんというか、改めて悲惨な姿だ。私だったら恥ずかしくて生きていられないだろう。

 それほど屈辱的というか、道化もいいところだろう。


「ティファさま……」

「何も言わないことね。本人もあまり触れられたくないことでしょうし」


 下半身がこっち側に無様に飛び出してる……こんな情けない姿を言及するのも流石に哀れというものだ。

 目を覚ましたのか、なにやらバタバタしているのが見える。これがまた格段に見苦しい。


「な、なんだこれは!? ど、どうなってる!?」


 起きてすぐに上半身が城から落ちそうになってるように見えるのだから、そりゃ相当驚くだろう。

 仕方あるまい、助けてやろう。いつまでもこのままでは魔王としてもどうかと思うしね。


「ビアティグ、大丈夫?」

「その声は……ティファリスか? 何故そこに?」


 あ、今アシュルがものすごく不満そうというか、不愉快そうに顔を歪めているのが見えた。

 まるで「様をつけなさい……この獣が!」と言ってるような気がする。


 格付けが済んだ今、確かにそれはいけないことなのだろうが、今はまだ無理だろう。

 なにせ、事態を上手く飲み込むことができないでいるのであろうから。


「そんな様子で話、聞くつもり? そこから抜けたほうがいいんじゃない?」

「あ、ああ……そうだな。この状態を何とかするのが先だよな……頼めるか?」

「ええ、それじゃいくわよ? せーのっ!」


 思いっきり尻を蹴っ飛ばして城から外に出してやる。

 今まで散々苦しめてくれていたのだ。黒の『フィリンベーニス』のおかげで全快しているようだし、これくらいしてもいいくらいだ。

 獣人族は頑丈だろうから、この程度のことで死にはしないだろう。


「痛っっったぁぁぁ……あ? ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!」


 情けない絶叫を上げながら、ビアティグは無事に外に脱出したのであった。

 ここに詰めてた兵士たちは大半意識がない状態だし、自国の魔王がこんな姿を晒しているなんて知らずにいれたことはさぞかし幸せなことだろう。


「ティファさま……!」


 私のやった行為が気に入ったのかどうか知らないが、アシュルが満面の笑みでこちらをみていた。

 これで私もこの子も少しは気が晴れたというものだ。

 ビアティグが開けた穴からは、それはそれは清々しい青空が覗いていたのだった。






 ――






「まったく……酷い目に遭った」


 頭や体を擦りながら玉座の間に戻ってきたビアティグは、その惨状に驚きながらも私の方をしっかりと見据えてきた。


「……これはどういうことだ?」


 そう言ってしまうのも仕方ない。気づいたら自分の城がめちゃくちゃになっていたのだ。

 そして中央に私。これはもう、どう見たところで私がやったとしか見えないだろう。

 だが、それについて思う所はない。むしろよくもここまでしてくれたなという思いのほうが強いのだから。


 こっちも負けずに「お前は何を言っているんだ?」というような態度を取ってやると、あっさりと怖気づいてしまった。

 全く……すぐにその強気な態度を引っ込めるなら、最初からこっちを睨まなければいいのに。


「な……」

「貴方ね、自分がどれだけ間抜けなこと言ってるか、わかってる?」

「ま……間抜けだと?」


 やはり私にしてきたことを全く覚えていないのだろう。

 ため息が出そうになるが、そんなことよりもこのバカビアティグに説明したほうがいいだろう。


「こっちの使者を人質に取って私を脅迫してきたり、私の国を隷属させようとふざけた条約を持ってきたりとやりたい放題やったからこうなったのよ?」

「は?」


 間抜けな姿な上に、その顔……一体何なんだと言ってやりたいが、もう色々と仕方ないのだろう。

 どうせ何を言っても覚えてるわけないんだろうし。


「おまけに私のお腹を思いっきり殴ってきて……ああ、あれは本当に痛かったわ」


 殴ったのは本当だったが、別に痛くはなかった。が、とりあえず相当酷い痛みを覚えたことにしておこうと私はお腹をさすって心底辛そうに振る舞う。

 単純なビアティグは途端に大慌てで私の方を心配そうに見やる。


 今の今までピンピンしてたのに急に痛がるなんておかしいと思わないのだろうか? とも思ったけど、せっかくだからそのまま罪の意識を背負ってもらおうか。


「お、俺は……」

「ふう……ビアティグ、この国に帰ってから今まで、一体何をしていたのよ?」

「この国に帰ってから……ルブリスと話してそれから……」


 どうやらこのバカ虎ビアティグは、帰ってきてすぐの記憶すら無いようだった。

 会談が終わってすぐ……ということは私がクルルシェンドで事を構えていた時には既に操られていたということになる。


 正直その時に攻めてこられたら危なかった。アシュルが居るとはいえ、復興もようやく一区切りが付いて盛り立てていこうとしていた時期だ。

 オーク族との確執もまだあった時だったし、運が良かったと言ってもいいだろう。


「俺は……何をしていたんだ?」

「聞いたら後悔するかも知れないわよ? それでもいいなら話してあげるけど」

「構わない。俺も王の端くれだ。こうなった経緯を詳しく知らなければならない」


 ふむ……どうやら受け止める気はあるようだ。それなら、私もそれを止めるべきではないだろう。


 それから私は、この国の住民が暗く覇気のない顔でどこかを眺めていた事。

『隷属の腕輪』という奴隷を支配する為の道具で、それのせいで無表情のまま空を見上げていた事。

 ――ついでにこの私に対してどれほどの無礼を働いたかも全てを説明した。


 私の話を聞いてる間、ビアティグは顔が青くなったり、頭を抱えたり、うずくまったりと酷い有様だ。

 特に私が乗り込んできて、城の兵士たちをぼっこぼこにしてやったこと辺りは顕著だった。


「それと、ライオンを一匹始末したんだけど……」

「ライオン?」

「ええ、立派な髭というかたてがみというか……そんなものをたくわえた男だったわ」

「あ、ああ、それはレウンのことだろう。反エルフ・魔人族派のリーダーを努めていた男だ。

 お前の話を聞く限り……この城にいた者自体が反エ魔派の人員だったんだろう」


 なるほど、つまり私は自分でも気づかずこの国と同盟を結ぶのに邪魔な障害は大方排除出来たと思ってもいいだろう。

 まだ残っているであろう奴らは簡単に片をつけることができそうな連中ばかりそうだしね。


 他には親魔人族派というのもいたらしいが……それは多分私の予想通りの目に遭ってるのではないかと思う。

 もれなくみんな『隷属の腕輪』の刑だろう。


「出来ればルブリスに話を聞きたいのだが……こんな有様じゃどうなっているか……」

「国内には『隷属の腕輪』を装着されていた者いたって話したじゃない? もしかしたら……」

「……な、なるほど! もしかしたらその中にいるかも知れないってことか!」


 余程そのルブリスって獣人族が大切なのだろう。

 意気消沈といった様子だったのに、急に元気になったりして本当に忙しい男だ。

 これでは今後の話も無理だろう。この国がどうなるにしても、今すぐに色々話し合うべきではない。


「ビアティグ」


 私が彼に呼びかけると、なにか緊張した面持ちでこっちを見ているようだった。

 そんなに固くならなくてもまだ何もしないってのに。


「まずは自分の国の状況を自分で確認しなさい。1の月ガネラで私達の二国と協力してくれた二国……合わせて四国で話し合いの場を設けましょう。賠償やらこの国の今後やらはその時に詳しく貴方に追及していく……それでいいわね?」


 こっちも今はセツキを抱えている。

 いつまでも待たせておくわけにもいかないし、12の月ルスピラでは早すぎる。

 全部の国の都合も考えると、1の月ガネラにまで伸ばしておけば各国の魔王共に都合をつけやすいだろう。


 一番の被害者は私の国だが、どうやら他の国の使者にも随分なことをしてくれたようだから勝手に動くことは出来ないだろう。

 結果的に私の思い通りになるにしろならないにしろ、そういう段取りが必要ってことだ。


 面倒だけど、自国のことばかりでなく他国のこともきちんと考えて連携を深めていかなければいけない時期に入ってきたとも感じているし、ここで私の国だけが勝手に話を進めるわけには行かないのだ。


「わかった。その時までにこの国の詳しい内情を調べ、リーティアスを含めた各国にも納得できる説明をしていこうと思う」

「そう、それじゃ、頼むわよ?」

「ああ」


 私の方は納得のいける言葉を聞けたし、ひとまずはこれでいいだろう。

 後片付けなんかは全部ビアティグに任せておけばいい。そう結論づけた私は、さっさとワイバーンに乗ってフェアシュリーにいるフラフ達の様子を確かめ、リーティアスに戻ることにするのだった。


 ついでにビアティグに着けられていた二種類の腕輪は現在私の手元にある。

 まともに話していたときには既に持ってなかったし、もしかしたらと思って落下地点辺りを探したら意外と簡単に見つかったのだ。


 これをセツキに渡すか相談するかすれば、もう少しなにかわかるかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る